なんやかんやあって戻ってまいりました。
なお、ご期待のところ申し訳ございませんが、話はほとんどすすみません。
冬木ハイアットホテル最上階。
先ほど遠坂時臣との会談を終えたケイネスは、椅子に腰かけながら思案していた。
トントンと顳顬を指で軽く叩きながら能面のような無表情を浮かべるケイネス。その後ろに立つソラウは、婚約者のいつもの癖など気にも留めずに三人分の紅茶を淹れていた。
ケイネスが指で顳顬を叩いている時は、大抵複数の選択肢の中からどれを選ぶかで悩んでいる時だ。イスカンダルの聖遺物の代わりを用意した時も、このホテルを拠点に選ぶ時もそうだった。
決めかねている時にケイネスがあの仕草を見せることを、婚約者となってそう長い付き合いではないが、ソラウは知っていた。
ケイネスは、選択に迷うことはあれど、優柔不断ではない。そう時間をかけずに結論を出すだろうことはソラウも分かっている。しかし、折角紅茶を淹れるのだから、彼には是非とも一番美味しい温度で飲んでもらいたかった。
また、視界の隅に映るその仕草を延々と見続けるのも鬱陶しかった。
「ケイネス、結論は出たの?」
ケイネスが顳顬を叩く時は、甲乙つけがたい選択肢に悩んでいる時だ。決定的な差があるわけではないのだから、ソラウが強く一押しすれば大抵ケイネスはソラウの提言を呑む。ソラウはさっさとケイネスに腹を決めさせることにした。
ケイネスは顳顬を叩いていた指を下ろすと、しばし目を瞑り、ゆっくりと口を開いた。
「ああ。今宵、マキリを攻める」
「……アインツベルンでなくて?マキリ?」
ケイネスがキャスターを打倒した遠坂陣営と不可侵の協定を結んだことは聞いていた。そのため、ケイネスがまず戦うべき相手は冬木の地に拠点を擁するアインツベルンか、マキリ。あるいはどこにいるかも分からない外来のマスターか、聖堂教会の元代行者という肩書を持つ言峰綺礼となる。
ケイネスがどの陣営を標的にするのか迷っていると考えていたソラウは、即答されたことで思わず怪訝な表情を浮かべた。
「ああ。遠坂が既に首級を一つ挙げていることを態々告げにきたのだ。にもかかわらず、拠点で穴熊を決めこむなどという消極的な態度を見せることなど私にはできない」
ケイネスは敢えて口にしないが、既に武勲を挙げている遠坂に対抗したいという思惑があることを、ソラウは察していた。
自分達が最終的な聖杯戦争の勝者となる未来をケイネスもソラウも疑ってはいない。
しかし、現時点でケイネスは武勲という点では実績を既に挙げている遠坂に劣っていることは紛れもない事実である。例え一時の話であっても、自身が遠坂に劣っている現状に我慢ができないケイネスは早急に武勲を挙げなければならないと考えた。
ケイネスは聖杯戦争という仕組を作り出した御三家の工房に初戦で挑むリスクを考慮し、開戦直後は無差別に挑発をして敵陣営を釣り出す作戦を来日時点では立てていたが、この策は挑発に乗る陣営がいなければ成り立たない。こちらにいくら戦意があったとしても、応じる相手がいなければ意味がないのだ。これは、早急に武勲を挙げたいケイネスの思惑とは一致しない。
「元々は、拠点の分かっている御三家とやらは後回しにして、私以外の外来のマスターを釣り出して潰していくつもりだったが気が変わった。潰せる相手は潰せるうちに潰しておいて損はあるまい。この聖杯戦争から脱落する順番が変わるだけのことだ」
「それは分かるわ。だけど、貴方が積極的に動いて戦いを仕掛けるとしても、相手は拠点の割れているアインツベルンかマキリの二つに一つ。それで、どうしてマキリなの?」
「日本に来た時、当然御三家の邸宅には見張りをつけてある。しかし、アインツベルンの城には未だにマスターが入った形跡が見られない。アインツベルンはあの城にはいないとなると、拠点が割れているのはマキリだけだ。選択肢は他にない」
敵がいなければ戦えない。なるべく早く、確実に武勲を挙げたいケイネスからすれば当然の道理だった。
「でも、今のうちにアインツベルンの城を占拠できれば今後の戦いがより有利になるわ」
「空き家を奪うような下劣な真似をしなくとも、私の勝利は揺るがない。故に、その必要はないと判断したまでさ、ソラウ」
本心では、ソラウは今のケイネスの発言に納得していない。ケイネスはこのホテルを高級なものをかき集めただけの倉庫と吐き捨てるほどに不満をためている。
ソラウは、ちらりとケイネスの隣の空間を見る。そこには、姿こそ霊体化で隠しているが、ケイネスの召喚した騎士――ランサーが待機しているはずだ。ケイネスは、実体化にも魔力を消費することを理由に用事がなければ霊体化するようにランサーに命じており、ランサーもその命令を受け入れている。
しかし、ソラウはランサーを初めて目にした時から抑えられない胸の高鳴りを感じていた。
ランサーの姿をもっと見ていたい。もっとランサーと話を交わしたいと思うものの、ソラウにはランサーを実体化させる正当な理由がない。流石に、婚約者の前でランサーと話したいから実体化するように命じてくれと正直に申し出ることには恥じらいを覚える。
だからこそ、この流れはチャンスだとソラウは考えた。
「ねぇ、ランサーはどう思う?」
「何故、ランサーに尋ねるのかね?」
ケイネスは眉間に皺を寄せた。
ランサーに対してソラウが関心を示していることは、ケイネスも察していた。それが、単なるサーヴァントという存在への興味ではなく、異性への好意であることも、恥じらう乙女のような仕草を見せられれば女心が全く理解できていないケイネスでも分かる。
そう。ソラウに対して彼女の趣味ではないアクセサリーを何度も送り、一度も自身が送ったアクセサリーを身に着けているところを見たことがなく、それとなく自身が送ったアクセサリーについて聞いても「大切にしたいから大事にしまってある」の一点張りを鵜呑みにしてしまうほどにソラウに首ったけのケイネスでも分かるぐらいにソラウの態度は分かりやすかった。
そんなソラウが自分よりもランサーを頼りにしていると思わせる発言をしていることがケイネスには不快であった。
「ねぇ、ケイネス。逆に聞くけれども……どうして、歴戦の勇者であるランサーの意見を聞かないの?」
「それは……この聖杯戦争は魔術師同士の戦いだからだ。互いに存分に秘術を用いて雌雄を決する。もちろん、召喚されたサーヴァントも戦力として運用するが、あくまでどのように戦力を運用するかは、マスターの職責だ。将が判断の際に態々兵に伺いを立てるものではない」
「貴方……本当に分かっているんじゃないでしょうね」
ソラウの口調は明らかに冷たい。少なくとも、婚約者に向けるものではなかった。
「遠坂が貴方に不戦協定を持ちかけてきたのも、ランサーに対して自分のサーヴァントが有利を取れるから。もしくは、マキリとアインツベルンのサーヴァントと相性が悪いからという可能性だってあるでしょう」
ケイネスも無論、遠坂がこのタイミングで不戦協定を持ちかけてきた真意について考えなかったわけではない。
遠坂、マキリ、アインツベルンの御三家は六〇年前から今回の聖杯戦争に向けた準備をしてきている。当然、次の戦争に向けた布石として互いの触媒の入手ルートについても探りを入れ合っている可能性は高い。そうなると、御三家はそれぞれ他家がどの英雄の触媒を入手しているのか、把握していることだって十分にありうる。
遠坂が同じ御三家を差し置いて、ケイネスに同盟を持ちかけたのは、英霊の相性を鑑みて、ケイネスに他家を始末させようとする作戦である可能性が高い。敢えてケイネスに話を持ち掛けたのは、時計塔とも関わりの深い遠坂家の当主であれば、ケイネスの勇名について聞き及んでおり、他家と結託させたくないと考えたとすれば筋が通る。
会談の最中、そこまで考えを巡らせたうえでケイネスは遠坂陣営からの申し出を受けた。
遠坂時臣がサーヴァントが七騎でそろった直後に首級を挙げた事実に対抗する意識があったことや、ケイネスが調べた限りでは自身の成果を披露するに相応しい実績を持つ聖杯戦争の参加者が遠坂時臣しかいなかったことがケイネスの判断の大きな要因を占めている。
「遠坂のサーヴァント。脅威でなくて?先に倒しておくべきだったとは思わないの?」
「私は、遠坂のサーヴァントをこの目で見ている。そして、その上で私は遠坂の申し出を受けたのだ」
もちろん、ケイネスは会談の席において遠坂が引き連れたサーヴァントをその目で見ており、ステータスを把握している。敏捷以外ではランサーが全ての面において劣っているが、逆に言えば敏捷において勝るランサーがヒットアンドアウェイに専念すれば、相手を拘束することはできる。
敵の能力は未知数であるが、何もケイネスはランサーに武勲を求めているわけではない。敵サーヴァントを倒せずとも、ランサー自身が討たれなければそれでよいというのがケイネスの考えだ。ケイネスがランサーに求めているのは、自身が敵魔術師を討つまでの間敵サーヴァントを引き付けておく役割だけだった。
時計塔でも有数の魔術の使い手たる自分に、魔力供給を婚約者にも負担させることで自身の魔力消費を抑えるアドバンテージがあればまず魔術による戦いにおいて敗北することはないとケイネスは確信していたからである。
「ケイネス、貴方は確かに優秀な魔術師よ。九代を重ねる魔導の名門の嫡男にして、
「そ、その通りだ」
「魔術の腕を競うのであれば、貴方の勝利は揺るがないでしょうね。でも、貴方……これは聖杯戦争なのよ?」
「無論、私もそれは理解している。だからこそ魔力供給システムを改良し、サーヴァントを使役しながらでも存分に戦えるアドバンテージを得られるようにした。仕組みとしてはそう難しいものではない。魔力供給のパスは本来」
ケイネスは婚約者の冷たい視線に晒されながらも、自身が聖杯戦争のシステムにどのようにして手を加えたのか説明しようとする。しかし、ソラウが求めていたのは、そのような回答ではない。
「正々堂々、魔術だけを使って競い合うのなら、サーヴァントは何のためにあるの?この聖杯戦争は、魔術師が過去の英霊を召喚して戦うのよ。まさか貴方……ランサーをネズミや犬のようなただの使い魔としか使えないと思っているのじゃないでしょうね」
「いや、待ってくれソラウ。私は何も、ランサーを軽視しているわけではない。宝具の能力や、魔力の消費量、ステータスについては念入りに確認している。その力を把握した上で私はランサーを使役しているのだ」
「ランサーは、ケルト神話に謳われる英雄なのよ。人類史に刻まれるほどの偉業を成し遂げた過去の英雄の力を、ステータスを見るだけで推し量ることができるとは私は思わないわ。そして、貴方の戦う相手もまた、そんな英雄を使役している。貴方は、本当に戦う相手の戦力を正確に評価できていて?」
ケイネスは言葉に詰まる。ケイネスは、ランサーが英雄の影法師であることは理解している。その召喚の仕組みも、サーヴァントを現世に呼び寄せ、維持する仕組みも理屈として理解できている。だからこそ、
しかし、それはランサーを高性能な使い魔であり、数値で推し量れる程度のものだと認識していることに他ならない。しかし、それを口にすればランサーを英雄としても評価している口ぶりを見せているソラウの機嫌を損ねる。
「生前の顔見知りや、同じ神話体系等の縁がなければまず他のサーヴァントの真名に繋がる情報など出てくることはあるまい。そうなれば、得られる情報は外見とステータスぐらいなものだ。態々、意見を求めるほどのことではない、が……」
ケイネスはここでようやく、ランサーが霊体化して控えている空間に視線を向けた。
現段階では、ランサーがケイネス以上に相手サーヴァントの情報を得ているはずがないのだ。であれば、ランサーに意見を出させ、結局は何も得ることがなかったと結論づけてしまう方がよいとケイネスは判断した。一応はソラウの意見を取り入れる形になるだろうからソラウの機嫌もなおるであろうし、態々実体化させたランサーの意見に得ることがなければ今後ソラウがランサーに意見を求めることもなくなるだろう。
「ソラウがそこまで期待するのであれば、一応話は聞いておこう。ランサー」
「――は」
ランサーが実体化した。
その端正な顔立ちを見たケイネスの顔が僅かに曇る。召喚した時から、聖杯にかける望みはないと宣うこのサーヴァントを、ケイネスは信用しきれていなかった。頑なに駒のように扱うのも、真意がどこにあるか分からないランサーを警戒しての振舞だった。
「ソラウが、遠坂との会談について君の意見を聞きたいらしい。遠坂との同盟、敵サーヴァントについて思うところはあるかね?」
「他陣営の同盟については、特に申し上げることはございません。この身はかつて、主に仕える槍として戦場に赴きましたが、誰と、いつ、どのように戦うかは主が決めることであり、私はそれを提言する立場にありませんでした」
ケイネスは鼻を鳴らす。
騎士といえば外聞はいいかもしれないが、結局のところは命令に従うだけの兵に過ぎない。戦略的な視野を持ち合わせていないことを、自分は騎士だからそれでいいなどという言い訳で取り繕う自身のサーヴァントの姿に、ケイネスは鼻白む。
「というわけだ。ランサーも私の意見を尊重するそうだから、今宵、マキリを討つべく出陣する。それでいいね?ソラウ」
「ええ、期待してるわ、ケイネス」
とりあえず、以前投稿した際に載せた体調不良については病院を受診し「へ?それが原因……」ということで落ち着いたのですが、完治までは時間がかかったのと、その後も引っ越しや激務部署への異動とか色々あって執筆意欲が沸かず、どうにか執筆意欲が沸いたと思ったら完全な別ジャンルで、書きたいから書いたものの、こちらをほったらかしていたこともあって恥ずかしながら匿名で投稿していました。
そして、匿名で投稿していた別作品が気付けば2年かけて完結してしまい、息抜きにこっちの作品もちょこちょこ書いていたのでストックも溜まったということで久しぶりに投稿してみたという次第でございます。
一応、ストックは2話あるのですが、それぞれ何をとち狂ったか幸村生前の小田原征討編のさわりと武田滅亡の際の真田一族の新府城脱出ゲームのさわりというどこに需要があるか分からん番外編でございまして……
今後も執筆ペースは上がることはないでしょうが、たまーに拙作をのぞいていただければと。