流石に本編を1年放置はまずかろうとストックを放出してみました。
『時臣君、では次はどう動くつもりかね?』
通信機ごしに、璃正が時臣に問いかけた。
幾度かの軍議を通じ、璃正は幸村の戦国を生き抜いた真田一族の名に恥じぬ強かさと智謀に何度も唸らされた。当初はサーヴァントに聖杯戦争の方針を左右されることに抵抗があった璃正も、幸村の意見に信を置きはじめていた。しかし、璃正は陣営としてのトップはあくまで時臣であり、戦略の決定は時臣が下すべきだと考えていた。
時臣が璃正の友人の息子ということもあるが、聖杯戦争の真実――サーヴァントは聖杯を起動させるための贄にすぎないということを知る璃正にとってサーヴァントに陣営の主導権を任せることに未だ抵抗があるのだろう。
「まず、現状の確認をしましょう。綺礼。ロード・エルメロイ以外の陣営の動きは?」
『現在、聖杯戦争の参加者として把握しているのは、我々以外にはロード・エルメロイ、間桐、アインツベルン、そして先日アーチャーが討ち果たしたキャスターのマスター。以上の四名です。残る最後のマスターについては、既に召喚を行ったことは把握しておりますが、素性も、本拠地も把握できておりません』
「最後のマスター、まだ分からないんだ……」
凛のつぶやきを拾った幸村が、通信機に届かない小声でそれに答えた。
「何、動きがあればアサシン殿の網に必ずや引っかかりましょう」
「でも、もしもすごいサーヴァントを召喚していたらって思うと心配になるじゃない。他の参加者は全部分かってるのに、一人だけまだ見つかってないんだし、最後まで隠れて出てこない卑怯者だったら嫌だし」
「なに、最後のマスターもロード・エルメロイの工房に使い魔を放っておりますし、そのうち必ず、姿を現します。今はまだそれほど警戒する必要はありますまい。必要以上に警戒すれば、こちらが動けなくなってしまいますぞ」
凛と幸村が小声でやり取りをしている間に、綺礼の報告は間桐に関するものまで進んでいた。
『間桐邸には動きは見られないようです。雇っている世話係にも暇が出されているらしく、長男の鶴野以外の人の出入りは確認できておりません。』
綺礼は、さらに続けた。
『次に、アインツベルンですが、先日城から退去したホムンクルスの一団以外の人の出入りは確認できておりません。とはいえ、あの森は広大な上に幾重の結界で覆われています。アサシンの気配遮断スキルをもってしても城の近くまで忍び込むことは難しく、森の外縁部にしか見張りをおけておりませんし、あの広大な森の外縁を全て見張れるだけの人員は割けておりませんので、アインツベルンのマスターがアサシンの監視の隙を窺って既に城に入っている可能性も否定できません』
「綺礼殿、一つよろしいか」
幸村がここで口を開いた。
『何でしょうか』
「アインツベルンの森には何名のアサシン殿を配置しておられるのか」
『現在、五人を割いています』
アサシンを何処に何人配置しているかは常に把握しているらしく、綺礼は幸村の問いに即答した。
「位置は?」
『城を取り囲むように円状に、等間隔で配置しております』
「結界や罠の配置に偏りはありませぬか」
『探知の結界については、四方に万遍なく敷かれているようです』
幸村は、工房の片隅に置かれていた冬木市の住宅地図を通信機の前に広げた。
「アーチャー、何か気になるの?」
凛が訝し気な表情を浮かべながら問いかけるも、幸村は地図を前に指を左右に動かしながら考え込むだけであった。時間にして二〇秒ほどであろうか、幸村はそこでようやく口を開いた。
「……時臣殿。アインツベルンの城に通じる道、舗装され、車の走行に支障のない道で、この地図に記載されていないものはありませぬか」
時臣は突然の問いかけの意図が分からず、目を瞬かせた。
「いや、私の知る限りではアインツベルンの城へ至る道はその地図にもある国道以外にはない。とはいえ、国道で行けるのは森の入り口までで、そこから先は車が通れるような道の整備はされていないため徒歩で向かう必要があるはずだ」
「では、冬木市とは反対側、隣県側からアインツベルンの森に至る道もないということでよろしいか?」
「その通りだ。アインツベルンの森へ向かう道で、途中までとはいえ整備されているのは冬木市から西に続くこの国道だけだ。隣県側からは、山道も整備されていないため、山を越えて道なき道を進むしかない」
「なるほど、よく分かりました。その上で一つ、申し上げたき儀がございます。よろしいでしょうか、マスター」
「いいわよ、アーチャー」
凛の了解を得て、幸村は続けた。
「綺礼殿。アインツベルンへの見張りは全て、森から引かせてはいかがか」
『森を見張るのではなく、森に通じる道を見張るべきであると?』
ここまでの時臣と幸村のやり取りも通信機を通じて綺礼は把握していた。そのため、幸村の考えを察することは難しいことではなかった。
「うむ。森中を監視することは非効率的。いざ、アインツベルンに動きがあった時には増援を森の中に送ればよかろう」
『国道を見張るだけであれば、現在アインツベルンの森を監視している五人を割けばアインツベルンに動きがあった時にも十分に対応できるでしょう』
綺礼と幸村の間ではとんとん拍子に話が進んでいく。しかし、璃正や時臣はともかく、未だ幼い凛には話がよく理解できなかった。
しかし、そのことを綺礼には知られたくない。そこで凛は傍らに立つ幸村に向け、通信機に届かないくらいの小さな声で問いかけた。
「アーチャー、どうして直接森に入って監視しないの?」
凛が何故小声で問いかけているのか、幸村もその理由を察し、屈んで凛の耳に顔を寄せた。
「アインツベルンの城の周囲に張り巡らされた結界を潜り抜けることはアサシン殿にとっても容易ではありませぬ。となれば、結界に捉えられぬ外縁部から城を見張るほかないわけですが、この森は広大で、隙間なく結界の外縁を見張るには多くの人員を割く必要がありましょう。現在、他の陣営の偵察も含め、アサシン殿には他にも任務が無数にあるとなれば、このようなところに人員を多くは割けませぬ」
凛も、幸村の主張を理解し、小さく頷いた。
「でも、どうして道路だけ見張るのよ。道路を使わなくたって、歩いて進めるんじゃないの?」
「新都からアインツベルンの城までは直線距離にして三〇kmはあります。ライダーや飛行する乗り物を有するサーヴァントは例外ではありますが、サーヴァントがマスターを背負って移動するような距離ではありませぬ。できないわけではありませぬが、サーヴァントがマスターを背負って深夜の市街地を爆走することの利などまずありますまい。となれば、森の入り口までは自動車で乗り付け、そこからサーヴァントを伴って攻め入る。それが最も効率的なやり方かと」
「じゃあ、道路の反対側からお城に向かうってことはないの?」
「その可能性がないというわけではありませぬ。城の東側の国道側はいわば追手で、西側の山間部は搦手といえましょう。ですが、結界や罠の配置によほど偏りがないのであれば、態々移動に不便な搦手から攻める利がないのです。もし、搦手からの攻め手があるとすれば、追手に同時に陽動を仕掛けるくらいでしょう」
幸村の説明で、凛も理解したのか小さく頷いた。それを横目に、時臣が綺礼に命じる。
「よし、綺礼。アインツベルンを偵察するアサシンの配置は国道を中心としたものに変更してくれ、各陣営に新しい動きがあるまでは、しばらくそのままでいい」
『かしこまりました、師よ』
「よし、ではこれで現状の確認は終わりだ。ここからは、我々の今後の方針を決めなければならない」
時臣は机に置かれた紅茶の注がれたティーカップを手に取り、一口呷ってから言葉をつづけた。
「まず、あの会談の結果、ロード・エルメロイが確実に動くだろう。態々私が既に武功をあげていることを伝えたのだ。ロード・エルメロイが武功をあげるために聖杯戦争に参戦したのなら、御自慢の工房に籠って敵を待つのではなく、打って出なければならない」
幸村も時臣の意見に同意する。
「某もそう思う。武功を求めて参戦した以上、既に時臣殿が自らの手で他のマスターの首級をあげていることを知れば、自分もそれに負けていられないと考えるはずだ」
「これで、ロード・エルメロイがあのホテルの中に作り上げた鉄壁の要塞に引き籠ることはまずなくなったと見ていい。そして、ロード・エルメロイが協定を正しく履行するつもりなら、狙う相手は間桐か、アインツベルンか、綺礼かまだ見ぬ外来のマスターということになるだろう」
ケイネスが約束を破る可能性は限りなく低いと時臣は踏んでいる。己の名にかけて誓った約束を舌の根の乾かぬうちに翻す卑劣な男ではないとみていたからだ。しかし、流石にケイネスがその約束を踏まえた上でどの陣営を標的とするかを断言できるほどの自信がなく、時臣は顎に手をあてて唸る。
「しかし、ロード・エルメロイには地の利はない。日本国内にこれといった協力者の伝手もない以上は素性の分からない外来のマスターを探し出す手段はないと言っていいだろう。その上で敵を求めるというのであれば、どう動くか」
『拠点の判明している、アインツベルンか間桐の屋敷に攻め込むということは考えられないでしょうか?』
綺礼が口を開いた。
『ロード・エルメロイから戦いを求める以上は、標的の居場所が分からなければ始まりません。そして、時臣師を除けばロード・エルメロイが居場所を把握している拠点は間桐とアインツベルンのみでしょう』
「綺礼。君の意見も分かるが、魔術師の工房に攻め入るということの不利は魔術師であればだれであっても意識せずにはいられないものだ。いくらサーヴァントがいるとはいえ、歴史を重ねた魔導の大家の工房に攻め入るのであれば返り討ちにあってもおかしくない」
時臣からしてみれば、敵対する魔術師の本拠地に攻め入ることは可能であれば避けたい選択肢であった。
魔術師の領域というものは、侵入者を生かして帰さないための処刑場だ。幾層もの結界、数多のトラップ、知恵の限りを絞った仕掛けを突破することは簡単なことではない。また、工房のバックアップを受けた魔術師と戦うとなると、不利に立たされることは間違いない。
当然、自身と同じように魔導の道を究めようとする魔術の徒であるケイネスも同じ結論に至るはずだという確信が時臣にはあった。
『他のマスターの首級を求めて攻勢に出なければならないが、かといって他の魔術師の工房に攻め入ることは避けたいというジレンマというわけか』
「ええ。その通りです璃正さん。そのジレンマの中で、ロード・エルメロイが如何なる選択をするのか。それが聖杯戦争の緒戦に大きな影響を及ぼすことでしょう。ですが、これ以上は不確定要素が多すぎるので予測することは難しい。彼が動いた時に即座に把握し、対応できる体制をつくることが肝要かと」
悩み、思考を重ねる時臣と璃正。通信機の間に生まれたしばしの沈黙を打ち破ったのは、幸村があっけらかんとした口調で言い放った一言だった。
「時臣殿、現時点でロード・エルメロイの取れる選択肢など、考えるまでもあるまいて」
『どういう意味だね?アーチャー』
通信機越しに璃正から問いかけられた幸村は淡々と自身の考えを説明する。
「時臣殿がロード・エルメロイの胸中の葛藤を予測しているということは、おそらくロード・エルメロイも同じように考えていると見ていいであろうな。魔術師の価値観とやらは某にも分からないが、敵の城を攻めることの危険性は、時臣殿と同格の魔術師であるロード・エルメロイも同様の理解をしておろう。しかし、あの男にとって最も手に入れたいものは武功なのだ。あのホテルに亀のように閉じこもって、敵が攻め寄せることを待つなどという消極的な姿勢を取ることができない以上、戦を仕掛けるしかない。例えどのような葛藤があろうとも、最後はそこに終着するのだ」
幸村の指摘は時臣にも頷けるものだった。
時計塔に潜り込ませていた協力者による調査報告によれば、ロード・エルメロイが聖杯戦争に参戦した理由は時臣のような根源への到達というものではなく、あくまで武功を挙げることだという。
最終的に生き残り、根源へ到達することを目指す時臣とは、そもそも勝利条件が違うのである。
「敵マスターと尋常に果し合いを行い、その首級を持ち帰ることがあの男にとっての最優先目標よ。戦を仕掛けるのであれば、単純に選択肢は攻め入るか、釣り出すかの二択に絞られよう。如何にして攻め入るか、はたまた如何にして釣りだすか。方法はいくらでも考えられるがな。そして、最も確実に敵マスターと果たし合う手段は敵の城を攻めること。サーヴァントがいくら手柄をあげても、あの男自身が手柄をあげねば意味がないのだ。たとえどれだけの危険を孕んでいるのか理解していたとしても、戦う理由がそこにある以上は避けられぬ」
「だからこそ、場合によっては本拠地の分かっているアインツベルンか間桐を攻めることも厭わないということか」
「否、アインツベルンではない。間桐だ」
幸村は断言した。
「綺礼殿の情報によれば、アインツベルンの森には、未だマスターは着陣しておらぬという。主のおらぬ城を落としたとしても、それは武功にはならぬ。ただの空き巣の所業よ。時臣殿に焚きつけられたロード・エルメロイがそのような下衆な真似はできぬであろう。であれば、狙うは時臣殿以外で唯一根城が分かっている間桐しかあるまい」
「でも、それならアインツベルンが城に入るまで待てばいいんじゃないの?」
凛の問いに、幸村は首を横に振った。
「アインツベルンと間桐。共に同じ聖杯戦争をつくりあげた御三家であり、歴史の古い一族。武功を挙げることを狙うロード・エルメロイにとっても勲功として十分な相手と言えましょう。ですが、それは勲功としての価値に大きな差はないとも言い換えられます。どの陣営がどのクラスの、いかなる英雄を召喚しているのかも分かっていない現状においては、戦略的にもどちらを先に相手にしても大差はありませぬ。つまり、敢えてアインツベルンのマスターの入城を待ってまで、アインツベルンのマスターの首級を優先すべき理由はないのです」
「じゃあ、雁夜おじさんが戦うんだ……」
「よい機会です。間桐がこの聖杯戦争にどれだけ本気であるか確かめることができましょう。間桐雁夜が間桐の切札か、あるいは、間に合わせの張りぼてか。それが分かれば、今後の方針も立てやすくなるというもの。ロード・エルメロイの、そして間桐雁夜のお手並み拝見と行きましょう」
時臣は、幸村の戦略眼に何度目か分からない感嘆の念を抱いていた。
おそらくは、ロード・エルメロイを挑発すると提案していた時から、こうなることを予測していたのであろうという確信が時臣にはあった。
そして、それを今まで口にしなかった理由に警戒する。日本史においても類まれなる忠義者として名を馳せた幸村であるが、同時に彼は表裏比興の者と謳われた真田昌幸の子でもある。凛をマスターとして仕えてはいるものの、果たして彼の忠義は本当に凛にあるのであろうか。
本当に凛に忠義を尽くしてくれるというのであれば、とても頼もしい存在であることは間違いない。
しかし、もしも彼の態度に裏があるのなら。凛に忠義を誓う演技をして、その裏に何か企みがあるのなら。
このサーヴァントの助言を素直に受け入れることにも危険があるのかもしれない。
時臣は幸村の評価を上方修正すると共に、決して警戒心を捨ててはならないと自身に戒めた。
投稿が遅れて申し訳ありません。
昨年に転勤して引っ越ししてからというものの、夕方以降に熱を出して朝には平熱に戻るという体調不良が多くなりまして、中々執筆する気力がなかったもので……。
まぁ、熱も微熱レベルですし、少し気怠いくらかな?と感じるくらいだったので、特に病院に行ったりはしていないのですが。
それでもなんとか、3月末には3話分完成していたのですが、「原作と同じ流れでいいのか、お前」と悪魔が耳元でささやきまして、プロットをひっくり返してしまいました。
憐れ、3話分はプロットから外れてお蔵入り。結果、全て書き直しと相成りました。
なお、次話の予定としては、
第17話「ライダー陣営視点」(完成済。来週月曜日投稿予定)
第18話「セイバー陣営視点」(進捗60%、完成次第投稿予定。来週中に書き上げられたらいいな)
第19話「ランサー陣営視点」(進捗10%、完成次第投稿予定。今秋には書き上げたい)
第20話「バーサーカー陣営視点」(未定。年内には書き上げたい)
となっております。
最近は熱を出す頻度も減ってきたので、どうにか投稿ペースを上げたいと思っています。