運命なき浮世に候へば、日ノ本一の兵に   作:後藤陸将

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第四次聖杯戦争までもうちっと続くんじゃ


第5話 死に様は生き方を反映する

 幸村が十文字槍を振るう。

 馬上から振るわれた槍は眼前の兵の額を正確に貫き、その生命活動を停止させた。

 一突で確実に敵の抵抗力を奪うことができるため、戦闘において幸村は好んで頭部――脳を狙う。

 人体の急所は数あれど、損傷すれば最も短時間で生命を維持できなくなる器官は脳である。的が小さく、丸みを帯びた頭蓋骨によって守られているために脳に生命の危機に及ぶ損傷を与えることが難しい。それ故に実戦において積極的に敵の頭部を狙う兵士はそう多くはない。死に至るまで時間を要するとはいえ、それでも人体には多くの急所があり、それは的が大きく狙いやすい胴体にもあるのだから。M16で狙撃もやってのける某東洋系スナイパーのような化け物じみた技量がなければヘッドショットを連発することなど不可能なのだ。

 しかし、技量と肉体性能に秀でた幸村もまた、某13のような人外例外に属していた。

 最低限の動きで最も効率的に人の命を奪う。数多の武人が憧れた武術の極みの一つがそこにはあった。

 幸村の天性の膂力をもって放たれる突きの威力はどこぞのるろうにな新撰組の三番組組長の突きにも匹敵するだろう。

 さらに、その突きがすさまじい速度かつ精度で連続して繰り出されるのだ。かのTSUBAMEを斬らんと生涯を捧げたNOUMINやビームのでない病弱セイバーの多重次元屈折現象(魔剣)とまではいかないが、それでも一突きの威力と連射性能を総合的に勘案すればその能力は射程こそ限られるものの現代における小口径の速射砲と遜色ないものだった。

 いくら徳川方の兵が数をそろえて幸村の眼前に立ち塞がろうと、一突で即死は免れない連続突きによって一掃されるのだから時間稼ぎにしかならなかった。

 元々鬼種の先祖返りなのだから人間かどうかは議論の余地はあるかもしれないがそんな人間をやめている男が赤備えの軍勢を率い、立ち塞がる兵は眼前に幸村が現れると同時に額を貫かれて糸が切れた操り人形のように次々と崩れ落ちる。

 

 

 

道を開けるか死ぬか!!好きな方を選べ、小僧ども!!

 

 幸村の姿を正面から見た兵は、そこに鬼を見た。

 目があった瞬間に自身が狩人に生殺与奪を握られた獲物にすぎないことを否応なしに理解させられる鋭い眼光。血に塗れた全身から立ち昇る覇気。淡々と処刑を執行するかのように目の前の兵の命を絶つ死神のごとき槍技。

 彼らはその男が同じ人間ではなく、御伽噺や神話に出てくる怪物としか思えなかった。

 あれこそは玉藻前か、酒呑童子か、大嶽丸か。

 怪物を目の前にした彼らは怯え、竦み、そして狂ったアラームのようにけたたましく警鐘を鳴らし続ける本能に従い、怪物から背を向けて逃亡する道を選んだ。

「ば、化け物じゃあ!!」

「豊臣は鬼を従えておるのか!?話が違うではないか!!」

「ふざけるな!!儂はまだ死にとうない!!」

 想像をはるかに超える怪物を相手にしてなお戦意を保ち続けられる戦意の高い兵は今の徳川軍にはほとんどいなかった。

 かつて三方ヶ原で惨敗を喫した三河兵であれば、かの武田信玄率いる戦国屈指の兵ぞろいの軍勢が相手でもここまで無様に崩れることはなかっただろう。しかし、三方ヶ原の敗戦から四〇年の月日が流れ、関ケ原の戦い以後も一〇年ほど戦の機会がなかったため、この戦いが初陣という兵が少なくなかった。

 戦国の気風がまだ残る時代とはいえ、太平へと天秤が傾きつつある時代だ。戦場の恐ろしさも殺し合いの凄惨さも知らぬ兵に怪物退治に挑む勇者の如き気概があるはずもない。

 戦闘処女の軍団は統率もなく逃げ惑う獲物の群れに成り下がり、まるで大魚に追いかけられる小魚のように逃散した。

 

 

 

「首は捨て置け!!止まるな!!進め、殺せ、続けぇ!!」

 

 自ら陣頭に立ち、進路を塞ぐ敵を百発百中の突きをもって敵陣を食い破る幸村の背を見た兵たちは、そこに英雄を見た。

 それはまさに万夫不当、天下無双の英雄。平家を討ち滅ぼした九朗判官義経かあるいは三国志において最強を謳われる呂布か。書物の中の存在でしかなかったものを生で見た彼らは、興奮を抑えきれなかった。

 あれこそが英雄。あれこそが真の武士。

 戦国の世に生まれた男児であれば誰もが一度は憧れ、目指そうとした理想の武将の姿がそこにある。目の前で今、確かにここで新たな英雄譚が拓かれているのだ。

 男たちにはその背中が輝いて見えていた。そして、彼らは英雄の通った跡に残る数多の首に目もくれず、ただその眩しい背中を追いかける。

 英雄譚の続きを特等席で眺められる特権と、その英雄譚に自らが出演するという名誉に酔った彼らは、取り残されることを恐れるかのように一心不乱に幸村の背を追いかけ続けた。

 

「フハハ……ハハハハハ!!」

 

 赤備えの軍勢の最前列。幸村の姿を最も近くで見ていたこの男も目の前の光景に興奮を抑えられずにいた。

 男の名は大谷吉治。

 関ケ原の戦いで活躍した大谷吉継の息子であり、同腹の姉が嫁いだ幸村は彼にとっては義理の兄にあたる。

 とはいえ、彼自身と幸村の付き合いは時々父を交えて酒を飲むくらいであったし、太閤秀吉が存命のころも職務上の接点はなかった。幸村の人柄については知る機会は親族付き合いの中でそれなりにあったものの、武将としての幸村を知る機会はほとんどなかったと言ってもいい。

 だからこそ、幸村が大坂城に入城してきた際もそれほど期待してはいなかった。

 幸村の父、真田昌幸はその智謀を太閤秀吉にも高く評価されていたし、何よりもあの徳川家康の軍勢を僅かな手勢をもって二度も退けたという武名があった。もしも、昌幸が大坂城に入城したならば、おそらく采配を預けられていただろう。

 しかし、既に昌幸はこの世にはいない。その息子といっても、実績において父昌幸に遠く及ばず武名においても後藤又兵衛や長曽我部盛親ほど轟いてはいなかった。関ケ原の戦いの直前におこった第二次上田合戦では大手柄をあげたという話を聞いていたが、それもあの昌幸の策があればこそのものだというのが吉治やその他の牢人の多くの考えだった。

 幸村に力を貸してほしいという姉からの手紙があったからこそその配下にはついたものの、正直なところ幸村の指揮の下で関ケ原で無念の死を遂げた父の仇を討つなどということができるとは吉治は考えてもいなかった。

 しかし、彼の予想はいい意味で裏切られる。

 前年の真田丸を巡る戦いでも義兄の戦いを最も近くで見続けてきた吉治は、おそらく最初にその戦いぶりに魅せられた一人だっただろう。

 守りにおいては自軍の数倍の軍勢を出丸一つで翻弄するだけではなく、時には逆撃をも加えて敵軍に大損害を強いた真田昌幸を思わせる名采配。

 攻めにおいては自ら陣頭に立ち、一介の武者としても並ぶことのなき武勇と、兵たちの心を惹きつけるその雄姿。

 まさに戦国の世における英傑。

 方向性は違うが、太閤秀吉の下で戦い続けた父も同じように主君の姿に憧れ、その背をおいかけてきたのだろうと吉治は思った。

 戦国の世を変える英雄に付き従い、日ノ本の歴史を動かす大戦を駆ける。まさに、男冥利に尽きるというもの。

「すばらしいぞ、義兄上!!まさに真田の軍略、武勇!!応仁の乱より一五〇年続いたこの戦国の世において、義兄上の軍略と武勇に並ぶ将は他におりますまい!!」

 吉治は興奮に身を任せ、敵を突き崩しながらも吠え続けた。

「者ども、続けぇ!!この六文銭にただ続くのじゃあ!!儂らの骨の捨て場所は、今、この時ぞ!!」

 吉治の熱意は、幸村の背に続く男たちの総意でもあった。男たちは雄たけびをもって吉治に応える。

 男たちは狂気と間違えるほどの興奮に身を浸し、戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 幸村が率いる赤備えの軍勢は越前松平の軍勢をまさしく鎧袖一触で蹴散らしていた。

 両軍の衝突直前に炸裂した埋火で混乱した松平勢は統制を欠いており、残された兵たちも逃げ場を求めて後方へと雪崩れ込んだためにその混乱はドミノ倒しのように徳川方の全軍に波及していた。

 幸村はちらりと後方へと目をやる。

 背後には幸村に付き従う未だに意気軒昂な軍勢。まだまだ余力を残しているように幸村の目には見えた。

 敵勢の中央を強行突破するのだから、かの関ケ原の合戦における島津の退き口のように自軍にある程度の犠牲を出すことは避けられないと幸村は考えていたが、毛利隊の活躍により松平勢どころか徳川方のほぼ全軍がこちらの想像以上に早く総崩れとなり軍としての体をなさなくなっていた。一方で、自軍の損害は現時点で一割にも満たないだろう。

 徳川勢の想定外のもろさの背景には初戦の埋火や人外の力を持つ幸村の奮戦による越前勢の大混乱もあったが、それよりも幸村の側面に布陣した毛利隊の奮戦も大きく影響していた。

 天王寺口の戦いの火蓋を切った毛利隊は、自陣の正面に展開していた本多忠朝隊と交戦。先年の冬の戦いでの汚名返上に燃える忠朝を見事な指揮で翻弄し、これを討ち取ることに成功。さらには隊の一部を本多隊の救援に動こうとしていた真田信吉隊に当て、これも一蹴。信吉は幸村の兄信之の子であったが、この戦いが初陣の若武者だった。経験、大将の武勇、麾下の兵の質のすべてにおいて信吉隊が毛利隊に敵うはずがなく、規律だった撤退することもできずに壊走した。

 ほとんど持ちこたえることができずに壊走したことにより、大将である信吉もどうにか逃げ通せたことが不幸中の幸いと言えよう。士気が壊滅して逃げ出す味方を鼓舞するために信吉が最前線にとどまっていたならば、間違いなくその首は胴体から離れていたに違いなかった。例え幸村の親族であろうとも、それを理由に勝永が目の前の敵をみすみす見逃すはずがない。

 さらに、勝ちの勢いにのった毛利隊は本多隊と真田隊の兵が雪崩れ込んで混乱した小笠原秀政の部隊に対して突撃を敢行。小笠原隊は混乱を治めて反撃せんと試みたものの自軍の混乱は既に手の付けようのない有様であった上に、側面から百戦錬磨の後藤基次率いる軍勢の襲撃を受けて混乱に拍車がかかった。正面から激突した毛利隊の勢いも凄まじく大将である小笠原秀政及びその子忠脩が相次いで討ち取られてしまう。

 真田隊の大将である真田信吉こそ逃したものの、勝永はこの戦いにおいて三つの部隊を相次いで撃破し、その内二つの隊は大将を討ち取るという大金星をあげている。

 毛利隊と後藤隊はその後榊原康勝・仙石忠政・諏訪忠恒に攻撃をしかけてこれらの諸隊も突破。さらにその後ろに控えていた酒井家次・相馬利胤・松平忠良ら五三〇〇余りの隊に攻撃を開始した。

 戦の経験も浅く、武名もない小大名の集まり程度で後藤隊と毛利隊を止められるはずがない。

 毛利・後藤隊に撃破された諸隊の兵士は逃げ場を求めて戦場をかき乱した。

 そして、その混乱は天王寺口全域にとどまらず、岡山口にまで拡大しつつある。

 既に壊走した諸隊を振り切った毛利・後藤隊は徳川家康本陣と激突している。

 これは幸村にとってうれしい誤算だった。

 史実において、勝永の獅子奮迅の活躍があってこそ真田信繁は徳川家康本陣への突撃を敢行できた。天王寺口の戦いの戦功だけで比べるのであれば、信繁よりも勝永の方が上だったと考えることもできるだろう。

「惜しいかな後世、真田を云いて、毛利を云わず……なるほど、そのとおりだ」

 史実であれば道明寺の合戦で散っていたはずの基次が加わったことで、毛利隊は史実以上に多くの大将首をあげており、徳川軍の被害や混乱もまた史実以上のものとなっていた。

 

――眩しいな。だが、だからこそだ。これで大将首を獲れば確実に私は信繁を超えられる。幸村として恥じぬ男になれるというもの。

 

 幸村は笑みを浮かべ、視線を遠くにやる。何か理由があったわけではない。強いて言うならば、光に誘われる蛾の走光性のような本能だろう。

 そして、松平隊という名の人の集まりの後ろに幸村はついに見つけた。

 陽光を反射し煌めく金扇の馬印。三方ヶ原の戦いのたった一度を除き、幾度となく倒れることなく立ち続けていた徳川家康の象徴を。

 あの馬印の下にいる。

 己の人生の終着点にして、忌々しい抑止力にこの身が縛られることとなった理由が。

 あそこにいけば確実に己の命は尽きるだろうことを幸村は理解していた。真田幸村が天王寺口の戦いで戦死するという事実が人類史に刻まれている以上、それは不可避なのだろう。

 しかし、抑止力に縛られ続けた己が唯一歴史を変えられる場所もそこにしかないのだ。例え人類史の流れを変えることができなくとも、信繁を超え、新たな歴史に幸村の名を刻み付ける機会は唯一、己の死も確定するこの時のみ。

 幸村は迷わなかった。

 馬の腹を蹴りつけ、馬を全力で駆けさせる。背後の軍勢も迷うことなく幸村の後に続く。

 眼前には逃げ場を求めて右往左往する僅かな敗走兵のみ。

 敗走兵たちは幸村の姿を目にすると助けを求めて家康の本陣へと全速力で逃げ出した。真田勢に立ち向かおうとしたものは片手で数えられるほどしかいない。そして、勇敢にも槍を構えて真田勢に突撃した僅かな兵士たちは先頭を突き進む幸村の一突きであっけなく戦死する。

 幸村は最後に残った健気な少年兵を額への一突きで兜ごと吹き飛ばすと、穂先についた血を払うように大きく槍を振る。

 血を吹き飛ばして輝きを取り戻した槍の穂先をその金扇に向け、幸村は吠えた。

 

目指すは家康の首!!ただひとつ!!

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