人類の理解の範疇を超え、そこでは戦いが起きていた。
人の姿をしたモノ同士の争いはどれほどの時間が経過しているのか、当人達も事細かには記憶していなかった。あるのはただ、明確な敵意と殺意。目の前の敵を眼前より排除することだけが最優先事項、それ以外は全て二の次だ。
かくして──人の姿をしていながら人ではないモノ同士の戦いは、片方に軍配が上がる。とはいえ不覚を取ったわけではなく、致命傷を与えたわけでもない。それは時間稼ぎに等しい行動だったが、しかし。この上ないほど有効的な一撃だった。
その日、僅かに世界が
血のように赤い瞳が睨みつけていた。明確な敵意と殺意を込めて。
無貌の漆黒を一瞥すると、人の姿をした怪物が青い星へ向けて駆け下りていく。
銀の翼を広げて、黒い刃を携えて、たった独りで戦い続けていた。
いつ終わるとも分からない戦いに巻き込まれる無垢な人々を放り出しておくわけにもいかず、余計な傷を増やすと知っていながら、見過ごせるはずがない。
それは、大嫌いな後味の悪さが尾を引くからだ。
独り、その場に残された無貌の漆黒が自らの身体に手を当てる。致命傷だった。だが、それは時間が解決してくれる程度の傷だった。生まれた時から人ではない者同士の戦いは決してそれのみでは決まらない。
命を奪うに足る、何かが必要となる。まだ足りない。
まだ──お互いを殺し尽くすには、何かが足りていない。
(……嗚呼、憎い。あの男を殺す術を持たないこの身体が)
敵を知ろう。傷を癒やす時間も必要だ。これまでの戦いで消耗し過ぎた。時間稼ぎをしなければならないが、それも生半可な相手では駄目だ。
小細工を弄するのは好まないが、背に腹は代えられない。
無貌の漆黒は自らの胸部に手を突き入れる。激痛に吐血しながらも自らの心臓をえぐり出すと、青い星へ向かって一目散に駆けつける背中へ放り投げた。
そこが境界線。ズレた世界線の水平線にして地平線。次元の狭間に隔離した自らの心臓を一瞥して鼻で笑うと静かに瞼を閉じる。
夢も希望も未来も明日も残さない。絶望だけを残して、無貌の漆黒は眠りに落ちた。
──現代におけるオカルト系の話題というのは尽きないもので。どれだけ技術が発展しても過去の文献や歴史の中に息づいていた確かなソレを追求する異様な熱量を持つ人々は確かにいる。凡人には理解されない領域の知識の集大成を公に口にすれば大抵の場合は奇人変人扱いだ。年齢によってはまた別に「厨二病」などと称される場合があるが、それはそれとして。
現代日本。あるいは世界各地で密かにそういったブームが再来した。未確認生物、未確認飛行物体、また或いはそれ以外。珍事件や怪事件。やらせやガセなどとして世間に忘れ去られた笑い話は現代オカルト総集編、などと見出しと共に散見された。
例えば、そう──ツチノコ。ビール缶を飲み込んだ蛇や、様々な諸説がある。
例えば、そう──都市伝説。口裂け女やてけてけなど。
例えば、そう──UFO。宇宙人。ミステリーサークル。いずれも合成画像や人の手で作られたものである、と。
しかし、何故またそんなことが起きているのか。ミステリーブームに火が点いたのは、とある目撃情報が世界各地で相次いでいるからだ。それは下火となって燻っていたオカルトを再燃させるには十分すぎるほどのビッグニュースだった。──その界隈にとっては、だが。
テレビ局に寄せられたビデオ映像は鮮明なものだった。しかし、撮影者の手ブレや環境音などで詳細な情報は分からない。
アメリカのとある場所で起きた怪事件。夜空を舞う巨大なコウモリの影に、町の人々が好奇心からスマホを向けている姿が見られる。だが次の瞬間、ビルの屋上から人影が飛び出していた。その体格差は明らかで、巨大コウモリは三メートルは優に越えている。だが、けたたましい絶叫に映像が乱れた。
翼をもがれ、きりもみ落下する巨大コウモリが空中で霧散する。それこそ霧のように夜の闇へ消えていた。地面に落下した人影も手にしている得物を収めると姿を消している。
そんな未確認生物が、世界各地で目撃されていた。オカルトの専門家達が集まってなにか言い合っているが、どれもとりとめのない内容だ。
映像を止めて、辛うじて映った姿を拡大してもボヤケている。
ただ、ひたすらに黒かった。髪も、服も。一瞬だが映っていた瞳が血のように赤く輝いている。そのことから、巷では“ブラックヒューマノイド”通称『ブラッド』として広まっていた。
その目撃情報が広まったのも、つい三ヶ月ほど前からだ。
「…………」
現代復活、ミステリー特集! ──という特番に、クッションを抱きながら氷川日菜はテレビを食い入るように見つめていた。興味がある、といえばそうかもしれないし、そうでもないのかもしれない。だが、なんとなく気になった。琴線に触れそうな気がして、こうして眺めている。
結果はというと、どちらとも言えないまま。“るんっ”と来そうで来ない。
ソファーの背もたれに体重を預けて天井を仰ぐ。
結局全部が全部、海外での撮影情報。日本では一件も映像の提供はない。だが、確かに最近はそういった話題が増えた気がする。しかし、どれも氷川日菜の興味を惹くようなものではなかった。
どれもこれもが過去の焼き増し情報ばかり、盛り上がっているテレビの映像とは裏腹に氷川日菜の興味は失われている。
もっと真新しいものが欲しい。大抵のことはできてしまう。自分でも届かない何かがあってほしいと思ってしまう。
クッションを掲げてじっと見つめる氷川日菜の様子を遠巻きに眺めていた氷川紗夜は、テレビの内容に少しだけ耳を傾けていた。
『いやー、一体何者なんでしょうね。世界中で起きている事件で目撃されるこの人影は』
『案外身近にいるかもしれませんよ?』
『まさか。アメリカからチベット、インドネシアにネパールと、三日でここまでの目撃情報が寄せられると複数いると考えるのが当然じゃないですか』
『そのうち日本でも都市伝説と戦う姿が見られるんじゃないですか?』
根拠のない話にコメンテーター達が笑い合っている。
馬鹿馬鹿しい、と氷川紗夜は濡れた髪を拭きながら肩をすかした。そんなオカルトが現代で起きるはずがない。
ふと、目が合ってしまった。ソファーの背もたれに背中を預けたまま、逆さまになった日菜から視線を逸らす。しかし既に遅かった。
「あ、おねーちゃん。テレビ観る?」
「遠慮しておくわ。貴方も遅くならないうちに寝なさい、明日も早いんでしょう?」
「うん、そうするー」
既に興味を失っていたテレビを消すと、リモコンとクッションを置いて日菜はソファーから立ち上がる。身体を伸ばして、一足先に自分の部屋に向かう紗夜の背中を追いかけた。
「おねーちゃん」
「なに?」
「おやすみっ」
「……おやすみなさい」
まだ、少しだけぎこちない会話を挟んで部屋の扉を開ける。
自室の部屋に入ると、日菜は浮つく気持ちのまま目蓋を閉じた。
こんなにも近いのに、届かない人がいる。それが少しだけ日菜には嬉しかった。テレビ越しに眺める他人事のような絵空事のおとぎ話のミステリーなんかじゃ物足りない。
──夜空を駆ける流星が二つ。軌道を自在に変えながら飛んでいた、否。“跳んでいた”。跳ねるように駆け回りながら。
対照的な銀の髪を振り乱して、強風を物ともせず、空気の層の薄さも意に介さず空を駆ける怪異が二人。満面の笑みを貼りつけながら、何処からともなく飛来した。
誰にも観測されることなく、誰にも気づかれることなく、人類の想像を絶した手段と方法でその二人……
銀の右脚。銀の左脚。しっかりとお互いの手を繋いで大気圏に突入した。
「~~♪」
鼻歌を歌いながら、尽きぬ好奇心と興味を全人類に向ける。
極東の島国に着地したのは、そこが彼女達にとって最も都合が良かったからだ。
──凶星の双子はお互いの手を繋ぎ直して夜の街に向けて歩き出していた。