英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第十三章 英雄偶像劇

『────────────ッッ!!』

 

 咆吼が空気を揺らす。

 衝撃が舞台を震撼させる。

 迫り来る黒、黒、黒。

 距離を詰める死の大群に抗う決死の逃走劇。

 カミトはただ、躍起になって『黒』を掻き分ける。

 

「クソッタレっ! 多過ぎんだろこれ……!!」

「ダガーなんかで来るからでしょ!? 群れ相手はダブルセイバーなんて基本中の基本なんだけどッ!」

「はっ! ナックル侍がよく喋りやがる……ッ!!」

「このっ……ッ! あとで覚えてなさいよッ!!」

 

 全快した筈の肉体はすでにボロ雑巾すら綺麗に見えるほど劣化した。

 痛みは感じない。

 師より賜った『感覚の切除』は正常に機能し、血潮を振り撒く五体は鬼気迫る猛攻を見せていた。

 だが、倦怠感は隠しきれない。

 比較すれば動きのキレは明確に落ち始めている。

 カミトが進路を斬り開き、センカが撃ち漏らした残党を仕留める。

 その布陣を敷いてはや3時間が経過した。

 そもそも単騎性能を突き詰めた彼らにとって、対軍勢は最悪の難敵だ。

 綻びが生じるのは、最早時間の問題である。

 

「進路はッ!? 目標までの距離はあとどれだけある!!」

「お陰様で順調だよ! ざっと1キロってとこかなっ!」

「っかしいな。10分前にも同じ答えだった気がするんだが……ッ!!」

 

 遅々として流れる時間。

 一向に好転を見せない戦況。

 如実に現れてきた疲労という名の『死相』。

 途切れそうな意識と戦意を軽口の押収で補い合いながら、両者は死力を尽くして前進する。

 

(なんだって、こんな時にあたしは……ッ!)

 

 前衛には悟られるように、センカは歯噛みする。

 未だ万全とは言えない己の足が、状況を着実に死へと誘っている。

 きっとカミト単独なら、こんな雑魚の群れに苦戦はしなかっただろう。

 足を引っ張っているのは自分だ。

 己の不甲斐なさが、至らなさが、生きて欲しい誰かの命を咀嚼している。

 強くなった気がしていた。

 だが、状況は無情にもそれを突き付ける。

 自分はあの頃から、一歩も前へ踏み出せないままなのだと。

 

「──避けろ、センカッ!!」

「づッ……っ!?」

 

 転倒するように上体を倒す。

 鼻先スレスレを深紅の光線が通過し、直ぐ背後の一団ごと薙ぎ払った。

 地面を殴り付けて体勢を立て直し、吹き出した汗を心を惑わす焦燥丸ごと振り払う。

 

「ごめん!」

「無事ならいい! 数は着実に減ってきてる。このまま押し通して──ッ!?」

 

 ドン────ッと音を立てて、まるで波打つように艦が揺れた。

 踏ん張りきれずよろめくセンカを支えながら、カミトは警戒度合いを引き上げる。

 想定外の新たな異変。

 僅かに聞こえる金切り声のような咆吼。

 それは『デスペリア』と対峙した、あの振動と酷似していた。

 

「マズいぞ。今あんなのに襲われたら……!」

 

 その先の言葉をカミトは意図的に飲み込んだ。

 ただでさえ数で押されているこの状況で、弱音など吐いている暇はない。

 その数秒さえ無駄にしてはならない。

 思考を回し、与えられた数秒の刻限を打開の策へと繋げなければ。

 

『ギチッ……ギチチチッ……』

 

 しかし、あまりに遅い。

 周囲は既にダーカーに取り囲まれており、逃げ場は絶たれている。

 それらを斬り拓くにもこの揺れの中では満足に得物を振るうことすらままならない。

 現状ではこの状況を打破することは出来ない。

 逡巡を重ねたカミトの思考は、そう結論を付けた。

 

「……アイツに頼るしかないか」

「アイツ……?」

 

 聞き返すより早く、カミトは行動に移っていた。

 ここまで思考から意図的に外してきた自身の【特異】。

 それを解放すべくカミトは『マグ』へとフォトンを回す。

 ──だが。

 

「……どういうことだ?」

 

 まるで波が引いていくように、ダーカーの群れが退いていく。

 整列するように通路の端へと擦り寄り、ダーカーは戦闘の意思はないというように地面へひれ伏した。

 それは行き先を示すように。

 或いは新たなる死地へと誘うように。

 外へと繋がる通路を、ダーカーの群れは明け渡した。

 

「気味が悪い……」

「同感だ。だが、これで前に進める」

「……お気楽だこと」

 

 思考を放棄した両者は得物を納め、作られた通路を進んでいく。

 警戒は解かず、しかし安堵に駆られるように足早に。

 ようやく見えた帰還への兆しに、進む足は自然と駆け出していた。

 長く伸びる道を進み、一行は遂に大きな扉の前に立つ。

 確かめるように顔を見合わせ、両者は無言のまま重い扉へ手を掛けた。

 

「……出られた」

 

 呟いたのはセンカだった。

 未だ【赤いフォトン】が充満する死の地であることに変わりはない。

 だがそこは、切望した解放された外の世界だった。

 

「この場所、見覚えがある! ここ、あたしが最初に降りた場所だっ!」

「……」

「何黙ってるのさ」

「いや、本当に出れたんだなって思ってさ」

「意味わかんないっ。まあいいや、キャンプシップの位置を調べなきゃね」

 

 慌てた様子でマップを起動する。

 縋るように覗き込めば、確かに艦の反応は直ぐ目の前から返ってきていた。

 方角を頼りに視界を回す。

 すると積載する瓦礫の隙間から、見慣れたキャンプシップの外装が見えた。

 

「あった、あったよカミト! 艦はまだ無事だった! 生き残ったんだよ、あたし達っ!」

「……ああ、そうだな」

「ちょっとなに澄ましてんのよ。あんただって嬉しいくせにさっ」

 

 自分だけ浮かれているのが恥ずかしくなって、センカは不貞腐れるように赤面する。

 カミトは全てを察したように嘆息して、ようやく笑顔を作った。

 

「俺だって嬉しいよ。センカを助ける。そう約束したんだからな」

「……っ! あんた、よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるわね。こっちが恥ずかしくなるっての」

 

 羞恥を隠すように踵を返し、センカは瓦礫へと勇み足で向かう。

 キャンプシップの上には崩れ落ちた瓦礫が覆い被さっており、脱出するにもまずはこれをどかさなければならなかった。

 

「ほら、カミトも早く手伝って! これ結構重いんだからっ!」

 

 積み上がる瓦礫を押し退け、砕く。

 両手が擦り切れて血が出るのもお構いなしで、二人はついに希望を掘り出した。

 

「これ、ちゃんと動くよね?」

 

 恐る恐るといった様子でセンカは傍に展開していた脱出用のテレポーターへと踏み出す。

 直後襲い来る浮遊感と、転送独特の肉体が分解、再構築される感覚。

 次の瞬間には、二人は見慣れたキャンプシップの艦内に立っていた。

 

「……やった」

 

 たまらず声が漏れた。

 死の恐怖から解放された安堵からか、少しばかりその声音は湿っている。

 喜びを分かち合うべく隣を仰ぐと、しかし相棒はどこか無関心な様子でスタスタと歩いて行ってしまった。

 

「設定は俺がやる。センカは座って休んでてくれ」

「なっ、そのくらいならあたしだって!」

「いいから。そうじゃないと俺が安心できない」

「……べーっ」

 

 ここに来て妙に素っ気ない態度にこっそりと舌を出す。

 しかし体の方は正直で、休めと言われたからには素直に従うより他はない。

 手近な壁に身を預け、興奮で乱れた呼吸を正していく。

 当然のように襲い来る睡魔にどうにか抗いながら、センカは出立の時を待った。

 

「あたしね、『英雄』が嫌いなの」

「……」

 

 出会った頃にあった『英雄』への嫌悪感は不思議と感じなかった。

 無論、今でも『英雄』は嫌いだった。

 大言壮語を吐いては偉業を成し、成し遂げ続け、そして最期は慕った者を残して散っていく。

 身勝手なその性質への嫌悪は未だ変わらない。

 変わったとすれば、センカにとってカミトはただの『英雄』ではなくなっていたという一点のみ。

 死地を共に抜け出した『戦友』に、センカは明確な信頼を寄せていた。

 

「あたしの傍に居た『英雄』達は、『英雄』に取り憑かれた皆は、あたしを置いて行っちゃったから」

 

 譫言のように呟かれるセンカの心情。

 カミトはただ黙って耳を傾け、忙しなく手を動かし続ける。

 

「でもあんたは違った。あたしを置いて行かなかった。こうして生きたまま、あたしとここに居る。きっとあんたみたいなのを、本物の『英雄』って言うんだよ」

 

 思い返せば、カミトは一度も自らを『英雄』だとは名乗らなかった。

 ただ在るが儘を貫き通した結果、周囲の評価が彼を『英雄』へと押し上げたのだ。

 呟きながら納得する。

 それが『英雄を目指す者』と『英雄と呼ばれた者』の違い。

 英雄嫌い(センカ)が心を許した、その答えなのだと。

 

「皆も、本物を知ってたら、あんたみたいになれたのかな……」

 

 最期の方はかすれて殆ど声になっていなかった。

 いよいよ意思が睡魔に負けそうになった頃。

 けたたましい起動音と共に、強烈な重力が五体を襲った。

 

「上手く起動した。座標も設定したし、暫く乗ってれば懐かしの我が家へ到着だ」

「……そっか、これでやっと」

 

 帰れるんだね。

 そう口にしようとして、言葉は音にならず霧散していく。

 自分は帰る場所を探してここへ来た筈だ。

 あの場所はそう。言うなれば家へ戻るまでの仮初めの宿。

 忘れていた寂寥が、余白の生まれた思考を埋めていく。

 しかしすぐに頭を振って、その幼稚で意固地な思考を振り払った。

 

「久しぶりに触ったが、意外と覚えてるモンなんだな」

 

 なにかを納得するようにカミトが呟く。

 一仕事終えたというような達成感が滲んでいて、その安堵がセンカの確信を刺激する。

 生還への興奮と極度の疲労からの睡魔。

 両極を成す感情に振り回されながら、センカは曖昧なまま笑顔を浮かべた。

 

「色々と、その、ありがとね。あたしひとりじゃ、きっとここまで来られなかった。だからその……カミト?」

 

 操縦桿を操作していた相棒は、センカの前を素通りしそのまま出撃口へと向かう。

 嫌な予感がした。

 微かに、それでいて確かに。

 センカの中であの日の後悔が蘇る。

 

「不時着した衝撃だろうな。修復に燃料使っちまってうまく転移できないらしい。だから追手は、誰かが引き付けてなきゃいけない」

「……なに、言ってるの……?」

 

 深紅の背中がやけに遠い。

 肩越しに振り返るが、前髪に隠れてその瞳は窺えない。

 焦燥が体を突き動かす。

 しかし一度休めてしまった体は言うことを聞かず、センカは無様に地面へと突っ伏した。

 

「もうすぐオートパイロットに切り替わって操作不可能になる。だから向こうに着いたら救援を呼んでくれ。それまではまあ、()()()と遊んで暇を潰しとくよ」

「待って、行っちゃダメ────カミトッ!!」

 

 追いかける声は届かない。

 伸ばした手はイタズラに空を切り、掴み損ねた背中は出撃口へと消えていった。

 

 

 英雄という言葉に興味はない。

 ただ自分のことをそう思うだけで救われる人が居るなら、呼び名なんか好きにしろと思っていた。

 耐え続ければ。

 護り続ければ。

 勝ち続ければ。

 救い続ければ。

 そうすればコテコテのハリボテだって、本物に見えるはずから。

 俺を英雄と呼ぶにはあまりに拙い。

 誰かに傷付いて欲しくなくて、居なくなって欲しくなくて、死んで欲しくなくて。

 その願望を遂げるためには英雄であり続けなければならない。

 だから、こんな幼稚な駄々を突き通すしかなかった。

 瞬きよりも早く着地する。

 ゆらりと体を持ち上げて、俺は先刻出たばかりの出入り口。

 その更に上へと目を向けた。

 

「悪い。随分待たせちまったな」

 

 そこに居たのは執念に取り憑かれた『化物』の姿。

 前に見たときとは比べものにならない醜悪さを晒す、勝利に飢えた亡者の姿だった。

 キャンプシップを照準していた砲身を下げ、『化物』は獰猛に口元を歪める。

 

「わざわざ逃がす時間をくれるなんて。お前って、結構話の分かるヤツだったんだな」

 

 扉を潜ったときには、この結末は予想していた。

 センカは気付かなかったようだが、俺の背中にはべったりと殺気が纏わり付いていたから。

 

「なあ、お前は誰なんだ? 教えてくれよ、お前の名前をさ」

『……』

「だんまりか? あーいや、名乗るときは自分からか。俺は『カミト』って言うんだ」

 

 ここにセンカが居れば何を馬鹿なことをと叱責されていただろう。

 でも、俺には確信があった。

 あの時、コイツは確かに言葉に反応したのだから。

 ズン──と、『化物』は肥大した五体で着地する。

 体の造りはあまり変わらない。

 だが纏う武装は大きく変化していた。

 恐らく命を繋ぐためにダーカーを食い荒らしたのだろう。

 アークスの武装で彩られていた五体は漆黒に染まり、もはや原型も分からないダーカーの肉体がそこら中にへばり付いていた。

 もやは生き物と呼べるかも怪しい図体で、『化物』はたどたどしく口を開いた。

 

『……ギリ、オズ』

「へぇ、イリオスか。呼びやすくって助かるよ」

 

 このまま戦えば、きっと数分と持たずに俺は死ぬのだろう。

 目の前の敵はそれほどまでに手強い。

 だからこそ。

 この戦いには絶対に負けられなかった。

 俺には、帰らないといけない場所がある。

 

「さあ、イリオス。第二ラウンドと行こう」

 

 愛刀を握り締め構えを取る。

 深紅に光る双眼を見据え、俺は全力で加速した。

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