運命なき浮世に候へば、日ノ本一の兵に   作:後藤陸将

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五話を投稿した時点で日刊一位……ちょっと信じられませんでした。
多分、ゴルゴ以来の一位ですね。
皆さま、ありがとうございました。これからもしばらくFate臭/Zeroのただの戦国憑依転生物架空戦記が続くかもしれませんが、第四次聖杯戦争が始まるまで今しばらくお待ちください。
それまでの話も楽しんで読んでいただければ幸いです。


第6話 起こるはずのないことが起きてしまうのが戦国の世でございます

 大坂の大地を赤備えの武者達が疾走する。

 この日ノ本を制し、天下人となった男の首を追う真田幸村。そして、彼に置いて行かれてなるものかと全力で追走する男たち。

 しかし、この見通しのよい平野において敵の接近に直前まで気づかないということは決してありえない。赤備えの接近を察知した徳川家康の本陣は、それを迎撃せんと試みた。

 幸村たちの行く手を遮るように現れたのは、鉄砲を担いだ足軽たちだった。

 火縄に火をつけ、足軽たちは銃口を正面に向ける。足軽たちが数十丁の銃の切っ先を己に向けている光景を見た幸村は、躊躇うことなく馬の腹(アクセル)脹脛で締め上げた(踏み込んだ)

 主の意を汲んだ馬はさらに加速する。その直後鉄砲足軽たちは一斉に発砲し、幸村の眼前で無数の光が瞬いた。雷の如き轟音が響きわたり、それと同等の速度で鉛玉が風を裂きながら飛翔する。意思のない鉛玉は、何の感傷も打算もなくただ物理法則に従って目の前のものに襲い掛かった。

 己の背後から聞こえる苦悶の声や悲鳴。跨る愛馬も弾に貫かれたのか、悲痛な嘶きをあげる。しかし、幸村は振り返ることなく燃焼した黒色火薬が生み出した雷雲の如き黒煙を薙ぎ払い、その後ろにいた鉄砲足軽たちに槍を向ける。鉄砲足軽たちも第二射の準備にかかっていたが、それはあまりにも遅すぎた。

 風を切るような軽く鋭い音がする。幸村の連続突きにより、一瞬で五人の男が意識を永遠に手放した。

 幸村が討ったのは数十人いる鉄砲足軽の中の五人でしかない。しかし、それだけで十分だった。

 至近距離に化け物のような強い敵がいて、前方からは敵軍が迫っているのだ。幸村に銃口を向けたところで次弾を装填している間に殺される距離であり、さらに周囲には味方がいるため、命中率の低い火縄銃で闇雲に発砲しては同士討ちの可能性も高い。かといって前方の敵軍に銃口を向け続ければ発砲するまでに槍で頭を一突きだ。

 瞬殺された五人の惨状を見た鉄砲足軽たちは理解した。

 目の前の男に立ち向かえば死ぬ。

 敵軍に銃口を向けていても死ぬ。

 では、死なないためにはどうすればいいか。足軽たちは本能で解答を理解する。

 そして、足軽たちは十キロ近い重さのある火縄銃を幸村に向けて投げ捨てて一目散に後方の味方の下へと逃げ出した。

 確かにそれは、彼らが生き残るための最適解であった。しかし、敵前逃亡は最も生き残る確率が高い選択肢でしかない。彼らが逃げ込んだ先、徳川家康の本陣は彼らの背後から迫る幸村とその配下の軍勢の目的地なのだから。

 火縄銃を捨てた鉄砲足軽たちは味方をかき分けながらとにかく幸村から距離をとろうとするが、それは幸村たちに立ち向かおうとする味方の足並みを崩す行為に他ならなかった。

 徳川家康の本陣は既に毛利・後藤隊と交戦中である。正面の戦線は持ちこたえることがやっとの状況で、さらに側面から真田隊の襲撃。

 真田隊と最初に交戦した鉄砲足軽隊は武器を捨て、本陣の奥へと逃げ込もうとして側面の戦列を大きく乱す。

 その結果、徳川家康の本陣はどうなるか。答えは簡単である。先に隊としての体をなさなくなった諸隊と同じ醜態を晒したのだ。

 

「徳川の弱兵どもが!!無駄死にしたくなくば、道を開けろ!!時間の無駄だ!!」

 

 幸村の咆哮に怯え、逃げられるものはまだいい。震え、竦み、腰を抜かして立てなくなっている足軽はただ邪魔だというだけで槍で吹き飛ばされるか踏みつぶされるか蹴り飛ばされる。血飛沫が舞い、脳漿が地面に零れ落ちていく。

 真田隊はまさに疾風怒濤のごとき激しい攻撃を家康本陣に加えていた。

 家康本陣は二方向からの攻撃に対応できず、混乱から組織だった抵抗ができなくなっていた烏合の衆。彼らは進撃を阻もうとする敵対者ではなく、ただの障害物でしかなかった。

 これならば家康の眼前までたどり着ける。その場にいた真田隊のほとんどがここにきて勝利の確信を得ていただろう。

 しかし、幸村は妙な胸騒ぎを覚えていた。

 抑止力が彼に施した枷による恐怖とも、作戦の成否にかかる不安とも違う。どこからか狙われているような気配。何か、危険が迫っている!

 根拠があるわけではない。しかし、何故か蒸した鎧の下にある皮膚に鳥肌が現れ、額からは暑さ以外の何かによって冷や汗が噴き出ている。

 

 ――これはヤバい!!

 

 幸村は目の前の足軽の額にめり込んだ穂先を引き抜くと同時に手綱を引き、馬を制止する。

 茶臼山を駆け下り、越前松平勢へ突貫してから常に前進を止めなかった幸村の脚がここで初めて止まったのである。

 突如手綱を退いて馬を停止させた幸村に対して傍に仕えていた吉治が訝しむ。

 すると、幸村は突如鐙から脚を離して鞍から飛び降りた。

「義兄上!?」

大学助(吉治)、手綱を任せる!!」

 馬の手綱を吉治に任せて槍を両手に構えなおし、腰を僅かに沈めて警戒態勢を取った直後――幸村はその視界の隅に陽光を浴びて煌めく白刃の姿を見た。

 前方の空間を薙ぐように幸村は槍を振るう。白刃と穂先が激突し、火花が散った。

 そして、幸村は己に向けて振るわれた刃の正体を知る。

「まさか、このような場所で相対することとなろうとは……」

 幸村はその男を知っている。

 この第二の生においては縁がなかったのか直接会う機会はなかったが、その男の名は武芸を修めるものであれば大抵知っている程度には広まっていた。

 しかし、幸村は直接会ったことはなくとも、その男の風貌をかつての第一の生のころより知っている。

 何故なら、その男はスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』で実装された数少ない戦国時代の日本人の一人だったからである。

「剣術無双……柳生但馬守」

 名を呼ばれた男――柳生但馬守宗矩は刀を構えなおし、幸村と相対した。

「最近、その剣術無双という名をよく聞く。巷では某のことはそのように称されているそうだな」

 幸村はうっかり忘れていたのだが、柳生但馬守宗矩の剣術無双という異名は彼の死後、江戸幕府三代将軍徳川家光による追悼の際に広まった異名である。そのため、この時代はまだ彼は本来剣術無双と呼ばれてはいなかった。

 しかし、幸村が先年の戦いの後に宗矩のことを直接会ったこともないくせして剣術無双と称えたことから、大坂を中心にこの異名が全国に拡散していた。このころには江戸でも宗矩の異名として剣術無双が広がっていたほどである。

「あれがかの剣術無双……しかし、義兄上は歩みを止めてはなりませぬ。ここは某が!!」

 吉治は手綱を持たない右手に槍を構え、宗矩に穂先を向ける。しかし幸村は吉治を制止した。

「止めよ」

「しかし!!」

 反発する吉治。しかし、幸村は譲らなかった。

「剣術無双の異名は飾りではない。敢えて言おう。其方では三合と持たぬ」

 幸村に心酔している吉治は幸村が測った彼我の力量差を否定することができず、義兄の道を阻む敵を排除できないことを恥じながらも穂先を下ろした。

「そこを退いていただこうか。こちらも急いでいるのでな、其方を相手にしている余裕などない」

「某にも貴様を通せない理由がある」

 幸村は僅かに眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべていた。

 宗矩がこの場所にいることは、彼にとっては想定外のことだ。

 幸村は、己の武勇がこの時代では最強クラスであることを理解していたし、己を一対一の戦闘で止められるような猛者は徳川方には宗矩ぐらいしかいないと確信している。もしも、宗矩が自分の抑えとして当てられれば真田隊はそこで阻まれてしまい、彼の作戦がそこで頓挫する危険性も理解していた。

 ただ、幸村は宗矩が家康の本陣の守りに入ることはないだろうと考えていた。

 宗矩が天王寺の戦いに参戦していたことは史実である。宗矩は、そこで迫る豊臣方の兵を圧倒的な力量差を持って切り捨てたと伝わっている。しかし、史実において宗矩は二代将軍秀忠の護衛であり、家康の本陣には存在していない。

 秀忠の陣には大野治房らが攻め込む手はずになっており、彼の指揮下の軍勢も史実における紀州方面での消耗がなかったため史実以上の戦力を有している。史実でも秀忠の陣は大野治房隊に攻め込まれて秀忠の眼前で混戦が起こるほどの大混乱に陥っていることもあり、秀忠の陣から家康の本陣に宗矩が増援として派遣される可能性はまずないと幸村は判断していたのだ。

 また、この戦いは三日で終わると豪語する家康が自身の護衛を増やすために秀忠の護衛から宗矩を引っこ抜くとは幸村も考えていなかった。

「邪魔だと言っているのだ。退け!」

「ここで貴様を通してよい理由が某にはない。それに、今更問答など不要、無駄であろう。それがわからぬ貴様ではあるまい」

 宗矩の姿がブレる。

 幸村は咄嗟に槍を突き出した。穂先に火花が奔ると同時に宗矩の脚が僅かに浮き、そのまま後方に押し出される力に従って大きく後退する。

 鬼種の血を引き、動体視力は常人のそれを遥かに上回る幸村の眼をして完全には捉えきれなかった神速の抜刀術。一切の無駄を削ぎ落した斬撃は、認識すると同時に眼前に迫っていた。幸村は反射的に槍を全力で突き出し、膂力の差にものをいわせて宗矩を突き飛ばした。

 槍と刀。間合いでは当然のことながら槍に軍配が上がる。では、両者が激突した時に有利なのは槍か、と問われればその答えは必ずしも是とはならない。

 槍の間合いで戦い続けられれば、剣先が届かない剣の不利である。しかし、剣がさらに距離を詰め、その間合いに相手を入れたのであれば話は別である。剣の間合いで戦う時、槍の穂先は剣に届かない。槍は柄を持って刃と戦わなければならないのだ。

 両者の距離が詰まっている時、槍の動きは必要最小限度の動きをしたとしてもどうしても剣の動きよりもロスが大きい。故に、槍を持って剣士と戦う時に最も重要なことは、如何に敵を近づかせないかということに尽きる。

 幸村も、当然のことながらこのことを理解していた。幼いころから体格に恵まれていたこともあり、幸村は父の方針で剣術や槍術を幼少期から厳しく叩きこまれた。常人以上の体力と集中力をもって長時間の鍛錬を続けていた幸村の技量は、齢五〇にして豊臣方に属するものの中でも五本の指に入るものにまで向上していた。

 しかし、宗矩の技量はその幸村の上をゆく。宗矩の技は合理の極み。全ての技が最短の時間、最小の動きで繰り出される。同じ技を繰り出したとしても幸村と宗矩の間では差が明確につくだろう。

 技量で上をいく剣士に、刀の間合いに入られては敗北は必至。それを理解していた幸村は、宗矩を遥かに上回る膂力をもって技量の差に対抗する。

 幸村は穂先と刃がぶつかるたびに、強引に押し出すことで間合いを保つ。

 それでも、幸村の心には焦りが積もる。

 まだ六、七合ほど合わせただけであるが、幸村は確信していた。宗矩を討ち取るには、全身全霊で臨む他ない。それでも勝てるかどうかは五分五分であり、勝てたとしても家康の本陣まで吶喊するだけの体力や時間が残っているとは思えない。

 しかし、真田隊には幸村以外に宗矩を止められる戦力はいない。仮に時間稼ぎができたとしても、幸村以外が全滅しては意味がない。

 一方で、宗矩もまたこの手合わせで一つの確信を得ていた。

 

 ――上様に無理を言って大御所様を助太刀するために参じたが、某の判断は間違いではなかった。この男の刃は、大御所様に届きうる。

 

 宗矩は、先年の真田丸での戦いをその目で見ていた。そこで真田左衛門佐幸村という男を見た宗矩は、最大級の警戒を抱いた。豊臣の中で最も危険なのは武名が轟く槍の又兵衛でも、太閤殿下の血を引く前右府(秀頼)様でも、その懐刀として活躍する大野修理大夫(治長)でもなく、この男であると。

 その男が陣を敷く茶臼山に対する形で今朝着陣したのは、越前松平勢。先年の戦いでの越前松平勢の醜態も見ていた宗矩は、真田隊が越前松平勢を突破する景色を幻視した。そして、越前松平勢が突破された時に戦線が崩壊し、家康本陣まで攻め込まれるという考えに至った。

 当初はその考えを秀忠に聞かせるも、これだけの数の差があって負けることなどありえないと一笑に付されてしまう。しかし、毛利隊と本多隊による衝突の後に宗矩が幻視していた光景は現実のものとなる。

 崩壊する越前松平隊を見た宗矩は再度秀忠に家康本陣へ助太刀に行く旨を申し出る。流石に一笑に付したはずの可能性が現実のものとなってなお己の過ちを認めないほどに秀忠は狭量ではない。己の誤りを認めた上で、宗矩に家康本陣への助太刀を命じた。宗矩は秀忠が軍師として招き入れていた立花宗茂に後を託し、家康本陣の救援に向かったのである。

 現状では、幸村と宗矩の技量差は体力差で埋められているため、彼我の力量に大きな差はない。しかし、それでもなお現状は時間を気にする必要のない宗矩が優位。

 幸村の心がイチかバチかの短期決戦に傾いていたその時だった。

 

 

 

 宗矩は視界の隅に映った斬撃に反応し、半歩退いた。さらに、背後から感じる殺気に応じて振り向きざまに刀を振るう。

 二つの刃が交錯し、互いに弾かれるように離れる。

 そして、宗矩を挟みこむ形で二人の武者が刀を構えた。

「左衛門佐ェ、何を道草を食っている。お前、暇なのか?」

「家康の首に加えて、剣術無双の首も持っていくなどいささか欲張りすぎです、真田左衛門佐殿」

 不敵に笑う二人の武者。宗矩の正面には幸村と並び豊臣五人衆に数えられ、先年の活躍から天下に知勇兼備の武将としてその名が轟く毛利豊前守勝永。その反対側には、秀頼の側近であり先年の戦いで初陣ながらに見事な戦果を挙げた若武者、木村長門守重成。

 助太刀に現れた二人の笑みにつられ、険しさが浮かんでいた幸村の顔にも笑みが戻る。

豊前守(毛利勝永)殿……それに長門守(木村重成)殿。忝い」

「隊の指揮は後藤殿に任せてあるから問題ない。お前は家康の首だけを目指せ。代わりにこいつの首はもらってくぞ」

「名高き剣術無双の首。前右府(秀頼)様もさぞお喜びになるでしょう。ここは拙者と豊前守(毛利勝永)様で引き受けます」

 頼む、と一言残して幸村は宗矩に背を向けた。吉治に預けていた手綱を返され再度愛馬に跨った幸村は、勝永と重成の戦いを妨げるものを排除するために一〇〇人ほど兵を割くと、残りの兵を率いて再度家康の首めがけて吶喊した。

 それを見届け、勝永は口角を僅かに釣り上げながら口を開く。

「悪いな、剣術無双。俺たちが貴様の相手だ」

「その意気や良し。二人がかりならば、その刃もこの身に届くやもしれん」

 宗矩の眼には、一騎討ちを邪魔された恨みも二人がかりで挑んでくる相手への怒りもない。

 眼前の敵を斬るという意思と、敵を斬るまでの計算だけがそこにあった。

 勝永と重成にも、二人がかりで挑むことへの後ろめたさはない。

 敵は剣術無双。二人がかりとて勝てるかどうか。ただ、この男を幸村のもとへ向かわせてはいけないという確信と決意を胸に二人は構えた。

 合図も目配せもない。

 勝永と重成は同時に地を蹴り、宗矩に対して前後から斬りかかった。




昨日、ゴジラ見てきましたがとてもよかったですね。人間ドラマ以外は。
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