英雄の記録 〜灯火ノ章〜   作:鬼灯 守人

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第八話 【絶望】の名前

 ──ふざけるな。

 

 核を潰された。

 肉体が音を立てて落ちていく。

 紡いだ武器が崩壊していく。

 ()()()()()()()()

 そんな些細なこと、今の化物にとっては心の底からどうでも良かった。

 

 ──ふざけるな。

 

 何なんだあの『餌』は。

 消えろ。

 邪魔をするな。

 お前は弱々しく、痛々しく、隅の方で蹲っていろ。

 

 ──ふざけるなッ!!

 

 自分を殺すのはこの人間だ。

 自分がこの人間を殺すのだ。

 お前程度が、この『死闘』の、邪魔をするな──ッ!!

 

 化物の双眸に憤怒の劫火が宿る。

 化物は己が内に湧き出る『感情』に気が付いていた。

 それは、この大敵を打ち果たしたいと言う明確な『戦意』。

 カミトと交した幾万もの攻防。

 貫く未来を幻視しながら放った斬撃が、拳撃が、銃撃が、全て防がれる。

 どころかカミトは、それを反撃の一手に変貌させ、尚迫って踏み込んで来る。

 

 高揚していた。

 

『デスペリア』が培って来た『経験値』の集大成。

 効率良く人間を解体する術の全て。

 それらを燃やす快感を、『デスペリア』はこの『死闘』の中で見出していた。

 少年に打ち出した『破刃』の一撃。

 今度こそ首を跳ね飛ばした確信があった。

 同時に、この一撃をどう返して来るのかと、全身の血肉が騒いでいた。

 

 そこに、『横槍』が入った。

 

 許せない。

 許せていい筈が無い。

弱者(おまえ)』は邪魔だ。

腑抜け(おまえ)』は消えろ。

 この場において相対するは、相応しいのは強者のみ。

少女(おまえ)』は、引っ込んでいろ──ッッ!!

 

 

 ♢

 

 

『──ァアアアアアアアアアッッッッ!!』

 

 それは感情に振り回されるように。

 それは赤子が駄々をこねるように。

『デスペリア』は憤怒の化身と成って、感情の丈を乱射した。

 掠った光芒が肌を焼く。

 穿たれた地表が飛沫を上げて砕け散る。

 死に際の獣は御しづらいという言葉がある。

 冗談では無い。

 御すと言う選択肢は、この災厄の前では己の死を意味するのだから。

 

「センカ……、大丈夫か?」

「大丈夫……っと、言いたいとこだけど」

 

 傷の具合は深刻だった。

 カミトの容体は言わずもがな。

 抉れた大腿、穴の開いた肢体、そして粉々に砕けた左腕。

 センカのそれだって、致命に成り得る重症だった。

 

 その間も、熱線の乱れ撃ちは降り止まない。

 

 満身創痍の二人は砕けた『デスペリア』の装甲を盾代わりにして、熱線の雨を凌いでいた。

 幸いにも、怪物は理性を欠いて無差別な砲撃を行っている。

 油断をするわけにはいかないが、回復行動を取るなら今がその時だろう。

 センカのアイテムはカミトの治療に使い果たしてしまった。

 カミトもカミトで、戦闘中にその殆どが破損していた。

 残っているのはモノメイトが二つと、ディメイトが三つ。

 そして今一番欲しいトリメイトは一つしか残っていなかった。

 互いに致命傷を抱える中では余りにも心許ない。

 だとしても。

 何もないよりは、ずっといいに決まっている。

 

「ほら、コイツで血は止められるだろ」

 

 センカから見えないように残りの回復剤を隠し、カミトは何の気ない口調でトリメイトを手渡す。

 

「……、要らない。それはあんたが使って」

 

 差し出された小瓶ごとその手を押し返し、センカはゆっくりと首を左右に振る。

 

「そんな訳にはいかない。俺はもう充分貰ったんだ」

「でも傷が深いのはあんたの方でしょ!? あたしは血が止まればそれで済むから、あんたは責めて、体を動かせるまで回復しなさい!」

「……、……っ、はぁ……」

 

 数秒逡巡し、カミトは根負けだと言うように溜息を吐く。

 この状況で問答するのは愚策も甚だしいだろう。

 それに事実、外傷はカミトの方が圧倒的に酷かった。

 後悔するなよと一瞥をくれて、カミトは回復剤を一気に煽った。

 飲むと同時に、癒しの水が全身を駆け巡る。

 無数にあった傷口が塞がり、五体から終ぞ零れ落ちていた流血は全て止まっていた。やはりフォトンが薄いのもあって本来の回復効果は得られなかったが、一先ず止血をするには充分足りたようだ。

 

「それじゃあ、ほら。そっちは素直に飲んでくれよ?」

 

 そう言ってカミトは、己が持つ残り全ての回復剤をセンカに押し付けた。

 

「飲まないってんなら、腕ずくで口に突っ込んでやるからな」

 

 不満を示すその相貌に、カミトは念を押すように付け加えた。

 事実再び突き返すつもりでいたセンカは、その鬼の形相を前にして渋々小瓶を口元に運んだ。

 カミト同様に回復は予想以上に芳しくはない。

 化物の『破刃』を諸に受けた左腕。

 カミトの腕を吹き飛ばした威力を正面から受け止め、その『鋼拳』の内側は目も当てられない。

 しかしその一撃を受けても尚、《ヘブルパニッシャー》はその輝きを失っていない。

 それは鍛冶師が施した堅牢。

 すぐ得物を壊してしまうセンカに見兼ねた、彼女の施しだった。

(ありがとう、緋代子)

 センカは心の中で、自らの腕を守った鍛冶師の想いに感謝を述べた。

 確かめるように、多少は癒えた筈の左腕に力を籠める。

 未だ違和感は残るが、振るえない程ではない。

 ならば、問題は皆無だ。

 センカ達はこれでようやく危機的状況は脱することが出来たと言えるだろう。

 

「……センカ、どう見る?」

「どうって……」

 

 盾越しに見える、荒ぶる『化物』。

 確かに理性を欠いた今であれば、先よりは勝機は見えるかもしれない。

 だが同時に、一撃の威力は格段に跳ね上がっている。

 次奴の攻撃を喰らいでもしたら、それこそ致命傷どころか命が吹き飛ぶ。

 しかし時間を与えてしまうのも得策とは言い難い。

 仮に奴が時間稼ぎのためにこの乱撃を行っているとしたら、その時こそが二人の命が潰える時なのだから。

 状況は最終局面。

 しかしあと一歩のところで、カミトとセンカは攻め手を失っていた。

 

 思考は泥沼へ嵌っていく。

 此度の敵は、余りに強大すぎた。

 故に、彼らは失念していた。

 この場に於いて、脅威は『化物』だけではないということを。

 

「な、なんだっ!?」

 

 突然大地が揺れ始めた。

 怪物の砲撃によるものではない。

 もっと根本の、そう、まるで『星』そのものが揺れているような感覚。

 その思考に至った時、カミトは結論を得た。

 同時に。

 ここに至るのが遅過ぎたのだと、その白面相を一挙に青くした。

 

 ──ドンッ。

 

 大地が()()()

 間を置かず、『()()()』は地中より天高く聳え立つ。

 カミトは瞠目した。

 センカは硬直した。

 地中より出でるその不定形な巨躯。

 まるで子を守る『母』の如く、その巨大な『触手』は二人の眼前に立ちはだかった。

 生き物のように蠢くそれらは虚空を彷徨う。

 そして。

 その鋭利な先端を『侵略者』へと狙いを定めた。

 

「──走れぇええええええッッ!!」

 

 カミトが叫ぶ。

 その声に充てられて、センカは硬直を素早く脱した。

 ひた走る。ひた走る。ひた走る。

 最早『デスペリア』の打倒など思考にない。

 最早絶望的状況の打破なんて浮かびすらしない。

 圧倒的な威力が、物量が、降り注ぐ。

 

「──ッッ!?」

 

 カミトが驚愕の声を漏らす。

 迫る『触手』の刺突はカミト達ではなく、その周囲の地面を囲うように突き立ったのだ。

 理解を越えるその攻撃。

 今度こそ、カミトの思考は硬直した。

 瞬間。

 大地が爆発した。

 

「「────────ッッッッ!?」」

 

 撒き上げられる。

 爆発は突き立った地面へと放たれ、亀裂する大地がその衝撃で捲れ上がったのだ。

 宙を舞う。

 カミトとセンカは、割れた大地の『下』を見た。

 それは地表等ではなく、漆黒を宿す虚空の穴。

 その内で蠢く、『赤黒い光源』。

 何か、『予感』のようなものを感じた。

 しかしその考えが纏まるより早く。

 落下が、始まる。

 

『アアアアアアアア……ッ!!』

 

 檻のように展開する『触手』の向こうで、『デスペリア』が怒りの咆哮を放っていた。

 

 ──『お前を殺すのは、俺だ!』

 

 深紅の瞳と交錯する。

 

 ──『俺を殺すのは、お前だ!』

 

 その紅色は、悲痛の色を宿していた。

 

 ──『だから、()()()()()()()ッ!!』

 

 漆黒が大口を開けて出迎える。

 虚空へ飲まれるその瞬間。

 カミトは懇願する簒奪者の声を聞いた気がした。

 

 

 ♢

 

 

 鳴り響く、崩落する瓦礫の破音。

 その岩の海に散々に揉まれながら、共に落下する。

 どのくらいの時間が経過したのだろうか。

 数分か、数十秒か、或いはほんの数秒だったのかもしれない。

 ともかく、五体を砕くような衝撃と共に、落下は地面へ叩き付けられる形で収まった。

 

「ぐっ……あぁ……」

 

 五体を圧し潰す瓦礫の山をどうにか押しのけ、外へ出る。

 フォトンが無ければ、今頃少年の肉体は衝撃で弾け飛んでいただろう。

 死を免れたことに安堵の溜息を吐いたのも早々に、カミトはそこに広がる『景色』に言葉を失った。

 

 言うなればそれは、『肉で造られた迷宮』だ。

 漆黒を称え胎動する『通路』。

 粘膜を思わすぬめりを纏う壁面。

 質感以外は、この惑星の表面を見た時と酷似している。

 唯一違う点。

 その床の、更に下で明滅する真紅の光源が、カミトの中に明確な焦りを齎していた。

 

「──っ! そうだ、センカは!?」

 

 思考が追い付き、積み上がった瓦礫へ視界を戻す。

 しかしそこからは少女の気配も、少女の声も聞こえない。

 ただ、漆黒の瓦礫の山が在るのみだ。

 

「まさか──ッ!!」

 

 駆け出した。

 積層する岩々を、片っ端から崩していく。

 

「センカ……ッ、どこだっ! 返事をしろッッ!!」

 

 返事がない。

 気配がない。

 焦りが、募る。

 

「センカッ、センカ、センカッッ!! おいっ、センカ──ッッ!!」

 

 想起するは悔恨の記憶。

 守れなかった、大切な人の亡骸たち。

 微笑を称えるその中に、一瞬、鈍色の双眸がチラついた。

 それを認めたくない一心で、カミトは喉を枯らした。

 何度も、何度も、その名前を一心に叫ぶ。

 

「センカ……センカッ!! ぐう……ッ、クソッ、クソッ……畜生ッッ!!」

 

 小さい岩は諸手で掴み上げ、大きい岩は《ルグドフラン》で粉砕して。

 切り開く。

 求めるのは亡骸ではない。

 求めるのは、探しているのは──、

 

「──ッ!?」

 

 そして、見つけた。

 少女が居たのは巨大な岩が折り重なって出来た空洞の中。

 奇跡的に出来たその『小部屋(スペース)』により、圧死は辛くも免れていたようだ。

 だが気を失っているのか、力なく横たわる少女からは、返事がない。

 状況は悪い。今焦るのは下策も下策だ。

 思考を落ち着かせ、どう救おうかと考えて、ようやく、カミトは自分の状態を把握した。

 擦り切れた指の中には白い骨が剥き出しているモノも数本あった。

 度重なる酷使により全身の筋肉が酷く痙攣しており、最早まともに得物を振るうことすら叶わない。

 だが。

 知ったことでは、ない。

 

「センカ──ッ!!」

 

 その肢体を覆う岩を退けながら、漆黒の海を突き進む。

 ああどうか、どうか、間に合ってくれ、と。

 焦燥を燃やしながら、カミトはとうとうそこへ辿り着いた。

 

「これは……っ」

 

 トドメ打ちだと言わんばかりに。

 傷付いた少女の左足を踏み潰すように、巨大な岩のひとつが圧し掛かっていた。

 

「ッッッ!!」

 

 岩の釣り合いを壊さぬように慎重に、けれど少女を救うために早急に。

 焦りを理性で押し留めながら、俺は巨岩を押し上げ、少女の脚を引き抜く。

 

「クソっ……」

 

 間に合わなかった。

 そう思えてしまう程に、痛々しかった。

 その脚は膝辺りからあらぬ方向へとひん曲がっていた。

 激闘の中で砕けた鎧、その隙間から覗く肌には幾つもの青あざが出来ている。

 それでも、

 

「──っ」

 

 少女は未だ、呼吸を続けていた。

 

「ちっくしょう、がッ……!!」

 

 最後に焦ったのが原因か、辺りの岩が少しずつ傾き始めた。

 傷付いたセンカを抱え、カミトは焦慮のままに岩の小部屋から、五体に残る最後の力を振り絞って脱出する。

 抜け出した直後。

 背後から聞こえた破砕音に、カミトは堪らず背筋を冷やした。

 抱えた肌伝いに感じる温度に詰めた息を一気に吐き出し、暗雲が掛った思考が晴れ始めた。

 その時だった。

 

「────」

 

 示し合わせるように遠くで、何かが蠢く音を聞いた。

 しかし周囲を探っても敵の気配はない。

 限界状態故の幻聴だったのかと、安堵しようとした。しようとして、出来なかった。

 

 ──今、ダーカーに襲われたら終わる。

 ──いや、違う。

 ──違うだろ馬鹿野郎!

 ──ここは何処だ?

 ──俺達は、()()()()()()()()

 

 いいや在り得ない。

 まさか、まさか、まさか。

 本能が悲鳴を上げている。

 理性が現実を否定したがっている。

 しかし推理を始めた思考は、半自動的に状況を精査していた。

 異常な頻度で湧き出るダーカー。

 天蓋を穿つ程の長大な『触手』。

 そして眼前に広がる漆黒の通路。

 まるで、迷宮のように廻る、血管の如き繊維。

 少年の知っている情報と、先に感じた『予感』が照合されていく。

 いや、考え過ぎだ。幾ら何でもそんなのは()()()()()()

 そんなデタラメは、あってはいけない。

 だが──。

 

 ──『ああ、それが正解だよ』

 

 まるで少年の仮説に頷くように、迷宮が再び()()()

 鼓膜を劈き轟く、金切り声のような奇声。

 カミトはその『声』に聞き覚えがあった。

 同時にドクンッと、『迷宮』が鼓動する。

 余りにも巨大な迷宮構造。

 悲壮を覚える程の度合(スケール)の違い。

 それでも、カミトはその答えに辿り着いた。

 辿り着いてしまった。

 その【過酷】の名は、()()()()()()()()()()()()()

 浅い呼吸を繰り返す。

 震える唇が、呟きを落とした。

 

「『ベイゼ』……」

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