『アアアアアアアアッ!!』
化物は困惑していた。
化物にとって人間とは奪うだけの存在であり、ただの餌にしか成り得なかった。
今回の人間も、多少苦戦はしたが結局は同じだった。
『破剣』は振るうだけで易々とその腹を破った。
『破拳』は掻き撫でるだけでその骨を砕いた。
『破銃』は放つだけでその五体に穴を開けた。
それは変わらず、今回だってそうだった。
眼前で燃え盛る紅蓮の少年。
それだって例外ではない。
その全身からは止めどなく血潮を飛ばしている。
だというのに、一向に『死相』が見えない。
得物と得物をぶつけ合う程、その少年の眼光は濁るどころか鋭さを増していくばかり。
こんな人間は知らない。
こんな戦士は知らない。
こんな『化物』は知らない!
「おおおおおおおおッ!!」
少年は猛っていた。
巨体に似合わぬ俊敏さ。
巨体に見合う剛の攻め。
凡そ合わさってはいけない両極を有する最大の敵。
加えて、こちらの攻撃は通じづらいときた。
当てた斬撃は幾撃にも上る。
にも拘らず、その化物はその瞳の輝きを一層強くしていた。
降りかかったのは無理難題。
故に少年はこれを『試練』とせず、『超克』と定めた。
死にぞこないの五体より穿つ斬撃が、織り交ぜる体術が。
越流する激情を乗せて加速する!
「────ッ!」
『────ッ!』
白熱する。
互いに零れ落ちる命の雫には目もくれず、己の生を勝ち取るために、肉体を超越した『死闘』を演じる。
閃く小剣を『破刃』で受け流す。
乱射される銃弾を紙一重で躱す。
惨劇の『ホール』は舞い散る火花で一色に彩られていた。
しかし──
「しまっ──!?」
本能が本能を潰し合う激闘の中。
とうとう肉体に『死闘』の影響が現れた。
泥に足を取られたカミトの上体がぐらりと揺らぐ。
逃すものかと、化物の『破刃』が閃いた。
直後。
その咆哮は、獣の如く轟いた。
同時に。
化物の斬撃はその『鋼拳』に押し留められる。
瞬間。
剣戟の残滓を散らす両者を割って、『死闘』の舞台に鈍色の閃光が瞬いた。
『ッッ!?』
『デスペリア』は驚愕した。
カミトは微笑した。
センカは、咆哮した。
「はあ──ぁああああああああッッ!!」
防いだ『鋼拳』を突き抜けた衝撃が、センカの左腕に亀裂を齎す。
無視をし、凝視する。
それは猛り狂う火花の中で、煌々と煌めく鈍色の双眸。
畏怖の象徴が如き化物の体躯を、心火の瞳で焼き付けた。
センカが迫るは、未だ思考が晴れぬその化物。
閃きの間で接敵した。
同時に追いつく化物の思考。
再び引き絞られる、三又の刃脚。
今度は遮る障害は無い。
退避は可能。
爆発の加速を以って今度こそ離脱を──
『──ッ!?』
しかし、叶わない。
化物は紛乱する視界の端に、
それは少女が持つ悔恨の力。
何度も呪った、特異な『才能』。
フォトンへの異常な適応力を持つセンカの『特性』。
そして行使すべく磨き上げた圧倒的な『センス』。
それらを併せ持つセンカは、不適合クラスでありながらも『テクニック』の行使を可能としていたッ!
「
響き渡るはセンカの
ビクリと、化物の全身が委縮した。
否。
委縮したのは化物ではなく、そこに纏う『彼ら』の肉体だ。
当然だ。
その咆哮はセンカが『家族』へ向けた初めての
『ッッ、ォオオオオ!!』
突然命令を聞かなくなった肉体に、化物は怒りを叫ぶ。
半狂乱のまま、氷に捕らわれた『破刃』を力任せに引き抜く。
そして再び、逃走を図るべく逆関節を屈伸させた。
──逃がさない。
癒えぬ傷を、
消えぬ後悔を、
その尽くを膂力に宿して、
愛拳《ヘブルパニッシャー》を弓の如く引き絞り──迫真の気迫を以って撃ち放った。
「ッッ!!」
それは引き絞った右拳とは反対の手。
先の防御で粉々に砕けた片方の腕。
伸ばした左手で、センカは『デスペリア』の『破刃』を掴む。
握った傍から食い込む、両刃の剣塊。
「【ハートレス】──」
劈く痛みを無視し、流れ出る血肉を視界から外し、砲声した。
「──【インパクト】ッッ!!」
『……ッッッッ!!』
声にならない悲鳴が上がる。
その右拳が貫いたのはその名の通り、化物の左の胸。
散々に受けた斬撃により大破した『装甲』の内側。
化物の膂力を生み出すその肉体へ。
ドンッッッッ──!!
爆発のような炸裂音。
突き破り、突き刺さった。
『ヅッッ……、ァアアアアアア!!』
致命を報せる絶叫。
痛哭に歪む真紅の双眸。
拳を引き抜いた後から『体液』が濁流の如く流れ出る。
剥き出しになったのは、『デスペリア』の有する巨大な『
センカはそれが『決まり手』となることを確信した。
故に、退避が遅れた。
『ァア──────!』
宙へ躍った『破刃』が迸る。
反応も許さぬ雷の如き一閃。
今から反応しては間に合わない。
拳を噛ませることも叶わぬ、閃撃の一蹴。
故にセンカは、その攻撃を
「カミト──ッ!!」
「応ッ!!」
肩に走る誰かの重み。
少女の視界を、紅蓮の一射が通過した。
『!?』
少女の肩を飛び越え、カミトは再び『デスペリア』の正面へと躍り出た。
白藍の燐光を纏う脚撃が『破刃』の一閃と拮抗する。
いや。
「おおッ……らあッ!!」
回し蹴りの旋回をそのまま威力へ。
打ち出したるは左腕に携えた小剣の斬撃。
続けざまに、右腕の大振りの振り下ろしが、神速を以って閃いた。
『……ッ、……ッッ!?』
クリーンヒット。
斬撃は『破刃』の猛威を掻い潜り、本体へ深い傷を刻み付ける。
「ふっ──!!」
振り抜き、しゃがみ込んだ姿勢。
数瞬のチャージ。
屈伸した脚を爆発させ、渾身の追撃を繰り出す。
迫る、断続的に打ち出された二本の斬撃。
これ以上は許すものかと、『デスペリア』は拳を盾に見立てて翳した。
斬撃の勢いに伴って続いた脚撃。
それが『破拳』の盾を打ち払う。
しかし、『デスペリア』はその連撃を防ぎ切った。
だが。
止まらない。
『──アア……ッ!?』
続けざまに振り上げられた左腕。
駆け登る火柱の如く、『デスペリア』の顔面を《ルグドフラン》の峰で打ち抜いた。
衝撃に揺れる巨体。
カミトの矮躯は振り上げの勢いに任せて、ふわりと上昇。
背骨が悲鳴を上げる程、力を溜める。
カミトが起動したのは疾風怒濤の八連撃。
その全ては『必殺の一撃』を与えるため。
大技最後の強撃を、
軋む膂力を奮わせて、
全霊を以って撃ち放った。
「【オウルケストラー】──ッッ!!」
揃えた双刃を一気に振り下ろす。
刃は先に少女が穿った右胸を、
脈動する深紅の核を、
その二振りの刃は深々と刺し貫いた。
『アアッ──ギャアアアアアアアアアアアッッッッ!!』
炸裂した。
致命傷への更なる追撃。
体液が吹き上がる。
肉片が飛び散る。
『アッ……、アアアアアアアアアアッ──』
断末魔の叫び。
化物の巨体が、毒の海へと音を立てて沈んだ。
待つ。
しかし飛沫は上がらない。
伏した化物は紡いだ『装備』を崩壊させ始めている。
静寂が、訪れる。
「はぁ……、はぁ……、ぐっ──」
「カミト!?」
ガクリと、少年がとうとう崩れ落ちた。
役目を終えたように、少年が纏った炎が吹き消える。
駆け寄る少女。
少年には最早生きているのが不思議に思える程の外傷があった。
これでは当面の戦闘は不可能だろう。
だが、終わったのだ。
化物は地に伏したのだ。
だから──
「──まだだ!」
「……えっ?」
未だ闘志を称えるその双眸を追って、センカは敵が沈んだ地点を見やる。
だがそこには静寂があるばかり。
自分たちを脅かした『破刃』も、『破拳』も、その色を失っているではないか。
「構えろセンカ。いや──
カミトは警告した。
何故なら彼は敵の手の内を知っていたから。
打ち交わす刃越しに、『デスペリア』の感情が伝わっていたから。
しかし、余りに遅い。
その絶叫がセンカの耳朶を打つより速く、その火力は音を越えて炸裂した。
「あっ……」
左大腿に、違和感が走った。
瞬間。
千切れた肉は焼け焦げた。
血潮は吹き出た傍から蒸発した。
油断をしたのはほんの束の間。
その一瞬で、センカの大腿は深く抉り取られていた。
「いっ……、づぅ……、ぐぅうううううッッ!?」
悲鳴を噛む。
激痛を噛む。
無様を晒してはならないと、魂を燃やして、充血する瞳で敵を見る。
それは化物が持つ最強の火力。
水面から噴き上がる赤黒い飛沫。
現れた瀕死の化物。
その大顎に備わった『破砲』に破壊が収束する。
陽光の如きその極光。
憤怒の双眸に灼熱の光芒を携えて、【絶望】が再び少女を照準した。