運命なき浮世に候へば、日ノ本一の兵に   作:後藤陸将

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龍ちゃん書くの本当に難しいです。


第4話 この生き地獄をたっぷりと味わうがよい

閉じよ(みったせ~)閉じよ(みったせ~)閉じよ(みったして)閉じよ(みったせ~)繰り返すつどに――――ん~と五度。ただ満たされる(トキ)を破却する……っであってるよな、うん」

 龍之介は左手に持つ古文書をのぞき込み、首を傾げた。漢書を読み解くことが辛うじてできる程度の知識がある龍之介も、読み上げることには些か苦戦しているようだ。

「あれ?今四度だったっけ?え~っと、閉じよ(みったせ~)閉じよ(みったせ~)閉じよ(みったして)閉じよ(みったして)閉じよ(みったっせ~)っと。よし、これで今度こそ五度ね」

 龍之介の足元には、どこか暖かさを感じる明るい木のフローリングとその上に描かれた奇怪な魔法陣。木のキャンパスを彩るのは、鮮やかな赤。

 ブラウン管から放たれる無機質で朧気な光に照らされた室内には鉄の臭いが充満していた。

「うん、中々COOLじゃん」

 龍之介はご満悦な表情を浮かべている。

 実家の土倉で拾った古文書に従い、霊脈の地とされる冬木に到着して二日。

 龍之介は昨日も繁華街でひっかけたOLを解体予定の廃ビルの中で殺害し、その血を使って魔法陣を描こうと試みたが、上手く血を抜き出すことができなかったことや複雑な魔法陣を描くことに時間を費やしすぎてしまったために血が乾いてしまった。

 血で描かれた魔法陣に新鮮な死体をお供えして呪文を唱えるという行為は非日常的で、スピリチュアルなものに対する信仰を特には抱いていない龍之介にも刺激とスリルを与えてくれた。しかし、魔法陣の形は本に書かれていたものに比べて歪で、血も乾ききって深みのない色へと変色している。お供え物の死体も血の抜き方が上手くなかったのか、生命の残滓を感じられないどこか味気のなさがあった。

 これでは不完全燃焼だ。なまじこの呪術的な殺人に面白味を感じていたが故に龍之介は落胆した。これは、思い描いていたものとは程遠い。

 龍之介は、どちらかといえばその場の直感や思い付きから行動を始めるタイプである。しかし、同時に凝り性なところもある。犯行を終えて、どこか満足感の中にしこりが残ったと思った時にはどうして自身がそんなことを思ってしまうのか、解明せずにはいられない。自身にまつわる大概のことは些事としか考えていないが、満足や快楽を得るためには龍之介は妥協しない。

 当然、昨日の犯行の後も自分がどうして不満を抱いているのかじっくり考えた。そして、至った結論は単純明快、準備不足というものだった。

 古書を片手に魔法陣の形をそっくりそのまま写すには、下絵を書くか魔法陣をしっかりと観察して書く練習をすることが必要だった。態々儀式風に殺人を犯しているのに、魔法陣が汚かったり歪だったりしては、どこか興ざめだと龍之介は感じていた。

 生贄の血は、女性一人のものでは足りなかった。魔法陣を描くための血を供給する人間と、生贄になる人間の二人がいた方が、何か呼べそうな雰囲気が強まる気がする。生贄は幼い少年少女――それも、純粋無垢なものの方が、召喚に適しているような感じがする。

 反省点、改善点をメモし、次は同じ失敗をしまいと心に誓う。

 そして、龍之介は反省を胸に翌日には再挑戦を試みていた。好奇心に駆られる龍之介は落ち込むこともなく、より理想的な犯行を成し遂げるために動いた。

 龍之介が次の標的として選んだのは、冬木市の中でも郊外に近いところにある一軒家に住む家族だ。両親と、小学生の娘一人の家庭。大人しそうな風貌の少女が、両親の血で刻まれた魔法陣の前でどんな表情を浮かべるのか。是非、それを見てみたいと思った龍之介は、躊躇せず犯行に及んだ。

 未明、家族がまだ寝静まっているころに家屋に浸入し、家族全員を縛り上げて身動きが取れないようにする。幸いにもこの日は日曜日。家族の身に何かが起きて職場や学校に来ていなくとも不審がられることはない。

 身動きが取れなくなった家族をリビングに転がした龍之介は、フローリング敷の床の上に魔法陣の下絵を描き始めた。殺してから血を抜き取って魔法陣を描くと血が乾くスピードに間に合わないことを学習した龍之介は、事前にチョークで線を引いておくことにした。

 魔法陣を描くのはこれで二度目であるが、馴染みのない模様、文字が描かれた魔法陣の下絵を描くのは一筋縄ではいかない。雰囲気を整えることを重視する龍之介は、魔法陣をできるだけスピリチュアルな形に整えたかった。自分のセンスで一部の模様を古文書に描かれていたそれから改変したりしていると、下絵を描くだけで想定の二倍近い時間を費やしてしまった。

 気が付けば、昼も過ぎていた。龍之介は思いつきに任せたアレンジのために時間をかけすぎたことを反省する。

「ちょ~っと、はしゃぎすぎちゃったかもなぁ」

 その時、リビングに来客を知らせるチャイムの軽い電子音が響いた。

 つい先ほどまで絶望に震え、猿轡越しに呻き声をあげていた幼い少女は来客に希望を見出したのか、必死に叫ぼうとする。

 生贄の恐怖に慄く様を観察したかった龍之介にとって、少女の顔に浮かぶ希望は邪魔なものでしかない。もう少し泣き叫んで、ただ命乞いをするだけしかできない状態で殺したいものだ。最後までだれかが助けに来てくれると信じながら死んでいく様子を見ることも一興ではあるが、この儀式殺人とは趣旨が合わない。

 とりあえず龍之介は玄関へと足を向けた。来客が誰なのかを確認することが必要だと考えたからだ。もしも、宅配便や新聞の集金等の一度の居留守でどうとでもなる来客ならば問題はないのだが、近所の住人や予め約束していた来客となると、居留守をすることで不審がられることもある。来客が誰かによっては対処の仕方も変えなければならないだろう。

 手には使い慣れたスタンガン。邪魔者を瞬時に無力化するには、これが一番適していることを龍之介はこれまでの経験から学んでいた。流石に彼の使うスタンガンは瞬時に相手を気絶させるまでには至らないが、身体を硬直させるには十分な性能がある。動きが数秒止まれば龍之介愛用の手錠を手足にかけることは容易だ。

 身体の自由が戻った都度、適度に硬直させることを繰り返せば、叫び声をあげさせることなく相手を拘束できる。そのタイミングを見極めるだけの経験を龍之介は十分なほどに積んでいる。電撃を浴びた人間の身体がどのような反応を示すのか、どの程度の電流が流れれば人間の身体にどのような障害が残るのか、その人体実験を通して。

 玄関の覗き穴ごしに扉の向こうにいる来客者の姿を観察する。そして、龍之介は魚眼レンズに映るやや歪んだその像を見た。

 それは、彼の予想に反して幼い少女だった。二房のツインテールと黒のニーソックスがよく似合う、可憐な少女。年齢は今リビングで届かぬ叫びをあげている少女と同じくらいだろうか。しかし、それと比べてこの少女はどうだろう。幼さの中に、凛とした淑女の風格の萌芽が見える。その年齢に似つかわしくない立ち振る舞いは、両親に厳しく躾けられたのか、生来の気質なのかは分からないが。

 今はまだ淑女として開花しきってはいない蕾のような少女の内臓は、やはり他の少女と違うのだろうか。

 

 ――欲しい。

 

 龍之介は脳裏に過った閃きを捨て去ることはできなかった。この少女も生贄の列に加えてみたい。この家の少女と内臓がどのように違うのか、じっくり観察してみたい。もしも悪魔とやらが呼べるのであれば、どんな少女が好みなのか目の前で見比べながら是非話してみたい。

 ドアを開けるのとほぼ同時に龍之介は少女の細腕をつかみ、強引に家の中に引き寄せる。

 さらに、組み伏せた少女の身体を床に押し付け、無防備な背にスタンガンを押し付けた。

 薄暗い玄関に白い閃光が奔った。

 

 

 

 

 

 気が付くと、遠坂凛はフローリング敷きの床の上で、地に落ちた蓑虫のように身動きすることができない状態にあった。

 声が出せないように口には猿轡がされており、手足は手錠のようなもので拘束されている。

 薄暗い室内、目の前には壁しか見えないが、後ろからはすすり泣くようなくぐもった音が漏れている。

 そのくぐもった声にならない音に、凛は心当たりがあった。この家に住む少女――彼女の同級生のコトネの声だ。その声を聴いた凛は、自分が彼女から借りていた漫画を返すために母の実家からコトネの家に来たことを思い出した。

 気を失う直前に見たのは、見たこともない若い茶髪の男。そして、コトネのくぐもった声に、襲われた自分。凛は、何か異常なことが起きていて、同時にコトネの身に危険が迫っていると理解した。

 とにかく、コトネの無事を確認したい。凛は自由のきかない身体を必死によじり、どうにか身体をコトネの声がする方へと向けた。

 

「――――!?」

 

 目の前には、涙で瞳を潤ませるコトネの姿。

 自分と同じように手足を拘束され、猿轡を噛まされているものの、特に怪我をしているようには見受けられない。こちらに気が付いたのか、コトネは安堵と恐怖が入り混じった、縋るような眼を向けていた。

 コトネが無事であることを理解した凛も、その顔に喜色を浮かべた。しかし、その表情は一瞬で恐怖の色へと塗り替えられる。

 凛は見た。コトネの後ろ、ブラウン管から溢れる朧気な光に照らされた空間と、その中央に血で描かれた魔法陣。器用にも足の指を使って魔法陣を描く若い男。そして、その魔法陣とコトネの間に転がる男女の首。

 そして、その内の女性の顔には見覚えがあった。ドラマでも見たことないほどに恐怖で引き攣った恐ろしい表情を浮かべているが、授業参観で以前に見たことがあるから間違いない、あれは、コトネの母親のものである。

 

「――――!?――――――ッ!!」

 

 如何に魔術師の卵とはいえ、凛は見知った人の首が目の前に転がっているという現実を冷静に受け入れられるほどには魔術師として成熟していなかった。だからこそ、目の前の光景の恐ろしさに耐えきれずに悲鳴をあげてしまったのだろう。

 一〇年に満たない彼女の人生の中で、これほどに大きな悲鳴をあげたことは一度としてなかっただろう。喉が裂けたかと錯覚するような悲鳴であったが、猿轡によって阻まれたその悲鳴は、精々がこのリビングの空間の中でしか聞き取れないほどにか細いものにしかならなかった。

 目の前の恐ろしい惨劇から目をそらそうと、凛は反射的に何か水が滴る音がする方向へと視線を向けた。ぴちゃんぴちゃんと水が滴るような音の発信源にあったのは、大き目のブルーのバケツだった。そこに上から何かが一滴ずつ滴り、音を奏でている。

 滴る液体につられるように視線を上に向けた凛は、愕然とした。

 視線を向けた先、テーブルの上には転がる二人の()()()()()()の姿。そして、頭を失った首の断面から溢れた血液が直下に置かれたバケツへと滴り、ぴちゃんぴちゃんと軽い音を奏でている。、

 僅かな間に連続して押し寄せた恐怖の大津波が凛の心中を蹂躙する。

 股を濡らす何かに気が付くこともなく、凛はただ恐怖に震え、指一本動かす力さえ失っていた。もしもこの身体を縛るものがなかったとしても、きっと凛は立っていることができずに崩れ落ちていたであろう。

 魔術師が、世俗一般に比して「死」と近しいものであると、凛も父親から教授されている。だからこそ、例え親しい人が死んだとしても悲しみから泣き叫んだりふさぎ込むような無様を晒すことなく、例え辛くとも人前では絶対に堪えてみせようと凛は思っていた。自分なら、それができると信じていた。

 しかし、現実は人生経験の少ない彼女の想像の遥か上をいく。

 彼女が初めて対面した他者の――人間の死は、病死でも事故死でもない「殺人」という明確な殺意の結晶であり、その死体はただ「死」を映すものではなく、目の前にいる若い男の持つおぞましくかつ無邪気な悪意の発露であった。

 生理的な嫌悪でも、生命を脅かされることに対する原始的恐怖でもない。人間というものの恐ろしさを知った凛は、ただ震えることしかできなかった。

 

 

 




すまない……
連続投稿は明日で最後で本当にすまない……

しかも、加えたいシーンを入れたりしていたら幸村召喚が先延ばしになってしまうという始末。
幸村の召喚は次の連続投稿となるので……いつになるのでしょうか。
お盆の休みに全力を尽くしますが、果たしてどうなるのやら。
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