英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第六話 三日月の絆

 剣戟の音が聞こえる。

 いつかも、こんな景色を見ていた。

 自分を狙う敵、それを阻む仲間。

 その結末が何をもたらすかも、知っていた。

 眼前で繰り広げられる、互いに命を削り合う『死闘』。

 猛火を纏う少年は、今も少女を護る為にその命を刻々と消費していた。

 情景が、激音が、閉ざした少女に問い掛ける。

 

 ──『お前は何を求めて強者と成った』。

 

 答えは見付からなかった。

 元よりここに安住するつもりはなかった。

 いつか帰るまでの、仮の宿。

 身に付けた強さはそのための手段に過ぎない。

 情報を得るために必要だった。

 生き残るために必要だった。

 壊れそうな心を守るのに、どうしても必要だったのだ。

 それだけ。

 己が五体を一振りの刀へと鍛え上げたのは、たったそれだけの理由だ。

 そこに佳境に耐えうる硬度は無い。

 そこに苦悩に打ち勝つ尖鋭は無い。

 酷く曖昧で、その場その場の想いを重ねて継ぎ接いだ刀剣が、この絶望を前にしてどうして振るえるものか。

 

「畜生……、畜生ッ!!」

 

 悔しさが思考を埋めていく。

 虚しさが行動を支配していく。

 いつもこうだった。

 強くあろうと奮闘して、肝心な時にこの体たらく。

 解けた髪を振り乱し、怒りに任せて固めた拳を水面に叩き付けた。

 

「──へぇ、意外だ」

 

 俯いた顔が跳ね上がった。

 カミトは依然戦っていた。

 燃焼する五体に決死の形相を浮かべて、『絶望』に抗っていた。

 それでも、少年は少女の慟哭に返答する。

 何故なら少年は、少女を守護するためにそこに立っているのだから。

 

「俺からしてみれば、お前ほど守り甲斐のない奴は居ないぜ?」

 

 脚と腕を失った化物。

 しかしその勢いは衰えるどころか増すばかりだった。

 得物がひとつ消え失せたことによる、至近距離での重火器の乱射。

 不規則な軌道を描く三又の脚の乱撃。

 癒えた体に再び死の色が見え始めている。

 状況を引っ繰り返したにも関わらず、カミトは未だ勝機を図り兼ねていた。

 そんな過酷に身を置いて尚、少年は少女に言葉の刃を突き付ける。

 

「話は聞こえてたから、事情の大枠は分かった。自分のせいで、大切な人が死んでしまったんだろ?」

 

 頷く。

 

「大切な人たちに、命を賭して、守られたんだな。お前は」

 

 涙を落として、肯定する。

 少女にとっては万感のそれだった。

 しかしそれを受けた少年は、その相貌を大いに歪ませる。

 

「……けんなよ」

「──えっ?」

 

 少年は、怒りの丈を咆哮した。

 

「ふざけんなよって、そう言ってんだッ!」

 

 叱咤にも似たその砲声。

 少女の体が、別種の震えに捕らわれる。

 

「だったらどうしてお前はそこに居る! どうしてそこで泣きじゃくって、武器を取ろうとしない!」

 

 少年の声が怒声に変わった。

 

「どうせ自分を殺すために化けて出たとか、そんな風に思ってんだろ? 全く、おめでたい頭だぜ。そんな都合のいい話、あるわけねぇだろ馬鹿野郎ッ!!」

 

 まるで別人のように、カミトは声を荒げる。

 当然、少女は反論しようとした。

 カミトは何も知らない。

 そんな奴に自分の過去をとやかく言われる筋合いなんて、欠片だってありはしない。

 そう、思っていた筈なのに。

 少女の想いが、声になることはなかった。

 

「そんなのはお前の罪悪感が生んだ幻想だ! 死に際に、ソイツらはお前を恨んでたか!? 違う……、違うだろ──ッ!」

 

 記憶が想起する。

 一人、二人と倒れていくかつての仲間。

 その死に際。

 少女の頬を撫でた彼は。

 少女の髪を梳いた彼女は。

 これまで見た中で一番柔らかい表情で──。

 

「──笑ってただろッ! 当たり前だ! 自分(テメェ)の命を投げ捨てるのに、わざわざ嫌いな奴を選ぶ道理がない……ッ!!」

 

 雷に打たれたような衝撃が走る。

 それは常に少女が縋っていた思考。

 誰もが居なくなってしまった。

 故に独りで彼らの死を肯定しなくてはならなかった。

 暴言とも取れる青年の言葉は、その実、少女の孤独の傍に寄り添っていた。

 

「俺が一番腹を立ててるのはそこだ。お前は全部分かってて、それでも命をくれたソイツらの想いを歪めたんだ!」

 

 守り甲斐がないというのは、つまりそういうことだ。

 全てを賭して救おうとした命が、捧げた願いから耳を塞いで命を絶とうとしていたのだから。

 納得に傾き始めた心に、しかし『少女』が反発する。

 自分の苦しみは理不尽に揉まれた末の深傷だ。

 そもそも、守って欲しいだなんて自分は──

 

「──頼んでない、ってか?」

 

 低い、唸るような声だった。

 どうしてそんな小さな声が鼓膜を揺さぶったのか分からない。

 剣戟の音は鳴り止まない。

 苛烈さは増す一方だった。

 その最中でも、少年の声は少女の心に強く響いている。

 

「じゃあ聞くぜ分からず屋。お前を救ったソイツらは笑ってたんだろ? それが何でか、お前に分かるか?」

 

 未だカミトは少女をその背に庇っている。

 仁王立つ少年の全身は銃撃によって至る箇所に風穴が空いていた。

 相対する怪物も大概だ。

 その巨躯には無数の斬撃の跡が走り、赤黒い液体を止めどなく流している。

『死闘』はいよいよ終幕へと差し掛かっていた。

 火花を散らす情景に、少女は思考で答える。

 しかし。

 

 判らない! 解らない! 分からない!

 ──理解(わか)りたくない!

 

 ずっと考えないようにして来た。

 何故ならその思考は、少女の心の均衡を容易く破壊してしまうモノだったから。

 

『お前が強ければ、少なくとも数人は逃がせた』

『お前が強ければ、彼らはそもそもお前を逃がそうとすらしなかっただろう』

『お前の無力が、彼らを殺したんだ』

 

 少女は自分を責めることで己を静めて来た。

 状況的に、少女が強くとも彼らは殺されていたのだろう。

 そんな甘えた思考はとうに切り捨てている。

 状況より感情に任せたかった。

 その方が、楽だったから。

 想いを背負うより、目を背ける方が、苦悩を忘れて居られたから。

 

 だが、少年はそれを許さない。

 

「薄情者がッ……、頼まれてもないのに守りたくなっちまう程、お前が大切だったんだろうがッ! そうやって泣きじゃくる未来を与えるためじゃない。笑って、幸せな未来を選んで欲しくて、ソイツらは命懸けでお前を守ったんじゃないのか──ッ!!」

 

 血の塊を吐き出しながら、カミトは叫んだ。

 

「その意味から、想いから、いつまでも目を逸らしてんじゃねぇよ……ッッ!! 思い出せ、重ねてみろ! なあ、センカ──」

 

 少年が少女の名前を呼んだ。

 愚答に曇った思考が晴れていく。

 幻惑に揺れる視界が開けていく。

 情景が、明確に瞳に映る。

 視線の先、少年は痛みに震える五体で尚得物を振るっている。

 いつ膝をついてもおかしくない、限界状態での激戦。

 その最中でも、カミトの相貌は未だ笑顔を称えていた。

 

「もう一度、その目で良く見てみろよ」

 

 猛威を奮う、アークスの装備を纏う異形の化物。

 その装備はかつて苦楽を共にした仲間が持っていた得物たち。

 その合間を埋めるように点在する、『半円』を描く飾りたち。

 それらは少女と共に在った証明。

 同じ『旗』の下に集った盟友の魂だ。

 

「アレは、お前の家族なんだろ?」

 

 異形の声が耳朶を揺らす。

 その声は酷く淀んでいた。

 その端々に聞こえる、『彼ら』の声。

 違うというのは分かっている。

 だが、否定するには余りにも多くの片鱗を帯びていた。

 故の葛藤。

 故の恐怖。

 その震える肢体から、痛い程伝わっていた。

 だから少年は、少女の想いを汲んだ。

 

「その家族が人を殺してる。人を喰っている。お前はそれを、ただ見てるだけか?」

 

 体の震えが、ピタリと止まった。

 

「大切な人達が悪さしてんだ。だったら『家族』として、お前にはやるべきことがあるんじゃないのか?」

 

 なにそれ、と小さく呟く。

 そんな、子供をあやすようなことを、どうして真剣な顔で言えるのか。

 いいや、分かってる。

 言わせているのは自分だ。

 信じるのも馬鹿らしい程の、出鱈目とも取れる少年の問い。

 そんな子供騙し、普通誰も信じない。

 呆れてしまう。

 笑ってしまう。

 それでも──

 

「そう……だよね」

 

 少女は、その言葉を信じた。

 妄言かもしれない。

 目の前にある甘言に飛び付いているだけかもしれない。

 でも、充分だ。

 

 ──『戦え!』

 

 再び聞こえた、『誰か』の声。

 一度拒んだ、己が内から湧き出る激励。

 先は『理由』を見出せずにいた。

 だが今はどうだ?

 少女はもう一度、瞳を閉じる。

 逡巡すらない、呼吸ひとつの間。

 そして。

 ()()()()()

 

 仮初でもいい。

 詭弁でもいい。

 例えそれが、『理由』を作るためのこじつけであったとしても、少女は見出した。

 少女は、再び『刀』をその手に握る。

 その刀身は凹みだらけで、数多の罅が走っていた。

 散々に打ちのめされ、今にも砕けそうなその『刀』。

 それでもまだ、その刀は()()()()()()()

 その芯にはまだ、熱く燃える灯火があった。

 故に、まだ振るえる。まだ断てる。

 

「ッッッ!!」

 

 萎えた拳を固く握る。

 震える脚に力を籠める。

 悲嘆に暮れた朝があった。

 泣いても覚めぬ夜があった。

 それでも折れない不屈の闘志。

 それは救われたことに対する後悔(トラウマ)への抵抗。

 幾度となく折れかけた『刀』を支えたのは、その一点のみ。

 誰かのために命を燃やす、その背中を強く見据えた。

 あの背中には見覚えがあった。

 その先には悲劇があった。

 それが今。

 再び繰り返されようとしている。

 

 深く。

 深呼吸をし。

 集中する。

 

 解けた髪を結い直し、体の緊張を解いた。

 途中、揺れる水面に自分の顔が映り込む。

 血で濡れた褪せた銀髪。

 泥に塗れた少女の相貌。

 みっともない。

 だらしがない。

 だが、そこに映る双眸は、確固たる意志に燃えていた。

 その瞳が捉えた。

 額に浮かぶその『半円』。

 煌々と煌めく『絆の証』を。

 これは同じ『満月』の下に集った者たちが持つ、『三日月の絆』だ。

 

(離れてても、ずっと一緒。そうだよね、隊長(アルカ)

 

 形見を経て想起するは、少女に救いの手を差し伸べた青年の言葉。

 同時に、解けていた髪も、結い終わった。

 これで整った。

 最後に。

 祈るように、確かめるように、少女は静かにその『三日月飾』に触れる。

 

「────」

 

 ふっと、不意に口元が緩むのを感じた。

 なるほど。

 ならば状態は──これ以上なく『良好』だ。

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