英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第十六話 走れ、愚図共よ

「…………」

 

 猛火を見た。

 それは大敵を屠るための決戦の炎。

 或いは知己を弔う送り火だったのかもしれない。

 何れにしても、それは彼女らだけが知り得る『対話』だった。

 

「美味しいところ、持ってかれちまったな」

 

 言葉とは裏腹に、どこか喜色を帯びた声音だった。

 傍観すると決め込んでから座りっぱなしだった四肢に力を入れ、立ち上がる。

 すると動き始めたカミトを見て、センカがパッと振り返った。

 大一番に勝利した彼女が何を言葉にするのか。

 そんな期待をしながらカミトは次の言葉を待つ。

 

「どうやら、あたしの勝ちみたいだねっ」

「……は?」

 

 感傷に浸っていた思考はその一言で全て漂白し、入れ替わるように混沌が押し寄せる。

 カミトの全身が訴えかけている。

 この女はいったい何を言っているのかと。

 

「アンタがボコられた相手を倒したんだよ? これが勝ちじゃなくてなんだって言うのよっ!」

「なっ、ふざけんなおい! あそこまで追い詰めたのは誰だと思って……ッ!」

「とか言っちゃって、全身穴だらけで転がってたのは誰だったっけぇ?」

「お前だって反則技使ってやっとだったじゃねぇか! こんなのノーカン……センカ?」

 

 満面の笑みで煽り始めたかと思えば、センカは不意に俯いてしまった。

 明らかに挙動不審な少女に駆け寄ろうとするカミト。

 だがその歩みは彼女に到達する前に止まった。

 その心情を、察してしまったから。

 

「ああ、今回は俺の負けだ」

「──ッ!!」

 

 弾かれたようにセンカがこちらを見る。

 笑っているようで、その実眦には涙を溜めるセンカ。

 ここで意地を張る方が、野暮という物だろう。

 

「英雄でも勝てなかった敵に勝って見せたんだ。お前は強い。……強く、なったんじゃないか?」

「なんで疑問形なのさ」

「仕方ないだろ。俺はお前の昔を知らないんだ」

 

 締まんないなぁとぼやきながら拗ねたようにセンカが小石を蹴飛ばした。

 己の確執にケリを付け、ここから彼女は再発進する。

 かつての仲間との妄執も解けた今、成長の成果を言葉にして報告したかったのだろう。

 それで此度の功労者を煽り散らかしていては元も子もないし、気の利いた言葉も自信なさげでは不格好極まりないのだが。

 残念なことに、不器用と不器用が揃ってしまえばこんな物である。

 

「でも、ありがと。カミトのおかげで、色々吹っ切れたよっ」

「ああ。つっても俺は、特別なことは何にもしちゃいないけどな」

「なにそれ嫌味ぃ? 誰より身体張ってたクセにっ」

「そう言われてもな……。だってそんなの当たり前のことだろ?」

「はぁ~~~~ッ!? アンタ、あたしがここに来るのにどんっっだけ勇気振り絞ったと思ってるのさっ!」

「知るかんなことっ! それより、さっさと脱出経路を確保しないと……」

 

 大一番を勝ち切ってハイになるセンカ。

 昂ぶるままにダルがらみするセンカを振り払うようにカミトが話題を変える。

 実際、状況は切迫していた。

 

「俺の船が生きてれば良いんだが……」

 

 不時着させていたセンカの船は粉々に砕け散った。

 墜落したカミトの船は、果たしてまだ動作するのだろうか。

 

「落下予測地点は割り出してある。後は、そこに船があることを祈るしかない」

「……そうだね。まだ、終わってないんだよね」

 

 出撃時に掲げた誓いを思い出す。

 大敵を倒し、全員が生還するハッピーエンド。

 それを見据えてセンカは自らの『退路』を堕としたのだ。

 彼女の目的は、まだ半分しか達されていない。

 

「お互い体力はもう限界だ。あまり時間は──ッ!?」

 

 言いながら一歩踏み出そうとしたその時。

 希望を抱く彼らを嘲笑うように、新たな異変が現れる。

 

「これは、地震……?」

「……いや。この揺れは、そうじゃない……ッ!」

 

 地揺れと共に、遠方の地表が崩落した。

 まるで地表を支える土台その物が消失したような異常現象だ。

 だが、彼らは同時にその現象は極々自然だと理解する。

 

「まさかこれ、ベイゼが破裂したから……!?」

 

 虚構機関の施設を浸蝕し、その全容を覆い尽くすほどの巨大ベイゼ。

 その上に蓄積したデブリで出来た足場。

 支えを失ったそれらがどうなるかは、明白だった。

 

「走るぞ、着いてこいッ! ……センカ?」

 

 期待していた反応が返ってこず、振り返る。

 センカは黙って後方に視線を向けていた。

 大地に伏せた、イリオスと名乗った大敵。

 重量に耐え兼ねた地盤が崩れ、その巨体が引きずり込まれるように奈落へ落ちて行く。

 

「……ごめん、行こう!」

 

 何かに踏ん切りを付けたようにセンカが言う。

 頷き合って、二人は生還への道を走り出した。

 先導するように、カミトが体ひとつ先を走る。

 イチかバチかに賭け、カミトは自身の船の反応がロストした座標。

 そこから算出される落下予測地点を目指す。

 最後に信号を補足したのは墜落する前。

 即ちベイゼの触手にはたき落とされた空中の座標だ。

 落下したときの角度や速度。

 憶測から推測した落下予測ポイント。

 他に脱出する手立てがない今、彼らが縋れるのはその僅かな可能性しかない。

 崩れ落ちる地表を蹴って、2人は一心不乱にひた走る。

 

「カミト、あそこッ!」

「ッ!?」

 

 センカが示す方向から、雪崩れるようなダーカーの軍勢が押し寄せてくるのが見えた。

 すぐさま得物を引き抜く。

 

「連戦だが、いけるか?」

「当然っ!」

 

 気丈に答えるも、センカの声音には疲労が滲み出ていた。

 過剰なドーピングを行った反動が、センカから着実に機動力を奪っている。

 理想を遂げる。

 そう決意した心ひとつで、センカは鉛のような五体を絡繰っていた。

 散らばる瓦礫を飛び越え、羽虫が如く飛び掛かる無数のダーカーを蹴散らす。

 切り裂き、切り裂かれ、戦士たちは地獄を疾駆する。

 切り抜けた先にある、希望を信じて。

 

「……ッ、あれはッ!!」

 

 黒の雪崩の向こう側に、それはあった。

 まるでそこだけを避けるように、瓦礫ひとつない広場の中心を見る。

 2人の表情が晴れた。

 上手く腹から墜落したのだろう。

 外装に破損は見受けられるが、そこには紛うことなき一隻の船が鎮座していた。

 

「「……ッ!!」」

 

 互いに顔を向け、堪えきれない喜色を見合う。

 アレが動く保証はない。

 だがそんな懸念は彼らの間には一欠片もなく、理想を目前にして鼓動は逸るばかりだ。

 あの船は間違いなく動く。

 そんな確信に満ちた表情で、2人は最後の距離を全速で駆けた。

 

「カミトは先に行ってッ! アンタが起動準備してる間に、あたしがダーカーを引き付けるッ!」

「ああ、頼んだッ!!」

 

 振り返り、センカは最後の力を振り絞って臨戦態勢を取る。

 しかし、異変はすぐに訪れた。

 

「……?」

 

 背後で止まった気配を辿り、センカは首だけで後方を伺った。

 そこには紅蓮の戦士が立っていた。

 まるで動く様子もなく、立ち尽くし、押し黙って船を見ている。

 

「ちょっと、何やってるの!? アンタこの状況が分かって──」

 

 カミトの肩に掴み掛かり聡そうとして、同様に、センカも言葉を失う。

 入れ替わるように、猛烈な『駆動音』が周囲を揺らした。

 

「うそ、でしょ……?」

 

 浮き上がる、巨大なシルエット。

 それは紛れもなく彼らが良く知るキャンプシップその物だ。

 だからこそ、絶望するのだ。

 

『────────』

 

 こちらを睥睨し、船の機銃は迷うことなく彼らを照準する。

 その外殻には木の根のような『黒い触手』が張り巡らされており、剥き出しの核が右翼を赤黒く染めている。

 ダーカー因子による浸蝕。

 縋った希望は、散った。

 

「これじゃ、どうしようも……」

 

 弱音が口を衝く。

 センカは、全身から力が抜けていくのを感じた。

 もう充分頑張った。

 見送った彼らに報いるだけの献身を見せた。

 大言壮語を実現するための無理難題を殺し尽くした。

 そんな自分達の足掻きより、この星が孕む絶望の方が上手だった。

 ただ、それだけのことだ。

 脳裏を埋める諦めを肯定して欲しくて、センカは隣に立つ戦士を見上げ──。

 

「────ッ!!」

 

 目が、覚めた。

 

「うん、そうだよね」

 

 カミトは奥歯を噛み締めていた。

 その表情には苦渋、苦痛、悲痛。

 想像し得るあらゆる絶望が支配していた。

 この状況を打開する策が彼の中にないのは明白だった。

 だがそれでも。

 眼前に立ちはだかる障壁を見据える瞳が、轟々と燃えているのだ。

 それでもまだ、彼にとって、この程度の絶望では諦めるのに値しないのだ。

 

「……ふんっ!」

 

 ピシャリと己の頬を叩く。

 再び愛拳を諸手に携え、センカは声を張り上げた。

 

「作戦は変わらないッ! あたしがダーカーを引き付けるから、あの船はアンタに任せるッ!」

「任せるったって、浸蝕された船をどうやってッ!」

「自分の能力を忘れたの!? アンタ、ダーカー因子を吸収できるんでしょ!?」

「……ッ!!」

 

 その一言でカミトはセンカの思考を全て察知した。

 彼の体質は、ダーカー因子を貯蓄することができる。

 つまりセンカはこう言っているのだ。

 浸蝕を受け暴走したキャンプシップを、その能力で元に戻せと。

 

「それしかない、か」

 

 無論、彼の能力は万能ではない。

 殲滅し滞留するダーカー因子を吸い取るだけの、活性化している因子を操るような代物ではないのだ。

 船を破壊せず、ダーカーの浸蝕のみを取り除く。

 大詰めの局面で求められた曲芸が如き芸当。

 これまで感じたことのないプレッシャーごとグリップを握り込み、カミトは双小剣を抜き放つ。

 双脚に力を溜め、睥睨する敵機を睨んだ。

 

「ふッ……!!」

 

 飛び上がり、機銃の射線から離脱する。

 振り上げた双小剣を機銃に突き刺し、片方を無力化。

 それを支点にして、カミトは一手で敵機の屋根上を取った。

 鋭く燦めく切っ先を思い切り機体に突き立てる。

 

「ッ、これは……ッ!」

 

 切っ先は機体の表面をいとも容易く切り裂いた。

 触手ばかりを狙ったつもりが、ただ撫でただけの金属板には鋭い切り傷が刻まれている。

 通常キャンプシップはフォトンによる保護を受けているのが常だ。

 それが浸蝕を受け、ただの鉄塊となっている。

 やはり、無傷で浸蝕手を取り除くのは至難だ。

 ふと、眼下を見やる。

 そこには鬼気迫る形相で、黒の大群と相対する戦士が居た。

 疲労困憊で蒼白の面持ちで、以前激しく闘志を放って絶望に抗っている。

 報いなければ。

 息を入れ直し、カミトは再び難題と向き合う。

 

「こうなりゃイチかバチか、核を破壊するしか──ッ!?」

 

 意を決して得物を振り上げた直後、こちらへ向けて飛来する『何か』を目視した。

 直後──ザンッと。

 瞬きの間で直進したソレは、浸蝕機体の胴体を深々と貫いた。

 

「これは……ッ!?」

 

 突然の衝撃を期待にへばりついて耐える。

 揺れる視界で見やれば、コックピット部分に突き刺さる異物を見る。

 崩れた地盤の欠片だろうか。

 いいや違う。

 これは『武器』だ。

 真ん中にある柄を起点に、その両端に刃を備えたアークスの武器。

 カミト達と同じくファイタークラスが得意とする第三の武装──『ダブルセイバー』だ。

 それが意味することは、即ち。

 

「カミト、あれっ、あれっ!!」

 

 晴れた表情でセンカがこちらを見上げる。

 彼女が指差すその先には、3体の人影が立っていた。

 

「これより敵軍の掃討作戦に移ります。2人とも、手筈通りに」

 

 ダーカーと見紛う漆黒のキャストが静かに呟く。

 しかしその声音とは裏腹に、行動は迅速だった。

 

「……薙ぎ払って」

 

 薄桃色の髪を靡かせ、ヒューマンの少女が手を翳す。

 その声に応えるように、浸蝕機体に突き刺さった両刃剣が超質量のフォトンを撒き散らした。

 

「っ、ぶね……!」

 

 高速で回転した両刃剣は容易く機体を切り裂き、動力を失った船は摂理に従って墜落する。

 そのままついでのようにダーカーの大群を両断し、両刃剣は持ち主の手中へと帰った。

 転がるように地表へ飛び降り、カミトは放心したまま前方を見やる。

 

「んじゃ、次は俺だな」

 

 両刃剣が切り開いた道を駆け、飛び上がった大男が近場の高岩を陣取る。

 着地──と同時に、諸手に携える双機銃を眼下に構えた。

 

「あばよ、木っ端共……ッッ!!」

 

 上記を逸する速度で大男がトリガーを引く。

 一瞬にして戦場を覆い尽くすほどの弾丸が生成される。

 雪崩れ込む大群へ目掛け、弾丸は豪雨が如く降り注いだ。

 しかし。

 

「……?」

 

 双機銃は連射速度こそ凄まじいが、弾丸一発一発の威力は高くない。

 飛来する弾丸は大群を捉えるが、消滅したダーカーは極一部で──。

 

「違う、そうじゃない……ッ!!」

 

 彼らの狙いにいち早く気付き、カミトは今も大群と『真正面』から対峙するセンカを目指す。

 

「センカッ、手をッ!!」

「ッ、うんッ!!」

 

 伸ばされた手を引ったくるように掴み、センカは引き摺られるようにして戦線を離脱する。

 困惑する彼女にはかまいもせず、カミトは決死の形相で大群が向かう直線上から全速力で退避した。

 双機銃が産み出した弾幕が晴れる。

 地表に残っていたのは、一直線に並ぶダーカーの群れ。

 大男の狙いは大群の殲滅ではなく、()()()()()

 その真意は。

 

「10秒。及第点ですね」

 

 漆黒のキャストが無感情に呟く。

 腰ダメに構えるのは巨大な砲銃だった。

 蒼白い閃光が銃口に集い、凝縮されたエネルギーが悲鳴を上げる。

 

「──ファイア」

 

 解放された閃光が、視界を焼いた。

 規格外の白光が漆黒の大群を瞬く間に飲み込み、蒸発させる。

 砂塵。

 轟音。

 そして、沈黙。

 全てが終わり晴れた視界には、ダーカーの影は一匹たりとも残されていなかった。

 

「掃討完了。これよりミッションⅡ、要救助者の救護に移ります。着いてきなさい」

 

 ものの数秒で大軍を消し去った手際の良さに、2人はただ圧倒される。

 度重なる疲労で現状把握能力が著しく低下したカミトたちは、こちらへ歩み寄る3つの影をただぼうっと見つめた。

 

「伝わりませんでしたか? それでは、愚図な貴方でも分かるように言い直します」

 

 漆黒のキャストが一歩前に踏み出す。

 直後、身の危険を察知したセンカは素早くカミトの背後に身を隠した。

 頬に冷や汗が伝うのを感じながら、カミトは首だけを動かしてそれを見る。

 光源を背に立つその表情は影に隠れ上手く窺えない。

 その中で唯一窺える光源。

 橙に輝くキャストの双眸が、射殺せる程の怒気を孕んでこちらを睨んだ。

 

「門限はとっくに過ぎています。帰りますよ、聞かん坊」

「な、なんでユウ姉がここに──」

「返事は?」

「──帰ります……ッッ!!」

 

 ビシッと素早く、カミトが気を付けをする。

 上擦った返事はこれまでセンカが聞いたどんな声よりも大きく、情けなかった。

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