その場所は元々『
知ってしまったが故に始末された者たちの死骸を遺棄するために重宝されていた。
規制を掻い潜る策として、死体だけに限らず、航路に罠を仕掛け生きたまま標的を『
異変が起こったのはそれから直ぐだった。
監視のために定期的にダストへ降りていた研究員が、相次いで姿を消したのだ。
ダストはダーカー因子が充満する極地だ。
故に派遣される研究員には必ず腕の立つアークスが数名同行していた。
しかし何度送っても試しても、そのアークスごと消息を絶った。
異変を察した頃には、もう遅かった。
研究員が調査のために送った無人機のカメラが、『それ』を捉えた。
バラバラの武器が組み合わさった四本脚。
逆間接に備わった、四本の刃脚。
その上に乗る、アークスの肉片で編まれた歪な人型の体躯。
その手には大剣と拳を。
その双肩には長銃を。
その大顎には大砲を。
その上体には装甲を。
全身をアークスの武具で武装した、未知のエネミー。
機関はその化物を次のように名付けた。
『デスペリア』
──簒奪者、と。
♢
「いや……、違う、違うのっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい──ッッ!!」
壊れた機械のように、無機質に響くセンカの嘆き。
『デスペリア』を目にした瞬間、センカは頭を抱えヘタリ込み、涙声に身を震わせる『少女』と成っていた。
突如現れた未知の敵と、懺悔を繰り返す相棒の姿。
連続して発生する
その隙を、『デスペリア』は見逃さなかった。
巨体が掻き消えた。
カミトが意識を向けた時には、『デスペリア』は既に行動していた。
「クソッ……!!」
抜け殻のように動かなくなった少女を自らの後方へと投げ飛ばす。
腰を打つ痛みに、『少女』の意識が現実へと引き戻れた。
次に『少女』が見上げた瞬間。
腰に携えた《ラグドフラン》を迸らせ、カミトは『デスペリア』の初撃を得物で受けた。
「────ッッ!!」
衝撃が走る。
振り上げた腕に。
踏ん張った脚に。
四肢を支えた胴に。
五体を奮わせた意思に。
カミトという人間を構成する全てに
「がっ……ぁあああああッ!!」
繰り出された『破剣』の剛撃を、技を以って体のラインから逸らす。
拮抗すら許されなかった。
受けることすら許されなかった。
それ程までに、カミトと『デスペリア』には『
ツギハギに貼り付けられたアークスの武器、装甲。
それらの隙間から覗くのは、チグハグに束ねられた人間の筋繊維。
髪を叩く突進の速度。
衝撃時に感じた『膂力』の差。
辛うじて受け流せはしたものの、受けた腕には尋常でない痺れが残る。
カミトは敵の器の強大さに戦慄した。
「ぁあ──ッ!!」
前進する。
敵の獲物は右手の拳と左手の大剣、そして双肩に取り付けられた長銃。
最も厄介なのはその『破銃』だ。
故にカミトに許された行動は懐に潜り込んでの接近戦のみ。
手入れが不可能だったからだろう。
化物が称える武器は風化が始まり、鋭さや速射性に欠けていた。
故にカミトが狙うは、その継ぎ目。
脆くなった敵の急所を強襲する!
──速い。
懐へ飛び込んできた『獲物』を睨み、『デスペリア』はその人間の認識を改めた。
奴は速い。
奴は強い。
奴は巧い。
初撃の攻防で、化物は紅蓮を纏う人間を己の『敵』と成り得る存在だと知覚した。
一瞬で破壊の範囲外に躍り出た人間に応えるように、『デスペリア』は右手の拳でその一閃を出迎えた。
再び、衝撃が走る。
「ぐうッ──!!」
小剣が『破拳』と衝突する。
しかし場所は既に、守りが手薄な『デスペリア』の懐だ。
振り抜いた右腕を閃かせ、翳された拳を弾き飛ばす。
「──ッ!?」
やはり体が重い。
先のダメージが五体にはまだ残っている。
それでも。
大きく前方へ踏み込み体を捻り、回転の勢いを余さず乗せた左腕の小剣を迸らせた。
──『デスペリア』の相貌が、歪に笑った。
「だめ──」
斬撃の瞬間。
消え入りそうな『少女』の声が、カミトの耳朶を掠めた。
そして。
視界を揺るがす衝撃が来た。
次の瞬間。
重かったカミトの左の肩は、軽くなっていた。
「──?」
宙に『何か』が舞っていた。
それは血のような紅い飛沫を上げ、揺れ落ちる羽根の如く、くるりと踊る。
それは紅蓮の外装を纏っていた。
それは
それは、カミトの左腕だった。
「あっ──」
消え失せた片腕。
肩口から千切れた
飛沫を撒き散らす中、カミトは敵の『攻撃』を認識した。
それは足だと思っていた、上体を支える四又の刃。
そこから駆動した『逆関節』、その内の一本が跳ね上がっている。
足ではなかった。
支えではなかった。
それは、『デスペリア』の有する必中にして必殺の『破刃』だった。
事象に認識が追い付いた。
止まっていた時間が音を立てて動き出す。
次の瞬間、鮮血を吹き出す傷口が勢い良く燃え上がった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
痛みを堪える。
悲鳴を噛み締める。
反射的に失った左肩を庇った。
そんな大きな隙を、化物が見逃す筈もなかった。
「──カミトッ!!」
遠くで、誰かが名前を呼んだ気がした。
「か……、はッ……」
腹を破いて。
臓物を抉って。
背を貫いて。
その『破剣』は深々とカミトの腹部を穿った。
「……ぁ」
零れる声。
吐き出す血塊。
痙攣する右腕で、腹から伸びる剣の腹を掴む。
直後。
宙吊りの五体を支えた『破剣』が、無造作に引き抜かれた。
血潮が散った。
肉片が舞った。
一瞬の浮遊。
生まれてしまった、余りにも無防備な間。
止まらない。
全てを砕く最凶の『破拳』。
振り上げられた『デスペリア』の右腕が、大気を砕いて炸裂した。
「────」
鳴ってはいけない何かが鳴った。
砕けてはいけない何かが砕けた。
──死。
何かが唄う終焉の絶唱を聴いた。
そこでカミトの意識は、断絶した。
♢
凪払われた少年が矢のように吹き飛んだ。
失った肩から鮮血を撒き散らして、大穴の空いた腹から肉片をぶち撒けて、毒の大海を転がっていく。
腰が砕けてしまった『少女』は、それを蒼白の表情で目撃した。
「ぁあっ──」
遅れてぽとりと、切断された少年の左腕が眼前に落下した。
祈るように、確かめるように、少女はひどく震える両手でそれを掬う。
『──ァアアアアアアアッ!!』
『化物』勝利をが謳う。
猛り狂う『彼ら』の肉体。
男とも女とも付かない、異形の奇声。
その『
その『絶叫』は少女の鼓膜の奥で輪唱していた。
自分を護り、自分を助けてくれた『十二人』のかつての仲間。
憩いをくれた彼らが大好きだった。
安らぎをくれた彼らを愛していた。
それが化物と成って、少女の前に立ちはだかったのだ。
『彼ら』が標的を変えた。
散った少年から、憔悴する少女の方へと。
化物の深紅の双眸が、少女の後悔を映して燃え上がる。
その炎が言っていた。
『──決してお前を許しはしない』、と。
「……そっか。そうだよね」
眼前に『死』が迫る。
抗おうと固めた拳が解けていく。
打ち勝とうと噛み締めた歯の震えが止まった。
少女はそれを、涙を称えた相貌でそれを、受け入ようとしていた。
これは呪いだ。
彼らを死の淵へ追いやった、自分への罰なのだ。
護られ、生かされた。
彼らに報いようと思っていた。
彼らに恥じぬ生き方をしようと決めていた。
だが、もうどうしようもない。
彼らが、死ねと言うのなら、どうしようもないじゃないか。
(ああ、でも。これでやっと、楽になれるのかな)
束の間の静穏すら、嗤うように毟り取られていた。
矮小な心が恐怖に屈せぬように、端正に身体を研いで来た。
そうして少女が作り上げた、凸凹な、『盞華』という一振の刀。
壊れないように奮進した。
あちこちがヒビ割れた
だが駄目だ。
これはもう駄目だ。
少女の天秤が、望郷の渇望から死の安寧へと傾き出した。
刻限が来た。
振り上げられる『彼』の大剣。
ゆっくりと瞳を閉じ、少女はその痛みを受け入れた。
世界が暗闇に包まれる。
瞬間。
──『戦え──!』
少女の中で、
その時、『何か』が少女の眼前で弾けた。
直後、瞼越しに瞳を穿つ極光が、絶望ひしめく『ホール』を照らした。
驚愕。
閉じた瞳を反射的に見開く。
瞬間。
極彩の閃光が、少女の双眸を焼いた。