──『戦え!』
閃光の中、聞こえてくる『誰か』の声。
凛として、それでいて透き通る、芯の強い声。
──『戦え!』
うるさい。黙れと。『少女』が喚く。
自分は本来戦いとは無縁だった。
それが突然強いられて、強いられるがままに『死』を掻い潜って来た。
もう充分頑張っただろう。
在るか分からない不確かなものを、気の遠くなる程渇望した。
これが最後の一手だったんだ。
なのに、それなのに、他でもない『彼ら』がそれを阻むのだ。
彼が言った。
『俺たちは、離れていてもずっと一緒だ』、と。
彼女が言った。
『私たちは、あなたの味方だよ』、と。
彼らが言った。
『自分たちはもう、お前のことを家族だと思っている』、と。
嬉しかった。
右も左も分からない。
なにもかもがあるのに、
そんな、圧倒的な孤独から救われた気がしたのだ。
だから無理だと、少女は膝に顔を埋める。
──『それでも、戦うの』
なぜ? と少女が問う。
薄れ行く極彩の閃光に合わせて、その声の主は小さく笑った。
──『
視界が、晴れる。
♢
『──アアッ!?』
極光を劈く化物の悲鳴が上がる。
その極彩の輝きに導かれるように、少女は閉じた瞳を今一度開いた。
「えっ……?」
死闘が繰り広げられていた。
なぜ。
どうして。
どうやって!
「ユリウス──ッ!」
気付けば叫んでいた。
白極の女神が、少女を守護するように君臨している。
それは少女の『フォトンブラスト』。
多腕の、女神を模した幻獣の一体。
通常なら、女神は少女の呼び掛けが無ければ顕現出来ない。
現に今、少女は一度たりともその名を呼ばなかった。
呼ぼうとさえ考え付かなかった。
なのにっ! どうしてっ!
「──ッ!?」
女神の多腕と化物の『武器』が衝突する。
大剣を、拳を、銃撃を、女神は己が『権能』を駆使して捌く。
側面、背後、正面。
転移を繰り返し、女神は巧みに化物の意識を翻弄する。
しかし、化物も強い。
閃撃の押収の中、少しずつだがその動きに対応し始めている。
火花が散る。
破片が飛ぶ。
互いに防御を無視した、本能の殺し合い。
その最中、女神の双眸が、呆然と見上げる少女の鈍色の輝きを捕らえた。
全身が奮えた。
その翡翠に輝く瞳が、積年を共にした少女に言った気がした。
『逃げろ』──と。
無意識に、手元に視線を落とす。
両手に持った『それ』。
自分を護る為に戦った、戦士の一部。
未だ得物を放さず握り締める、少年の左腕。
「────」
少女は女神の意思を受け取った。
次に気付いた時には、体は動き出していた。
激闘の中を掻い潜り、少女は少年の腕を胸に抱いて疾走する。
「はぁ──、はぁ──、はぁ──!」
ひた走る。
先駆者達の亡骸を押し分け、敗北に伏した、少年の下へと。
「どこっ、どこにっ!!」
見渡し、飛んで行った方角と照査する。
少年が落ちたのは『ホール』の西側。
体ごと見やり、そして、見つけた。
「カミト──ッ!!」
毒の海を越えた対岸に、その少年は死体のように転がっていた。
不安が募る。
恐怖が迫る。
「──────ッッ!!」
最早意味すら持たない絶叫。
全て振り払った。
故に。
走る。走る。走る。
その時後方で、何かが閃光した。
「……いッ!?」
それは化物の──『彼女』の長銃。
当たった。
駆け出したその健脚を。
脚を取られたその背中を。
背中に走る衝撃に傾いたその頭頂を。
弾丸が肉を抉り、髪を千切って、貫いた。
駆け抜けた痛みに倒れ伏す。
毒の海に全身が浸かった。
幸か不幸か、その『毒』は散らばった無数の死骸の血によって極限まで薄まっていた。
だが、消えたわけではない。
あらゆる痛みが、邁進する少女を蝕んでいた。
それでも。
「……ッ!!」
まだ動く両腕で、少女は生に縋り付いた。
前へ、前へ、前へと進む。
そして。
奥歯を噛んで這いずって。
赤子よりも遅いその歩速で。
ついに。
少女は少年の元へと辿り着いた。
「カミト……、……ッ!!」
傷を看る。
その腕は肩口から消失していた。
その腹は臓物を守る役目を放棄していた。
その骨は尽くが粉々に砕け散っていた。
その体は凍ったように冷え切っていた。
だが──、
「──っ」
少年は、生きていた。
上下する胸が、少年に呼吸があることを報せてくれている。
まだ間に合う。
少女は抱え運んだ腕を青年の肩へと擦り付け、懐へと諸手を伸ばす。
褪せた鈍色の髪を振り乱して、少女は行動する。
持っていた回復剤のありったけ。
それら全てを、傷付いた少年へと注いだ。
「お願い……」
少女は願う。
癒しの水を全身に浴び、少年の『傷』が音を立てて、煙を上げて修復されていく。
程なくして、少年の凡そ外相と呼ばれる全てが修復されていた。
「よかった……、うぐッ……」
しかし、少女の容態も決して良好ではない。
右大腿と腹と肩。
その矮躯は化物の攻撃を受けて風穴を開けていた。
少年が治る傍らで、少女の命がトクトクと零れ落ちていく。
だが、これでいい。
自分のことは、後でいい。
「目を覚ましてっ!」
叫んだ。
「あたしを救うって言ったじゃない! 立って、立ってよ!」
倒れ伏した姿勢。
少年の耳元で、少女はあらん限りの声で叫ぶ。
「あたしはあいつと戦えないっ! 無理なんだ……無理なんだよっ! だって、だって、あの人たちは……」
異郷の土地で不安に駆られる自分に、手を差し伸べてくれた恩人だった。
何も成せない『少女』だった自分に、共に生きる道を示してくれた仲間だった。
故郷に心を捕われる自分に、帰る場所を与えてくれた──
「あたしの……『家族』だったんだ……ッ!!」
化物の声の鋭さに。
化物の瞳の紅さに。
掘り起こされてしまった。
ひた隠しにしていたその
覆うように作った『
一度壊れてしまったらもう立てない。
もう、奮えない。
「あんたは【英雄】なんでしょ!? だったら早く立ってよっ! 立ってあたしを──」
──この【絶望】から、救い出してよっ!!
最後の方は声にすらならなかった。
慟哭で少女の喉は枯れ果てていた。
立つことも、走ることも、声を上げることすら、少女は奪われたのだ。
それでも、少年の双眸は閉じられたままだった。
「……ぁ、ぃ……っ!!」
泣き崩れる。
もう限界だった。
手は尽くした。
想いも燃やした。
なのに、届かなかった。
『──ァアアアアアア!!』
轟く、化物の声。
振り向けば、その大剣が女神の美首を刎ね飛ばしていた。
燐光となり、女神の巨体が溶けるように消失していく。
入れ替わるように、絶望が、少女の姿をその瞳に映した。
これまでだ。
先とは違う。
精一杯抗った。
少女は死力を賭して生に縋ったのだから。
無念が募る。
後悔が溢れる。
もう何も感じたくなかった。
再びその瞳を閉じ、耳を塞いで、死に抗った五体の力を解いていく。
待ち構えるように現れた、暗闇だけが在る世界。
心が現実から脱しようとした──その時。
少女の頭にそっと触れる、誰かの『温度』を感じた。
「どうして……」
か細く消えた疑問の声。
刮目した。
庇うように現れた。
少女の想いを拒んで立つ、紅蓮を称えたその背中を。