英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第二話 悲劇の幕開け

(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!)

 

 ズカズカと乱雑な歩調で、センカは未開の地を進む。

 その相貌は隠しきれない憤りで覆われていた。

 どうして、よりにもよって、あの男なのだろうか。

 

 センカは追っ手の存在に気が付いていた。

 気が付いても敢えて泳がせていた。

 理由は単純だ。

 こんな早いタイミングで追走船が現れるのであれば、それはこの場所にある情報を秘匿せんとする者、最低でもこの場所に知見のある者だと踏んでいたからだ。

 それが蓋を開けてみればどうだ。

 キャンプシップが為す術なく撃墜されたのは、そもそもここが危険であるという意識が欠けていたからだ。

 事実としてセンカは『触手』の手から逃れ、キャンプシップをきっちりと不時着させている。

 着いてきたのは木偶の坊。しかも腹の底で嫌煙していたカミトと来た。

 

 これが、最悪以外のなんと言えようか。

 

 無遠慮に着いてきた事実に腹が立つ。

 不格好に浮かぶその笑顔に腹が立つ。

 不細工に吐く救いの言葉に腹が立つ。

 そしてなにより、その言葉に一瞬でも安心してしまった自分に、心の底から腹が立っていた。

 

「着いてくんな! あたしはあんたと馴れ合うつもりは無い!」

「んなこと言って、一人だったら今頃死んでたかもしれないんだぞ? それに、好きなだけ試せって言ったのはお前じゃないか」

 

 ああそうだったと、センカは数刻前の自分の発言を呪った。

 鈍色の髪を掻きむしりながら、センカは反論の言葉を図り兼ねていた。

 事実として、カミトが居る利点は大きい。

 見た目の通りと言うべきか、この場所は明らかにダーカーの発生率が高い。

 数刻の間に、戦闘は数え切れないほど発生していた。

 溢れ返るダーカーの群れを一人で捌くのは至難の業であっただろう。

 しかし二人となれば状況は異なる。

 曲がりなりにも、幾度か戦場を共にした仲である。

 センカはカミトの『癖』を知っていた。

 カミトもセンカの『癖』を知っていた。

 故に、補える。

 両者はお互いの粗を補い合い、未開の地を会心の勢いで開拓していた。

 

「センカ、フォトンはまだ残ってるか?」

「……あんたに言われなくたって、ちゃんと温存してる」

 

 普段アークスは大気中のフォトンをエネルギー源として必殺の技、『フォトンアーツ』を起動している。

 しかしこの惑星(ほし)ではそのフォトンが極々微量しか発生していなかった。

 よって行使出来るのは必然的に体内に留まるフォトンのみ。

 使い過ぎればたちまち充満するダーカー因子に蝕まれ、自分たちは無残な死を遂げるだろう。

 それ故センカ達は、必然的に持久戦を強いられていた。

 そんな極限の状況だ。

 カミトのお節介も最もだと言えるだろう。

 しかし、それは今のセンカには逆効果だった。

 彼女自身、自分の言動が酷く理不尽なものであると分かっていた。

 しかし今の彼女の精神状態では、この膨れ上がる激情を抑え込むことなど出来なかったのだ。

 煮え滾る炎から目を背けるように、俯き、センカは歩速を早めていく。

 

「……なあ、『アレ』はなんだ?」

 

 後ろを行くカミトが呆然と呟く。

 そんなモノは無視したかった。

 今の心境で、彼と言葉を重ねたくなかった。

 

 だが、出来なかった。

 何かに呼ばれた気がしたのだ。

 そんな曖昧な感覚に釣られ、センカの視界は無意識のうちにそれを捉えた。

 

『惨劇』があった。

 カミトが指し示す先。

 円形に広がった巨大なクレーター状の『ホール』。

 満ちる『赤い液体』を敷き詰め浮かぶ、無数のアークスの死体。

 散らばり砕けた彼らの武具。噎せ返る程の鉄の腐臭。

 濃密な死の気配が、そこに在った。

 

「集まったのか……それとも」

()()()()()()()、か」

 

 これまでの探索では一度も死体は見なかった。

 景観を見る限り、死体の山以外にこの場に目立つようなものはない。

 ならば、後者だろうか?

 いずれにせよ、センカの目的を遂げるためには遅かれ早かれ調査は必要だろう。

 そんな思慮を巡らせる隣で、カミトは意を決したように呟いた。

 

「……降りてみるか」

 

 言うが早いか、カミトがクレーターの内部へと下っていく。

 手のひらで口元を覆いながら、センカは無言でその後に続いた。

 毒々しく泡沫を散らすこの液体がセンカの知るものと同じであれば、これは劇毒の海だ。

 慎重に下り、『赤い液体』に触れる手前で静止する。視界が開け『ホール』の全貌が見て取れる。

 端から端までぐるりと見回し、一先ずより正確な情報を──、

 

「凄い数だが……傷跡が一致しないな。コイツらを倒したのは一体──センカ?」

 

 一転した気配を機敏に感じ、カミトは『惨劇』からセンカに向き直る。

 だが、気を掛けるには()()()()()()()()

 

「どう……して……」

 

 視線の先に()()はあった。

 『ホール』の丁度真ん中辺り。

 棒に張られたボロボロに千切れた布片。

 中央に描かれた『真円』を描くエンブレムごと、その布は鋭利な裂傷を抱いていた。

 それは『旗』。

 かつての恩人が、友人が、仲間が。

 幼き少女と紡いだ、『絆』の象徴──。

 

「おいセンカッ!」

 

 静止の声は聞こえない。

 彼女の思考は、全てあの『旗』に奪われている。

 バシャバシャと音を立て、センカは毒の大海に飛び込んだ。

 

「そんな、なんで、どうしてッ!!」

 

 膝まで被る深い毒。

 それらは纏った甲冑の隙間から内側へと入り込み、センカの体を徐々に蝕んでいく。

 だが今の彼女に、そんな些細なことに気を向ける余裕はない。

 一心不乱に死体の山を掻き分け、荒げた息を整えもせず、センカはその『旗』の下へと辿り着いた。

 

「嘘だ……。こんな、こんなこと……」

 

 うわ言のように、センカが呟く。

 それは死した仲間と建てた誓いの『旗』だ。

 離れていても一緒だと、皆で笑った誓いの『満月』だ。

 そんなモノが何故こんな場所に──ッ!?

 

「ぁ……、ああ……ッ!!」

 

 センカは見た。

 腐敗臭が充満する、『惨劇』の中。

 かつての『旗』の周囲に散らばる、人だったモノの成れの果て。

 

 腕があった。

 指があった。

 脚があった。

 骨があった。

 耳があった。

 鼻があった。

 目があった。

 

 無残に砕かれた、人間の『残骸(パーツ)』。

 センカは、その全てに見覚えがあった。

 

 こんな現実は知りたくない。

 ──思考が明滅する。

 

 こんな現実は有り得ない。

 ──思い出が想起する。

 

 こんな現実はもう……二度と見たくなかった。

 ──後悔が、発火した。

 

 

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ──ッッッッ!!」

 

 

 幼い絶叫が毒の海を駆け抜ける。

 乾いた喉を震わせ轟いた、血の慟哭。

 少女の理性が、劈く悲鳴を以って砕け散った。

 

「センカ──ッ!?」

 

 異変を察したカミトが毒を解さず駆け出す。

 しかしそれは『最悪の一手』だった。

 カミトがセンカに辿り着き、『残骸』を認めたその瞬間。

 二人の足元より勢いよく、一本の『刃』が突き立った。

 

 

 ♢

 

 

『化物』は『獲物』が網に掛かるのを待っていた。

 狡猾に、残忍に、刃を研いで機会を伺っていた。

 乱心する『獲物』を前に、静かに笑みを浮かべる。

 

 ピチャリ、と。

 水が跳ねる音がした。

 

 波紋を広げる血池の水幕。

 まるで胎を破って生まれ出でるように、一本の『破刃』が音もなく斬り裂いた。

 いや、一本ではない。

 反り立つように、立ち上がるように。

 計四本もの『破刃』が続々と水面から現れた。

 天蓋を穿つように伸びる『破刃』はまるで関節の如く蠢き、ドスッと地面に突き立てた。

 そして、満を持して。

『化物』はゆらりと()()()()()()()

 

 それは『漆黒』からの指令。

 全ての『敵』を殺し尽くす。

『化物』が有する思考はそれだけだ。

 故に鍛え上げた。

 故に突き詰めた。

 なにをされれば痛いのか、なにをすれば折れるのか。

 その『化物』は幾百もの戦いの中で熟知していた。

『母』の『敵』の、上手な殺し方を。

 

 初めに『化物』は武器を集めた。

 何故ならそれは、自分を殺し得る危険の象徴だったから。

 だから対抗の術として『化物』は、それらを纏った。

 初めは上手く混ざらなかった。

 しかし、ある時見つけた、互いに引き合う『十二の死体』。

 これ以上にないほど、それらは『化物』に良く馴染んだ。

 

 備わる四又には鋭利な『刃』を。

 備わる双腕には『拳』と『剣』を。

 備わる双肩には火を噴く『長銃』を。

 備わる大口には破壊を穿つ『大砲』を。

 備わる五体には、その堅固な『装甲』を。

 

 だがその武器は、『化物』の持つ力では上手く動かなかった。

 己を殺し得るそれらは依然として(なまくら)で、一向にその力を発現しなかった。

 故にそれらを正常に機能させるために、『化物』はそれらの『膂力』を喰らった。

 途端に漲る新たな力。

 纏った『得物』が、白藍の燐光を帯びた。

『化物』は、自らに備わる全機能を、自らを殺し得る全てで補ったのだ。

 

 盤石に盤石を重ねた『肉体』を以って、次に化物は『策』を練った。

 試行を経るにつれ、『化物』はひとつの法則に気が付いていた。

 そう、『敵』は死した同胞を見ると著しくその戦力を落とすのだ。

 そしてその死が積もる程、『敵』はそれに引き寄せられるのだと。

 だから『化物』は、一心にそれを集めた。

 自らの巣を『毒』で満たし、これでもかと言う程『餌』を撒いた。

 殺した『敵』を巣へと運び込んで、最恐の闘技場を作り上げた。

 それは面白い程に機能した。

 以降は『化物』が自ら探さずとも、『敵』の方から巣へと乗り込んで来た。

 

 この時から既に、『化物』にとって『敵』は腹を満たす『獲物』へと変わっていた。

 並べた死体も罠ではなく、食料庫と同義に成り果てていた。

 

 眼前に並ぶのは驚愕する青年と、戦意が砕けた少女の二人。

 今回も、同じように間抜けがまんまと寄って来た。

 勝ち誇るように、見せ付けるように。

『化物』は右腕に備わった『破拳』を、左腕に備わった『破剣』とかち合わせる。

 その奥で瞬いたのは真紅の瞳。

 燃え上がる瞳が、新たな『獲物』を素早く捕らえる。

 

【絶望】が、産声を上げた。

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