──ライブハウス『Circle』は地域のガールズバンドを応援したい、というオーナーの意向によって設立されたもの、らしい。エヌラスはその話を道すがら適当に聞いていた。
そして案内されたライブハウスの扉を勢いよく開けて、ハロハピが入店する。すでにポピパのメンバーは揃っていたようだ。店舗スタッフと何か盛り上がっている。
「あら、こころちゃん達じゃない。中々来なかったから心配していたんだけど……誰、その人?」
「こんにちは、まりなさん。え~っと、この人は何ていうか、こころの被害者と言いますか……」
「年頃の女子高生に追いかけ回された挙げ句状況もわからないまま拉致られました。どうも、帰っていいですか」
「……えーと、とりあえず自己紹介するわね? 私は月島まりな、ライブハウス『Circle』のスタッフをしています。あなたは?」
「オカルトハンターのエヌラスです」
「…………オカルトハンター?」
「自称です」
「ねぇ、この人本当に大丈夫な人?」
「あたしに聞かれてもちょっと不安です……」
まりなが比較的常識人の美咲に確認してみるが、出会ってからまだ数分しか経っていない。それどころか巻き込まれた側なのでまったく見知らぬ男性を連行してきた、という奇妙な状況に美咲自身もできるだけ声を掛けるのを控えていた。しかし、花音は“あの”こころが目を掛けた人物なのだからきっと大丈夫だろう、という根拠のない確信のようなものを抱く。
「名前からして日本人、じゃないですよね。どちらから」
「……えー、とても遠い場所から」
「お若いようですが年齢は?」
「…………いくつに見えます?」
「そうですね、二十代前半ですね」
「じゃあそれくらいということで」
「ふざけてます?」
「すいません、その。込み入った事情がありまして……決してふざけているわけではないんです」
「ふむ……とにかく、エヌラスさんは訳あって身元を明かせない、と?」
「そういうことです……」
「……ねぇ、この人本当に大丈夫な人?」
まりなが再度、ハロハピに尋ねる。事と次第によっては警察に通報しようかと考えていたが、こころはそうではないらしい。
「なんてミステリアスなのかしら! これは存在そのものがミステリーね! それにオカルトハンターなんてお仕事聞いたことないわ! どんなことをするの?」
「えー、あー……この世の不思議な出来事を真正面からぶった切る……?」
「ちょっと、エヌラスさん。そんな適当なことをこころに言ったら……」
時すでに遅し。こころの好奇心には火が点いている。
「ねぇ聞いた、はぐみ、薫! 不思議な出来事が起きたらズバッと解決してくれるみたい! これなら都市伝説も実在するかもしれないわ!」
「うん! ツチノコ捜索探検隊は結成できなかったけど、オカルトハンターさんがいるならきっといるはずだよね!」
「……ツチノコ、ってなんだ」
「えーと、あんまり真に受けなくてもいいんですけど……こんな感じで、まるっとした蛇なんですけれど……」
美咲がスマホで画像検索して、エヌラスに見せる。それを見て「あー……うん」と、何か心当たりを思わせる態度をしていた。
「見覚えあるんですか?」
「……割と美味かった」
「……………………」
「その、まぁなんだ……日本に来た時に山奥でたまたま出てきたもんだから……腹減ってたし、とっ捕まえて焼いて食った記憶がある……」
「冗談ですよね?」
「これ、そんな珍しい食材なのか?」
「いや食材ですらないんですけど!?」
ちなみに味の感想としてはちょっと脂にクセはあるものの歯ごたえがある肉質、とのこと。いやそんな感想述べられても。その会話に興味が惹かれたのか、ポピパのメンバーも近づいてきた。
「あ、やっぱりお昼に学校に来た人だ!」
「うん、割と通報されそうな人相だから間違いないね」
「おたえ、初対面の人に割と失礼だからね、それ」
「? 初対面じゃないよ?」
「え、うそ。いつ会ったの?」
「今日のお昼。顔見たから初対面じゃない」
「とんち利かせなくていいから」
「わたしは格好いいと思います」
「この国の学生はよってたかって大人をいじめる習慣でもあるのか……?」
「はいはいはい、みんなちょっと落ち着いてねー」
まりなが手を叩き、場の空気を統率する。状況をまとめると。
「──つまり、その、オカルトハンターのエヌラスさんをひと目見た時から気になって、ハロハピのみんなは『Circle』まで連れてきた、ということね」
「ええ、そうよ! だってなんだか面白そうだったもの。それに、紗夜と燐子と親しげに話してたから悪い人じゃないわ」
「『Roselia』の二人とも……? あなた一体何者なんですか?」
「オカルトハンターです」
「やけくそ気味に答えないでください、真面目に」
「オカルトハンターです!」
「そんな真面目な顔で言わないでください、警察呼びますよ」
「アイドントスピークイングリッシュ!」
「バリバリの日本語で英会話しようとしないでください。あとジャパニーズです」
「魔術師だって言って信じてくれますか!?」
「手品師の方ならそう言ってください」
「キェェェェェアァァァァ!!」
エヌラスはなんかもう、限界だった。自分の置かれた現在の状況に色々と切羽詰まっていた。あまりに普通が過ぎる生活に馴染めない。テーブルを叩いて、深呼吸を繰り返す。思考をクールダウンさせると、エヌラスはどうすればこの状況を打開できるか全力で考えた。
「頭痛くなってきた……」
「……とりあえず、お水飲みますか?」
「お願いします……ていうか今日なにも食ってねぇこと思い出した……」
「あたし、パン持ってますけど食べますか?」
「はぐみもコロッケ持ってるよ。はい!」
沙綾とはぐみの二人がカバンからパンとコロッケを取り出し、エヌラスへと差し出す。しばらくそれを見つめて、二人の顔を見比べてから受け取る。
「なんかそこの二人が女神に見えてきた……あ、美味い……」
「あたしは山吹沙綾。うち、パン屋なんです」
「はぐみのお家は精肉店なんだ、コロッケが世界一美味しいんだから!」
「……なんか、野良犬に餌付けしてるみたい」
「ちょっとおたえ、思っても言わないの」
「思ってんのかい!」
「すごい、有咲顔負けのツッコミだ」
「別にアタシはツッコミ担当じゃねぇ!」
他のメンバーより、少しだけ距離の遠い有咲がすかさずたえの言葉を訂正するが、説得力はなかった。まりなもこの見た目不審者、危険人物同然の相手をどうするか考える。しかしながら、別に悪い人ではなさそうだ。身元確認できるものを一切所有していない外国人?のようだが、何か事情があるのだろう。
「うーん。確かにうちも人手が欲しいところなのよね」
「そうなんですか?」
「ほら、『Circle』をみんながよく利用してくれているでしょ? その評判を聞いて足を運んでくれるようになった子達が多くなって。イベントをやる機会も増えたから今の人数じゃ厳しい時もあるの。他のライブハウスとの合同イベントとかは特に。ちょっとオーナーに相談してきますね」
困った時は上司に相談。幸いなことに『Circle』のオーナーは何かと人がいい。きっと打開策を提案してくれるはずだ。
まりなが席を外すと、エヌラスはコップの水を飲み干す。
「ごちそうさま、助かった」
「エヌラスさんって、面白い人ですね! 私、戸山香澄です! 『Poppin Party』のギターでボーカルやってます!」
「さっきの一連のやり取り聞いてただろうから俺の自己紹介は省略」
「はい! オカルトハンターで魔術師なんですよね!」
「傍から聞いたら胡散臭さ全開な肩書だな……ですね」
「別に敬語じゃなくていいぞツッコミ担当ツインテ」
「だからアタシはツッコミ担当じゃ……なくて、あーもう。私は市ヶ谷有咲、キーボード担当」
「自己紹介していく流れ? じゃあ、私は花園たえ。ギターやってます」
「わ、私は牛込りみです。ベース担当です」
「あたしはさっきしたけど、念の為。山吹沙綾、ドラム担当です」
「あら。それならハロハピも自己紹介しないと! わたしは弦巻こころ! ボーカル?をやってるわ!」
「私は瀬田薫。ギターを奏でているよ」
「はぐみは北沢はぐみだよ、ベースをやっているんだー!」
「わ、私は松原花音です。ドラム、やってます……」
「そういえばミッシェルがいないじゃない。困ったわね、これじゃ練習ができないわ」
「え~、と。あたしは奥沢美咲です。こころの言ってるミッシェルはハロハピのDJです」
一通り自己紹介を終えてから、オーナーと相談した結果を伝えに戻ってきたまりながエヌラスに尋ねる。
確かに人手不足は否めない。だが、そこまでの怪しい人物をただ雇うにしてもリスクだけを抱え込むのだけは遠慮したいとのこと。なので、交換条件として提示されたものはライブハウススタッフとして相応しい何かがあるかどうか。
「おほん。エヌラスさん、オーナーと相談した結果ですが」
「はい」
「何か楽器、弾けますか。或いはそういった経験があります? 一応ライブハウススタッフとして臨時雇用する手前、そういった経験者であれば助かるそうです。無かったら、残念ですが……」
「楽器……楽器なぁ……」
顎に手を当てて、エヌラスが考え込む素振りを見せる。
「ギターとベースとドラムなら、多少は」
「…………今なんて言いました?」
「ギター。ベース。ドラムの三種類。ボーカルは……あんまり」
「ちょっと弾いてもらえませんか。今ならスタジオ空いてますし」
「私達もエヌラスさんのギターとか聴いてみたいです!」
「おい香澄、お前そんないきなり」
「別に構いはしないが……変に期待するなよ? 俺だって楽器触るのすげぇ久々なんだから。それに弾いてみてくれ、なんて言われてもなにを弾いたらいいのやら……」
「知ってる曲とかで結構ですよ」
「……まぁ、期待はずれだとは思うが」
──スタジオに案内されたエヌラスは、レンタルの機材で演奏してみせた。
昔、アイドルグループのサポーターをやっていた時に教えてもらった弾き方で。意外にも身体は覚えているものだ。
彼女達は、どんな風に弾いてただろうか。三人で、ステージの上に立って。
歌は苦手だ。歌うのは、とても苦手だ。声を張り上げれば張り上げるほど、自分の中で抱え込んだものを吐き出してしまいそうになる。だから、できるだけ抑えて歌った。その代わりに演奏する手がつい力んでしまう。
ギター、ベース、ドラムと一通り演奏して聴かせてから、エヌラスはあることに気がついた。
演奏を聴いていた一同が固まっている。
「……あー。まぁ、これぐらいしか出来ないわけですが」
「ちょっと音を外したりもしてましたが、十分過ぎますよ」
「私達より全然上手いじゃないですか! それに、さっきの歌。すっごく感動しました!」
「昔気に入ってたバンドの歌だよ、俺のじゃない」
「そうなんですね。でもエヌラスさんの歌声、凄かったです」
「歌唱力、化物みたいでしたけど」
「人のことボーカルおばけみたいに言うんじゃないよ、たえちゃん」
ふと、エヌラスがマイクを切ろうと手を伸ばすがスイッチが動かない。切り替えてから声を出してみると、スタジオのスピーカーから拡声された声が響いた。スイッチオフ。
「……マイク入ってなかったわ」
「あなた化物ですか?」
「まりなさん、真顔で言わないで。ちょっと俺も凹むんで……」
「どうやったらそんな肺活量が出るんですか。それも手品か何かですか?」
「自前の体力です」
「ご冗談がお好きでいらっしゃいますか? 手品師の方にそこまでの体力があるとはちょっと考えがたいんですけれど」
「う~ん、大人の世界って厳しい」
どう説明してもまりなは納得してくれそうにない。百聞は一見にしかず、エヌラスは演奏するために羽織っていたコートは脱いでいたが、その下の無地の黒シャツも捲ってみせた。年頃の女子高生達もいるから多少刺激が強いかもしれないが、見せた方が早い。
腕の傷跡を見て感づいたのもいたのだろう。だが、身体中の傷も見せた方が察しがつく。尋常ではない怪我の数にまりなが居心地が悪そうにしていた。
「俺もこんな風になるまで修行してたので、納得してくれないと困るわけでして」
「わかりました……」
(まぁ実際、修行の傷跡なんてひとつも残ってないわけだが……)
顔を赤くしてそっぽを向いているのが何名か。興味津々なのが半分くらい。しかし、それとは別に一応、それっぽい事はしておくべきかと考えたエヌラスは手を叩いた。
「はいちゅうもーく」
『?』
「簡単な手品だ」
種も仕掛けもあるし、それは人類の理解に及ばない範疇の論理だが。
両手を叩く。右手で拳を作り、そちらに視線を誘導させる。左手で鳴らしながら、右手の人差指の先端に“着火”する。一本、二本、三本と指を鳴らしながら火種を増やし、五指を広げて炎を浮かべると拳で握り潰す。
掌を広げて、そこに何も無いことを証明する。
「とまぁ、こんな感じ。あんま見せるもんじゃないけどな」
その“手品”に、こころは特に感激したのかキラキラした笑顔で近づいてくるとエヌラスの手を取った。
「すごいわ! 本当に魔術師みたいなことをするのね、オカルトハンターって! そうだわ、エヌラスもハロハピのパフォーマーになればいいのよ! そうしたらもっと笑顔を届けることができるじゃない!」
「お前らの中に俺一人混ざるだけで絵面が不穏だから絶対に嫌だ」
「それくらい気にしちゃダメよ! 笑顔を世界中に届けるのがハロー、ハッピーワールド!のバンド活動なんだから、音楽だけじゃなくてパフォーマンスでも皆を楽しませなきゃ!」
「こころ」
「? なにかしら?」
「断る」
それは、明確な拒絶の意思。
誰かに笑顔を届ける事など、自分には絶対に出来ない。それこそ冗談ではない──。
明らかに不機嫌になるエヌラスに、しかしこころは一切臆さなかった。
「そう? でも気が変わったら言ってちょうだい! いつでも歓迎するわよ!」
「死ぬ間際にでも気が変わったら言うことにする」
「その時はゴーストパフォーマーね! きっと幽霊も笑顔になるわよ!」
「……お前は無敵か?」
どうやら自分の勘は間違っていなかったようだ。
弦巻こころこそは、“天敵”そのものであると。
せっかくだから自分達の演奏も聴いてほしい。という香澄とこころの提案は、気を紛らわせたかったエヌラスにとって助かった。
きっと悪意も何もなかったこころの提案は、どうしても受け入れることはできない。例えどう頼まれても、それこそ天地がひっくり返っても承諾することはできなかった。
誰かを笑顔にする魔法なんて、教えてもらったことはない。使ったことも、一度さえなかった。
そして今は、“そんなこと”すら自分にはやる資格はないのだとエヌラスは思っていた。