英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第四話 童心の逃避行

 ──『戦え!』

 

 閃光の中、聞こえてくる『誰か』の声。

 凛として、それでいて透き通る、芯の強い声。

 

 ──『戦え!』

 

 うるさい。黙れと。『少女』が喚く。

 自分は本来戦いとは無縁だった。

 それが突然強いられて、強いられるがままに『死』を掻い潜って来た。

 もう充分頑張っただろう。

 在るか分からない不確かなものを、気の遠くなる程渇望した。

 これが最後の一手だったんだ。

 なのに、それなのに、他でもない『彼ら』がそれを阻むのだ。

 

 彼が言った。

『俺たちは、離れていてもずっと一緒だ』、と。

 彼女が言った。

『私たちは、あなたの味方だよ』、と。

 彼らが言った。

『自分たちはもう、お前のことを家族だと思っている』、と。

 

 嬉しかった。

 右も左も分からない。

 なにもかもがあるのに、()()()()()()()()異郷の星。

 そんな、圧倒的な孤独から救われた気がしたのだ。

 だから無理だと、少女は膝に顔を埋める。

 

 ──『それでも、戦うの』

 

 なぜ? と少女が問う。

 薄れ行く極彩の閃光に合わせて、その声の主は小さく笑った。

 

 ──『()()に、求める物があるからさ』

 

 視界が、晴れる。

 

 

 ♢

 

 

『──アアッ!?』

 

 極光を劈く化物の悲鳴が上がる。

 その極彩の輝きに導かれるように、少女は閉じた瞳を今一度開いた。

 

「えっ……?」

 

 死闘が繰り広げられていた。

 なぜ。

 どうして。

 どうやって!

 

「ユリウス──ッ!」

 

 気付けば叫んでいた。

 白極の女神が、少女を守護するように君臨している。

 それは少女の『フォトンブラスト』。

 多腕の、女神を模した幻獣の一体。

 通常なら、女神は少女の呼び掛けが無ければ顕現出来ない。

 現に今、少女は一度たりともその名を呼ばなかった。

 呼ぼうとさえ考え付かなかった。

 なのにっ! どうしてっ!

 

「──ッ!?」

 

 女神の多腕と化物の『武器』が衝突する。

 大剣を、拳を、銃撃を、女神は己が『権能』を駆使して捌く。

 側面、背後、正面。

 転移を繰り返し、女神は巧みに化物の意識を翻弄する。

 しかし、化物も強い。

 閃撃の押収の中、少しずつだがその動きに対応し始めている。

 火花が散る。

 破片が飛ぶ。

 互いに防御を無視した、本能の殺し合い。

 その最中、女神の双眸が、呆然と見上げる少女の鈍色の輝きを捕らえた。

 

 全身が奮えた。

 その翡翠に輝く瞳が、積年を共にした少女に言った気がした。

 

 『逃げろ』──と。

 

 無意識に、手元に視線を落とす。

 両手に持った『それ』。

 自分を護る為に戦った、戦士の一部。

 未だ得物を放さず握り締める、少年の左腕。

 

「────」

 

 少女は女神の意思を受け取った。

 次に気付いた時には、体は動き出していた。

 激闘の中を掻い潜り、少女は少年の腕を胸に抱いて疾走する。

 

「はぁ──、はぁ──、はぁ──!」

 

 ひた走る。

 先駆者達の亡骸を押し分け、敗北に伏した、少年の下へと。

 

「どこっ、どこにっ!!」

 

 見渡し、飛んで行った方角と照査する。

 少年が落ちたのは『ホール』の西側。

 体ごと見やり、そして、見つけた。

 

「カミト──ッ!!」

 

 毒の海を越えた対岸に、その少年は死体のように転がっていた。

 不安が募る。

 恐怖が迫る。

 

「──────ッッ!!」

 

 最早意味すら持たない絶叫。

 全て振り払った。

 故に。

 走る。走る。走る。

 その時後方で、何かが閃光した。

 

「……いッ!?」

 

 それは化物の──『彼女』の長銃。

 当たった。

 駆け出したその健脚を。

 脚を取られたその背中を。

 背中に走る衝撃に傾いたその頭頂を。

 弾丸が肉を抉り、髪を千切って、貫いた。

 駆け抜けた痛みに倒れ伏す。

 毒の海に全身が浸かった。

 幸か不幸か、その『毒』は散らばった無数の死骸の血によって極限まで薄まっていた。

 だが、消えたわけではない。

 あらゆる痛みが、邁進する少女を蝕んでいた。

 

 それでも。

 

「……ッ!!」

 

 まだ動く両腕で、少女は生に縋り付いた。

 前へ、前へ、前へと進む。

 そして。

 奥歯を噛んで這いずって。

 赤子よりも遅いその歩速で。

 ついに。

 少女は少年の元へと辿り着いた。

 

「カミト……、……ッ!!」

 

 傷を看る。

 その腕は肩口から消失していた。

 その腹は臓物を守る役目を放棄していた。

 その骨は尽くが粉々に砕け散っていた。

 その体は凍ったように冷え切っていた。

 だが──、

 

「──っ」

 

 少年は、生きていた。

 

 上下する胸が、少年に呼吸があることを報せてくれている。

 まだ間に合う。

 少女は抱え運んだ腕を青年の肩へと擦り付け、懐へと諸手を伸ばす。

 褪せた鈍色の髪を振り乱して、少女は行動する。

 持っていた回復剤のありったけ。

 それら全てを、傷付いた少年へと注いだ。

 

「お願い……」

 

 少女は願う。

 癒しの水を全身に浴び、少年の『傷』が音を立てて、煙を上げて修復されていく。

 程なくして、少年の凡そ外相と呼ばれる全てが修復されていた。

 

「よかった……、うぐッ……」

 

 しかし、少女の容態も決して良好ではない。

 右大腿と腹と肩。

 その矮躯は化物の攻撃を受けて風穴を開けていた。

 少年が治る傍らで、少女の命がトクトクと零れ落ちていく。

 だが、これでいい。

 自分のことは、後でいい。

 

「目を覚ましてっ!」

 

 叫んだ。

 

「あたしを救うって言ったじゃない! 立って、立ってよ!」

 

 倒れ伏した姿勢。

 少年の耳元で、少女はあらん限りの声で叫ぶ。

 

「あたしはあいつと戦えないっ! 無理なんだ……無理なんだよっ! だって、だって、あの人たちは……」

 

 異郷の土地で不安に駆られる自分に、手を差し伸べてくれた恩人だった。

 何も成せない『少女』だった自分に、共に生きる道を示してくれた仲間だった。

 故郷に心を捕われる自分に、帰る場所を与えてくれた──

 

「あたしの……『家族』だったんだ……ッ!!」

 

 化物の声の鋭さに。

 化物の瞳の紅さに。

 掘り起こされてしまった。

 ひた隠しにしていたその記憶(感情)を。

 覆うように作った『(ハリボテ)』は容易く崩壊した。

 一度壊れてしまったらもう立てない。

 もう、奮えない。

 

「あんたは【英雄】なんでしょ!? だったら早く立ってよっ! 立ってあたしを──」

 

 ──この【絶望】から、救い出してよっ!!

 

 最後の方は声にすらならなかった。

 慟哭で少女の喉は枯れ果てていた。

 立つことも、走ることも、声を上げることすら、少女は奪われたのだ。

 

 それでも、少年の双眸は閉じられたままだった。

 

「……ぁ、ぃ……っ!!」

 

 泣き崩れる。

 もう限界だった。

 手は尽くした。

 想いも燃やした。

 なのに、届かなかった。

 

『──ァアアアアアア!!』

 

 轟く、化物の声。

 振り向けば、その大剣が女神の美首を刎ね飛ばしていた。

 燐光となり、女神の巨体が溶けるように消失していく。

 入れ替わるように、絶望が、少女の姿をその瞳に映した。

 

 これまでだ。

 先とは違う。

 精一杯抗った。

 少女は死力を賭して生に縋ったのだから。

 無念が募る。

 後悔が溢れる。

 もう何も感じたくなかった。

 再びその瞳を閉じ、耳を塞いで、死に抗った五体の力を解いていく。

 待ち構えるように現れた、暗闇だけが在る世界。

 

 心が現実から脱しようとした──その時。

 少女の頭にそっと触れる、誰かの『温度』を感じた。

 

「どうして……」

 

 か細く消えた疑問の声。

 刮目した。

 庇うように現れた。

 少女の想いを拒んで立つ、紅蓮を称えたその背中を。

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