英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第十二話 【絶望】を遂げる時

 悲鳴が木霊していた。

 灯りのない、漆黒ばかりが伸びる通路。

 最奥から轟く化物の咆吼と、蹂躙される『蟲』の断末魔。

 蹂躙劇の中心で、その化物は絶叫していた。

 

『──ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

 得物を乱雑に振り乱し、触れる同朋を悉く引き裂いていく。

 化物の肉体は既に崩壊していた。

 肉体の供給源である核を穿たれ、化物には既にそれを留めるだけの余力はない。

 縋るように、不器用な粗相で死した同朋を口へと運ぶ。

 グチャ、グチャ──と。

 悲鳴が止み、静寂が支配する空間に咀嚼の音が塗り潰す。

 既にその巨躯は以前とは別物へと変貌していた。

 崩れだした体は漆黒の殻で補強。

 継ぎ接ぎで貼り付けた蟲の針や鎌。

 飛行能力はない形ばかりの翅。

 どうしても、死ぬわけにはいかなかった。

 理由は化物自身も分からない。

 分からなくとも、そもそも化物に『理由』など元より存在しなかった。

 ただ生きたいから殺す。

 ただ戦いたいから殺す。

 ただ殺したいから殺す。

 化物は純然たる『本能』の化身だった。

 故にこそ、思考には疑問ばかりが生まれる。

 いま死にたくないのは何故だろう。

 戦いに敗れ、化物は死ぬ。

 同朋を喰らったところで、その行為は修復の手立てには成り得ない。

 それは化物自身も理解していた。

 だが、ここで死ぬことは、どうしても許せなかったのだ。

 深紅を纏う戦士。

 その裏に、終ぞ刃を通せなかったあの『漆黒』を見てしまったから。

 

『ギュイィ……ガアァ……ッ!!』

 

 ああ、そうだ。

 死ぬことが許せないのではない。

 殺せないまま死ぬことが許せないのだ。

 この場所へ己を縛り付けた『漆黒』への執着が。

 あの『漆黒』には到底及ばない『深紅』に敗れた無念が。

 その『深紅』にさえ霞む、弱者と蔑んだ『鈍色』に穿たれた屈辱が。

 鬱憤は執念となって無意味な暴食へと発露し、しかし依然この激情の名は見つからない。

 内に沸く激情の名を知らぬまま、化物の思考は虚ろになっていく。

 

『ギュイ……ゲ……ゥ……』

 

 最期に細く声を上げて、化物は絶命した。

 

 

「さてと、そろそろ動けそうか?」

 

 ゲテモノをしこたま平らげて、顔面蒼白のカミトを見上げる。

 そんな顔するならやめれば良いのにと心底侮蔑しながら、しかしその行為の意味には心底から納得を示しながら、センカは色々と諦めたように息をつく。

 

「うん、なんとか。ひとまず歩けるようにはなったかな」

 

 座ったまま軽く足をならして確かめる。

 カミトがひたすら核を喰らう傍ら、センカはただ療養に努めていた。

 フォトンを酷使しレスタを使いぶっ倒れる。

 目覚めて再びレスタを使いぶっ倒れる。

 それを10回ほど繰り返し、ようやく粉砕していた足は繋がった。

 しかしまだ万全とはいかない。

 力めば痛むし、恐らく全力を出せば再び砕ける。

 そんな淡い簡易措置だった。

 時間の感覚なんかとっくに麻痺していて、ここへ迷い込んでからの時間なんかもはや見当も付かない。

 肉体的な疲労と精神的な疲労。

 着実に積み重なるそれらが後押しして、センカは纏わり付くような焦燥を拭えないでいた。

 

「ここを出る前に、ひとつだけ確認することがある」

「確認?」

「ああ。お前、あの『化物』ともう一度戦えるか?」

「ッ!?」

 

 瞬間、記憶が後悔(トラウマ)を想起させる。

 同時に納得した。

 自分はまだ、この震える心に決着など付けられていなかったのだと。

 

「やっぱり、あいつも生きてたんだね」

「ああ。あの様子じゃ、仮に死んだとしても追ってきそうだ」

 

 その言葉に、センカは故郷の言葉──『死霊』を連想していた。

 幽霊なんて物を信じる質ではなかったのだが、ああも怨念に満ちた双眼を見れば嫌でも思い知らされる。

 

(でも、今なら分かる。あの眼は、皆とは似ても似つかない)

 

 ふと隣を見れば、何かを確信するような邪鬼眼と目が合った。

 心の奥底を見透かされたようで癪だが、その信頼には応えられる自信があった。

 

「大丈夫。あたしはもう迷わないよ」

「……そうか。強いんだな」

「なにそれ嫌味?」

「本心だ。俺は、お前みたいにはなれなかったから」

「え?」

 

 聞き返そうとしたが、カミトはそれを遮るように立ち上がる。

 追求は無理そうだと嘆息し、センカも習うようにして両の足に力を込めた。

 

「じゃあ、目的を再確認だ。ここは恐らく放棄された研究施設かなんかだろう。となれば外への連絡路は必ず存在する」

「そしたらあたしが不時着させた艦を目指す。位置はマップで確認できるから、まだ壊れてないのは確かだよ」

「形成は立て直せて、退路もしっかり確保されている。あとは……」

「この状況を切り抜けられるかどうか、だね」

 

 いつの間にこれだけ集まったのだろうか。

 眼前の通路は、黒い影が見渡す限りを埋め尽くしている。

 この場所から生きて帰る。

 ただそれだけを見据えて、再び双拳に蒼の輝きが灯った。

 

 

 ○

 

 

「これから行く場所は、虚構機関が遺棄した研究施設です。そこではかつて、人を殺めるための武器が作られていました」

 

 操縦桿を握る傍ら、ユウは淡々と語る。

 アークスはフォトンの使い手だ。

 自らが使う力である以上、通常の武器では人間を傷付けることは出来ない。

 故にこそ人目を避けて、彼らの得物は製造されていた。

 

「そんな場所に、なんでアイツらは向かったんだ?」

「不明です。あの場所にあるとすれば、人体実験を行う施設と、見られては都合の悪い死体。それと、特別製のキャストが一体くらいのものです」

「特別製のキャスト?」

「惑星リリーパのマシナリーに近い、簡単な命令のみを熟す実験体です。自意識を極力まで削ぎ落とし、代わりに多くの機能が搭載されています」

 

 ひとつは対人間用の特殊な装甲。

 徐々に武器への耐性を付けるその装甲は、最終的に施設が遺棄されるまでただの一度もほころびず、ただ人間を殺すよりも多くの成果を齎した。

 ふたつは驚異的な演算機能。

 人間を殺すことに効率を突き詰めたその回路は数度剣を交えれば即座にその能力を学習し、対象を殺しうる術を導き出す。

 最期は単騎性能を突き詰めた修復力。

 肉体の解れを修復するだけではなく、討ち果たした相手を捕食して身体機能に還元するその能力は、最終的に制御不能の『厄災』へと進化を遂げた。

 

「その経歴から、付いた呼び名は『簒奪者(デスペリア)』。私が相対した時には、既に人型の原型を留めてはいませんでした」

「ってことは、アンタはそれと戦ったと?」

「はい。情報の露見を畏れて施設は投棄することとなりました。その際に研究員を逃すため、私は討伐を任されたのです」

「ソイツは難儀なこって。で、倒したのか?」

「いいえ。私が戦った頃には対人間用の装備にも強い耐性を持っていましたので」

「じゃあどうやってそんなのを押さえ込んだんだよ」

「学習機能を逆手に取りました。私は奴を倒せませんでしたが、戦闘機能ならば私の方が上手でした。『私を殺せるくらい強くなりなさい』。どうあっても私を殺せないと知らしめ、最後にそう命令し手懐けたのです」

「登場人物全員バケモンじゃねぇか」

 

 ゴルディの絶叫を無視し、ユウ無言で進行方向を見据える。

 ユウは知らない。

 その結果『デスペリア』はアークスの死体を漁り、さらには仇敵であるはずのダーカーさえも取り込んだ。

 そのなれの果てが己の弟子を散々苦しめたことを、ユウは知らない。

 無論、ダーカーを取り込んだことでフォトンへの耐性が落ち、結果として彼らに生存への活路を開いたことも。

「そんな化物が居るところに、どうしてセンカは……」

 思考を巡らせるも、ゴルディに応えに辿り着く手立てはない。

 いや、敢えてその可能性を思考から遠ざけたと言っても良い。

 その回答は信頼の失墜と同義だ。

 幾つもの戦場を共にした戦友が、一言の相談もなく、故郷を求めて死地に往くなど。

 考えにあっても、考えたくはなかったのだ。

 

「……見えてきた」

 

 沈黙に徹し外を観察していたヒヨコが呟く。

 艦の窓から見えるのは、見たこともない漆黒の小惑星。

 いや、小惑星と呼ぶには小さい、まるで星の卵のような外観だった。

 

「おかしいですね。以前に来たときはただの戦艦だったはずですが……」

「デブリかなんかに引っ掛かったんだろ。座標はここで合ってるんだろ?」

「はい、相違ない筈ですが……ッ!?」

 

 ユウが言葉を詰まらせる。

 その尋常ではない様子に、ゴルディは反射的に外の景観に目をやった。

 

「アレは、なんなんだ……?」

 

 星の地表が深紅の輝きを纏う。

 いやそれだけではない。

 まるで脈動をするように星の地表は波打ち、膨張を開始していく。

 

「…………」

 

 眼前の異常事態を、ヒヨコはただ見つめている。

 その瞳はただ無感情で、まるで星の異常など目に入っていないというように。

 臼桃の瞳は、ただ一心に異彩な鎧姿を追っていた。

 

 

 その【絶望】はただ眺めていた。

 自らの胎で育った、特殊異常個体(イレギュラー)の最期を。

 害敵と認識していた異常個体。

 最期には同朋と呼ぶに相応しい偉業へと堕ちた、破壊の権化。

 繰り返された惨劇の終幕に、【絶望】は微笑む。

 遺棄され、使い道のないまま幽閉されてきた幾星霜が、この瞬間に報われるのだと。

 絶命し、粒子と消えていく化物の体を、【絶望】は慈しむように抱擁する。

 それは我が子を抱く母のように。

 或いは、希望に縋る亡者のように。

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