英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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前編 災厄の巣
第一話 非渡航区域


「あれは……?」

 

 予想外のものを目にし、思わず呟く。

 キャンプシップの窓越しに見える漆黒の宇宙。

 そこに突如現れた、禍々しく戸愚呂を巻いた小さな渦。

 『ファンジ』を彷彿とさせる、赤黒い『穴』。

 少し先を行く船を吸い込んだ、果てのない闇。

 

「アイツはこんなとこになにをしに来たんだ?」

 

 深夜。

 時刻は『AM 二:〇〇』を回る頃。

 アークスシップのロビーで、俺は普段見慣れぬ人物を目撃した。

 センカという名のその少女。

 尾行している身で言うのもあれだが、彼女とはあまり気の知れた仲ではない。

 というよりむしろ、俺は彼女に避けられている節がある。

 彼女が俺を見る一瞬、その鈍の輝きに激情が宿るのだ。

 それでも、放っておけないと思った。

 少女の相貌が、暗く淀む瞳の色が、かつての自分に酷く似ているように見えたから。

 見えたと言ってもかなり遠目だった。

 だから見間違いならそれでいい。

 正直に後を尾けたことを謝れば、例え絶縁されたとしても、それでいい。

 でも、もし──見間違いじゃなかったとしたら。

 

「……やっぱり、放っておけないよな」

 

 覚悟を決める。

 程なくして、キャンプシップは抵抗もなく呑み込まれた。

 

 明滅の間もなく、船外の景色が切り替わる。

 

 星の海より移り、広がったのは赤黒く淀んだ空。

 生命の気配のない漆黒の地表。

『渦』を抜けた先、『ダーカーの巣』にも似た異様な惑星がそこにはあった。

 

「こんな場所があったのか……」

 

 講義でも習わなかった未知の惑星。

 眉をひそめる。

 仮にセンカが目的を持ってこの地を訪れていた場合、彼女は一体なにを求めているのだろうか。

 この場に凡そ価値ある物は認められない。

 鉱石の採掘とか、そういった線は捨てていいだろう。

 もしかしたら、元々この場を選んだことに意味は無いのかもしれない。

 例えば誰かと待ち合わせだったり。

 例えば誰かの家に来訪する予定だったり。

 いや、ないなと、俺はその思考を決定付ける。

 

 ──直後。

 

「なッ……!?」

 

 前触れもなく、船体が大きく揺れた。

 けたたましく警報が鳴り響く。

 慌てて手近なもので体を支えた。

 乱気流にでも突っ込んだか?

 いや、キャンプシップはそんな程度で軌道を乱すような造りにはなっていない。

 

「一体なにが……うおっ!?」

 

 グンッと、船体が一際大きく傾いた。

 床に転がるのを、四肢を突っ張って耐える。

 

 墜落の浮遊感ではない。

 船体はちゃんと浮いている。

 ならば要因は外的なモノに限られる。

 そしてこの、一方向へと断続的に走る衝撃。

 間違いない。

 この船体は今、巨大ななにかに()()()()()()()()()──!

 

「クソ……ッ!!」

 

 即決即断。

 揺れる足場を蹴り抜いて、出撃装置へと走る。

 未知の敵による奇襲。

 環境は不利な上空。

 そして状況を握るのは相手側。

 抵抗は不要かつ愚策。

 早急にこの場から離れることが先決だ。

 

「──ッ!?」

 

 装置を潜り、体は空中へと放り出される。

 落下の最中、俺の視界は確かに『ソイツ』を捉えた。

 映ったのは極大の『触手』。

 聳え立つ塔の如く伸びる無数の『触手』が、キャンプシップに群がり巻き付いていた。

 あれはなんだ。

 あんなモノは見たことがない。

 あんなモノは聞いたことがない。

 あれは、ダーカーなのか?

 

 ──しかし、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 

「ちっ……くしょうッ!」

 

 目算で一〇〇〇〇(メートル)はあろうか。

 投げ出された上空より、地表までの距離を算出する。

 通常キャンプシップの出撃装置を潜ればそのまま地上へ転送される。

 しかし『触手』の接触により壊れてしまったのか、潜り抜けた先は地表ではなく艦が滞空していたそのままの位置。

 投げ出された。

 未だ景色は雲より上。

 超高高度にポツリと、俺の五体は放り棄てられた。

 なにか手を打たねば。

 このままでは今までの考察も警戒も無駄になってしまう。

 あの巨大触手と相対する前に、先を行ったセンカに追いつく前に、確実に死ぬ!

 

 ──残り五〇〇〇M。

 

 数十秒が過ぎた。

 四肢を広げた姿勢のまま、俺はひたすらに生存方法を模索する。

 バサバサと風が激しく耳朶を打つ。

 思考しろ。

 なんでもいい。

 落下の衝撃を殺せるようななにかを探せ。

 

 ──残り二五〇〇M。

 

 落下の勢いが思っていたよりも速い。

 超高高度からの自由落下はこれ程加速するものなのか。

 未だ手は浮かばない。

『フォトンアーツ』を使えば浮遊は可能だろうが、それは静止状態での話だ。

 こんなに勢いが付いてしまっては最早その機能も易々と破綻する。

 地表になにかクッションになりそうなものはありはしないかと探すも、やはりこの場に生きた生命は存在しない。

 枯れた木々や痩せた土では、落下の衝撃は殺せない。

 しかしその中で、唯一可能性を見出すものを見つけた。

 不安は大いに残るが、他の選択肢よりは幾分もマシだ。

 一か八か、その可能性に掛けよう。

 

 ──残り一〇〇〇M。

 

 もう着地までは秒読みだ。

 細かく位置を調整する。

 狙うのは眼前に聳えた山岳。

 そこに見つけた、切り立った断崖。

 狙いを付ける。

 狙いを澄ます。

 

 ──残り、一〇〇M!

 

「……ッ、ぉおお……ッ!!」

 

 抜剣する。

 迫り来る地表へ。

 狙いを定めた断崖へ。

 固く握った愛刀を突き立てた。

 

「──がああッ!!」

 

 ガガガッ!! と、逆刃に立てた『双小剣(ツインダガー)』が悲鳴を上げる。

 武器伝いにとんでもない衝撃が全身を駆け抜けた。

 力を籠める。

 五体を奮わせる。

 この崖の深さは未知数だ。

 仮に浅い崖であった場合、奮闘も虚しく絶命は必至。

 逆に深い崖であった場合、ズタボロに砕けるであろう四肢では登れない。

 突入した景観から、この断崖は後者だ。

 一先ず先の死は免れたが、このままでは死を先送りにするだけだ。

 故に俺が取るべき行動は一つ。

 四肢を庇い、五体満足で停止するその一点のみ。

 そのために必要なのは落下の威力に抗う力。

 上昇の推進力を得るべく、俺は強引に構えを取った。

 

「【レイジングワルツ】──ッ!!」

 

 体内のフォトンが隆起し、『フォトンアーツ』が起動する。

 フォトンを帯び、超加速に抗う愛剣が青白く点滅する。

 

「と、まあ……ッ、れぇええええええええッッッッ!!」

 

 咆哮する。

 これが不発に終わればもう手はない。

 四肢が吠える。

 フォトンが爆発する。

 愛剣、《ラグドフラン》が、ひと際強く輝いた。

 

「────ッ!!」

 

 浮遊感が全身を覆う。

 先とは違う、上昇の浮遊感だ。

 技が、正常に起動した。

 拮抗する。

 騒音が小さくなっていく。

 撒き散らす粉塵が収まっていく。

 全身に掛かる衝撃が消えていく。

 崖に宙吊りの状態で、落下は辛くも停止した。

 

「はぁ……はぁ……ったく、なんだってこんな目に……」

 

 いや、原因は全て自分にあるのだが。

 あまりにも理解を超えた事象が重なり過ぎた。

 深々と溜息を吐き、落ちてきた断崖を見上げる。

 

「これを登らなきゃいけないのか……」

 

 再び得物を握り直し、岸壁に突き刺す。

 愚痴ばかり言ってられない。

 こうして生き残ったということは、次は生き抜くために力を使わなければならないということだ。

 挙動が不審なセンカのこと、降下中に見えた『触手』のこと。

 今のうちに次にとるべき行動を決めるのが賢明そうだ。

 

 一つ一つ崖を登る動作に合わせ、俺は思考に耽る。

 まず優先すべきはセンカの動向についてだろう。

 彼女は一体なにをしにこんなところに来たのだろうか。

 上層部から受けた極秘の任務かなにかか?

 いや、それだったら俺が後を付けた時点でなにかしら通信が入るなり、追跡を止める何かがある筈だ。

 それが無かったということは、これは彼女の独断である可能性が高い。

 しかしその目的は?

 辺りにはダーカーの気配が満ちており、フォトンも殆ど感じない。

 こんな場所に一人で赴くなんてのはよっぽどの『何か』があるのか、それとも──。

 

「よっ……と。ふう、あと少しか」

 

 落ちた時の印象からかなり深くまで落ちたと思っていたのだが、どうやらそんなこともなかったらしい。

 思ったよりも大分早く、崖の端が見えてきた。

 交互に『双小剣』を突き刺し、目前に迫った地表を目指してせっせと登る。

 そしてとうとう、断崖の端を指先が掴んだ。

 

「これで最後──ッ!」

 

 両手でしっかりと端を持ち、グッと体を引き上げる。

 岩場ばかりの視界が晴れ、上空から見えていた漆黒の土壌が──

 

「あんた、ここでなにをしてるの?」

 

 景観を遮るように、或いは俺が登頂するのを待ち構えていたように。

 がけっぷちにちょこんと座り込んだセンカが、訝しむ視線を隠しもせずにそこに居た。

 髪や装備が少し乱れている。

 もしかしたら既に戦闘があったのかもしれない。

 

「なにって……それはこっちのセリフだ。お前こそこんなとこでなにを──」

「今質問してるのは、あたし」

 

 首元に鋭い刃物のようななにかが当てられる。

 俺を射抜く鈍色の双眸が、あの時見た暗さを孕んでいた。

 彼女の目が言っている。

『命が惜しくば素直に答えろ』──と。

 

「早く。後悔することになるよ」

 

 首に鋭利なものが食い込む感覚。

 最早俺に推敲の猶予はない。

 だが、彼女が納得するような答えを俺は持ち合わせていなかった。

 故に、探さない。

 俺の、俺が持ってる『理由』なんてのは、ひとつしかないのだから。

 

「お前を、救いたいと思ったからだ」

「……」

 

 センカの瞳が細まる。

 そこに懐疑的な色はなく、ただ俺の言葉を吟味するような、そんな色が伺えた。

 数秒の沈黙の中、視線のやり取りは依然続く。

 そして──、

 

「……うおっ!?」

 

 先に行動を起こしたのはセンカだった。

 むんずと胸元を掴まれ、俺はそのまま宙へと投げ捨てられた。

 再びの浮遊感。

 数瞬後、久方ぶりの地面の感触が俺を出迎えた。

 

「ホント、馬鹿みたい」

 

 受身を取った姿勢。ポツリと呟くセンカを見上げる。

 ゆらりと立ち上がったセンカがこちらへ振り向く。

 その相貌を受け、俺は驚愕に目を見開いた。

 

「あたしを救う? いいよ、好きなだけ試してみなよ。でも先に断言しとく。あんたじゃあたしを救えない。あんたなんかに、あたしは()()()()()──」

 

 その言葉には想いがあった。

 他人()なんかじゃ到底計り知れない、彼女の根底を彩る強い意志。

 一瞬生まれた呼吸の間。

 その空気に肌がヒリつく。

 交錯した鈍色が、募った激情に燃えていた。

 

「──【英雄(あんた)】なんか、大っ嫌いだ」

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