運命なき浮世に候へば、日ノ本一の兵に   作:後藤陸将

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ひとまずこれで連続投稿は終わります。
お盆から書き溜めたストックを全て吐き出したので、今後の投稿予定は未定となります。


第15話 お前は策とは何かをまだ知らんようじゃ

 ケイネスとの会談を終え、時臣は幸村と共に屋敷へと戻った。

 時臣はすぐに地下の工房に移ると、魔術によって会談の記憶を凛に共有させた上で、教会にいる言峰親子にも魔導通信機越しに会談の内容を報告した。

『アサシンからの報告では、冬木ハイアットホテルの周囲には、3つの気配の異なる種類の使い魔がいたとのことです。時臣師の思惑どおり、他の陣営もロード・エルメロイと遠坂の接触を把握したものと思われます』

「その後、ロード・エルメロイに動きは?」

『冬木ハイアットホテルには常時アサシンを二人張り付けておりますが、どこかの使い魔がロード・エルメロイと接触しようとする気配はないとのことです。ロード・エルメロイがどこかの陣営に対して新たな使い魔を放ったという報告もありません』

「ふむ、ひとまずはどの陣営もこちらの思惑の範疇ということか」

 綺礼の報告を聞いた時臣は僅かに口角を吊り上げた。

「アーチャー。やはりロード・エルメロイを交渉相手に選んで正解だったかな?」

「時臣殿、選択の結果を検討できるのは、戦が終わった後であろう。今はまだ評価をすべき時ではない」

 幸村が実体化する。その顔には作戦が上首尾に進んでいることへの高揚感などは一切浮かんでいない。

 実体化を維持する程度の魔力ならば今の凛でも余裕をもって供給することができるだろうが、未だ幼い凛の魔力供給量では宝具を使用した際の負担は非常に大きなものとなる。その負担を少しでも軽減するという名目で、普段幸村は霊体化して凛の魔力の消耗を抑えているのだ。

 凛に戦国時代の話を聞かせてほしいとせがまれたりしても、霊体化したまま応じている。実体化するのは、時臣との打ち合わせの時か、あるいは書斎にある世界各国の英雄の伝記を読む時ぐらいだろう。せっかく出会えた英雄が、中々自分の前で姿を現すことができないということが幼い凛には不満なようだが。

「今言えることは、『他の陣営にロード・エルメロイと遠坂が接触したことを把握させる』ことに成功し、『遠坂が籠城戦の構えではなく、他陣営とも協力して打って出る用意がある』ことを示したということのみ。この事実を把握した各陣営がこれからどう動くかを見極めることこそが肝心であろう」

 幸村が事前に時臣と凛にプレゼンした通り、他陣営との接触を図る目的の一つ目は、遠坂が籠ってばかりではなく、時には打って出る可能性があることを各陣営に意識させることだ。遠坂陣営が攻め込んでくる可能性があると意識するだけで、他の陣営は遠坂時臣の動きを無視できなくなる。

 遠坂を意識すればするほど、その一挙一動に影響されてしまうことは避けられない。上手く情報を操作すれば、他の陣営をこちらの思惑どおりに操ることもできるかもしれない。まぁ、相手があることだからそこまで上手くいくとも幸村は考えていないのだが。

「ねぇ、アーチャー。結局そのエルメロイって人とお父様は同盟を結べたんでしょう?それなら私たちが有利になるんじゃないの?」

「同盟を結べたというのは、確かに有利な事実でしょう。しかし、まぁこれについては元々上手くいかなくても損はほとんどありませぬし、上手くいったらまぁそれもよしといった程度にしか考えておりませんでした」

「どういうこと?」

 幸村は壁から背を離すと、ゆったりとした口調で続けた。

「この会談の目的は二つ。一つは、他の陣営にロード・エルメロイと遠坂が接触したことを把握させること。そして、二つ目は他の陣営に対し、会談という事実をもって動きを誘うこと」

 凛は頷いた。先ほどの幸村が言っていたことだ。

「そして、ロード・エルメロイに会えただけで我々は目的を達成しています。極端な話をすれば、会談が喧嘩別れに終わろうが、蜜月関係を築こうが、ただ会談さえできるならばどちらでもよかったのです。我々が動いていることを知らしめることができれば、他のマスターも呼応して何らかの動きをとる可能性が高い。そして、それはアサシン殿の諜報網を通じてこちらが全て把握できます。あの会談は、いわば池に投げ込んだ石にすぎませぬ。波紋がどう広がるか、あるいは投げ込まれた石に反応して跳ねる魚がいるか確かめるという意味合いが大きいのです。今の世の言葉で言い換えるなら、威力偵察というものに近いでしょう」

「じゃあ、同盟はおまけってこと?だったら、雁夜おじさんに会いに行ってもよかったんじゃ……」

「マスター。先の軍議では詳しく説明しませんでしたが、そもそも間桐という陣営も脅威度で言えばロード・エルメロイよりも上です。情報をもう少し集めてからでなければ、接触するのは危険かと」

 先の軍議において、会談の申し込み先が間桐かロード・エルメロイかの二択に絞られた時、迷わず幸村はロード・エルメロイを選んだ。

 その時は、ロード・エルメロイを間桐雁夜よりも脅威と見ていた璃正や時臣が真っ先に同意したこともあって深い理由については触れられなかったが、交渉の結果がどうでもよかったのであれば何故間桐を選ばなかったのか凛は気になっていた。

「どうして?雁夜おじさんだっていつもお土産くれるやさしい人だし、今は桜だって間桐の子なんだよ?」

 凛の発言に時臣は僅かに眉を顰めた。

 桜は確かに時臣の子であり、そして盟友であった間桐の後継者である。間桐は遠坂にとって最も縁の深い魔術の家と言ってもいいだろう。しかし、時臣は我が子を送り出した家であろうと聖杯戦争において手心を加えるつもりは一切なかった。

 また、時臣にとって、間桐雁夜という男は魔導の恥に他ならない。一度は魔導の道を歩む機会を与えられながらそれを価値のないがらくた同然に放り投げた挙句に、聖杯に釣られて捨てたはずの魔導の力をノコノコと拾いに来た醜悪な俗物というのが、時臣の雁夜に対する評価だった。

 間桐との会談に時臣が消極的だった理由の一つが、例え口約束と言えどもあのような魔導の恥と対等な同盟を結ぶことに抵抗があったためである。璃正や綺礼がロード・エルメロイを推す時臣の意見に口を挿まなかったのも、この時臣の内心を慮ってのことであった。

「マスターにとって、間桐のマスターである雁夜という男が信用に値するとしても、それでも間桐は危険だと某は確信しておりまする」

 幸村の目は、衛宮切嗣の戦略を語った時と同じ、戦場を俯瞰する冷徹な目をしていた。

「そもそも、聖杯戦争の直前になって、魔導の道を捨て出奔していた二男を呼び戻してマスターとして登録したことが怪しすぎます。此度の聖杯戦争に間桐が参加する枠があることなど、六〇年前から間桐の頭首たる間桐臓硯は知っていたはず。五〇〇年を生きる魔術師であれば、何十年という時間をかけて此度の聖杯戦争に備えることは然程難しいことではないでしょう。本来なら、じっくりと準備を整え、万全のマスター候補を育てていて然るべきでしょう。それなのに、用意したマスターは如何にも即興でマスターになった男としか思えない経歴。何か裏があるはずです」

「裏?」

「そうですな、簡単な想定であれば実は間桐雁夜が出奔していたのはただの偽装であり、即興のマスターという経歴は全て嘘。経歴を偽装してまで育て上げた間桐の秘密兵器などということが考えられましょう。あるいは、間桐雁夜が即興のマスターという経歴が本当だとすれば、間桐臓硯は元々此度の聖杯戦争に参戦するつもりはなかったけれども、何かの事情で急遽参戦することとなり、間桐雁夜程度のマスターしかそろえられなかったという可能性もあるやもしれませぬ」

 幸村の推測には釈然としていないのか、時臣も首を傾げる。

「間桐家が聖杯戦争を見送るということが、ありえるのだろうか?」

「さてな。次回の聖杯戦争に確実に勝つための策があって、そこに全力を投入しているのか、はたまた何か事前に準備していた策が失敗したか、あるいは、聖杯戦争そのものに何かの危うさを感じているか……」

「聖杯戦争に、危うさですか?」

 聖杯を真摯に求める時臣としては、推測であったとしても聞き捨てならない言葉だ。何故そう考えたのか、詳しい説明を求める視線を向けられ、幸村は淡々と続けた。

「あくまで、推測でしかない。聖杯の獲得を悲願とする御三家の一角が、聖杯を得られる機会を捨てるのだから、それなりの理由がなければおかしいというだけで、確たる根拠がある話ではない。最も深刻な想定が、聖杯そのものが万能の願望器でないというだけのこと。そもそも、某は戦は専門であるが、魔術については門外漢よ。聖杯戦争の仕組みや聖杯そのものに対する知識や考察はお主ら御三家に遠く及ばぬから、某の懸念の正否の検証はお主らがやるしかない」

 本当は、幸村は間桐を全く脅威に思っていない。

 ケイネスを会談の相手に選んだのは、雁夜と時臣が話し合おうとしてもその場で戦闘が始まることが目に見えていたからだ。もちろん、時臣が負けるはずがないが、ランスロットの技量と無毀なる湖光(アロンダイト)は厄介であり、こちらも正面から戦うとなると全力で挑まなければならない。

 相手に会談を見せつける手はずを整えた状態で戦闘となれば、戦闘の様子も筒抜けとなる危険性がある。鎧兜を展開すれば、幸村の真名は確実に看破されるだろう。序盤で真名を晒すことのデメリットと、ここで間桐を退場させるメリットを比べれば、前者の方が遥かに重い。

 また、間桐の頭首である間桐臓硯は、前回の聖杯戦争でアインツベルンが召喚したアンリマユが聖杯戦争のシステムを狂わせていると判断している。だからこそ、その影響がどの程度のものか見極めることが先決だと考え、静観に徹する構えを取っているのだと幸村は知っていた。

 だから、聖杯がどの陣営の手に渡るにせよ聖杯戦争の不具合の正体を確かめるまでは決して臓硯は動かないと幸村は確信していた。第五次聖杯戦争でも、臓硯が動いたのはマキリの杯が完成したHFルートだけということから分かるように、臓硯は非常に腰が重い。負けるはずのない状況が整うまでは、臓硯は動かない。

 しかし、第四次聖杯戦争において、間桐にいかほどの勝利の可能性があろうか。雁夜の魔術師としての素養は龍之介以上ウェイバー以下であり、しかもサーヴァントは燃費最悪のバーサーカー。一度戦闘をさせれば小一時間は消耗でまともに動けない体たらく。

 雁夜自身の妙な強運は評価するが、それだけだ。勝ち筋が全く見えない。

 そして、臓硯が動かない以上、間桐雁夜は脅威たりえない。時臣への恨みを募らせた雁夜ならば時臣が挑発すれば九分九厘乗ってくるだろうし、時臣が慢心を一切捨てれば雁夜なぞ瞬殺できる。

 上手くいけば、雁夜を瞬殺して、時臣がバーサーカーのマスターに成り代わることだってできるかもしれない。正直なところ、現時点で幸村にとって最も脅威でない陣営が、間桐だと言ってもいいかもしれない。

 にもかかわらず、敢えて間桐の脅威を煽ったのは、臓硯の静観を出汁にして時臣に聖杯戦争そのものへの違和感を抱かせるためである。もしも、この世界の聖杯がアンリマユに汚染されているとすれば、その果てに待っている結末は衛宮士郎という守護者を生み出した地獄の襲来だ。

 世界がエミヤシロウという守護者の誕生を望むのなら、聖杯戦争を原因とするあの大災害は避けられない運命なのかもしれない。ただ、それでも原作に介入する機会を与えられておきながらあの結末をただなぞるだけということも芸がない。

 幸村は特にバッドエンドが好みというわけではないし、せっかく原作に介入できるのなら、原作の登場人物が迎えるIF(もしも)のハッピーエンドを見てみたいという人並みの希望があった。だから、そのためにやれることがあるならば幸村は躊躇しない。

「それと、マスター。ロード・エルメロイとの約束なぞあてにしてはなりませぬぞ。あそこでロード・エルメロイと結んだのは、最後の二騎になるまでの不戦協定。しかもただの口約束です。そんな口頭禅(リップサービス)なぞ、まったくあてにしておりませぬ。喧嘩別れに終わった方がむしろ敵か味方かがはっきりするくらいでしょうな。そもそも、起請文を交わしてもなお、裏切り、寝返り、同盟破りなどということは起こりうるのです。本気で約束を守らせたいなら、約束を守ることによる利益を与える必要があります」

「でも、約束を破るのは……」

「利益のない約束なぞ、都合一つで破られるものです。約束は破る、あるいは破られることも視野に入れておかねば、勝利を掴むことはできませぬ」

 時臣も幸村の言葉に戦国武将としての価値観を垣間見た。

 幸村の生きた時代には、同盟破り、協定破り、裏切りなど珍しい話ではなかった。他者との約束を守ることが自分の利益にならないのであればあっさりと反故にする。信頼を担保するはずの人質や婚姻関係すら無視されるのだ。

 ひょっとすると幸村も、マスターとサーヴァントの契約関係を同じような感覚で考えていないかと時臣は不安に駆られる。また、凛が幸村に憧れていることは明らかだ。幸村の影響を受けた凛が、自分の利益のために信義をないがしろにすることをよしとしてしまっては、問題がある。騙し、騙し合いは魔術師の常ではあるが、少なくとも信義を軽く見すぎることは品格を疑われる要因にもなる。

 そんな時臣の内心を見透かしたわけではないが、幸村も苦笑しながら先ほどの自身の発言に補足をいれる。

「マスター、一応言っておきますが、某とて信義や契約を軽んじてはおりませぬ。武田家滅亡後短期間に五度も主君を変えている我が父のことを言われると痛いところもありますが、少なくとも某と兄上は信義と忠義に尽くすことをよしとして生きてきたと思っております。ただ、いざとなればそのようなものを自身の利益のために何食わぬ顔で投げ捨てる人間も世の中にはいるということを理解してくだされ」

 幸村の発言に、凛は胸をなでおろす。やはり、幸村は忠義心溢れる英雄なのだと安心する。

「まぁ、ロード・エルメロイとの約束なぞ、マスターが気にする理由がないのですがな。なにせ、あれは時臣殿とロード・エルメロイの間の協定。そもそも、マスターが結んだ協定ではありませぬし、マスターが時臣殿に全権を委任した事実もない。某も、一度も時臣殿がマスターだとは言っておりませぬし、時臣殿もまた某が自身のサーヴァントであるとは一言も言っておりませぬ。ロード・エルメロイが勝手に某と時臣殿を結び付けただけのこと。時臣殿は残りのサーヴァントが二騎になるまでロード・エルメロイと戦うことはできませぬが、某とマスターはそのような約束をしていないのですから、あの間抜けな男に奇襲をしてやることもできますぞ」

「え……もしかして、最初から約束守るつもりなかったの!?」

「守るもなにも、時臣殿が個人的にロード・エルメロイと決闘する約束を取り付けただけではないですか。約束を守るべきなのは時臣殿で、そもそも我々には全く関係のない話です」

 時臣が頷く。彼も高貴なるものは信義を軽んじてはならないと信じているが、話術に乗せられた間抜けを庇う義理も人情も持ち合わせていない。むしろ、ハイアットホテルに向かう途中で時臣をマスターと誤認させた上で時臣とケイネスの間で不可侵協定を結ぶという策を幸村から聞かされた時臣は、迷うことなく賛同したくらいだ。

「戦というのは、虚と実が入り混じるもの。それを見極める洞察力と、虚と実を使い分ける判断力を身につけねば、戦には勝てませぬぞ」

 諭すような口調で語る幸村を見た凛は、改めて自分が戦争をしているのだと実感した。




多分、次回は各陣営の動きからになるので戦闘シーンまではもうしばらくかかると思います。
昔から会議とか説明シーンが好きで、中々話がすすまないのが私の悪い癖です。

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