早朝の海岸。
誰もいないはずのこの時間に、二つの人影があった。
「……シッ!」
金髪の少年が放つ掌底を、同じく美しい金髪を揺らす少女が顎を引き、眼前ギリギリで避ける。
反応が遅れたのではない。それは最小限の回避で最速の反撃に繋げるため。
そのまま右拳で少年の顎を刈り取りにかかるも、しっかりと左腕でガードされてしまう。一旦仕切り直しとばかりに互いに距離をとった。
常人なら目で追うのがやっとの高速戦闘。技術、駆け引き、フェイント、純粋なパワー、全てを余すことなく使った戦闘技術。二人のそれは、恐らくプロヒーローでも舌を巻くだろう。
見つめ、睨み、出方を伺い合う二人。
互いを高め合このトレーニングは、毎日の日課だった。
◇◇◇
事の始まりは中国軽慶市。発光する赤児が生まれたというニュースだった。以降、各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。
いつしか『超常』は『日常』に……。
世界総人口の約八割が何らかの『特異体質』である超人社会となった現在、混沌渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。
「かっちゃんはひどいです。学校前にやけどするところでした。私の個性、自分にはなんにもできないの知ってますよね?」
「うっせ知っとるわ。大体当たんないようにしてたんだから平気だろ。ウダウダいってんじゃねえ」
金髪の少女は口に手をあて微笑む。
その綺麗な微笑みに教室の何人かが目を奪われるが、金髪の少年が睨みをきかせると慌てたようにそっぽを向いた。
「もう。ほんとは優しいところもあるんですから、みんなにもそうしたらいいのに……ヴィランっぽいヒーローランキング載っちゃいますよ?」
金髪の少年のそんな一面にも好感をもっていたりする少女だが、彼がヒーロー志望だということもあり、心配もしている。
その時、教室の扉を開けて教師が入ってきた。
少年は、余計なお世話だ。と言わんばかりに後ろ手に手をヒラヒラと振り、自分の席へと戻って行く。
◇◇◇
「えー、お前らも三年ということで、本格的に将来を考えていく時期だ!」
その言葉に教室のほぼ全員は、どこか雰囲気が変わる。
「今から進路希望のプリントを配るが皆!!! ……だいたいヒーロー科志望だよね 」
教卓で話す教師は持ってきたプリントの山を手に取り、パッと投げ捨てた。
途端に賑やかになる教室をなだめるように教師は全員に注意する。
「うんうん皆良い個性だ! でも校内で個性発動は原則禁止な!」
髪の毛を尖らせる者、手から風を出す者、物を浮かす者。様々な個性が教室内を埋め尽くす中で、机に方足を乗せていた金髪の少年が声を上げた。
「せんせえー、『皆』とか一緒くたにすんなよ!
「「そりゃねーだろカツキ!!!」」
「モブがモブらしくうっせー!!!」
「あー確か爆豪は……『雄英高』志望だったな」
その教師の言葉に賑やかだった教室は一旦静まり、別の意味のざわめきが広がった。
「国立の!? 今年偏差値79だぞ!!?」
「倍率も毎度やべーんだろ!?」
そのざわめきを一括するように金髪の少年──爆豪勝己は机の上に乗り、言い放つ。
「そのざわざわがモブたる所以だ! 模試じゃA判定!! 俺達はウチ唯一の雄英圏内!」
手のひらを上に向け、顔を上げ続ける。
「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローとなり!! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!!」
「なぁ、さっきから
うむ。と教師は満足そうに頷く。
「勿論、
「あはは……」
途端に注目が爆豪から自分に移った金髪の少女──御柱桜は少し頬を赤く染め、指でかいた。
「『女神』もか!」
「でも……二人ならいける気がするぜ!」
「たりめーだクソモブが!」
『女神』とは彼女、桜の面倒見の良さ、更に時折見せる慈愛を含んだような微笑みからつけられた渾名だ。爆豪といつも一緒にいるため、それが更に際立つ。
パンパンと手を叩いて教師が皆を静かにさせる。
「この一年、二人を見習って皆も頑張るんだぞ。進路希望のプリントは、今週中に提出してくれな」
そう言うと、教室に散らばったプリントを拾い始めた。
すぐに率先して共にプリントを拾いに行く御柱を見て、自らもとプリントを拾う、端から見て誰でも分かるような下心丸出しの男達。
「わあ! 手伝ってくれるんですか? ありがとうございます」
再び見せた女神の純粋な笑顔に、下心を出した男達は罪悪感にかられたという。
◇◇◇
「おい桜、帰んぞ」
「ごめんかっちゃん。今日先生のお手伝いと、一年生オリエンテーションの説明とか……」
「チッ。わーったよ」
はよ終わらせてこいよ。と残し爆豪は去って行った。
よくあることだった。桜はかなりのお人好しの性格なので、頼まれたことはそう断らない。人望も厚く、任されたことはテキパキとこなす。そんな桜に頼る人は大勢いるわけだ。
「(自分でやろうとしねぇで桜に頼りっきりなのがムカつくんだよクソが)」
そう思う爆豪自身、以前桜を手伝ったことがあるのだが……彼の性格上、それはなかなか難しいことだった。
年下にキレたり、年下を睨んだり、最後は泣かせてしまったのだ。
桜がいたからどうにかなったものの、それ以降爆豪はプリント整理、力仕事以外は手伝わないようにしている。
そして今日は年下が絡むときた。がさつな性格ながら自己分析ができている彼は、おとなしく帰路についた。
◇◇◇
あのヘドロヴィラン……!
活動限界さえきてなければ私が……!
◇◇◇
「お、終わりました~早くしなきゃかっちゃんに怒られちゃいますね」
私は手伝いを終え、教室に戻った。
置いておいたカバンと、隅に立て掛けておいた自分の背より大きなケースを背負い、学校を出る。
放課後はかっちゃんの家で一緒に勉強したり、朝に組手をしていた海岸で個性の特訓をしていたりするんだけど……今日はそんなに長くできないかもしれない。
海岸にある大量のゴミを、かっちゃんの爆破で塵にしてできた円形に広がる場所だ。
全ては今年の雄英高校受験のため。……そして。
二人で最高のヒーローになるために。
と、その時。
『田等院商店街』とかかれているゲートの前に、人だかりができているのが見えた。
なんだろう。と自然にその方向に足を運ぶと、人だかりの奥から
その音を耳にし、思考が止まる。
なんで……先に帰ったはずじゃ。
家にいるはずじゃ……。
瞬間、『なんで』に埋め尽くされた思考から抜け出した私は……走った。
人混みをかき分け、懸命に前に出る。
うそ、うそ……だってこの爆発音は。
子供の頃から何度も聞いてきた……
人混みの最前列に出た私は目にする。
ボロボロに破壊された商店街、燃え上がる火の手、そして。
流動体のようなヴィランに捕らわれる、かっちゃんを。
私は走りながら背のケースを開け、人混みを抜けて走り続けた。
「馬鹿ヤロー!! 止まれ!! 止まれ!!」
後ろからプロヒーローが私を止める声や、知らない人の悲鳴も聞こえたが、関係ない。
私は、腹の底から幼なじみの名前を呼んだ。
「かっちゃん!」
待ってて。
今、助けますから。
◇◇◇
油断してたかと問われれば肯定する他ないが、後ろからの突然の奇襲は予想外だった。お陰でこのザマだ。
俺は体の自由がだんだんと奪われていくの感じていた。流動体のヴィランが口から侵入していき、呼吸すらままならない。
なんのために今まで特訓をしてきた? ヴィランを目の前にしてこれではまるで意味がない。
俺の爆破のせいで周りのヒーローが攻めあぐねているのも分かる。だが、爆破を止めればすぐにでも体の主導権を握られるだろう。
もう打つ手は無いのか。そうらしくもなく諦めが頭をよぎったその時。
「かっちゃん!」
その顔は今にも泣き出しそうで。
──なに、してんだよ。
その顔を見た途端に頭には……沸々と怒りが沸いてきていた。
──ふざけんなよ……!
何年も前、彼女を守るヒーローになると誓った約束を思い出して。
──なにやってんだよ! 俺は!
心の中で叫ぶ想いに呼応するように、過去の情景が頭を支配する。自分への怒りで頭が埋め尽くされた時、頭から余計な焦りが消えた。
向かってくる桜、それを止めるヒーロー。視界すべての景色がスローモーションのように感じる。
──もう泣かせないと誓ったはずなのに……なにしてんだ俺は。
全部終わったら、柄でもないが……謝ろう。
徐々に体を支配していくヴィランをよそにそんなことを考え、手のひらに意識を集中させていく。
今俺にできる最大火力。
桜を泣かせる原因がこのヴィランにあるなら。
俺達の道の上にこのヘドロ野郎がいて、邪魔してくるなら!
欠片残さず爆破して、ぶっ殺して! そして最後に俺が残ってるなら……俺の勝ちだ!!
瞬間、起爆。
商店街に閃光が弾け、轟音が響き渡った。
◇◇◇
突如起こった大爆発に、その場にいた全員が腕で顔を覆う。
桜は前方に幾何学模様が描かれた障壁を張り、市民に被害がでないようにした。
徐々に煙が晴れて視界が鮮明になる。
ヘドロが暴れまわっていた場所には大きなクレーターができ、その中心には不機嫌そうな顔をした少年が一人。
彼に絡み付いていたヘドロはそこら中に散らばっていた。
「ケッ」
爆豪は手をポケットに突っ込み、桜の元に歩き出す。
──ああ。やっぱりかっちゃんは、ヒーローです。
最高にカッコいい、私のヒーロー。
爆豪に駆け寄り発した桜の言葉は思いの外元気だった。
「かっちゃんなら平気だって信じてたよ。 強いもんね」
いつもと変わらない微笑みで。しかし爆豪は腫れている若干充血した目と涙の後を見逃しはしなかった。
「なんだ、悪かっ──」
「おおーい! 大丈夫か!?」
爆豪の言葉を意図せず遮ったプロヒーロー。二人の無事の確認と、ヘドロの回収に来たのだろう。
「?」
なにかを言いかけていた爆豪に首を傾げる桜だったが、
「なんでもねぇ」
それに対し彼は素っ気なく返事をするにとどめる。
そこから桜は少しプロヒーローに説教をもらった。
「君が危険を犯す必要は全くなかったんだ!! ……ただまあ……」
一つ咳払いをし、続ける。
「最後のバリアーは見事だったよ。二人とも、大きくなったら是非ウチの
説教は少しだけ。「もっと自分を大切にな!」と言い、プロヒーローは去って行った。
そこから警察に少し事情を聞かれたが、今回は正当防衛が認められたこともあり、桜達はすぐに帰宅の許可をもらうことができた。
◇◇◇
夕焼けに赤く染まる帰り道。二人で家に向かう途中、爆豪は呟いた。
「悪かったな」
「え……?」
「さっき言いかけた事だよ!」
桜は突然の事に一瞬ポカンとするが、すぐさま思い出す。
「ああ! そっか、かっちゃんが謝るなんて珍しいですね……少し得した……気分、かな……」
「何が得した気分だクソ……?」
少し先を歩き、桜の言葉に振り返った爆豪は目を見開いた。
彼女が声を出さずに、泣いていたのだ。
いつもの丁寧な口調は崩れ、女神といわれる笑顔をぐちゃぐちゃにして。
「ううん……全然得なんかじゃないやっ……。だって、だっ……て死んじゃうかと思ったんだもん!」
ごめんね、信じてたなんて、嘘。と。
「信じたかったけど、もしいなくなっちゃったらって! そう考えたら……っ!?」
その言葉を聞き爆豪は。
涙で濡らした彼女の顔を拭いてやり、優しく頭に手を置いた。
「っ!?」
「悪ぃ。お前を助けるとか言っときながら、助けられちまった……」
「うん……」
我慢していたのだろう。爆豪の前では泣かない、と。
しかし突然彼から謝られ、その感情が決壊した。
「ごめんね、ヒーローになりたいのに、かっちゃんの隣にいたいのに……こんな弱くて」
「躊躇なくヴィランに飛び込める奴が弱いわけねぇだろ」
「……ありがと」
そこから暫くの無言、気まずい沈黙が流れる。
爆豪自身こんなことをするのは初めてなので、手を置いたはいいが、その後を考えていなかったのだ。
どうしたものかと視線をさ迷わせていると、忍び笑いが聞こえてきた。
「ふふっ……」
ふと視線を戻すと、桜はいつもの笑顔に戻っていた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
右の手の甲で涙を拭い、いつもの丁寧な口調で言うと爆豪の先を歩き出す。
「俺の心配返せよクソが」
「うんうんいつも通りのかっちゃんですね。そうでなくちゃ。……て言うか心配、してくれたんですか?」
「んなもんしてねぇ!」
「ふふふ……」
手を口にあて笑う桜。
二人が目指すのは、爆豪が桜を守り、また桜も爆豪を守る背中合わせのヒーロー。
そんな二人の道に、突然一人の筋肉が乱入してきた。
角を曲がろうとしたその時だ。
「私が来た!」
No.1ヒーロー、オールマイトが二人の前に現れたのは。
どうも、フィヨルドです(´・ω・`)
五等分の花嫁の方を見ていて下さっていた人はお久しぶり。そうでない人は初めまして。
ちゃんと五等分のほうも書きますよ?
こっちが続くかは未定です。