いちばん小さな大魔王! 外伝:が〜るずあふぇくしょん!! 作:コントラポストは全てを解決する
先日立夏がテレビで知らされた五月のある朝。
朝日が昇るか昇らないかの時間帯、スマホの目覚ましバイブレーションの振動によって俺は目を覚ます。隣で寝てる沙綾を起こさないよう、物音をたてず静かに寝室の外に出た後、一階にある店の厨房へと足を運び朝の仕込みを始める。
軽い朝食を食べた後、昨夜仕込んでおいたパン生地を練りながら形を作り、出来上がった物をオーブンへと運ぶ。この工程を何度も踏むと、調理台の上が多種多様なパンを乗せたトレーで埋まっていくのだ。
パンを焼いてる間に店を掃除しつつ、出来上がった物を並べた後にまた新しいパンを焼く。その作業を繰り返していく内に、いつも時計の長針が三周ほど回転している。気づけば店を開ける時間だ。
俺は外に出てシャッターを開けた後、入り口のドアに引っ掛けてあるプレートを『Close』から『Open』へと裏返す。
ようやくやってきた一息つける時間をレジの後ろで過ごしていると、早速店のドアベルがカランカランと鳴り響いた。
『おはようございまーす!』
「はい、おはよう」
やってきたのは花女の制服を着た女子高生二人。一ヶ月前に開店したばかりのこの店を、よく贔屓にしてくれてる常連さんだ。
花女の二人はトングとトレーを持った後、思い思いにパンを乗せていきレジへと持って来る。
「二人で七五六円ね。……はい、ちょうどで毎度あり。いつもありがとね」
「いえいえ~」
「まあ私達はお兄さん目当てで来てるようなものですけどね。あ、パンも美味しくて大好きですよ?」
「あはは、ありがと。そう言ってもらえて嬉しいよ」
ニヘラと可愛らしい笑みを作る二人を見ながら、俺はパンを紙袋に詰める。
「はいどうぞ。それじゃ行ってらっしゃい。車には気を付けるんだぞ?」
『はーい!』
元気よく返事をした二人が店の入り口に向って行く……と思ったが、一人が俺の元に戻ってきた。何用かと身構えていたが、少女が取り出した手紙を見て俺は警戒を解く。
「これ、どうぞ」
「ん?ありがとう」
手紙を渡した少女は一目散に逃げるように店の外へ出て行った。
俺は早速手紙の封を切って読んでみると、そこには日頃の感謝と『奥さんに飽きたら乗り換えても良いですよ』と言った俺に対する告白と、沙綾に対する宣戦布告の意が綴ってあった。思わぬ内容に口角が不敵に上がってしまう。
「……竜介?」
家と店の境にしているドアがある方から声が聞こえた。そちらの方に振り向くと、半眼を作って俺を睨む嫁の姿が。俺は手紙をポケットにしまい込んだ。勝手な推測だが、この手紙は沙綾に見せてはいけない気がする。
「おはよ。沙綾」
「……今の手紙見せて」
「今日も朝からあの娘達が来たよ。あ、今日は珍しくクロワッサン買ってい──」
「見せて」
ズイっと俺の眼前まで迫り、女の子から受け取った所までばっちり見たんだぞと言う意思表明をする目で睨まれる。どう足掻いても逃げられそうにはないので、俺は仕方なく手紙を差し出した。
浮気を疑う目で未だ俺を睨みつつ、沙綾がラブレター兼果たし状に目を通す。そして固まった。
プルプルと震えながら、沙綾が捨てられた子犬のような目で俺を見てくる。慌ててフォローに入った。
「大丈夫。俺は沙綾を置いていったりしないから」
「でも竜介、年下好きだし……。それに若い子の方が」
「俺は沙綾一筋だから大丈夫。それに、沙綾だってまだ二十三だろ?」
更に言えば、籍を入れて一ヶ月しか経ってないのだ。色々と早すぎるだろう。
「沙綾は自慢の奥さんだよ。ほら、もっと胸張って。お互いに支え合うって先月誓ったばっかだろ?」
「……分かった」
「よろしい。朝ごはん食べたか?」
「うん……」
コクンと可愛らしく首を縦に振る沙綾の肩をポンポンと叩き、何とか沙綾を立ち直らせる。やはりあの手紙は沙綾にとって不幸のジョーカーだったようだ。
「よし。じゃあ今日も一日頑張ろー」
「……ちゅーして」
「はいよ」
触れ合う程度の軽いキスを沙綾と交わす。キスをし終わった沙綾は満足そうにしていた。
「頑張れそう?」
「うん。頑張れる」
「よし」
高校二年の頃から付き合い始め、高校三年、大学四年間、実家での修行を共に過ごして来た。数々の苦難を一緒に乗り越え、こうして山吹ベーカリー花咲川店を開く事も無事出来たのだ。一言で言えば順風満帆だった。
ただ、そんな中で一つだけ反省しなければならない事がある。
「竜介、朝のちゅー」
「今しなかったか?」
「さっきのはまた別」
「……分かったよ」
それは、沙綾を少しばかり甘えん坊に育ててしまったことだ。
___
沙綾とのちょっとした浮気騒動から数時間経った昼過ぎ。ドアベルが鳴る音と共に四人の賑やかな声がやって来る。
「りゅう君、お昼買いに来た!」
「おう。いらっしゃい。今日は随分大所帯で来たな」
山吹ベーカリー花咲川店常連客の一人である香澄と、PoppinPartyの皆々様がやって来た。実は香澄はこの店のお客第一号だったりする。
「竜介君、こんにちは」
「おう、りみもいらっしゃい。チョココロネ取っておいたぞ」
「ありがとー!」
ホクホク笑顔でチョココロネをトレーに乗せるりみ。おたえと香澄と一緒にスタジオミュージシャンをしながら、時折こうして店に来てくれるのだ。最近は本家とこの店のチョココロネ食べ比べを楽しみに生きているらしい。
「おたえはさっきからなんでウサギパンを見てるんだ?」
「……作ってくれたんだね」
「まあな。ここ最近で一番の出来だ」
俺の説明を聞き購買意欲をそそられたのか、おたえはウサギパンを三つ取った。相変わらずの兎好きである。昔の様にふわふわした雰囲気でいるが、実は香澄とりみがいる音楽スタジオのオーナーをやっている。スタジオ名はもちろん花園ランド。カフェテリアは兎カフェと化している模様。
「有咲は良いのか?良かったらなんか奢るぞ?」
「いや、私は来る時にコンビニのパン食べて来たから大丈夫だ」
「有咲の浮気物!しかもあろう事かコンビニパン」
「あーはいはい。わるうござんしたねー」
昔とは違いテールを一個減らした有咲が俺に適当な謝罪を入れる。そのツンデレぶりとぶっきらぼうな口調は今も健在しており、撫でるとデレる。現在は実家の流星堂で手伝いをしながら、動画投稿サイトで盆栽とキーボード講座の動画を出して暮らしているらしい。盆栽とキーボートのギャップが良くて再生数は上々だとか。
「有咲は食生活が偏り過ぎるんだから、コンビニ飯は控えろって言っただろ。それに、また無地のTシャツにジーパンなんて言う雑な格好で。もう少しお洒落にだな──」
「あーあー分かってるよ。今日は偶々だ偶々。ったく、親でもないのに口うるさいなー竜介は」
「確かに俺と有咲の間に血の繋がりはない。でも俺は有咲の父親を自称する」
「やめろ」
今でこそこうして昔と変わらぬやりとりを有咲としているが、沙綾と付き合い出した当初はそれなりに疎遠になった。理由は単純で、有咲が俺と沙綾の交際を認めなかったからだ。その姿はまるで、父親の再婚を認めようとしない娘。俺の事大好き過ぎやしないだろうか。
やむなく沙綾と俺で有咲を説得し今の関係を築けているが、偶に寂しくなって沙綾と俺にちょっかいを掛けに来る。
「そんで?結婚して一ヵ月経った感想はどうだ?」
「今朝花女の常連さんからラブレターを貰いました。そして家族会議です」
「ばっちりキめ込んでんな。相変わらずで安心したわ」
そう言った有咲の顔に安心の文字はなく、代わりに呆れの文字が書いてあった。
「俺は人望の塊だからさ、こう言う事が出来ちゃう訳よ」
「確かに塊だな。女を引っ掛ける、悪い男のフェロモンの」
何だろう。今日の有咲はやけに冷たい。最近撫でるのをサボってたから根に持っているのだろうか。
俺は試しに有咲の頭を撫でてみる。すると、荒ぶるドーベルマンが大人しいトイプードルになるように、段々有咲の言葉の勢いが衰えていった。
「……撫でんなよ」
「嬉しいくせに」
「どうなっても知らないからな」
「任せろ」
機嫌が回復しつつある有咲の頭を撫でながら、俺は背中に突き刺さる包丁の様な視線に耐えていた。
___
ポピパメンバーが昼食を買い終わった後、俺は追加のパンを焼きながら、レジで不貞腐れる沙綾の機嫌を直そうと奮闘していた。
「さっきは悪かったって。久しぶりに有咲と会って気分が上がってただけなんだよ」
「知らない」
「せめてお昼だけでも食べて欲しんだけど……」
「……ふん」
沙綾の前に好物のペペロンチーノを置いてみたが、顔を逸らされてしまった。これは今日中の回復を諦めた方が良いかもしれない。
そうして俺が沙綾の機嫌直しに徹していると、また店のベルがなった。
「いらっしゃいませー」
「こんにちはー」
やって来たのは、近所に住む常連客のマダム。間食時によく娘と一緒に店を訪れてくれる。
「いつものいただいても良いかしら?」
「はいはいただいま」
注文されたチョコドーナッツとベジタブルサンドを一個ずつ詰め、料金を受け取る。そうしていると、娘ちゃんにエプロンを引っ張られた。
「ん、どうしたの?」
「おいやんに、こえあげる!」
言葉を覚え始めたばかりでまだ拙いが、その一生懸命と一緒に手紙を渡された。
中身を見てみると、いつも美味しいパンをありがとうと言う旨の文が綴ってあった。俺と沙綾のイラスト付きだ。
「ありがとう。大事にするよ」
「うん!」
子供らしい穢れなき笑顔が俺を照らす。眩しい。
そんな笑顔を残し、奥様と娘は帰って行った。
俺は沙綾の元へいき、先程渡された手紙を渡す。不貞腐れたままの沙綾が、それを見る。
「またラブレター……」
「違う違う。見てみろって」
「……あっ」
応援レターを見せると沙綾がハッと目を見開き、その後頬を綻ばせた。子供の温かい言葉とイラストが、沙綾の心に響いたのだろう。
「子供って良いな」
「……それって、そう言う事?」
「違うよ。このむっつりさんめ」
沙綾の額にデコピンした後、優しく肩を撫でた。
結婚して一ヶ月経ったが、そう言う事もそろそろ考えた方が良いのだろうか。俺はしばし考えながら、何処か期待した表情の沙綾から目を逸らした。
わーい人妻だー。
沙綾って実家継いだらバンドどうすんだろ。今度運営に問い合わせてみるか。