英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第十七話 長夜の果に

『──貴方は、なぜ耐えられるのですか?』

 

 不意に投げかけられた問に、少女は逡巡する。

 マスクで顔の半分を隠した鉄面皮が、無機質な声で。

 しかしどこか切なる響きを持って放たれた言葉。

 これまで深く考えもしなかった少女の『動機』。

 少女は拙い思考を動かして、奥底から『本心』を引き出す。

 

『ワタシは、戦うことができません』

 

 純白のその体躯は、少女の言う通り戦闘用に作られていなかった。

 ただ耐えることに特化した、異型の身体。

 眼の前に佇む漆黒の戦士とは似ても似つかない、簡素な機体。

 誰よりも戦士から遠い少女の経歴は、しかしどのような戦士より熾烈を極めている。

 

『ワタシは、耐えることが救うことだと信じています』

 

 切り裂かれ、砕かれ、穿たれ、射たれ、撃たれる日々。

 少女はあらゆる兵器をその身で受け止め、幾度も残虐な実験に立ち会った。

 発達していないとはいえ自我を持っていては、とうてい正気を保つことはできない境遇だったろう。

 それでも平然と佇むその姿に、マスクの機械族は興味深そうに問を重ねる。

 

『つまり貴方は、その自己犠牲こそに価値を見出している……と?』

『…………』

 

 少女は沈黙する。

 肯定ではなく、考え込むような沈黙だった。

 実験体である少女が自己理解に思考を割くのはこれが初めてのことだった。

 自らが脅かされた結果、有力な武装が完成し、それが使用者の命を存えさせる一助になる。

 それは『動機』ではなく、ただの歴然たる『事実』だ。

 ならばその事実に臨むに当たって、少女が秘める動機とは何だろうか。

 時間にしてたっぷり10分もの沈黙の果てに、少女はひとつの結論にたどり着く。

 

『……憧れ、なのだと思います』

『──』

 

 マスク越しに灯る橙の瞳が少し揺れた。

 

『このような境遇で、貴方が憧れるモノとは?』

『貴方です。ワタシは、貴方のようになりたい』

『……私に、ですか?』

 

 驚愕より不信感が勝った。

 この純白の機体は、既に自我が壊れてしまっているのではないかと。

 

『ワタシは、多くを救ってるかもしれません。ですが、それはワタシではないのです。だから──』

 

 だがこちらを見つめる白金の瞳が、内に秘める強烈な意思を主張する。

 再び言葉を探すように沈黙し、やがて。

 

『だから、ワタシは貴方になりたい。貴方のように、ワタシも──』

 

 少女は生まれて初めて、自身の『願望』を自覚した。

 

 

 ◯

 

 

 星が崩れていた。

 正確には、星を模していたひとつの生物が。

 崩落していく残骸の中を、彼らは駆けていた。

 

「なるべく気にして走っちゃいるが、体の具合はどうだ?」

「どうって言われても……。感覚無さすぎて、脚とか落としてねぇか不安って感じか……?」

 

 ロックスに背負われるカミトは、体の具合を確かめるように瞳をぐるりと回す。

 満身創痍という言葉も裸足で逃げ出すほどの重症を負う彼は、元々痛みに耐性がある体質も相まって、本気で自らの容態を掴めずにいた。

 そんな重体でありながら平然とした口調を保つカミト。

 アークスの英雄の異常さに、ロックスはちょっと引いた。

 

「冗談が言えるくらいなら問題ないな。大変だっただろ、ウチの暴れ馬のオモリは」

「聞こえてるぞ~~~ロックスッ! 体治ったらアンタただじゃおかないからねっ!」

「落ち着いて、センカ。名が体を表す前に」

「ちょっ、ヒヨコそれどういう……ぐぬぬ」

 

 再び声を荒げようとして黙り込む。

 悔しそうにロックスを睨み付け、しかしそれ以上暴れるようなことはせず、センカはへばり付くようにヒヨコの背中に体を預けた。

 これまで何度も口論を重ねたセンカを一撃で静めた手腕に、カミトは思わず舌を巻いた。

 

「……俺が勝手に首突っ込んだんだ。大変なんて思っちゃいない」

「はっ、殊勝なことだ」

 

 難所を越えた和やかな空気を纏って、一行はひた走る。

 先頭を行きナビゲートするユウが、背後の会話に眉をひそめた。

 

「……静粛に」

「──ッ、了ッ!!」

 

 反射でロックスが声を張り上げた。

 過去を一撃で掘り返す一声に、ヒヨコはたまらず目を見開く。

 ひとり声を上げ羞恥が込み上げたロックスは、苦情を申し立てるように声を潜めた。

 

「……なあおい。お前の姉貴、どんな『軍』に居たんだ?」

「さあ、昔のことは俺もあんまり……ッ!!」

 

 射殺すような冷やかな一瞥を見舞われ、押し黙る男性陣。

 静かになった状況に満足し、ユウはあらためて撤退ルートの算出を行う。

 

(外観から予測するに、この地表はベイゼに土砂やデブリが築層しただけの物……)

 

 キャンプシップを対空状態で待機させて正解だったと、ユウは内心で胸を撫で下ろす。

 燃料も余裕を持って積んできた。

 準備は万端。

 最も警戒すべき敵はカミトとセンカが葬った。

 先の掃討戦から増援の気配もない。

 明らかに状況は『決着』していた。

 だが──。

 

(安心するには、まだ早い)

 

 この土壌の崩落に、()()()()()()

 雪崩のように連鎖するのではなく、さながら壊死した部位を切り離すが如くまばらに消滅していく。

 今見えている足場全てが、一瞬で消え去る可能性もあるのだ。

 まだ事故の可能性は無数に潜んでいる。

 漠然とした焦燥を抱えたままひた走り、ユウはついにそれを捉えた。

 

「対象を目視。皆さん、もうひと踏ん張りです」

 

 目的のキャンプシップに辿り着き、カミトは安堵の息を吐いた。

 船は腰の上空でホバリングしており、いつでも発射出来るよう待機している。

 視線の先にはテレポーターが設置されていて、そこに踏み込めば全てが達成される。

 

「長かった、な……」

 

 時間にしておよそ3日。

 カミトとセンカが不眠で激闘を潜り抜けた期間だ。

 消え入るような声は隠しきれない焦燥を湛えていた。

 

「足を止めている暇はありません。さあ、出発しますよ」

 

 ユウが先んじてテレポーターへ向かい、システムのチェックをしている。

 おそらく二次被害の防止だろう。

 恩師の周到さに舌を巻きながら、その後を追うようにカミトが一歩踏み出して、振り返った。

 

「……センカ?」

「────」

 

 振り返ったセンカは、呆然と立ち尽くしている。

 鈍色の瞳は、何かを探すように景観を眺めていた。

 

(なんだろう。何か、大事なことを忘れているような……)

 

 崩落していく景観。

 終末を見届けながら、当て所なく視線を這わせる。

 胸のうちにできたシコリのように、奇妙な気持ち悪さが纏わりつく。

 しかし目に映るどれを取っても、センカの違和感を晴らしてはくれない。

 

「転送の準備ができました。皆さん、搭乗の準備をしてください」

 

 弾かれたように顔を上げる。

 振り返った先には待ち望んだ脱出艇と、苦難を乗り越えた仲間たちが自分を待っている。

 

「ごめん、先に入ってて。すぐに行くからさ」

「おいセンカ、怪我人がなに言って──ヒヨコ?」

 

 前に出るロックスをヒヨコが静止する。

 どこか無感情な眼差しが何かを見定めるようにこちらを見ている。

 

「……待ってるから」

「うん。ありがと」

 

 次々と転移していく面々。

 その背中を見送って、いま一度背後へと視線を送った。

 

「……やっぱり、探すだけ無駄だよね」

 

 かつて時を共にした仲間たちの遺品。

 戦いに必死で、それらを回収することをすっかり忘れていた。

 先程からの胸のつっかえは、きっとこれが原因だったのだ。

 

「今から取りに行けるワケもないし、諦めるしかないのかなぁ」

「当たり前だ。振り返ってる暇なんかない」

「アンタねぇ、少し空気ってもんを読みなさいよ……!」

 

 振り返りざまに憤怒を宿した瞳で睨みつける。

 微笑ましいものでも見るように、非対称な邪鬼眼が細まる。

 

「経験者から言わせて貰うが、そういうのはわざわざ拾うモンじゃない」

「じゃあ、なんだって言うのよ」

「決まってる。託されるモンだ」

「──ッ!!」

 

 言い当てられたように両目を見開く。

 そして、強張っていた全身から力が抜けていくのを感じた。

 きっと自分は不安だったのだ。

 旧友の姿を垣間見て、また孤独の日々に戻ってしまうような気がしたから。

 

「……確かに、アンタの言う通りだ」

 

 軽く胸に手を当ててみる。

 拍動する心臓が、彼らの功績を誇るように強く脈打つ。

 共に過ごしてきた思い出を誇示するように。

 或いは、受け継いだ信念を刻み込むように。

 

「ほら、行くぞ」

 

 立ち尽くすセンカに、カミトがおもむろに手を差し出した。

 自分よりも傷だらけなことを差し置いて、こちらを気遣うその仕草に、センカはこの地に降り立った頃のことを思い出した。

 

(いや、あの時アタシが掴んだのは胸ぐらだったっけ……)

 

 あらためて自分の素行の悪さを思い直し、苦笑した。

 そして差し出された手を、素直に掴んでもいいと思える自分に辟易する。

 帰還した頃には、きっと先日までの荒みきった自分は速攻黒歴史と化するだろう。

 

「うん。帰ろうか」

 

 だが、それでいいと思えた。

 どれだけ危険な選択肢だったとしても、過去と向き合ったこの経験は何物にも代え難いと、そう思えたから。

 自分の中に強烈に根付くほど、同じ過ちを起こすことはないと確信できたから。

 意を決したように一歩前へ。

 どれだけ振り払っても差し伸べられたその手を掴もうとして──。

 

「──えっ?」

 

 突然の浮遊感が襲った。

 掴もうとした伸ばした手が空を切る。

 脱出艇も、自分を迎えに来てくれた筈の仲間たちも、まるでセンカを置き去っていくように遠ざかっていく。

 一様にして驚愕に染める彼らの顔。

 一瞬遅れて、センカは自分が()()()()()ことに気がついた。

 

「ッ、センカ──ッ!!」

 

 彼らを劃かつように崩れ去る土壌。

 カミトが駆け寄るが、伸ばした手は虚しく空を切った。

 断崖から、身を乗り出して眼下を見る。

 そこには既にセンカの姿はなく。

 黒を敷き詰めた奈落があるばかりだった。

 

 

 ◯

 

 

 ──どうして、夜の時間はこれほどまでに長いのだろうか。

 

 オラクルに来てまだ日が浅い頃、幼いセンカが夜闇の中で考えていたことだ。

 当然彼女らが生活する拠点は人工物であるため、昼夜の巡りはむしろ規則的である。

 そのことは幼いながらに理解していた。

 

(なんで、こうなっちゃんだろうな……)

 

 自分を呼ぶ声が、自分を見る人影が、暗闇に飲まれていく。

 それはまるであの頃打ちひしがれていた漆黒のようだった。

 日の明るい間、『みんな』とともに過ごす時間とは違う。

 寄る辺のない少女が、たった一人で向き合わなければならなかった。

 瞼を閉じてから眠りに落ちるまでの、誰とも分かち合えないあの『孤独』が。

 自由落下の最中、まるで走馬灯のようにセンカの脳裏に浮かぶ。

 

(頑張って、みたんだけどなぁ)

 

 不安と寂しさに押しつぶされ、泣きじゃくった。

 その夜の連なりに終止符を打ったのは、確か隊長のアルカだった筈だ。

 あの時、彼は何と言ったのだったか。

 だが思い出を手繰るより先に、心底から湧き出た別の感情が思考を上書きした。

 

(でも、今度はやり切れたんだ)

 

 泣き喚き、護られるばかりだった自分が、今度は誰かを護りきった。

 彼らの献身に報いるだけの勤めは、充分に果たせただろう。

 もう視界には外の明かりは映らない。

 漆黒の海に身を委ねるように、センカは静かに瞳を閉じた。

 

「やっぱり、夜の方が長いじゃん」

 

 ──ああ。そうかもしれねぇな。

 

「……ッ!?]

 

 弾かれたように瞳を開いた。

 聞き覚えのある声を聞いた気がして、空中で身を捩って周囲を見る。

 だが当然、周囲に人影は見当たらない。

 だけどいま、確かに声が──。

 

『────────────────────ッ!!』

 

 声を辿って視線をやったのは、自分よりも遥か底の深淵。

 飢えた『獣』のような吠え声が、センカの全身を打ち震わせる。

 

 ──それでも、朝ってやつはどうしようもなくやって来るんだ。

 

 ギラリと、『願望』を湛えた双眸がセンカを睨む。

 深淵から浮かび上がったその光源は、まるで朝日の曙光のように。

 闇に浸った瞳を晴らすような、白金色を湛えていた。

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