英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第十一話 偏屈家と偏食家

「──ミュリエル、聞いてるのか?」

 

 その声に、センカははっとした。

 顔を上げれば、明朗に笑う青年が、目の前で眉を顰めて覗き込んでいた。

 

「隊長である俺が話をしているのに居眠りたあ、ミュリエルも中々肝が据わってきたじゃねぇか」

 

 はきはきとした声と共に、そっと人差し指が鼻先を突いた青年に。

 意識が朦朧としていたセンカは、ゆっくりと口を開いた。

 

「ごめんアルカ……、ちょっとぼーっとしてたかも……」

 

 謝罪の言葉を返す。

 非を認めて、申し訳なさそうに。

 青年が目の前にいることに何も疑問を持たず、それが当然であるように。

 アルカと呼ばれた青年は、「分かればよろしい」と明るく笑い返した。

 ──嗚呼(ああ)、これは夢だ。

 センカはすぐにそれがわかった。

 その証拠に、体が言うことを利かない。唇もセンカの意識とは離れた言葉を紡ぐ。まるで昔の記憶をなぞるかのように。

 夢は少女の過去を映していた。

 センカの大切だった居場所を。

 センカの愛した【チーム】が在る、かけがえのない時間を。

 

「おいおい、嬢ちゃんはいつからそんなお寝坊さんになったんだ? しかも立ったままって……ははっ! そんな器用な真似、とてもじゃないが俺には出来ねぇぜ」

「……バル。私は寝ぼけてなんかいない。あと、その口調は凄くイラっと来る」

「でもバルの言う通りだよミュリエル。流石に、作戦会議(ブリーフィング)で居眠りは頂けないなあ」

「もう、子供扱いしないでリエン! あたしはもう立派な大人だよ! ほら、この飾りだってちゃんと貰ったんだっ!」

 

 無精ひげを撫でる黒髪のニューマン。短髪を掬い上げる濃紺の髪のヒューマン。

 二人の同僚に堂々と見せつけるようにお揃いの『三日月飾』を掲げ、センカはぷくりと頬を膨らませる。

 恐らく、きっと、現在(いま)のセンカしか知らない少年(カミト)達が見れば驚くであろう無邪気な表情。

 幼かった自分が見せる隙だらけの顔。

 仲間にだけ見せていた、融通の利かない見栄っ張りの、年相応の姿。

 現在(いま)のセンカが失ったものが、そこにはあった。

 

「おいお前ら、あんまりミュリエルを虐めてやるな。特にバル、仲間を無暗にからかうモンじゃないぞ? ほうら、こっちに来いミュリエル。このアルカ様が悪い大人共から守ってやろう」

「べーっ、だ! そんなこと言って、アルカだって一緒だよ!」

 

 実にいい笑顔で両手を広げるアルカを、センカは舌を突き出して一蹴する。そのあまりにも子供らしい仕草に、周囲に居た団員達も声を上げて笑う。

【イリオス】

 満月を象った旗を掲げる、小規模の【チーム】。

 水面下で蠢くアークスの『闇』をいち早く察し、真に願う平和のために戦っていた。

 異種族混合の猛者達で構成された、男女合わせて十二人の団員。

 彼らは特別実力があったわけでも、策に長けていたわけでもなかった。だが、こと連携に於いては比類なき力を発揮する。そんな、仲間意識の強い【チーム】だった。

 

「さあて気を取り直して、『正義』についての話をしよう」

 

 その中で一番輝いていたのが、アルカだ。

 小さく揺れる輝く太陽にも似た赤い髪は、快活なアルカの人となりを良く示していた。

 アルカは【チーム】の団長であり、『迷子』のセンカを救った恩人。

 彼の言動は良く言えば愚直で素直。悪く言えばお構いなしの考えなし。

 初対面の頃。泣いてばかりのセンカを勝手にあっちこっちに連れ出して、その度に団員達に叱られていたものだ。

 当時は酷く驚いたものだが、そのおかげで他の団員達とも仲良くなれたので如何ともしがたい。

 だが、そんなアルカを、センカは尊敬していた。

 青年はいつでも前を向いて、どんな者にも分け隔てなく接する優しさを持ち、誰よりも真っ直ぐだったから。

 正真正銘。青年は少女にとってこの地で出来た初めての『友』であった。

 そしてその幼い瞳に、青年の大願を追い求める姿は、まるで物語の『英雄』のように映っていた。

 

「『正義』についてってことは、とうとうやるんだね?」

「ああ。これまでの調査の結果、見立て通り、虚構機関(ヴォイド)は真っ黒だと断定された。最悪なことに、奴らはどうも上層部にまで手を広げている。つまり上は当てに出来ない。俺達だけで、この腐った世界を変えなきゃならないんだ!」

 

 ああ、ダメだ。

 それ以上はいけない。

 その胸に滾る炎は、決して曝け出してはいけない。

 自分は結末を知っている。

 もうすぐ終わりがやって来て、滾る炎は最悪が飲み干すのだ。

 

「──なにをそんなに怯えているんだい?」

「っ!?」

 

 白く美しい女性が眼前に立っている。

 気付けば思い出の景色は消えていて、あたりは漂白されたような白の虚空が広がっていた。

 

「恐怖を知るのは大切なことさ。そういうの、教えた覚えだってあるし。怖さを知らないと出来上がるのは無鉄砲な愚図ばかりだからねぇ」

 

 一歩、一歩と。

 シルファがこちらへ歩み寄る。

 先までの記憶の再現とは違う。

 あまりに現実感のある白い少女。

 ゆるりとした歩速がどうにももどかしくて、駆け出そうとした。

 しかし体は縫い留められたように動かない。

 そんな自分の様子に、翠玉色の瞳はただ見透かすように細まった。

 

「アタシはとっても悲しいよ。恐怖に屈しろなんて、教えたつもりはさらさらないんだけどなぁ」

 

 ニヤリと、口元がいやらしく吊り上がる。

 自分は恐怖に屈してなんかいない。

 ただ、想定の数段先の最悪を見せつけられただけなのだ。

 そんなことを言い返してやりたかったが、やはりセンカの体はピクリとも動かなかった。

 

「一緒だよ。ケツ叩かれなきゃ立ち上がれないって、どんだけ軟弱なんだって話さ。アタシはもう見てられなかったよ」

「……! ────ッ!!」

「怒ってる怒ってる。ふふふ、言われっ放しはさぞ悔しいだろう」

 

 勝ち誇ったように笑うシルファ。

 直立不動のままふくれっ面(のように見える真顔)のセンカ。

 言いたい放題の酷評を終え、やがてシルファはセンカへと到達する。

 

「悔しいなら、立ち上がるべきだ」

「ッ!!」

 

 トン──と。

 まっすぐに伸びた細い指が左胸をたたく。

 

「戦い方は教えたはずだよ。さあ──」

 

 

『目を開けなさい、ミュリエル──ッ!!』

「ッ!? ──いっ、づぅ……」

 何かに呼び起され、センカの体は再起した。

 飛び起きたと同時に襲い来る激痛に苛まれながら、負傷個所を確認する。

 撃ち抜かれた体は既に止血済みのようで、痛む以外に支障はない。

 だが問題は左足。

 添えられた鉄板で固定されてはいるが、完全に折れていて使い物にならない。

「これじゃあ、歩くことも……」

 此処に至るまでの経緯はある程度記憶している。

 崩落に巻き込まれ、敵の本陣のど真ん中へと落下したのだ。

 戦闘は必至だ。

「っ! カミトはどこに……!?」

 共に落ちた相棒を探し視界を回して、鈍色の双眸はそれを捉えた。

『ギギッ、ギチチチチッ!!』

「ッッ! ぉおおおおッ!!」

 双刃が双鎌と火花を散らしている。

 ディカーダが三体、そしてそれを率いる上位個体プレディカーダ。

 センカの故郷では蟷螂と呼ばれる昆虫と似た特徴を持つ小型のダーカー。

 腕を振るう度に傷口が開いて鮮血が舞う。

 多勢に無勢の劣勢の最中、カミトの体は絶えず自壊していた。

「助けに行かなきゃ……でも……ッ!」

 這いずることすら精一杯の自分では戦闘に参加することも出来ない。

 それでも、ただ見ているだけとはいかなかった。

「振り絞れ……!」

 縋るように伸ばした手のひらから、極大の火球が生成される。

 数秒のチャージ。

 この一撃ならば必殺たり得ると確信し、センカは咆吼した。

「後ろに飛んで、早くッ!」

「ッ!?」

 理解より先にカミトは待避する。

 その状況把握能力にほくそ笑みながら、センカは追従する標的を纏めて照準した。

「ぶっ飛べ……ッ!!」

『『『──────────ッッ!?』』』

 火球は狙い通り直撃し、直後には粉塵となって霧散する。

 ひとまず脅威は去ったと、カミトは安堵するように大きく息を吐いた。

「おはよう。よく眠れたか?」

「お陰で最悪の寝覚めだよ。でも、ありがとう」

「えっ?」

「手当してくれたんでしょ? あと、上であった諸々も併せて、ね」

 自分でも驚くほどの素直な感謝の言葉だった。

 呆気にとられたように硬直するカミト。

 しかしすぐに精神を再起動し、相貌に笑顔を浮かべた。

「随分と助け甲斐のあるヤツになったもんだ」

「調子に乗ると消し炭にしてやるから」

「……すまない」

 羞恥を隠すように後頭部に手をやって、「馴れない冗談は言うモンじゃないな」などとぼやいている。

 反射的にどやそうと上体を持ち上げると、頭頂に鋭い痛みが走った。

 まるで見えない何かに待ったを掛けられたような違和感だった。

 不満さを表情で表しながら深紅の戦士を視線から外す。

 双刃を背負い直し、カミトはセンカの隣へ腰を下ろした。

「どれくらい眠ってたの?」

「10分くらいだ」

「本当に? 平気で10年くらい寝てた気分」

「それが本当なら、一周回って疲労困憊だろうな」

「実際そうだからね。せめて足が無事だったら……」

 骨折した左足を再度確認する。

 一応レスタ系のテクニックも使えるが、ここまでの損傷を完全回復するにはあまりにフォトンが枯渇しすぎている。

 ダメ元でも試してみるべきだろうか?

 いいや、であればまだ回復の見込みのあるカミトにフォトンを回した方が建設的だろうか?

「取り敢えず休んでろ。ここはそんなにダーカーが出てこないし、暫くは休憩できる」

「ついさっきまで襲われてたくせによくもまあ。それで、ここはどこなの?」

 周囲を彩るのは黒ばかり。

 しかしダーカーの巣と呼ぶにはいやに人工的な造りをしている。

 そんな場所は、これまでのどの知識とも当てはまらない。

「端的に言えば、ベイゼの腹ん中だな」

「ごめんあたしが悪かった。あんただって相当疲れてる筈なのに……」

「どうも投棄されたアークスシップを浸蝕したらしい。なんでダーカーを産まないのかは分からないけどな」

「なんで普通に続けるのかなぁ!!」

 咆吼するセンカをまるで不思議な物を見るようにきょとんと首を傾げるカミト。

 自然と飛び出しそうになった右拳を根性で押さえ込んだ。

 話は突飛も突飛だが、状況は正しくカミトの言ったとおりを示している。

 前代未聞の一大事にセンカはたまらず頭を抱えた。

「……ん、何してるの?」

 悶々とするセンカを余所に、カミトはごそごそと周囲をまさぐっている。

 いったい何処に隠し持っていたのだろうか。

 懐からカミトが取り出したのは、恐らく戦闘のドロップ品──『ダーカーコア』だ。

 手のひらに収まるそれをまじまじと見つめている。

 この極限状態でついに気が狂ってしまったのだろうか。

「どうやら俺はダーカー因子に強い耐性があるらしい」

「えっ、うん。それくらいは知ってるけど」

「そんでダーカー因子は突き詰めればフォトンと同質だ。と言うことは──」

「えっ、ちょっ──ちょっと待──」

「──あぐっ」

 喰った。

 まるでリンゴを丸ごと頬張るように、毒々しくて肉々しいダーカーコアを、あろうことか生まれたままの姿で。

 モグモグとゲテモノを咀嚼する英雄気触れ。

 奇っ怪極まる状況を、センカはただ唖然として見守った。

「クソマズい。けど、まだ喰えるモンなんだな」

「な、なに言ってるの?」

「昔こういうの食べてた時期があったんだ。大丈夫、死にゃしないって」

「あたしが言ってるのはそういうことじゃ……ッ」

「でもフォトンを回復するならこうするしかないだろ?」

「なんであたしが間違ってるみたいになるのよ……」

 マズいマズいと言いながら厄災の核を頬張る少年。

 たまらず頭を抱えた。

 全身にさぶいぼが立つのを感じながら、センカはただそれを眺め、身動きの取れない自分の体を呪った。

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