当初は7月中に投稿する予定だったのですけどね。
遅れて申し訳ありませんでした。
察しがついているとは思いますが、遅れた理由はまぁ、ぐだぐだイベと復刻水着です。
Fate(成分)/Zeroだったのは過去の話、これからがっつり第四次聖杯戦争がはじまります。
第1話 割と好きな顔
慶安四年(一六五一年) 五月一〇日(旧暦) 武蔵国 江戸城
後に、慶安の変と名付けられることとなる江戸での牢人の武装蜂起と江戸城への襲撃事件。それから二日が経ったこの日、時の老中首座松平伊豆守信綱は江戸城に一人の老人を呼び二人きりで面会していた。
「お見事でございました。真田の軍略、しかとこの目で見届けさせていただきました」
信綱は、目の前の老人に対してまず賛辞を述べた。
「某は偶然居合わせただけにございます。此度、叛徒共を跳ね返すことができたのは偏に神君家康公が心血を注ぎこんだこの難攻不落の江戸の城あってのこと。死してなお大功を成すとは、やはりかの御方は某のような田舎大名とは別格でござる」
謙遜する老人。
しかし、信綱は知っている。この男こそ齢二〇に満たぬ若武者のころから上杉、北条、徳川の軍勢を相手に戦いを重ね、神君家康公にもその武勇と忠勇を認められていた古強者。そして、徳川の大軍勢を相手に僅かな手勢をもって二度も大勝利を成した智謀の将、真田安房守昌幸の長男。
老人の名は、真田伊豆守信之。信濃上田藩九万五〇〇〇石の大名であり、この時齢八六。戦国の世の最後の生き残りでもあるこの老人は、米寿を間近に控えているとは思えないほどに矍鑠としていた。
信之は先の事件の功は江戸城を築城した家康にこそあり、自分は大したことはしていないと言うが、先の江戸城襲撃事件における信之の活躍ぶりはまさに真田の軍略を見せつける見事なものであったと信綱は聞いている。
信綱の聞くところによると、まさか天下の江戸城が襲撃されるということを夢にも思っていなかった番所の者たちは突然の襲撃に右往左往し、大手門を牢人に突破されるという失態を犯してしまった。
しかし、ちょうど隠居を願い出るために登城していた信之は、江戸城の中の門を潜るところで襲撃に気づくと供の僅かな手勢を引き連れて大手三の門へと引き返した。そこで突然の襲撃に狼狽える江戸城の番兵たちを一喝すると、すぐに番兵たちを統括して援軍が駆けつけるまでの間防衛戦を指揮し始めた。
信之自身が口にしていたとおり、江戸城は家康が心血を注いだ名城である。防衛拠点に兵を貼り付け、適切な指揮をすれば大概の攻勢は跳ね除けることができる。この時も四〇〇〇の牢人を一人たりとも大手三の門の中に入れることなく撃退した。
「やはり、まだ引退は早いのではござるまいか」
「いやいや……某ももう八六です。神君家康公ですら七三で身罷られたのですから、もうそろそろ身を引かせてくだされ」
「申し訳ないが、今身を引くことは幕府として容認できませぬ。まだ、これから混乱が続く可能性がありますゆえ」
信綱の言葉は世辞ではない。彼は本気で信之が引退するには早いと思っていた。
この時点ではまだ信綱の耳にも大坂で牢人が蜂起したという報告は入ってきていない。しかし、信綱の明晰な頭脳はこの事件がまだ終わっていないと確信していた。対処を誤ればかつての島原の乱を超える大乱が起こりうるかもしれないし、最悪の場合は応仁の乱の再来もありうると信綱は想定している。
だからこそ、戦国の世を渡りきったその智謀と勇猛さが未だ衰えぬ信之の存在は幕府にとって非常に頼もしく、重要な存在であった。
豊臣家の滅亡から三五年。戦国の世にその名を馳せた武将たちは悉く鬼籍に入っていた。
「
信綱は頭を畳につけた。老中首座が、一介の大名に対して土下座することなどありえない。もしもこの事実が広まれば信綱が失脚するだけに留まらず、信之にもあらぬ疑いがかけられて大きな騒動となることだろう。
しかし、この場には信綱と信之しかいない。加えて、信綱は信之が賢明な男であると知っている。だからこそ信綱は躊躇しなかった。
「公儀のために隠居を取り下げてくださらぬか。何卒よろしくお願いいたす」
信之は困惑の表情を浮かべた。
「いや……しかし…………」
「何卒、何卒」
「そろそろ倅に家督を譲れと家中でもせっつかれておるのですが」
「
真田信之という男に対する江戸の民の信頼は篤い。彼以外の戦国の世を知る大名が悉く鬼籍に入ったということもあるが、この日ノ本で最も戦争の経験が豊富と言っても過言ではない。信之の領地の上田では関ケ原の合戦以降に起ち上げた産業振興政策が成功し、椎茸や梅の栽培、養蜂で大いに栄えている。信之は戦争だけでなく内政にも明るい名君として評判であった。
また、江戸では幸村が家康を呪い殺したと信じられていることもあり、幸村の呪いが徳川の系譜を祟るのではないかという噂も飛び交っていた。実際に幸村の没後五〇年余りが経つも、特に祟りと結びつくような恐ろしい死を迎えた徳川の縁者は松平忠直ぐらいであったが。ただ、信之が度々時の将軍の求めに応じて登城していたことも広く知られていたこともあり、市中では信之が幸村の怒りを鎮め、祟りを防いでいると半ば信じられていた。
そんな信之が引退するとなると、牢人による蜂起により社会不安が広がりつつある現状では大打撃となりかねない。故に、信綱は何としても信之の引退を阻止したかった。
信之も自分が江戸の民からも名君として幕政への貢献を期待されていることに対し、その期待を裏切ることには多少の申し訳なさを感じないわけでもない。ただ、弟が将門公や管公の如き悪霊扱いされ、己がまるで弟を鎮める天満宮やら明神のような扱いを受けていることに対しては不快感を感じていた。
誰が言ったか、『真田は天下の護符』。祟りを鎮める護符扱いされて生涯現役にされ、きっと死んだら本当に明神や天満宮に祀られて死後もあるかも分からない祟りから江戸の町を守り続けなければならない未来が待っている。
ならばせめて残りの人生だけでものどかに政治から手を引いて過ごしたい――老い先短い老人の細やかな願いであるが、天下にとってその願いは重すぎた。
渋る信之に対し、その後
信綱との面談の帰り道、江戸城の大手門を潜る駕籠の中で信之は深くため息をついた。
あの犬伏の別れからもう五〇年以上が経過している。気づけば、己の人生は苦労に次ぐ苦労。誰かの助けをしてきても、誰かに助けられた記憶はほとんどない。むしろ、父や弟、今は亡き長男、いつも誰かを支えてきた記憶ばかりだ。
「これも、運命か」
信之は駕籠の中で独りごちる。
父昌幸は、武田が滅びてから真田という小大名の生き残りをかけその智謀の限りを尽くして戦った。一度として敗北することなく上田を守り切った父は、勝利したが故に徳川家康に睨まれて高野山へ流罪となった。そして、一度も上田に帰ることなく、一〇年という時の流れにより憔悴した末に世を去った。
弟、源二郎は父と共に上田城に籠り、共に高野山へと流罪となった。しかし、一五年の閉塞に耐えた弟は、徳川と豊臣の決戦に際し大坂城へと入城。守りに入れば万の軍勢の攻勢を見事に跳ね除け、攻めに入れば三倍以上の敵の軍勢を正面突破し徳川家康へ一太刀浴びせる大戦果。最後は家康に一太刀浴びせたところで息絶えたとはいえ、その武功は日ノ本に鳴り響いている。
巷では弟のことは戦国の世に綺羅星のように輝いていた数多の武将を差し置いて日ノ本一の兵と称されている。徳川の世でもこれほどに鳴り響く武名だ。きっと弟の名は古の英雄九朗判官義経のようにこれから数百年先の未来でも輝いていることだろうと信之は確信していた。
それに対し、己はどうであろうかと思う。
武田、織田、北条、豊臣。多くの大名が一度の舵取りを誤っただけで滅んでいった中で、真田の家を守りきり次代へと繋いだこと。それが己の人生であった。
戦場に立ったこともあったがそれらはすべて若いころの話。二度目の上田合戦では弟との八百長以外の戦闘もなかった。最後に戦場に身を投じたのはいつのことであったかすぐには思い出せない。
内政では父昌幸が領主だったころを上回る豊かさを実現させた。ただ、これもあの犬伏の別れの後に弟から送られてきた産業振興案をそのまま実行しただけだ。自分は、その成果をかすめ取っただけである。己の仕事は幕府に対し真田の忠義を示し、幕政を支えること。そして天下に真田が必要であると知らしめることであった。
最終的に戦場での勝利と引き換えに滅びの道を歩んだ父と弟。真田の家と共に生き残り上田の領地を守り育てることこそが全てであり、そのために費やした日々が戦いであった己の人生。その在り方は対照的だと言ってもいい。
父や弟のような、まるで桜の花のように華々しく咲いて惜しまれながら散る人生が眩しかった。
もしも、あの時父子で徳川と豊臣に別れなければ、あるいは弟が徳川方について己が豊臣方についていたならば自分にもあのような刹那の輝きを歴史に刻みこむ道を歩むことができたかと考えたこともあった。父と弟の講談にも勝るとも劣らぬ見事な活躍と死にざまに憧れなかった、嫉妬しなかったと言えば嘘になる。
しかし、今になって信之は思うのだ。
自分の在り方を、誰かに決めてもらってきた人生ではない。これまで苦労もしたし、苦労をかけられたし、たまに苦労もかけた。だがそれは、全て己の選んだ道にあった。いつも、もしもあの時と考えるのは、自分の決断の時であり誰かに何かを決められた時ではない。
父や弟のように語り継がれる存在には自分はなれないだろう。だが、自分で選んだ道を自分自身の力で踏破した結末が今ここにある。
「運命なき浮世故に、己の道を切り拓くが人生。三途の川の渡し賃も渋り続けてこの年まで生き延びた」
まだ、自分の人生は終わっていない。花火の如く散った弟の生。華のように咲き、萎れて枯れていった父の生。己の人生を例えるのであれば、華やかな花弁をもたずともどっしりと構え続ける松だろうか。
誰かの人生を羨むのも、己の人生を評価するのもあの世でじっくりとやればいい。どのみち、羨もうが蔑もうが自己満足でしかない。未だ終わらぬ人生を既に終わった人生と比較して甲乙つける必要もないのだから。
「其方らの後始末の愚痴を言える日も、まだまだ遠いですぞ父上、源二郎」
真田伊豆守信之は、長命した。
信之はこの八年後に世を去る。享年九四。結局死の二ヶ月前まで彼の隠居は認められることはなく、孫を出家させて御家騒動を収束させたところでようやくお役御免となった。半世紀以上真田家当主の座にあり続けなければならなかった信之は、寝たきりになってようやく隠居が認められたのであった。
戦国の世の花盛りからその終焉まで見届けた真田三代。
ここに、その歴史が終わった。
作 後藤陸将
考証 洞が峠何某
資料提供 真田氏歴史民俗資料館
沼田城址歴史博物館
尾張徳川博物館
撮影協力 長野県〇〇市
長野県××市
山梨県□□市
群馬県△△市
千葉県●●市
北海道◇◇町
出演 真田幸村
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制作統括 後藤陸将
終
制作・著作 日本国営放送機構
一人の少女がまるで噛り付くかのようにテレビの画面に魅入っていた。
「…………」
日曜の夜九時前。七歳の少女は、普段であれば睡魔に襲われてそろそろうつらうつらとしているころだろう。
しかし、毎週日曜日だけは違った。国営放送制作の日本史上の英雄を主人公とする連続ドラマ、通称タイガードラマが日曜日の夜八時から放送されるからである。七歳の少女がタイガードラマに嵌るというのは中々珍しいことかもしれない。
おそらく、その一因は少女の母にあったのだろう。少女の母は、一般的な家庭の母親像からそれほど離れた性格をしているわけではない。ドラマや映画も人並みに見るし、雑誌も読む。そんな少女の母がタイガードラマを視聴していたことは特におかしなことではなかった。そして、一家にテレビが一台しかない以上は娘が母の見ている番組をいっしょに見ることになるのは当然の成り行きであった。
母は特に歴史が好きというわけではない。むしろ、同局が朝の時間帯にやっている連続ドラマの方が好みである。ただ、このころ放送していたタイガードラマは放送前から注目度が高かった。
同じ時間帯に前々年放送されていた作品が一話目から酷評され、視聴率も一〇回を放映した時点でタイガードラマ史上最低をブッチギリで更新していたことから放送局も流石に焦ったのだろう。そのさらに前年に放送されていた作品も評価が今一つだったこともあり、放送局は内々で進められていた計画を早期の内に白紙撤回。放送局の総力を挙げて視聴率復活のために奮起した。
結果、脚本家、出演者、時代考証、監督とタイガードラマ史上最高と呼ばれる布陣を敷くことに成功。他局関係者をして今年のタイガードラマは
そして、同局の気合の入れようを象徴するのがタイガードラマで初めて主人公として起用された戦国時代の末期を象徴する英雄、真田幸村である。さらに、原作はとある歴史小説の大家が真田幸村の生涯を描き大ヒットした作品であり、演者はその演技力と精悍な顔立ちから奥様方から絶大な支持を得る超人気俳優。
日本の特撮技術の粋を集めた精巧で巨大なセットの数々に、監督の切り出す心震えるカットもあってドラマは一話目から高視聴率をキープし続けた。
少女の母も、事前の期待値の高さからこのドラマを視聴することにした人の一人である。少女の母は多くの日本人と同様にそのドラマに嵌った。しかし、母親以上にそのドラマに嵌ったのが少女だった。
一〇年も生きていない少年少女にとって、時に出会いは人生を左右する大きな針路となりうる。ある少年は高熱に魘され朦朧とする意識の中で、己を助けてくれたリーゼントの少年に憧れ、同じ髪型を貫いた。またある少年は己を逆境から救ってくれたアウトローの姿に魅せられギャングスターになるという夢を持った。
それと同じように、少女は真田幸村という存在に魅せられた。そのドラマにおいて幸村は戦場に出れば常勝無敗、戦場を離れれば温厚で爽やかな透明感のある好青年。そしてその生き方はまさに高潔で一片の曇りもない。
どこの「ぼくのかんがえたさいきょうの主人公」だと誰もが思うかもしれない。しかし、戦国時代の資料に残された幸村は
当然のことながらこの作品における幸村は現代人からは冷酷だったり野蛮だと思われるような当時の一般的な価値観も有しているが、それもまた幸村の魅力的な一面として描かれるあたり原作者と監督の力量は同時代の他の文豪や監督とは一線を画していたと言えるだろう。
製作費が例年の一・五倍近くかかったことは問題視されたが、タイガードラマ史上どころか、日本テレビ史上に残る傑作となったことや、後のアジアを中心とした海外での爆発的大ヒットもあって最終的にこの問題は有耶無耶になっていった。
演じる超人気イケメン俳優や当代一流の演出者たちの力もあってか、幸村という英雄はそのドラマにおいてこれ以上ないほどに輝いていた。
初めて尊敬の念を抱いた父以外の男性、それが少女にとっての幸村だったのである。
「凛、もうテレビは終わりの時間よ。もう寝なさい」
ドラマが終わり、テレビの画面がニュース番組へと切り替わる。先ほどまで画面の中で輝いていた美男子の代わりに映ったのは淡々と原稿を読むだけの冴えない中年男性。少女――遠坂凛はテレビの画面に対する興味を完全に無くしていた。
凛は子供は寝る時間であると言う母の言葉に従い、テレビのあるリビングを後にする。歯を磨き、翌日学校へ登校する準備を整えてベッドの中に入ったのは午後九時過ぎであった。
しかし、ドラマのクライマックスで昂った感情はベッドに入ってもなお醒めることがなかった。結局、凛が眠りに落ちたのはベッドの中に入ってから二時間後のことであった。
拙作において真田家は上田からの移封はありません。
真田がかつてかの地を守るためにどれだけ苦心していたかを知っている幕府としては、加増とはいえそれを手放すこととなった場合、不満を持たれる可能性があると考えていたからです。
結果、真田家は上田領を保持したまま明治維新を迎えます。
アンケートは投票終了しました。
結果は以下の通りです。
各エピソードの執筆優先順位はアンケートに従うつもりではありますが、それぞれ投稿がいつになるのかはとりあえず未定となっております。