マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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※独自解釈色強めです。




5話 緊急事態

 

 

 

 

「なぁ、蟹マスク」

 

「蟹じゃねぇ・・・デスマスクだって何回言えば分かるんだ阿呆ヘリオス」

 

「あぁ、悪い。アフロディーテがいつもお前のことを蟹、蟹、と言っているせいで不本意だけど移ってしまうんだ・・・」

 

「・・・で? 今日は何の用なんだよ。お前の所の主は任務で留守なんだろ」

 

「俺は別にアフロディーテの従者では・・・うん、実は少々困ったことになってしまってな。気の良いお前なら相談にのってくれるんじゃないかと思って来たんだ」

 

「困ったことだぁ? 仕事の手伝いとかならお断りだぜ」

 

 一面が死人の顔面のようなもので覆われた空間で、男は怠そうに言葉を返した。

 名をデスマスク。

 巨蟹宫を守護する、蟹座の黄金聖闘士である。

 人相は悪人のそれだが、なんやかんや言って話を聞いてくれる、良い奴だと認識している。

 

 俺は神妙な顔をして頷き、力強く言葉を発した。

 

 

「──財布が、消えてしまったんだ」

 

 

「・・・あ?」

 

「一週間分の食費が入った財布が、忽然と・・・何処かへと消滅してしまったんだ。これは由々しき事態だ・・・不死であろうとも飢えないわけじゃない・・・このままでは俺は地獄のような日々を享受することに──」

 

「ただ落としただけじゃねぇかッ!! もう帰れよ! お前がいると周囲の魂が浄化されそうになる怪現象が起きるんだよッ!!」

 

「いーやーだー!! もう朝から何も食べてなくてひもじいんだよ!! 梃子でも動いてやるもんか!!」

 

 背中を掴まれ強制的に宮の外へと引きずり出されそうになるが、抗議の意を込めて小宇宙をデタラメにばらまいていく。

 

「──な、壁の霊魂が成仏して消え・・・!? ま、まさか・・・魂葬破か!?」

 

「放せー!!」

 

「あ゛ぁぁ!! 分かった! 分かったから小宇宙を放出するのをやめろ!!」

 

「ぐぇっ」

 

 唐突に手を離された俺は、床に吸い込まれるようにして倒れ込んだ。

 ついでに、強かに顔面を打ち付けた。

 

「ったくよ~財布を落としたぐらいで一々大袈裟なんだよお前は」

 

「大袈裟なものか、一大事だぞ!」

 

「こんな下らない一大事があるかよ。大体なぁ・・・飯が買えないなら、自分で獲ってくればいいんだよ」

 

 ちょっと待ってろ、と言葉を残して、デスマスクは宮の奥の部屋へと消えていった。

 なんだなんだと疑問に思い、大人しく待つこと数分。

 強面かつ悪人面の男が、何やら長細い棒を手に持ち、姿を現した。

 

「それは・・・?」

 

「・・・まさかお前、釣り竿も知らねぇのか」

 

「釣り竿・・・あれか! 魚を捕まえる道具だと前に学んだぞ!」

 

「つうことは釣りの経験はなしか・・・しゃあねぇなあ」

 

 ここの針に餌をつけて・・・と道具の使用方法を聞くこと更に数分。

 

「なるほど・・・やること自体はそこまで複雑ではないんだな」

 

「まぁな。・・・だが忘れるなよ、釣りを舐めると痛い目を見るぜ」

 

 低い声で、デスマスクは何やら忠告をしてきた。

 真剣な(似合わない)表情に、考えすぎだと俺は笑った。

 

「ははは、なんだその真面目面は。・・・よし、行くぞデスマスク。目指すは一週間分の魚の確保だ」

 

「腐るわ阿呆。双魚宮を薔薇と腐った魚の匂いの地獄にしたいなら話は別だがな」

 

「・・・そ、それは・・・侵入者対策としては良さそうだが、俺の鼻が先に死ぬな・・・止めておこう」

 

「おーやめとけやめとけ。あと俺は着いてかねぇぞ・・・教皇に報告することができた」

 

 そう口にして、デスマスクは上へと続く階段を上って行ってしまった。

 

「・・・・・・まぁ、なんとかなるだろ」

 

 取り残された俺は、受け取った釣り竿を抱えて、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地よい波の音が辺りに木霊する。

 

 せっかくだ、普段来ることのない場所まで足を運んでしまおう。

 そう考えた俺は、スニオン岬の見える、聖域端の海辺へとやって来た。

 

「・・・あの神殿跡地に、ポセイドンが居てくれたらなぁ」

 

 スニオン岬の上にある遺跡を眺めながら、溜息を吐き出す。

 今はもう無きアトランティスだけではなく、このスニオン岬や海底にも神殿を持っていた一級神、海皇ポセイドン。

 得に交流のない、互いに顔は知っている程度の関係ではあったが・・・あの神ならば、会うことさえできれば、話くらいは聞いてくれるだろう。

 

「・・・まぁ、詮無いことだ」

 

 まず、会うことができないのだから。

 肩を落としながら、俺は岩場にどかりと腰掛ける。

 

 

 ──宮の管理、もとい拷問を耐え続ける日々を送り、一ヶ月程の時が過ぎた。

 

 最初は選択を誤ったのではないかと悩みもしたが、案外、報告書を纏めるという作業は、情報収集に役立ってくれている。

 

 悪霊、妖精、怪物、暗黒聖闘士の反乱など、世界中で起っている異変について記された報告書の束。

 その内の数枚、射手座のアイオロスが担当したエジプトでの依頼の記録に、目を見張るべき記述があったのだ。

 そう・・・何者かの霊血を受けて復活した──()()()()アポフィスとかいう悪神の名前が。

 

 聖闘士たちは、神々とも戦うことがあると話には聞いていたのだが、こんなにも早く地上に降臨した神の存在を確認することができるとは。

 もしかしたら、女神アテナが地上に降臨するよりも早く、他の神に出会えるかもしれない。

 そんな小さな希望が、俺の中に芽生えつつあった。 

 

 ・・・因みに、件のアポフィスは、アイオロスが討伐してしまったらしい。

 まぁギリシャの神ではないので、俺の戻るべき天界の場所など知らんだろうし、そもそも太陽の邪魔をする元太陽神など、目を合わせた瞬間に命を狙われそうなので協力など得られるはずもない。

 寧ろアイオロスの健闘を讃えたいくらいだ。

 

「・・・よし、あとは糸を垂らして・・・ええっと確か、この竿を振りかぶるんだったか」

 

 考え事を一端止め、デスマスクに教えられた手順を思い出しながら手を動かす。

 一頻りの動作確認を終えた俺は、糸を垂らすために、手に握った釣り竿を振りかぶった。

 

「おっと」

 

 釣り糸があらぬ方向へと飛んでいってしまった。

 

「──っ!?」

 

「・・・ん? ・・・気のせいか」

 

 一瞬人の気配を感じたが、周囲には誰も居ない。

 風の音と間違えたのだろう。 

 後方の木の枝に引っかかった糸を解いて、再び岩へと腰を下ろす。

 

「ううん、上手くいかないな」

 

 ビュンビュンと勢いをつけて竿を振り回すが、糸は制御の効かない鞭のようにして周囲を飛び回る。

 

「もう少し力を抜いてみるか・・・──っと」

 

「──ッ!!」

 

 ツルリ、と竿がすっぽ抜けた。

 デスマスクの言ったように、釣りとは随分と一筋縄ではいかないものであるようだ。

 まさか、糸を垂らす時点で苦戦するとは思わなんだ。

 

「はー・・・仕方がない」

 

 後方にすっ飛んでいった竿を回収しなければ。

 すくりと立ち上がり、振り返る。

 すると、先程糸が絡まった木の下に、震える手で竿を握りしめる人間が立っていることに気が付く。

 

「・・・お前っ! 俺を狙ってわざとやっているのではないだろうな!」

 

 竿を拾ってくれたのか、と声をかけようとして、なぜだか怒鳴られてしまう。

 嫌なことでもあったのだろうか・・・と心配しつつ、その者の顔へと視線を動かした瞬間に、俺は、ピタリと硬直した。

 

「・・・お前は・・・サガ、か・・・?」

 

 双子座のサガ。

 筋肉に親切心と善性を混ぜ合わせた、優秀らしい黄金聖闘士の男。

 その者が、目の前に存在していた。

 ・・・しかし、確かサガは、任務で宮を留守にしていたはず。

 

「秒で任務を終えて帰還したのか? ・・・いや・・・なんかこう、威厳がない・・・お前、サガではないな?」

 

「・・・初対面の相手に対して、随分なことを言ってくれるな、小僧・・・いや、そもそもお前、サガを知っているのか?」

 

「あぁ、双子座の黄金聖闘士のことだろう、偶にだが、世話になっている」

 

「・・・なるほどな」

 

 口端を僅かに引き上げて、男は意味深に頷いた。

 

「俺の名はカノン・・・サガの双子の弟、双子座のカノンよ」

 

「おぉ、双子だったのか・・・アポロンとアルテミスは全く似ても似つかない造形だが・・・お前達は顔だけはそっくりなんだな」

 

 よくよく目をこらせば、カノンと名乗った者の髪は、サガとは異なり、少々緑がかかっているようにも見える。

 一応、見分けることはできそうだ。

 しかし入れ替わることがあれば、咄嗟には判別がつかないだろう。

 そう断言できるくらいに、この男とサガの容姿は似通っていた。

 

「フッ・・・顔だけはそっくり、か・・・まさにその通りだ・・・俺はあの偽善者とは違い──真性の悪なのだからなあッ!!」

 

 唐突に、男は邪悪な笑みを浮かべながら、小宇宙を高め始めた。

 ・・・ん? 

 

「サガごと、俺の存在をお前の記憶から消してくれる──食らえ! 幻朧拳ッ!!」

 

 カノンは高らかに声を上げて──

 ──指先から、小宇宙の閃光を放った。

 

「えっ──」

 

 喉から、間抜けな音が漏れ出る。

 状況を把握する暇も与えずに、光は俺の額へと直進し──、

 

 

 ──跳ね返った。

 

「っな、なに──ぐわあああッッ!?」

 

 バシャンッ!! 

 男は、悲鳴を上げながら海へと落ちていった。

 

「・・・・・・は? なんだ、身体を張った芸か・・・?」

 

 自らの放った小宇宙で、自らを海にぶち込むという奇行を前に、呆然と呟いた。

 

 ・・・今の光、俺に接触するタイミングで威力が増してたように見えたぞ。

 指くらいの光の線が、神殿の柱くらいの極太光線になって・・・。

 まさか、一度指から放った小宇宙の閃光を、遠隔で強化したのか? 

 

 困惑しながら、俺は海面を覗いた。

 

 ・・・・・・。

 ・・・。

 

「・・・お、おい! いつまで潜ってるつもりだ!」

 

 悪ふざけにしても長すぎる。

 焦った俺は、僅かに躊躇してから、海へと飛び込んだ。

 

「──ガ、ガボガボガ!? (き、気絶してる!?)」

 

 数メートルほどの海底で、意識を失っている男を発見してしまった。

 当たり所が悪かったのだろうか。

 しかし・・・不味いな。

 負傷者を出したとなれば、アフロディーテに半殺しにされることまず間違いなし。

 そう思った俺は、急いで男を岩場へと運んだ。

 

「た、頼む・・・起きてくれ」

 

 俺の未来の安寧のためにも、こんなところで倒れることは許さない。

 俺は、冷や汗を流しながら小宇宙を送り、男の蘇生を促した。

 

「・・・ぐ、こ、この・・・ただの小僧かと思えば・・・貴様、何者だ・・・!」

 

「よかった起きたか・・・! そういえば名乗っていなかったな、俺の名はへリオスだ。・・・で、カノン。お前は何がしたかったんだ?」

 

「・・・なに?」

 

「いきなり指から小宇宙を放ったかと思えば、俺に当たったタイミングで自分に技を戻すとか・・・流石に驚いたぞ」

 

「馬鹿な、お前が幻朧拳を跳ね返したのだろう・・・!」

 

「ゲンロウケン・・・? 技芸名か?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 なんとなく、話が噛み合っていないように感じる。

 小さく息をついて、俺は投げ出された釣り竿を回収することにした。

 

「・・・なぁ、その・・・カノン?」

 

 竿を拾い、俺は、やんわりと男に話しかける。

 

「事情は知らないが・・・身投げは、良くないと思うぞ」

 

「・・・は?」

 

「・・・確かに、お前の命はお前のもので、その使い方は神でも他人でもなく、お前が自らの意思で決めることだ。・・・だが、それは、きちんと考えを纏めてから出す結論であって・・・少なくとも今のお前が選ぶべき道ではないだろう」

 

 言いながら、岩場に腰を下ろして、釣りを再開する。

 竿を振りかぶるが、相変わらず糸のリリースは上手くいってくれない。 

 手先は器用な方だと自負していたのだが、今日は調子が悪いらしい。

 

「・・・俺の命が、俺のものだと?」

 

 少しの間を置いて、背後から、低く問いかける声が届いた。

 利己的な雰囲気を感じさせる人間にしては、少々違和感のある発言だ。

 小さく頷いて、俺は言葉を発する。

 

「そうだろう。他の何者でもない、お前自身の尊い命だ」

 

「・・・・・・」

 

「確かに、『人間の命や未来は、神の手によって定められるもの』・・・と主張している者が多いのが現状だ。だけどな、多少の敬意を払いさえすれば、お前達は神の都合から切り離されたところで、自由に生きてもいいんじゃないかと、俺は思う」

 

 ただでさえ、人の一生は神と比べると酷く短い。

 だから、世の秩序を乱したりしない限りは、神々は人間にも自由に生きる権利を認めるべきなんだ。

 ・・・まぁ、俺自身が一級神の都合に振り回された経験があるから、そう思うのかもしれないが。

 

「・・・フン、まるで神のような物言いをする・・・お前は、何も知らないからそのような口を叩けるのだ」

 

 呻くような声で、カノンは言った。

 

「なんだ、何か悩みでもあるのか? このヘリオスが聞いてやるぞ」

 

「・・・なぜ、お前のような生意気なガキに話さなければならない」

 

「意味深な言葉を漏らすから聞かれるんだぞ? それにな、悩みというものは口にしてみると、自らの中で整理がついて解決へと導かれることもある。吐き出してみたらどうだ?」

 

「・・・・・・」

 

 ポチャン。

 ・・・あぁやらかした。

 勢い余って釣り竿を海に放り投げてしまった。

 一応借り物だ・・・紛失する前に回収しなければ。

 小さく息をついて、立ち上がるため、腰に力を入れる。

 

「・・・俺は、双子座の聖闘士となる運命(さだめ)を受けて、この聖域に生を受けた」

 

 海に飛び込もうと、大きく空気を吸ったタイミングで、そんな声が響いた。

 振り返ると、緑の瞳に陰を落とす人間が目に入る。

 俯きながら、カノンは掠れた音で言葉を紡ぎ始めた。

 

「地上の平和を守るため・・・俺はサガと共に鍛錬を重ね、数え切れないほど多くの本を読み、他国の言葉を学び、血反吐を吐きながら小宇宙を燃やした。・・・ときには、命を落としかける瞬間すらもあった。それでも、震える本能を理性で押さえ込み、俺は必死に拳を振るい続けた・・・全ては、誉れ在る女神(アテナ)の聖闘士となるために・・・!」

 

 拳を痛いほどに握り、奥歯を強く噛み締めて、男は嘆く。

 

「試練を乗り越えた俺は、そこらの聖闘士共よりも遙かに高い実力を手に入れた・・・! ・・・だというのに・・・今は、ただの、兄の後釜でしかない」

 

「・・・サガの、後釜?」

 

 意味を上手く読み取れず、鸚鵡返しに問いかける。

 すると、カノンは自嘲的な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「あぁ、そうだ。・・・双子座の聖衣は一つだけ。故に、真の双子座の聖闘士となれる者も一人だけ。サガよりも僅かに劣る俺は、ただの兄の予備として、身を隠して生きればならないのだ」

 

「後釜、予備・・・? ・・・待て、どうして身を隠す必要があるんだ? 堂々と、サガの弟として過ごせば良いだろう」

 

「敵を欺くのならば、まずは味方から、と言うだろう。俺の存在を知っているのは聖域でもサガと教皇だけ。サガに何かがあったときは、俺が真の双子座の聖闘士となり、聖衣を纏うことになるが・・・あの神の化身とまで言われる兄に何かなど、あるはずもない」

 

「・・・・・・」

 

「・・・フッ、俺の命は俺のもの、だったか? 馬鹿馬鹿しい。・・・所詮、俺の一生は平和の礎・・・兄の代わりの、代替えでしかないのだ」

 

 言うだけ言って、カノンは歪んだ口を静かに閉じた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 なぜ、どうして。

 そんな言葉が喉まで上がるが、声には出せず消えていく。

 

 ・・・俺は、太陽神として生を受け、ペガサスを御すべく努力をし、やがて、太陽の名に恥じない神となれた。

 だが、この人間はどうだろう。

 双子座の聖闘士になるために研鑽を重ね、相応の力を手に入れた。

 それなのに。

 カノンは、真の双子座の聖闘士にはなれず、サガの代わりとなる瞬間まで、身を隠しながら生きなければならない。

 

 ──そんなの・・・余りにも不条理だろう。

 

 唇を噛み締め、何か、目の前の人間に届けられる言葉はないかと、記憶を探る。

 そして。

 

 

『ヘリオス? ・・・あぁ、ペガサスの力を借りなければ、太陽神としての役割を果たせない、三流神のことか』

 

『ヒュペリオンとアポロンがいる以上、あれは代わりでしかない。・・・人間達の中には、別の神と同じ存在であると認識している者もいる。力の弱い神は、消え行く定めなのだ』

 

『よく働いてくれたな、ヘリオスよ。世界に蔓延る戦の汚れは既に消え、最早、お前の浄化の光はこの世には不要となった。これからは、我が息子アポロンに、太陽としての役割を譲るがいい』

 

 ふと、淀んだ水底から浮かび上がる毒の泡のように、苦い記憶が蘇る。

 俺の大切なものを。

 誇りを、尊厳を傷つける言葉の数々。

 

「・・・ちがう・・・」

 

 震える声が、口から零れた。

 

「・・・は? なにがちがうと──」

 

「──お前は、カノンは! 誰かの代わりなんかじゃない!!」

 

 怒気を孕み、悔しさを混ぜ込んで。

 燃え上がるほどの熱量を込めて、俺は叫んだ。

 

「カノン! 教皇さんのところに行くぞ!! あの者ならば、お前の嘆きに耳を傾けてくれるはずだッ!!」

 

「──は? お、おい、放せ! 誰もそんなことは頼んでいない!!」

 

 俺の手を払いのける男に向かい、悲鳴にも似た声で言葉をぶつける。

 

「お前は、悔しくはないのかよ! 理不尽だって怒りの声を上げないで・・・どうして、諦めたような顔ができるんだ!!」

 

「っ・・・分かったような口を聞くなッ!! 悔しいに決まっている・・・自分は何の為に生まれたのかと、自問自答を繰り返し・・・自らの運命と、神を恨むことしかできない己の不甲斐なさを呪う日々・・・お前に、俺の苦しみの何が理解できる・・・!」

 

 

 憎悪に濡れた目で、男は言った。

 

 確かに、俺は、カノンの気持を本当の意味で理解することはできない。

 分かったような気になって、理不尽な境遇が非道いものだと評価することしかできない。

 ・・・だけど。

 誰かの代わりと言われながら生きなければならない悔しさは、痛いほどに分かる。

 自分の存在意義を否定する現実に、憤る感情くらいは持ち合わせている。

 

「お前の言うとおり・・・出会って一刻も経たない俺では、お前の気持が理解できるなんて言葉は、口が裂けても言えないだろう」

 

「・・・ならば──」

 

「──だけど、お前には、共に道を辿った兄がいる。カノン・・・お前は一度、面と向ってサガと言葉を交わすべきだ」

 

「・・・・・・俺に、双子座としての自覚を持てなどと口にする男に、俺の苦しみを理解できるものか」

 

「いいや、お前の声は届く。サガは言っていたぞ。『困っている者がいれば手を差し伸べる、それが人間というものなのだ』と。他ならない弟が悩みを抱えているのに、あの人間が、お前の嘆きを無視するとは到底思えない」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 沈黙し、カノンは、険しい表情で俺を睨めつけた。

 鋭い眼光に、反射的に身を引きたくなる。

 だが、ここで引いてなるものか。

 負けじと男に視線を合わせて、言葉を発する。

 

「・・・・・・なぁ、人間。人も神も、誰であろうとも、誰かの代わりにはなれない。なれるわけがない。お前は、お前で、サガの代わりでも代替えでもない。世界にたった一人しか居ない、双子座のカノンなんだ」

 

 そのことを理解しているからこそ、お前は憤るんだろう。

 それなのに、なぜ、自らのことをサガの代わりだと口にするのか。

 どうして、自分で自分を否定するような言葉を言ってしまうのか。

 

「胸に(わだかま)る痛みがあるのなら、耐えなくて良い。例え正しいことの為だとしても、お前を犠牲にするやり方は、間違い以外の何ものでもない。その苦しみは、声を上げて訴えるべきものだ」

 

 大体、悪いことをした罰というわけでもないのに、自らの存在を秘して生きなければならないなんて、余りにも辛すぎる。

 サガと、教皇さん以外の人間とは一切話すこともできず、こんな狭い聖域の端にしか居場所がない。

 下手な拷問よりも、心を歪めかねない境遇だ。

 

「・・・・・・」

 

 カノンは、唇を引き結びながら、俺から目を逸らした。

 岩を打つ波の音だけが虚空に木霊して、酷く虚しい。

 懊悩に沈み、逡巡を繰り返して。

 少しの時を刻んだ男は、囁くように、口を開いた。

 

「・・・余計なお世話だ。俺の問題は、俺が、自らの力で解決する」

 

「・・・カノン」

 

「ふん・・・だが、兄以外の者と話をするのは、随分と久しぶりのことだったな。せっかくだ、お前の言った言葉の半分くらいは、覚えておいてやる」

 

 尊大に言いながら、すっ、とカノンは右手を海へと向けた。

 そして、何かを掴むように手を握り、勢いよく腕を引いた。

 

「・・・あっ、あれは・・・デスマスクの釣り竿・・・!」

 

 海へと落としてしまった、借り物の釣り竿が、宙に浮かんでいた。

 

「おい・・・デスマスクとはまさか、趣味の悪い巨蟹宮の男のことを言っているのではないだろうな」

 

「そうそうそのデスマスクだよ! というかカノンお前、神通力が使えるんだな!」

 

 そういえばサガも空間移動をして、本をとってきてくれたのだった。

 全く・・・この双子は涼しい顔で、人には難しいことを、平然とやってのけてくれる。

 相当努力を重ねたのか、はたまた生まれつき才能には恵まれていたのか。

 先程までの暗い空気はどこへやら、頬を緩ませながら、俺は言葉を発していた。

 

「凄いな、カノン・・・! 遠隔で小宇宙を操れて、神通力の制御も安定している。人の身では、そう簡単にできることではない・・・流石、言うだけはあるな・・・!」

 

「フッ・・・ただのサイコキネシスだ。そう囃したてるような事でもない」

 

 満更でもないという表情で、カノンは宙に浮かぶ竿を掴んだ。

 

「特別だ。呪われているのかと思うほどに不器用なお前のために、釣りの手本を見せてやろう」

 

 ヒュンッ、と手のスナップを効かせてカノンは竿を操り、一発で餌を海面に落として見せた。

 途端、釣り糸が下へと引かれ、竿が小さく弧を描く。

 

「まずは一匹」

 

 片手で持ち上げられた竿の先で、元気よく暴れ回る鱗が姿を現した。

 

「・・・っな、一分も経たずに魚が釣れた・・・!? ど、どういうことだカノン!」

 

 デスマスクの言っていた話と違う。

 餌を落とした後は、魚が食いついてくれるまで気ままに待つのではなかったのか。

 ひょいひょいと数匹目の魚を引き上げながら、カノンは言う。

 

「なに、ちょっとした工夫というやつだ」

 

「工夫?」

 

「そうだ、ただ糸を垂らしていても時間の無駄だからな。竿越しに小宇宙を海へと送り、海流を操ることで魚の行き場を餌の下に集めているのだ」

 

「・・・・・・」

 

 ・・・なんというか。

 凄く、せこい。

 作業めいた動きで魚を捕まえていく人間に、ジトリと視線を送る。

 

「なんだ、その目は? そら、口止め料だ、受け取れ」

 

 言いながら、魚の入った籠をぞんざいに手渡された。

 

「おっと・・・ひい、ふう・・・十匹も・・・ん? 口止め料?」

 

「言っただろう、本来ならば俺は、存在を秘さねばならない者なのだと。・・・記憶を消そうにも、再び幻朧拳を跳ね返され、今度は俺の記憶が改ざんされては目も当てられんからな・・・魚座の従者ともなれば、殺すこともできん、代替策というやつだ」

 

「・・・うわ、いきなり物騒なことをいうなよ」

 

 というか、この男は意地でも俺がゲンロウケンとかいう技を跳ね返したことにしたいらしい。

 全く意図は読めないが、少なくとも気分のいい話ではない。

 

「良いか、俺のことは誰にも口にするんじゃないぞ。魚座にも、サガにも言うな、分かったな」

 

「仕方がない・・・と言いたいところだが、一つ、条件がある」

 

「・・・なんだ、言ってみろ」

 

「あと、六日」

 

「・・・なに?」

 

「あと六日、ここに来て、魚を釣ってくれ。実は財布を紛失してしまってな・・・一週間分の食費を失い、正直このままでは仕事にも手を着けられず、任務から帰ってきたアフロディーテの鉄槌を受けるところだったんだ」

 

「・・・・・・なんという、間抜けな・・・はあ、いいだろう。ついでに、お前の力の正体も探ってやる」

 

 肩を落とし、疲れた様子で男は溜息を吐き出した。

 案外、話の分かる良い人間だ。

 にっこりと笑みを浮かべて、俺は言葉を発する。

 

「いやあ、助かる。感謝するぞ、釣り師カノンよ」

 

「・・・釣り師になった覚えはないぞ、小僧」

 

 そんなこんなで。

 俺は、優秀な食料調達係を獲得することに成功したのだった。

 

 

 

 

 

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