英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第五話 再戦者

 泣いていた。

 すぐ近く。

 呼吸の震えさえ届く距離。

 その声に応えたい。

 だが、この体には何もない。

 空っぽだ。

 

 ──立てぬのか。

 思考の中で『誰か』が言った。

 ──奮えぬのか。

 感情の中で『誰か』が問うた。

 

 激闘の音が聞こえる。

 誰かが、まだあの化物と戦っているのだ。

 残った腕に、力を籠める。

 当然力むことすら敵わない。

 その体はとうに死んでいた。

 駆動するために必要な全てが引き摺り出されていた。

 それでも少年は、ちくしょう、動けよ、と喚起を叫んだ。

 

 直後、空っぽだった全身に、感覚が流れ込んで来た。

 

 失った左腕の感触が戻った。

 それを握る、誰かの温度があった。

 限界を迎えた肉体に、吹き消えた魂の炉に、再び不屈の猛火を燃やす。

 

 感覚を蘇らせる癒しの水が、浸透するように五体の隅々を麗流する。

 同時に『少女』の想いが、高鳴る早鐘の脈動に併せて駆け廻った。

 

『逝かないで』──肯定する。

『立ち上がって』──肯定する。

『救い出して』──肯定する。

『ここから、逃げようよ』──否定する。

 

 少年は、応えた。

 

『──ッッ!!』

 

 拳を固める。

 瞳を見開く。

 身体に戻った左腕。

 握った双小剣が再び灼熱の輝きを放った。

 

 再燃する。

 

 少年は少女の願いを聞いた。

 そこには図り切れない、図りようもない程の孤独があった。

 少年は少女の哀哭を聞いた。

 そこには記憶を想起する、喉が腐り落ちる程の悲劇があった。

 それは、大願を遂げるためでも、生き延びるためでも、ましてや大敵を撃ち滅ぼすためでもない。

 故に、少年は抗う。

 

 ──ありがとう。

 少年は少女に感謝した。

 ──ごめん。

 少年は少女に謝罪した。

 ──行かなくちゃ。

 少年は少女に意思を示した。

 

 それは、少年が示す『過去』への反逆。

 誰がためでもない。

 泣いてばかりだった己へ示す、『たったひとつ』の証明だ。

 

 歩み出る。

 

 項を垂れる少女の頭に、大丈夫だと。

 少年は修復された左手をそっと乗せた。

 

「どうして……」

 

 酷く掠れた声だった。

 弱々しくて、たどたどしくて、まるで幼子のような声。

 問われた。

 何のために。

 何を求めて。

 そこまでして何故、大敵に挑むのかと。

 

「そんなの、決まってる」

 

 だから少年は破顔した。

 だから少年は踏み出した。

 振り返らない。

 己の前方、牙を剥く大敵、その一点を凝視する。

 

 理由なんて大層なものは端から存在しない。

 目的なんて、探したところで見つからない。

 少年の動機はいつだって、『そこ』にしかないのだから──。

 

「お前を──救いたいと思ったからだッ!!」

 

 それは、たったひとりの少女を救うために。

 獲物を構え、カミトは今一度、己の『心意』を宣誓する。

 

 今。

 絶望の戦場に、一筋の希望が轟いた。

 

 

 ♢

 

 

 少女は見た。

 死した大地を踏み締めるその脚を。

 自分を庇うように伸びるその背を。

 闘志に揺らめく真っ白なその髪を。

 

 回復剤の過剰摂取。

 限界を超えた肉体のあちこちから痛みが、悲鳴となって音を上げる。

 泡を立てて修復されていく傷口が、血の煙をあらん限りに吐いている。

 その一切を無視して、カミトは立っていた。

 カミトの打つ早鐘の音が、五体から立ち登る血煙が、いつか見た望郷の記憶と重なる。

 ──『反撃の狼煙』。

 少女の脳裏に、その言葉が浮かび上がった。

 

 ピタリと動きを止める『デスペリア』の正面で。

 燐光に微笑を称える『女神』の背後で。

 瞠目する、ひとりの『少女』を背に庇って。

 カミトは、猛った。

 

「ッッッ!!」

 

 疾駆する。

 死の淵を彷徨った五体を爆発させ、『デスペリア』へと速攻を仕掛けた。

 

『!?』

 

 簒奪者(デスペリア)は驚愕に瞳を見開き、乱目する。

 完膚なきまでに粉々に討ち果たし、尚立ち上がったその再戦者(リベンジャー)を、『デスペリア』は母の敵から優先殲滅対象へと思考を切り替えた。

 爆発の速度で迫る『大敵』。

 今度こそその尽くを打ち砕かんと、『デスペリア』は『破剣』を以って出迎える。

 振り下ろされる豪速の一撃。

 先はそれに対して前進を選んだ。

 だが、次は──

 

「──ッ!!」

 

 ()()()()

 剣戟の軌跡から脱し、直後カミトの身体があった箇所を『破剣』が通過する。

 その大剣の腹に小剣を滑らせ、旋回する。

 

「おおッ!!」

 

 叩き付ける。

 突進と旋回の威力の全てを乗せて。

 虚空を裂き、地に突き立ったその『破剣』に上から更なる打撃を加え、それを過剰に押し込んだ。

 毒の飛沫を巻き上げ、汚泥を撒き散らし、その震源に『破剣』を封印する。

 

『ァアッ!?』

 

 途端に上がる歪な悲鳴。

 追撃を逃れようと、『デスペリア』の『破刃』が屈伸した。

 初撃の攻防の時に見た、瞬間移動が如き突進力。

 化物はそれを、今度は退避する術として行使しようとした。

 しかし、それは下策だ。

 得物が地面に取られた今、前回程の爆発力は生まれ得ない!

 

「らっ──ぁあッッ!!」

 

 逃す者かと、カミトは『破剣』の背側、待ち構える『破刃』の範囲外である上空から強襲。

 反撃を許さぬ電光石火で、一挙に懐、早々の決着を決するべく、敵の脳天を目掛けて《ラグドフラン》を一気に振り抜いた。

 

「ッ!?」

 

 同時にカミトも驚愕する。

 敵の脳天に振り下ろした刃が、その頭部に直撃した。

 だが、手応えが薄い。

 蹴り抜いて、化物の索敵外である背後へと距離を取る刹那。

 白藍の光を薄く纏う『装甲』に、カミトはその違和感にひとつの解を見出した。

 

(フォトンが、反発している──)

 

 アークスの装備で繕われた『デスペリア』の五体。

 その武器の性能が十全に発揮されるのは、奴がその持ち主をも喰らったからだ。

 フォトンはダーカー因子を喰らう。

 だが、フォトン同士は相殺し合うのだ。

 

(厄介過ぎんだろ……ッ!!)

 

 味方の能力を備えた大敵。

 しかも圧倒的な『膂力』の差により、向こうには殆ど影響がないと来た。

 その相性の悪さにカミトは何度目かの思考を強いられた。

 だが、そんな暇は与えられない。

 交差の瞬間にすぐさま振り返る。

 直後化物の上体と下体の繋ぎ目が音を立てて駆動し、『デスペリア』の上半身が駒の如く起動した。

 打ち出された化物の拳と少年の小剣がぶつかり合う。

 牽制を経て距離を置く。

 構える両者。

 互いに不発に終わった一撃必殺。

 よって。

 ここより先にあるのは、命を賭した『死闘』である。

 

『──────ッ!!』

「ふッッ!!」

 

 殺意の双眸を奮わせる『デスペリア』に、カミトは諸手に携えた《ラグドフラン》を気迫一閃、真っ向から突っ込んだ。

 ──機甲を思わせる機械的な挙動、培った『経験値』による適応力。

 ──肩の銃は強大だが照準に時間を要する、つまりは『時間』を与えたら終わりだ。

 ──相手の予測に捕まった最後、瞬殺される。

 故にカミトが選んだのは思考を許さぬ超近接戦闘(ブルファイト)

 次の一撃に渾身の力を捧げ、先制を奪い取るべく、紅蓮の矢となった。

 

「──ッ!!」

 

 槍の如く突き出される敵の一撃に、首の皮と肉を千切られながらの突進。

 その光景に少女が引き攣った悲鳴を上げる中、飛び散る血潮と肉片すら推進力に変える。

 

「ぁああああああ……ッ!!」

 

 振り翳した灼熱の小剣が狙うのは、その機動力。

 左腕を切り飛ばしたその『破刃』の関節を目掛け、カミトは神速を以って斬閃の狙いを付ける。

 先と同じ展開。

 己の好機を悟った『デスペリア』の双眸が歪に細まる。

 跳ね上がる『破刃』。

 対角に捕らえた青年の身体。

 しかし、その必殺の一撃は()()()()

 

『──ッ!?』

 

 その一瞬のために費した渾身の気迫。

 本能に潜ませた『本命』、敵の不意を打つ理性の一手。

 斬撃から逃れ、カミトが潜り込んだのは『破刃』の下。

 四又の脚の連結部分。

 簒奪の化物は『駆け引き』において、少年に負けた。

 

「……ッッ!!」

 

 鎧と鎧の継ぎ目を縫った一撃が、その肉体へと深々と突き刺さった。

 ガクリと『デスペリア』の巨体が揺れる。

 

『ッッ!!』

 

 初めて、『デスペリア』が痛みに呻いた。

 苦痛によろめく、驚愕に揺れる、その一瞬の隙を──逃がさない。

 

「ぐッ……ああッッ!!」

 

 神速の二撃目が迸る。

 千切れた首の肉により血に染まる左半身。

 それらが訴える『痛み』の一切を無視し、カミトは追撃の一手を見舞った。

 それは吸い込まれるように、先に打ち込んだ関節の継ぎ目へと閃く。

 突き立った。

 突き破った。

 そして。

 両断した。

 

『ギッ──ァアアアアアアアアアアアアッッ!?』

 

 苦悶の絶叫が震撼する。

 カミトの腕を飛ばした『破刃』の一本が弧を描いて吹き飛んだ。

 激痛に悶える。

 燃え上がった傷口を必死に庇う。

 次の判断に費やされたのは一瞬。

 だがその一瞬は、最速の白鬼には決して晒してはいけない、明確な隙だった。

 

「もう……一本ッッッッ!!」

 

 狙いは再び大剣へ。

 同時に振り上げた双刃が向かうのは、それを握る腕部分。

 激音を上げて双小剣が炸裂する直前、化物は理解してしまった。

 強者である自らと拮抗するその人間。

 先程から芽生えていたその『感情』。

 震える思考、これは『獲物』が抱く『恐怖』であると。

 

『────────────ッッ!?』

 

 飛び散る『破片』。

 宙を舞う『破剣』。

 それは大気と踊りながら、命を繋ぐ尽くを撒き散らす。

 一度は飛ばされた少年の左腕。

 今度は『デスペリア』の左腕が()()()()番だった。

 

『ッ──ァ、……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!』

 

『デスペリア』の真紅の瞳が激痛を受けて点滅する。

 異形の痛哭が『ホール』を震わせた。

 束の間。

 トクン──と、カミトの鼓動がひと際高く鳴った。

 カミトの『スキル』が起動したのだ。

 ()()()()()

 五体から溢れ出でるは闘志の炎。

 臨界を突破した代謝が爆発的にあらゆる身体能力を向上させる諸刃の『スキル』。

 

「【リミット・ブレイク】ッ!」

 

 受けた痛みは全て返した。

 形勢はこの一撃を以って逆転した。

 その局面で満を持して、カミトは肉体の制限を解き放ったのだ。

 限界を突き破った肉体に更なる負担が圧し掛かる。

 足が震える。肩から先がまた千切れてしまいそうだ。

 だが、戦え。

 その背中に、守る者があるのなら──。

 

「さあ──勝負だッ!」

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