マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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30話 虚実のディスタンス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりが美しい夜。

 しんしんと、真白い雪が降り注ぐ。

 

 未だ、雪が降る季節ではない。

 普段よりもひときわ眩い月光が見守るなかで、冷たい雪華の粒達は温暖な東京の気候には気にもとめず、城戸邸を囲うように宙を舞う。

 

 それらが気軽に鑑賞を楽しめる存在だったなら、どれほど幸運だっただろう。

 

 大地に降り注いだ美しい雪の結晶たちは──ベキベキベキベキィッ!!! と空間を引き裂くような恐ろしい音を響かせながら、触れたもの全てを容赦なく凍り付かせていった。

 庭園に咲く小さな花々が、純白に染められる。

 植えられた樹木も、噴水も、一切の抵抗を許さず、冷たい氷の中に閉じ込められていく。

 

 呆気なく。

 

 城戸邸の門前を飾る美しい庭園は、現代の科学では説明のできぬ荒唐無稽な現象により次々と蹂躙されていった。

 しかし、それを可能とする力をもった人間が存在している。

 

 

「──カミュ。一人として、逃がしてはならないぞ」

 

「・・・言われずとも。射手座の黄金聖衣を狙って現れたらしい暗黒聖闘士もろとも、全てを氷牢に閉ざしてくれる」

 

 

 答えたのは、宝瓶宮を守護する黄金聖闘士、水瓶座(アクエリアス)のカミュだ。

 端正な容貌に、さっぱりと流れる深紅の長髪、ルビーアイに、真っ赤なマニキュアで指先を彩るこの男は、聖闘士のうちでも珍しい、氷の闘気を修得している戦士だった。

 

「・・・私が寄越した氷河の消息もつかめん。此度の事件の元凶が関与しているのであれば、もはや一切の慈悲もない」

 

 極めて平静を装ったクールな顔をしているが、その口から漏れたのは低く冷たい声だった。

 

「フッ、水瓶座のカミュよ。我々白銀聖闘士の任務を忘れてもらっては困るぞ」

 

「そうとも、城戸沙織とかいう少女まで氷漬けにされちゃ、俺達が教皇様に大目玉をくることになるのだ──、」

 

「・・・私が失態を犯すとでも?」

 

 ギロリ。

 あまりにも無機質なカミュの視線に、窘めるために物申した蜥蜴座(リザド)のミスティと烏星座(クロウ)のジャミアンは本能的な閉口を余儀なくされる。

 

 このカミュ、実は青銅聖闘士キグナスの氷河の師匠でもあった。

 

 六年間シベリアの地にて氷河を師事し、聖衣を与え、氷河に青銅の少年たちの抹殺を命じるように教皇に働きかけ、また今回の騒動を察知した際は、教皇に命じられるよりも先に、日本への出立を願い出るなどしている。

 

 過去に弟子を一人亡くしていることもあってか、手塩にかけて育てた氷河の消息は掴めない上、それは氷河がミイラ取りがミイラになったのか・・・はたまた敵の手により危機に陥っているのかも分からない現状は、カミュの苛立ちを増幅させた。

 

「おのれ、これだけ誘っているのに何故姿を表さない? このまま邸宅もろともコフィンに閉じ込めてしまおうか」

 

 ──とどのつまり、カミュはすこぶる機嫌が悪かった。

 

 城戸邸の前門を飛び越えて侵入した聖闘士たちの周囲は、既にカミュの心情をありありと映すかのように、鋭利な氷が所狭しと生成される地獄と化していた。

 

 

「・・・おいカミュ、後始末のことも考えろ。普段ミロにクールになれと言っているお前らしくもな、」

 

「──フリージングコフィンッ!!」

 

「──馬鹿者それは黄金が数人がかりでも壊せないやつだッ!!!」

 

 同僚の叫びも虚しく、極限まで凝縮された小宇宙が解き放たれてしまう。

 カミュの右手から発生し、眩いばかりに青白い光を撒き散らす氷の吹雪は、蜷局を巻きながら城戸邸目掛けて邁進していった。

 

 衝突まで、あと──、

 

 

「させると思うてか」

 

 

 

 誰かの声。

 七色の極光壁が、全ての凍気を跳ね返す。

 

 

「なっ、うぐぅ──ッ!?」

 

「ッがああああ!?」

 

 

 フリージングコフィン餌食となったのは、城戸邸ではなく、カミュを筆頭とした聖域の刺客たちだった。

 身体の芯まで凍てつかせる凍気を純白のマントでなんとかいなすものの、聖闘士達は硬い防御の姿勢を余儀なくされる。

 

「バカな・・・! このカミュの凍気を跳ね返せる者など──・・・っ?」

 

 苦渋を呑み込まされたように表情を歪めたカミュだったが、この絶好の機会に追撃を飛ばしてこない敵の奇妙な行動に、眉をひそめる。

 全神経を尖らせながらも背後の白銀聖闘士たちの状況を確認するが・・・一人として、凍り付いてはいない。

 どうやら、跳ね返されたフリージングコフィンの威力は、本来の威力の十分の一にまで拡散させられていたらしかった。

 

 ──なぜだ? 

 

 侮られているのか。

 かつて聖域を荒らした邪神ヘリオスか、はたまた姿をかたどった別の何者か。敵の正体はいまだ不明瞭だ。しかし少なくともテレビの中継を用いて、聖域を誘き寄せようと画策する連中であることに変わりはない。

 いや、たまたま偶然、カメラの前に映ってしまったなどという愚かな理由であっても、邪神ヘリオスと射手座のアイオロス本人である時点で討伐対象であることに変わりは無いのだが・・・だとしても、襲撃者に手心を与える意味が分からない。

 

 高速で思考を巡らせながら、カミュは猛風を耐え凌いだマントを勢いよく翻す。

 

 

「──!?」

 

 

 カミュは驚愕に息を飲んだ。

 敵の尊顔を拝んでやろうと向けた視線の先には、人っ子一人いないどころか、有り得ない、あってはならないものが存在していた。

 右手に勝利の女神像を。

 左手に正義の盾(アイギス)を。

 

 

 それは、地上を見守るように屹立する──()()()()()()だった。

 

 

 本来ならば聖域の黄道十二宮を辿った先にあるはずのそれは、瞠目するカミュの前に、まるで初めからそこにあったように聳え立っている。

 いや、アテナ像だけではない。

 振り向いて見れば、背後の白銀たちの先にいつのまにやら燭台が立ち並ぶ通路と、十二宮へ下る岩階段までもが生成されている。

 充満する静謐な空気も、女神の小宇宙に包まれた心安らぐ空間も、五感の捉える全ての情報が聖域そのものへと転換されているではないか。

 

「ここは、アテナ神殿なのか? ・・・いや、()()()

 

「ああ、幻術だろう」

 

頷いたのは、磨羯宮を守護する黄金聖闘士、山羊座(カプリコーン)のシュラだった。

兜を装着する緑がかった黒髪から、黄金の聖衣に包まれた足の指先までが、研ぎ澄まされた一振りの剣を連想させる。

武人調とした彼の性格を表す、切れ長の双眼が、周囲を警戒するように動いた。

 

「やってくれる。強制的にアテナ像の前まで飛ばされたのかとも考えたが、十二宮内ではテレポートは使用できん。フリージングコフィンを跳ね返すと同時に、敵は、我らを幻術の世界に放り込んだのだ」

 

 冷静に分析する山羊座のシュラの言葉に、カミュは下唇を噛んだ。

 試しに虚空めがけて小宇宙をこめた強打を叩き込むが、拳は虚しく空を引き裂くだけで、手応えはない。

 白銀聖闘士の何人かも周囲の床やの破壊を試みるが、傷一つつかない。恐らく力業では、この空間から脱出することはできないのだろう。

 

「なんということだ。・・・敵を侮っていたのは、私の方だったか」

 

「フッ、頭が冷えたなら切り替えろ。()()()()()()()()()()()()()()。今背中を預けられるのはお前だけだ」

 

「──なんだと!?」

 

 ハッと顔を上げて乙女座のシャカの姿を探すが、シュラの言う通り、影も形も残っていない。

 

「先程まで確かにシャカの小宇宙は残っていたはず・・・いつ消えた?」

 

「あのシャカのことだ。囮代わりに気配のみ残したのだろう。自ら幻術から逃れてどっかへ行ったのか、敵の手により分断されたかは定かではないが・・・心配は不要だろう」

 

「・・・相変わらずだな、シャカは」

 

 前者であることを願いたいが、何故だかそれはそれで自由が過ぎないか? とカミュは頭を押さえた。

 いくら聖闘士の戦いが一対一を基本としたものだとしても、相手が神であるならば話は変わってくる。主な発端はカミュにあった(とシュラと白銀聖闘士たちは確信している)かもしれないが、これ以上、敵地で統率が崩れる事態は避けなければなるまい。

 失態を挽回するためにも、カミュは自らの内に宿る究極の小宇宙──第七感(セブンセンシズ)を研ぎ澄ませ、気配を探る。

 

 

 ──と、怪しい影が視界の端から、階段下へと駆けて行った。

 

 

「──っ!! 待て!!」

 

「追うぞ!!」

 

 

 タイミングを合わせるように出現した謎の影を追い、十二名の聖闘士達はアテナの巨像に背を向けて地を蹴り上げる。

 一瞬きの後に辿り着いたのは、アテナ神殿の一区画。宮の一室だった。

 更にフロアを下っていけば教皇宮につくが・・・まるでカミュ達を誘き寄せるように現れた影は、忽然と、空間に溶けるように消えてしまう。

 

「・・・いったい何を企んで──、」

 

 

『ハァ、ハァ・・・急所は、ついた。スターヒルを落ちた先で、何者かに拾われていったが・・・フン、時間の問題だろう・・・』

 

 

「!?」

 

 黒い帳を編んだように、突然、闇の中から黒い法衣を纏った教皇の姿が現れる。

 いいや、影と表するべきか。五感ではなく小宇宙を高めた感覚で見れば、それが本物の教皇ではない形だけの幻影だとわかる。

 すわ、仕掛けてくるか。 

 咄嗟に身構える聖闘士達だが、影はそんな臨戦態勢の彼らには目もくれず、ふらふらと苦しげな声を漏らしながら蛇行していく。黄金の短剣を片手に引っさげた教皇の影が向う先には、大人が両手で抱えられるほどのサイズの、藁を編んで作られたカゴがあった。

 

 無意識に藁カゴの中を覗く。

 そこに納まっていたのは、柔らかい布にくるまれ幸せそうに微睡む、赤ん坊だった。

 

 剣と、その先の赤子。

 

「っ──まさか」

 

『うおおおお!!』

 

 察しがついたように誰かが呻いた瞬間、

 教皇は狂ったように咆吼をあげ、振り上げた短剣の切っ先を、無抵抗の赤子へと振り下ろした。

 咄嗟に手を出そうとする者もいたが、幻影に干渉する術はない。

 

 誰も、無抵抗の赤子に迫る凶刃を、止めることはできないのだ。

 

 

『──おやめなさい!!』

 

 

 間一髪のタイミングで、教皇の腕を掴む者がいた。

 ・・・聖闘士達はほっと胸を撫で下ろす。

 敵が生み出した幻覚だと理解しても、赤子が殺される光景など誰が望んで見るものか。

 彼らは意識するまでもなく、赤子を守った、新たな登場人物に目を向ける。

 

 ──瞬間、聖闘士たちの全身を、雷撃にも似た戦慄が貫いた。

 

 教皇の腕を掴む、()()()()()()()()()()()()()。それは、彼らの任務の討伐対象と同じ貌をしていた。

 ブラウンの短髪は、全ての生命を受けとめる、広大な大地のように力強く。

 宇宙の星々の煌めきを映した、優しくも温かい深緑の双眼は、見たものを安心させる不思議な魅力をもっていた。

 

 ・・・とくに面識のあったカミュとシュラは、かの者の予想だにしない登場の仕方に、全身を硬直させていた。

 

 秋空を吹き渡る風のように澄明に、過去の記憶が蘇る。

 彼らが幼く、まだ満足に戦えなかった頃。いつも太陽のような笑顔で導いて、時には背中を支えて、時には手を差し伸べ・・・双子座のサガと双璧になって、守ってくれた人。

 聖闘士としての在り方を説いてくれた、皆の羨望の対象だった存在。

 かつて英雄と呼ばれ、逆賊と身を堕とした裏切り者。

 

「・・・ぁ、」

 

『アイオロスッ!!』

 

『教皇!! 貴方はご自分のなさっておられることが分かっているのかっ!! この子は数百年に一度、神がおくだしになる女神(アテナ)の化身!! それをっ、』

 

『ええい、邪魔をするな、アイオロス!!』

 

 乱心した教皇が黄金の短剣を振り回す。

 アイオロスの影は、アテナの化身たる赤子を抱き留めると、教皇の短剣を素手で叩き落とした。

 ガガアアンッ!! と耳障りな金属音を轟かせて、教皇の黄金の兜が床を転がっていく。

 

『なにっ・・・!? 教皇、ではない。お前は──()()ッ!?』

 

『う・・・うう、見たな、アイオロス。私の素顔を見た者は、アテナ共々生かしておくことはできん! 死ね!!』

 

『くっ!!』

 

 教皇の法衣を纏ったサガが、アイオロス目掛けて破壊の小宇宙を解き放つ。

 アイオロスはアテナを抱えたまま、宮の窓を突き破って、下のフロアまで吹き飛ばされていった。

 

『誰か出会え──っ!! アイオロスが反逆を試みたあ──!!』

 

 サガが叫び、衛兵をアイオロスへけしかける。

 まったくの嘘偽りだ。今、アテナの命を狙ったのはアイオロスではなく、教皇に扮したサガのはず。

 息を吸うように真実を塗り替えたサガは、しかし、急激に呻き声を上げながら床に膝をつけた。

 

『ああ、アイオロス・・・この姿、お前にだけは見られたくなかった・・・』

 

 呆然と目を見開く聖闘士達の視線の先で、サガの影は、涙を流しながら闇に溶けていった。

 

 静寂。

 

 ハッと我に返った白銀の聖闘士達が、かぶりを振りながら掠れた声を出す。

 

「・・・・・・バカな。これではまるで、十三年前の事件は、サガが起こしたようではないか」

 

「っ・・・思い出せ! 教皇も仰っただろう、敵は幻術を用いてくる卑怯な輩だと!」

 

「いや・・・しかし・・・今でこそサガは教皇として敏腕を振るい信用を取り戻したが、事件当時は、サガも相当怪しばまれていたと聞くぞ」

 

「愚か者め。惑わされている場合ではないだろう。全ては幻。ならば、まずはこの空間から脱出するのが先決だ・・・!」

 

 伝え聞かされた顛末とは全く異なる幻の内容に、聖闘士達は思い思いの意見を口にする。

 そして、敵の策略にわざわざのっても時間の無駄だと、数人の白銀は来た道を戻ろうと振り返った。

 しかし、来た道は既に暗闇により閉ざされている。

 彼等は、進むしか無かった。

 

「・・・・・・まさか、本当に・・・」

 

「どうかしたのか、シュラ?」

 

「っ──・・・い、いいや。・・・ここまで趣味の悪い幻覚を見せておきながら、一切の殺意も、悪意も感じさせない敵とは、いったいどこの何者なのかと関心してただけだ」

 

 シュラにしては随分と珍しい、歯切れの悪い物言いに、カミュは少しばかり違和感を覚えつつも、同意するように頷いた。

 

「確かにそうだ。私の奥義を跳ね返すに留まらず、これだけの高精度の幻術を生み出す使い手であれば、その気になれば既に我々のうちの半分は倒されていてもおかしくない。それなのに、このような幻術を見せ続けるに甘んじるとは・・・まるで、私達と拳を交える気がないようではないか」

 

 思考をそのまま並べるように言うと、「・・・しかし」と、カミュはシュラへ向けて言葉を放つ。

 

「これが本当に十三年前の事件の改竄(かいざん)だとしても、この先はとくに惑わされることもあるまい。あの落ちていったアイオロスの影が次に辿り着くのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、巫山戯た寸劇も虚実だと一蹴できる」

 

「・・・・・・・」

 

 サガ、アイオロス、デスマスク、そしてシュラ。

 当時、カミュたち黄金の年少組と、魚座のアフロディーテ、そして天秤座の童虎を除いた四人の黄金聖闘士は、黄道十二宮にいた。

 そう、カミュや白銀聖闘士と異なり、事件の当事者たるシュラがいるのだから、この先どのような幻覚を見せられても、無意味でしかないのだ。生き証人であるシュラがいる以上、臆せず進めば良いだけ。

 

「ともかくここから出るには、十二宮を下るしかなさそうだ。階下へ進むぞ!」

 

「・・・ああ」

 

 彼等は階下に吹き飛ばされたアイオロスの影を追うべく、アテナ神殿を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














閲覧してくださって有り難うござます。30話をお届けいたします。

ご感想やお気に入り登録など、増えてるとへへっ・・・となります、ありがとうございます。


以下駄文。

聖闘士さんたち一人一人の心情を考察し出すと脳みそが溶けることに気づきました。
原作とアニメがもう全くちがうことは置いておいて、エピソードゼロとかオリジンとか最近出たシュラさんたちのお話をみてみると原作のシュラさんの言葉の意味とかももうめっちゃ変わってくるのでは・・・?と考え始めたらIQがサボテンになった。イマジナリーもうひとりの僕は「車田先生、そこまで考えてないとおもうよ?」とにこやかに恐ろしいことを言ってくれるけど多分この頭痛が痛い考察作業が星矢の醍醐味なんだドンドコドーン!と積み上がった原作を読み直す作業に戻る。



ところで、カプリコーンって美味しそうな名前してますよね。


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