英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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開幕 ある少女の断行

【英雄】が嫌いだった。

 全て守ったみたいに笑うのが鼻につく。

 全て救ったみたいに謡うのが癪に障る。

 奴らの与える救済はいつだって独り善がりだ。

 弱者を救うことはあれど、路頭に迷う『迷子』は目に付きさえしない。

 多くを救いはするが、その影で死に行く人々には目を向けもしない。

 故にその少女は、凡そ【英雄】と呼ばれる全てが嫌いだった。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 分かってる。

 こんなのはただの八つ当たりだ。

 そもそも少女は、救いを求めてすらいないのだから。

 頼らず済むようにと自らを鍛え抜いていたのだから。

 自虐めいた思考を巡らせる傍らで、少女は慣れた手つきで座標データを書き換えていく。

敗者(ルーサー)】の悪行が一人の『英雄』に制裁され、以降【非渡航区域】への航路は大半が閉鎖されてしまった。

 故の座標の直接入力。

 そのデータを手に入れるのだって相当苦労したものだ。

 しかしこうして堂々と渡航出来るのも、【非渡航区域】への航路が閉鎖されたからでもある。

 監視も警戒も解かれた今こそが、絶好の好機だった。

 

「全く。英雄様々だよ」

 

 書き換え完了。

 皮肉を言うように呟いて、少女はホッと息を吐く。

 これでようやく行くことが出来る。

『迷子』の少女が、唯一持つ帰るべき場所。

 そこへ繋がる手掛かりが、きっとこの場所にはあるのだから。

 

 別に、ここで出来た新たな関係に不満があるわけじゃない。

 強さをくれた人。

 笑顔をくれた人。

 居場所をくれた人。

 生き方をくれた人。

 離れたくない大切な仲間は、確かに居る。

 

 だが、それでは少女を引き留めるには足りなかった。

 少女を駆り立てる孤独を埋めるには異質が過ぎた。

 彼らと仲を深めるにつれ。

 彼らと死線を潜るにつれ。

 少女の故郷への想いは、激しく募っていた。

 

 少女はどこか期待していたのだ。

 命を危険に晒さなくたって、身を削る思いをしなくたって、『帰り道』はいつか必ず現れると。

 

 何年も待った。

 何年も期待した。

 だが、そんな都合の良い話は無かった。

 

 涙を堪えて帰路を探した。

 血反吐を飲んで恐怖に耐えた。

 何度も死ぬ思いをしながら、何度も殺す思いをしながら、それでも故郷を渇望していた。

 本来少女は『戦士』ではない。

 それでも望郷の想いを糧に、少女は無謀に身を投じ続けた。

 その果てに手に入れた、最後の手がかり。

 報告が上がった行方不明者の多くが、この座標を最後に信号を途絶させていたという魔の宙域。

 

 無論、少女に不安はあった。

 ここに行っても、また『なにもない』があるだけなのではないかと。

 すべてを投げ打った一手が無駄に終わるという、圧倒的な絶望が待ち受けているのではないかと。

 

 だが、無用な心配だ。

 既に艦は取り返しが付かないほど動き出している。

 

「きっと帰るから、待っててね。パパ……、ママ……」

 

 少し震えた声音で少女が呟く。

 キャンプシップが完全にその軌道を変えた。

 もう戻れない。

 もう帰れない。

 大丈夫。

 そのために、思い残すことのないよう全てを捨てた。

 少女は決意していた。

 もう振り返らぬと。

 もう甘えぬと。

 もう、あの場所(オラクル)に戻れなくても良いようにと。

 

 左目の傷が、チクリと痛んだ。

 それを覆い隠すように手で触れ、少女は小さく頭を振る。

 

 影の晴れない相貌で、少女はやがて現れた小さな『渦』を凝視した。

 禍々しく戸愚呂を巻いた、地獄の入口を思わせる赤黒い空間の『穴』。

 少女を乗せた船は、その渦の中へと音もなく消えていった。

 それはまるで飲み込まれるように。

 或いは、誘われるように──。

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