マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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3話 冥府に堕ちた、神々の話

 

 

 

「・・・はぁ、まさかアイオリアがあんなに強いとは・・・死ぬかと思った」

 

「大袈裟な、直撃は食らわなかっただろうに・・・しかし、私との鍛錬よりも必死に動いていたのではないか?」

 

「・・・俺の本能があの(ケラウノス)だけには当たるなよ、って五月蠅かったんだよ。理由は分からないんだが・・・あいたた・・・」

 

 悪魔の薔薇によって作られた傷に、汗が染み込み、激痛が走った。

 涙目になりながらも、恨みがましい目線をアフロディーテに向ける。

 

「鍛錬を見るだけって話だったのに・・・お前が『ヘリオスは鍛錬相手としては良い的・・・ではなく相手だぞ?』とか巫山戯たことをぬかしたせいでアイオリアとも手合わせするはめになったんだぞ・・・身体中がボロボロだ・・・」

 

「いつものことではないか」

 

「それが当たり前になってる時点でおかしいんだよ・・・!」

 

 女神アフロディーテとはまた別のベクトルで質が悪すぎる。

 ・・・それに、アイオロスもアイオロスだ。

『ほう、折角だからアイオリアの相手もしてやってくれ』・・・じゃないわ! 

 おかしいだろ、お前の弟もちょっと困惑してたじゃん! 

 地上の平和を守るとか宣う前に、お前達はもうちょっと慈愛の心を身につけるべきだと思う。

 

「それにしても・・・君の耐毒体質はどうなっているんだ?」

 

 唐突に、隣を歩く少年から懐疑的な声が投げかけられた。

 

「何だよ、藪から棒に」

 

「・・・言っていなかったがな、ヘリオス。私は君に薔薇を投擲する際は、一応は毒量を減らして放っていたのだ・・・最初はな」

 

「ん? 最初は・・・?」

 

「どれ程まで耐えられるのかと、少しずつ毒の量を増やしていき・・・今では五感を失うレベルの毒でも全く効かない始末だ。・・・改めて聞く、君の身体はどうなっているんだ」

 

「・・・・・・」

 

 ──おまえの頭の方こそどうなってるんだよ。

 サラッととんでもない事を言ったよな、今。

 あのオリオンでさえ盲目になった時には、俺のところへ治療を受けに来たんだぞ? 

 それが・・・何? 五感を失う毒量? 馬鹿なのか? 

 

「・・・別に、俺は耐毒体質なんてものは持ち合わせてないぞ。ただ、小宇宙で毒を浄化しているだけだ」

 

「はぁ・・・? 君の小さな小宇宙で、私の毒を浄化できるわけがないだろう」

 

「確かに今の俺の小宇宙は小さいが・・・重要なのは小宇宙の量じゃなくて、質だ」

 

 なけなしの小宇宙を全身に廻らせ、傷を癒やしながら、俺は言葉を続けた。

 

「例えば、そうだな・・・記憶を司る女神ムネモシュネの小宇宙は、人間のみならず神々の記憶にも干渉ができるらしい。万物の流転を司るオケアノスは、自然界に在る水分を自在に操るし・・・邪神エリスや戦神アレス共の小宇宙は、そこにいるだけで、人々の心を争いへと駆り立てると聞いた」

 

「・・・・・・」

 

「まぁ、つまりだな、太陽神たる俺の小宇宙は、不浄を清める力に特化しているんだ。だから少ない量でも、人間の作りだした毒や呪い程度になら対処できる・・・この浄化の力は、父上やアポロンにだって自慢できる程度には強力で・・・」

 

「・・・はぁ・・・また、それか」

 

 いい加減うんざりした、といった様子で、アフロディーテは俺の言葉を遮った。

 

「・・・既に、君の太陽神設定の補正は諦めているのだがな・・・せめて、太陽神ヘリオスを名乗るのなら、もう少し設定を凝る努力でもしたらどうなんだ」

 

「はあ? 別に可笑しなところなんてないだろう」

 

 いや、そもそも設定ではなくて事実なんだけども。

 怪訝に思って言い返すと、少年はゆっくりと口を開いた。

 

「君が父と崇める太陽神ヒュペリオン・・・かの神は、神話どおりならば冥府(タルタロス)にいるはずだろう。それなのに君の言い方だと、ヒュペリオンが未だ健在であるかのように聞こえる。・・・太陽神ヘリオスを名乗るなら、もう少し自らの神話知識を深めるべきだ」

 

「・・・・・・は?」

 

 アフロディーテの放った言葉の意味が飲み込めず、思わず足を止める。

 

 ・・・冥府(タルタロス)、と言ったのか、この子供は。

 霧がたちこめ、神々ですら忌み嫌う、冥界よりも下方に存在する澱んだ空間・・・カオス、ガイア、エロスとともに生まれた原初の神々の一柱であり、奈落(ならく)そのもの──冥府(タルタロス)

 そこに、我が父ヒュペリオンが、封じられているだと? 

 

「・・・可笑しなことを抜かすなよ。冗談だとしても、笑えないぞ、人間」

 

 いくら俺が慈悲深い神であろうとも、父上を貶す発言は、許されない。

 地を這うような低い声で、アフロディーテの言葉を否定した。

 しかし、少年は僅かに目を見開いただけで、直ぐさまいつもの調子へと戻ってしまう。

 

「・・・ふむ、その様子だと、神々ノ戦い(ティタノマキア)も知らないのではないか?」

 

「ティタノ・・・何だよ、それは」

 

「・・・大神ゼウス率いるオリンポスの神々、そして、クロノス率いる巨神族ティターンとの戦い──それが、神々ノ戦い(ティタノマキア)だ。太陽神ヒュペリオンが属したティターン神族は、偉大なるオリンポスの神々に敗退し・・・不死身であるが故、奈落の深淵へと封じられることとなったのだ」

 

 仄かな微笑を添えて、少年は綴った。

 詩歌女神(ムウサ)たちの誉め歌のように、

 オリンポスの神々を讃えるかの如く。

 

「っ・・・父上のみならず、母様も? まさか・・そんな話、信じられるか!」

 

 馬鹿なことを口にするなと、アフロディーテを睨めつける。

 俺は、そんな戦いは、知らない。

 いくら永い時間、神域に閉じこもっていたといても、主神共の戦いともなれば嫌でも気がつく。

 

「信じられぬのなら・・・そうだな、書庫にでも行って関連文献を読んでくるといい。君の知りたい情報が山のようにあるだろうさ」

 

 そう締めくくり、アフロディーテは一人で歩いて行ってしまった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 少年の背中が見えなくなるまで、俺はただ、呆然と立ち尽くした。

 心臓の音が、酷く五月蝿い。

 強ばった唇から、掠れた声が流れ出る。

 

「・・・もしも、もしもアフロディーテの話が真実だとしたら──」

 

 ──父上達と、アポロンが、殺し合ったということになるのではないか? 

 

 天が、煤まみれの雲に覆われていく。

 輝かしい太陽が、闇に覆われていく。

 

「っ・・・馬鹿か! そんなわけないだろう!」

 

 俺は、愚かな考えを否定するように、虚空へと叫んだ。

 きっと、あの少年は俺をからかう目的で、存在もしない戦いをでっち上げたんだ。

 そうだ、それ以外に考えられない。 

 

「・・・・・・だけど、あの人間が、アフロディーテが・・・今まで、他者を騙すようなことを口にしたことがあったか・・・?」

 

 直ぐに怒るし、手は出るし、神を投擲の的のように扱う不敬極まりない輩。

 しかしあの少年が、悪意を以て俺を騙したことが、一度としてあっただろうか。

 

「・・・確かめなければならない」

 

 何が真実で、何が偽りなのかを。

 

 震える身体を叱咤して、俺は大地を強く蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四肢が、悲鳴を上げている。

 アフロディーテの鍛錬だけでも疲弊が凄まじいというのに、今日はアイオリアの雷からも逃げ回ることになったのだ。

 とうに体力は尽きかけてしまっている。

 

「──うわっ」

 

 足が絡まり、体が宙へと放り出された。

 疲労困憊の身体を無理やり動かしていたのだから、十分、予測が可能な結果だったとも言える。

 しかし、急いでいる最中だというのに、何も無いところで転倒しつつある自分が、今は惨めで仕方がなかった。

 

 自嘲的な気持ちを抱えて、俺は衝撃に備えるべく体を強ばらせた。

 

 ──トスンッ。

 

「・・・え」

 

 痛みは、なかった。

 その代わりに、眼前に広がる景色が、灰一色に染まった。

 

「酷い怪我だ・・・一体、何があったのだ」

 

 偉大なる父ヒュペリオンとよく似た、優しくも力強い男の声。

 

「・・・ちち、うえ?」

 

 状況を理解できないまま、引き寄せられるようにして顔を上げる。

 すると、そこには夜明け前の空のような、藍色の長髪を腰まで伸ばした、美麗な人間が存在していた。

 灰色の正体は男が身につける服の色だったらしい。

 ・・・あぁ、そうだよな。

 父上がこんなところにいるわけがない。

 

「・・・感謝する。迷惑をかけたな、人間」

 

「迷惑という程のことでもないだろう。・・・ふむ、それにしても、見ない顔だな。私は双子座のサガという。お前の名は?」

 

 黒に蒼を溶かし込んだ、憂いた瞳が俺を覗いている。

 

「・・・俺の名は、ヘリオスだ」

 

 アフロディーテに名乗ったときのように宣う気力もなく、小さく答えた。

 太陽も、時には陰るのだ。

 夜には没し、月に隠れる瞬間もある。

 だから、不躾な態度も仕方の無いものだと目を瞑ってくれ。

 そんな自分勝手な考えで、俺はサガとかいう男の横を通ろうとする。

 

「ヘリオス・・・あぁ、アイオロスが言っていた拾い子か。・・・待て、そんな体で何処へ行くつもりだ」

 

「・・・・・・」

 

 通ろうと、したのだが・・・肩を掴まれ、強制的に動きを止められることになった。

 無理やり進もうとしても、肩を掴む手はびくともしない。

 ・・・怪力め。

 仕方がないと息を吐き出して、俺は男へと身を向けた。

 

「・・・今すぐ書庫へ行かないといけないんだ、手を離してくれ」

 

「ほう、書庫か・・・どのような蔵書を探しているのだ?」

 

「・・・・・・神々ノ戦い(ティタノマキア)という戦が、実在したのかどうか。・・・実在するのなら、詳しく説明された書物を・・・」

 

神々ノ戦い(ティタノマキア)か・・・それならば──」

 

「っ──!」

 

 突然のことに、息が詰まる。

 なんと、瞬きをした瞬間に、サガの姿が虚空へと消えてしまったのだ。

 

「・・・空間移動か? 人の身でありながら、器用なことをする」

 

 思わず、感嘆の声が漏れ出た。

 そして、数秒の時を刻んで、一冊の本を持った男が目の前に出現する。

 

「──神々ノ戦いについて、詳しく記された書物だ。少々分厚く年代も古いが、言い回しは固すぎず、万人向けのものとなっている。戦の概要を知るのには十分だろう」

 

「っ・・・そ、うか」

 

 戦は、在ったのか。

 静かに、しかして激甚に、魂が揺さぶられる。

 

「む・・・? どうした、傷が痛むのか」

 

「・・・済まない、気にしないでくれ。・・・気遣いに感謝する、双子座のサガ」

 

「礼には及ばん。昔、カノ・・・知り合いが、関連文献の量が膨大で、目を通すのが面倒だ、と嘆いていたことがあってな。その際に内容が纏められている蔵書を選別しておいたのだ」

 

 悲しい色を瞳に讃えて、サガは穏やかに微笑んだ。

 

「・・・なるほど、随分と殊勝な人間なんだな、お前は」

 

 そう言って、ズシリと重い本を受け取る。

 詳しい事情は分からないが、過去にその知り合いと何かあったのだろう。

 少々気にはなるが、こういうときは、下手に詮索しない方がいい。

 

「ところでヘリオスよ、その身体の傷はどうしたのだ? 聖闘士候補生であるのならまだ話は分かるが・・・お前は保護された、ただの少年なのだろう」

 

「・・・俺は、ただの少年などではない。・・・それに、他者の傷の理由なんてものを聞いてどうするんだ。何の得にもならないだろう」

 

 血の繋がりもなく、友でもない。

 アフロディーテや、教皇さん達のときもそうだが、どうしてここにいる人間達は、見知らぬ俺を助けようとするのか。

 不可解だという意をのせて、言葉を返した。

 すると、サガは僅かに逡巡して、静かに口を開く。

 

「全く以て、嘆かわしいことなのだがな・・・聖域には、外から来た者を歓迎しない輩が、一定数存在しているのだ。故に、もしやと思い問うたのだ」

 

「・・・そういえば、そういう連中もいるとアフロディーテが言っていたか・・・いや、それでもお前が俺を気遣う理由にはならないはずだ」

 

「何を言う。聖闘士である以前に一人の人間として、目の前で傷を抱えながら、悲愴な表情で走る子供がいれば、声をかけるのは何もおかしなことではないだろう」

 

「・・・益がなくても、構わないと言うのか」

 

「うむ・・・困っている者がいれば、手を差し伸べる。助け、助けられ、繫がっていく。人間とはそういうものだ」

 

「・・・・・・」

 

 ・・・そうか。

 見返りも、神の祝福を得たいが為でも無く。

 ただ、困っているからと言う理由だけで手を伸ばす。

 

 だから、アフロディーテも、この男も、見知らぬ俺を助けてくれたのか。

 

 それはきっと、神のもたない、人の作り上げてきた強さなのだろう。

 そして、俺は、人の強さに救われ続けてきたんだ。

 淀んだ感情に支配されていた心に、一条の光が差し込んだかのような、温かい感覚。

 強ばった頬が緩み、気づけば俺は、小さくはにかんでいた。

 

「そういうことなら、心配は要らない。この傷の半分は、好奇心に負け人間に迷惑を掛けた代償のようなもの。サガが言うような者達とは無縁だ」

 

「・・・ふむ、そう言うのなら、これ以上詮索はしないが・・・ヘリオスよ、お前が思っている以上に、人の身体は脆いものだ。限界を迎える前に休息をとるようにしなければ、いざというときに必要な力を発揮できなくなる・・・気をつけるのだぞ」

 

「・・・あぁ」

 

 そういえば教皇さんにも、身体を大切にしろと忠言を貰っていたのだった。

 

「どうにも最近、物忘れが酷いな・・・重ね重ね感謝する。この礼はいつか必ずしよう」

 

「フッ、礼など・・・だが、そうだな。代わりと言ってはなんだが、もしも助けを必要とする者と出会うことがあったのなら・・・そのときは、今度はお前が、手を差し伸べてやってほしい」

 

「俺が・・・あぁ、分かった。太陽の名に懸けて誓おう」

 

 人が、俺を助けてくれたように。

 今度は、太陽と誓約の神ヘリオスが、人の子を助けると。

 

 

 その後、双子座のサガはついでとばかりに俺の傷を癒やしてくれた。

 最後まで、善性の塊のような人間だったといえる。

 アフロディーテに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。

 

 ──そして、パンドラの箱の如き蔵書を抱えて、俺は恩人である男と別れた。

 

 

 

 

 

 

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