運命なき浮世に候へば、日ノ本一の兵に   作:後藤陸将

31 / 31
セイバー陣営の視点です。


第18話 戦は勝たなければ意味がない

 冬木市内、新都方面の一角にそのホテルはあった。

 同じホテルとはいえど、その設備は中心部に聳え立つ冬木ハイアットホテルと比べるのも烏滸がましい安宿である。リーズナブルで、大通りにも面していないこのホテルは、世間に憚られる愛の巣、あるいは、懐に余裕のない地方出張者にはおあつらえ向きであった。

 現に、親子ほどに歳の離れた男女と同時にくたびれた黒いコートを着込んだ男がフロントを通り過ぎても、注意をするものは皆無であった。

 コートを着た男の名は、衛宮切嗣。この冬木の地で行われる第四次聖杯戦争の参加者にして、魔術師殺しの異名をとるフリーランスの暗殺者である。

 切嗣はその後、態々階段を昇って目的のフロアにたどり着くと、周囲に人の気配がないことを確認してノックした。

 ノックの符丁を確認し、先にチェックインしていた女性が鍵を開ける。久宇舞弥、彼女は衛宮切嗣という男の補佐役であり、同時に彼を魔術師殺しとして機能させる外付けの部品のような役割を担っている。

 当然、彼女は切嗣よりも前に現地入りし、情報収集に勤しんでいた。

「昨日、遠坂時臣がサーヴァントを連れて冬木ハイアットホテルに入りました」

 舞弥は部屋に備え付けられたテレビデオに、VHSを挿入する。スーツに身を包んだ二人の男性がタクシーから降車し、ホテルのロビーに向かって歩く様子が画面に映し出された。

 解像度が低いが、二人の男性のうち一人は辛うじて遠坂時臣であると判別することが可能だった。

「ホテル内部の映像は?」

 このホテルに聖杯戦争に参加するマスターの一人であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが宿泊していることは既に子飼いの情報屋を通じて把握している。

 となれば、冬木に本拠地を構える時臣が態々このホテルを来訪した理由など、ケイネスと接触する以外には考えられない。

 時臣とケイネスがこのホテルで何を話したのか。それを推察する材料が一つでも切嗣は欲しかった。

「ホテルのエントランス、エレベーターには監視カメラが設置されていましたが、録画されてはいませんでした。カメラを抱えた使い魔では、ホテル内部の潜入もできません。次の映像は、この一時間後、ホテルから遠坂時臣が出てくるときのものです。ですが、ホテルに入った時の様子と比較しても変化はありませんでした」

 舞弥が使役する蝙蝠の使い魔も、いくら小型軽量とはいえCCDカメラを抱えたままの活動には大きな制約を受ける。蝙蝠の体力が持たないことから高層のフロアの様子を外から撮影することもできなかったため、舞弥が拾えた映像は、ホテルの入り口のものだけであった。

「……ケイネスと遠坂の間に、何らかの繋がりがある。それ以上のことはこの映像からは読み取れないな」

 遠坂時臣がサーヴァントを連れて訪問したホテルに、ケイネスが宿泊している。となれば、現場を直接抑えたわけではないが、この二人が接触したということは間違いないと切嗣は見ていた。

 遠坂時臣がアポイントなしでケイネスの滞在するホテルに突撃したという可能性もあるが、その場合でもサーヴァントを実体化させて付き添わせている以上、ケイネスのサーヴァントが時臣の来訪に気づかないはずがない。

「どう思う?」

「ケイネスと遠坂が同盟を組んでいると考えるのが自然かと」

「一番考えられる可能性は、それだろうな。聖杯戦争の始まる前から連絡を取り合っていて、ここで顔合わせとお互いの戦力を確かめたのか、あるいはこのホテルでの会談で同盟にこぎつけたのかは判断がつかないが」

 切嗣は煙草を口に加えながらコートのポケットに手を入れ、ライターを探す。

「だが、同盟を組んでいるとすれば、何故それを態々見せつけるような真似をした?」

 遠坂時臣が、自身のサーヴァントの姿を晒したことが、まず切嗣には解せなかった。

「同盟相手とはいえ、潜在的な敵陣営の本拠地に乗り込む以上、護衛として連れて行ったということは理解できなくはない。しかし、それにしても霊体化させて連れていくなり、姿を隠す方法はいくらでもあるはずだ。ケイネス相手にサーヴァントの姿を晒すことは仕方がないとしても、他のマスターの目に晒すことは避けられた」

 サーヴァントは過去の英霊だ。その正体が知れれば、宝具、スキルはおおよそ見当がつくし、死因が弱点に直結する場合だって十分に考えられる。

 容貌や口調も、その正体を探る手段としては有効だ。

「サーヴァントの容貌だけでは、正体に決してたどり着けないという確信があったということでしょうか」

「それもあるだろう。映像からわかるのは、黒髪黒目の黄色人種で二〇代の長身の男性ということだから、そこから真名を特定することは不可能に近い。態々現代の衣装に着替えさせている以上、服装から文化圏を絞ることもできない。ただ、アハト翁によれば冬木の聖杯は東洋の英雄は呼べないというから、おそらくは中近東あるいはヨーロッパにまで覇を唱えたモンゴル系かだろうな。後は、動きの所作からはバーサーカーだとは考えにくい。わかることはそれぐらいか」

「流石にそれだけの情報では候補を絞りきれませんね」

「手札を晒しているように見えて、実のところはほとんど範囲が絞れていない。遠坂には全く痛手になってはいないわけだが、だからといってメリットのない行為をやる必要もない」

 五年の禁煙生活のせいか、いまだにライターの定位置が定まっていない切嗣は、コートのあちこちのポケットを弄りようやくライターを見つけ出し、咥えた煙草に火を灯す。

「……CCDカメラの映像越しでなければあのサーヴァントのステータスも看破できただろうが、ステータスを看破されるリスクを含めても、デメリットは小さい。そう考えてサーヴァントの姿を晒しているんだろうな。となれば、晒す必要があった、言い換えれば、他のマスターの目に留まる必要があったということも可能性として考えられる」

 舞弥も切嗣が言わんとするところを察した。

「我々と同じことを考えているということでしょうか」

 切嗣は無言をもって肯定した。

 アイリスフィールをマスターと誤認させ、セイバーと共に戦わせる。そして、敵のサーヴァントがマスターを警護する余裕を失うほどにセイバーとの闘いに集中せざるを得なくなったタイミングで、切嗣が敵マスターを襲撃して仕留める。

 それがこの聖杯戦争における切嗣の基本戦略だ。そのために、アイリスフィールとセイバーというこの国では浮いた存在である二人を組ませて堂々と街を闊歩させている。

 遠坂時臣も、同じように己とそのサーヴァントを囮に敵サーヴァントを釣り、その裏で敵マスターを直接叩こうとしているのではないか。そう切嗣が考えたのも当然のことだった。

「ですが、遠坂時臣は典型的な魔術師です。我々のように、サーヴァント戦の裏で油断した敵マスターを暗殺するという戦略をとるでしょうか?」

「ああ、舞弥の言うとおり、遠坂時臣がそんなことを企んでいるとは考えにくい。魔術師であることに誇りを感じ、常に魔導の大家としての振る舞いを忘れない男だからね。だが、遠坂時臣が考えずとも、あの男――言峰綺礼ならば話は別だ」

「言峰……綺礼」

 舞弥の表情が僅かに険しくなる。とはいっても、常日頃から自分の感情を表に出さない舞弥の表情の僅かな変化に気づけるのは長らく一緒にいた切嗣ぐらいのものだろうが。

「教会から出向し、遠坂時臣に師事するも、令呪が現れたことを契機に敵対関係に入ったという経緯にまず違和感があった。言峰綺礼の父は前回の第三次聖杯戦争に引き続き監督役を務める言峰璃正、加えて言峰綺礼自身、遠坂時臣に師事するまでは協会のために働いてきた経歴の持ち主だ。そんな男が敵対していた組織の軍門に下り、聖杯戦争に参加することが確定している御三家の当主に師事し、父が監督役を務める聖杯戦争に参戦した……出来すぎてると思わないか?」

「聖杯戦争に参加するために遠坂時臣に師事していたと?」

「ああ。僕はその可能性が高いと思っている」

 切嗣は備え付けられた灰皿の上に煙草の灰を落とし、燻る煙草を見下ろしながら続けた。

「遠坂時臣を補佐し、聖杯を獲得させるためという推理も成り立つ。そもそも、聖堂協会の元代行者を弟子にする理由が遠坂時臣にはないし、言峰綺礼がマスターになることを知っていたなら、いずれ敵対者となる弟子を育てるメリットが遠坂時臣にはない。だとすれば、己の協力者を育てるために弟子を取ったと考えるべきだ。サーヴァントが二騎いるというだけで、戦力的には大きなアドバンテージとなる。あの男は、頭でっかちで固定観念に縛られた魔術師共とは違う。数年とはいえ、かつては代行者として異端討伐の最前線で戦っていた対魔術師戦闘の専門家(プロフェッショナル)。味方にすることができれば大きなメリットがある」

 しかし、己の推理を語る切嗣自身は、この推理に大きな疑問を感じていた。

 遠坂時臣に協力者を求めるという目論見があったとしても、令呪が言峰綺礼に現れたということは、綺礼自身が聖杯を欲する理由を持っていることに他ならない。しかし、あの男の経歴を見る限り、あの男に聖杯をもってかなえたい願望が――いや、そもそも何かを求める願望があるとは切嗣には思えなかった。

 綺礼自身の願望もなく、ましてや遠坂時臣への義理立てを理由に聖杯を求めるなどとは考えられない。そんな男が聖杯戦争に参加して、時臣の配下として素直に振る舞っていることに切嗣は違和感を感じている。

 とはいえ、あくまでこれは切嗣が言峰綺礼の経歴から拾った情報に基づいた人物評である。的外れではないと切嗣自身は思っているものの、言峰綺礼という男の警戒を上げるには十分ではあるが、敵勢力の目論見を推察する上で無条件に材料とすることには抵抗があった。

「言峰綺礼が我々と同じような作戦方針を立てたとして、遠坂時臣がそれを採用するでしょうか?少なくとも遠坂時臣は典型的な魔術師であったはずです」

「遠坂時臣の最終的な目標は聖杯を得ることで間違いない。けれども、最終的な目標達成ができるなら、正々堂々すべてのサーヴァントを降す勝ち方に固執する必要はない。流石に僕たちのような銃火器に頼るやり方はしないだろうけれども、自分のサーヴァントが敵のサーヴァントと交戦している間に、綺礼とそのサーヴァントが敵マスターを襲撃するくらいなら許容するだろう。そもそも、アサシンというクラスは敵サーヴァントの警戒が緩んだ隙にマスターを暗殺することが基本戦略だ。御三家の当主たるものが各クラスのサーヴァントの基本戦略を卑怯だの、外道だのと否定することはまずない」

 衛宮切嗣にとって、遠坂時臣はさほど脅威ではない。時臣の思考が一般的な魔術師の思考の域を出ない以上、仕留める方法はいくらでもあるからだ。ただ、そこに言峰綺礼という男が加わるとなると話は別だ。

 言峰綺礼はある種の狂人であると切嗣は確信している。魔術師の思考を読み、その隙をついて仕留める切嗣にとって、思考を理解できない狂人は相性が悪い。その上、言峰綺礼は純粋な戦闘能力においてサーヴァントには届かないとはいえ切嗣のはるか上をいく。

 仮にセイバーが時臣のサーヴァントと交戦したとして、言峰綺礼とそのサーヴァントがアイリスフィールの命を狙ったとするならば、切嗣には防ぎきるだけの手立てはないだろう。仮に、言峰綺礼のサーヴァントがアサシンだったとすれば、その脅威度は跳ね上がる。最悪切嗣だけは逃げおおせたとしても、アイリスフィールが討たれ聖杯の器が砕かれれば意味がない。

「あくまで、これは想定の一つに過ぎない。けれども、楽観的に構えるには危険すぎる想定だ」

 推論に推論を重ねた上での仮定。しかし、もしもその想定が現実のものとなれば、当初の策では対応しきれない可能性が高いこともまた事実。

 切嗣は最悪に備えるべきであると判断した。

「舞弥、予定は変更だ。空港でアイリスフィールと合流して、拠点Cへ向かってくれ。以後は、別命あるまで待機。アイリスフィールとセイバーを外には出すな」

 拠点C。それは、冬木市内に確保したマンションの一室だ。新都の再開発に合わせて建設されたもので、最近入居が始まったばかりだ。ここなら、外国人が突如入居したとしても、すぐに目立つようなことはないだろう。

「様子を見ると?」

「遠坂の動きが不気味だ。それに、遠坂と接触したケイネスの動きも気になる。無理に動くよりは、まず静観して情報把握に努めるほうがいい」

 今はまだ動くべきではない。それが切嗣の結論だった。




次回、ランサー陣営の予定ですが、現時点で進捗20%。
投稿日は現在のところ未定です。多分、週一更新はこれで最後になります。
とりあえず、執筆の前に体調不良の原因探しに病院にも行っておくことにします。
実はまだワクチンも一回も打ってませんし、そっちもどうにかしなければ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。