【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百幕 みんなでお見舞い

 

 ――花咲川女子学園、春季文化祭の開催が目前にまで迫る中。いつも通りの時間が流れる。

 朝、いつも通りに学校へ登校する戸山香澄はぼんやりとしていた。

 今年度も昨年に引き続き文化祭実行委員会として活動しているが、ここ数日は身が入らなかった……というのも、エヌラスが気になってのことだ。

 

(こころちゃんのお家で眠ったままって話だけど、やっぱり病院に連れて行ってあげた方が良かったんじゃないかなぁ。エヌラスさん、本当に大丈夫かな。すっごい怪我してたし、声も出ないくらい血だらけで……)

 ――それがどういった理由であれ。声が出せないという辛さを香澄は知っている。

 連絡先もわからない。

 

「はぁ~……」

「戸山さん」

「はひぃ!?」

「……急にそんな大声出さないでください。驚くじゃないですか」

「お、おはようございます紗夜先輩!」

「はい、おはようございます。珍しいですね、落ち込んでいた様子ですが」

「いやぁ~……ちょっと、考え事をしてて」

「そうですか。ところであの人について、なにか知りませんか?」

「あの人?」

「……霊能学の非常勤講師、エヌラスさんについてです。ここ数日、姿が見えないようですが? 確かポピパとハロハピの皆さんと合同合宿という形で海外に引率者として同行してましたよね」

 改めて事実確認を行うような紗夜の言葉に、香澄は頷くことしかできなかった。

 

「あれから二日ほど音信不通みたいですが。『CiRCLE』のアルバイトも休んでいるようですし、なにか聞いていませんか」

「え、え~と。あはははは……」

「…………」

 誤魔化すように笑う香澄をジッと見つめる。すれ違う生徒達に気を配りながら、紗夜は短く咳払いを挟んだ。

 

「なにか。人には言えないような出来事にでも巻き込まれましたか?」

「えっ、なんでわかるんですか! 紗夜先輩すごい!」

「戸山さん?」

「…………あ」

 こんな見え見えの子供だましもいいところの落とし穴、簡単に墓穴を掘りすぎだが本当に大丈夫だろうか。そんな心配をしながらも、ため息をつく。

 

「安心してください。そういった事情は私も知っています」

「そ、そうだったんですね……」

「あの人のことですから、どうせ大怪我でもしたんでしょう?」

「大怪我……」

 

 ――思い出すのは、血まみれの姿。怪異を相手に命懸けで戦って、自分達を日本まで無事に帰国させてくれた。

 

「無理に思い出さなくてもいいですよ」

「紗夜先輩も見たんですか? その、エヌラスさんの怪我するところ……」

「そうですね。日菜がオカルト事件に巻き込まれた時から知ってましたよ」

 普通は死んでなきゃおかしいのだが……。

 

「詳しい話はお昼休みにでも。空けておいてもらえますか?」

「は、はい!」

 

 

 

 ――紗夜からの呼び出しでポピパとハロハピが集まったのだが、そこには彩と千聖、イヴのパスパレの三人もいた。

 予想以上に人数が多いからか、紗夜と一緒に来た燐子が縮こまっている。

 

「……馴染みある顔しかいませんね」

「そ、そうですね……」

 ひとまず、みんなで仲良くランチタイム。おかずの交換や、クラスごとの催し物の進捗状況報告など。

 一通りの話を終えてから、紗夜が本題に入る。

 

「――では、ポピパとハロハピの皆さんに単刀直入に尋ねますが」

(うわ、来た……なんて言えばいいんだよあんなの……)

 げんなりとした顔の有咲が助けを求めるように燐子に視線を向けるが、当事者ではないだけに困惑しているのはお互い様の模様。

 

「エヌラスならあたしの家で眠ってるわよ?」

 そしてそれを先回りするかのように、こころがあっけらかんとした調子で言い放つ。紗夜がなにかを言い掛けていたが、開いた口が塞がらない。相手が相手だけになんとも言えなくなっている。

 

「……その、それはどういう経緯で?」

「え~とですね、それは私から」

 美咲が事情を説明する。

 海外への小旅行。海の化物の軍勢に襲われたこと。それを全部エヌラスが倒したこと。結果、瀕死の重傷を負って弦巻家が保護したことまで、簡潔に述べる。

 その話を聞いていた彩達も驚いていたが、一番驚いているのは自分達のほうだ。またこうして学園に何事もなく登校できるとは思ってもみなかったのだから。

 海外では大事になっているようだが、ここは日本。そんなお外の事情など知ったことではない。

 

「SNSでも結構噂になってるみたい。気象兵器だとか、未曾有の大災害とか……」

「それ全部、エヌラスさん一人だとは誰も思わないわよね……」

 気になって千聖も色々と業界を通じて話を聞いていたが。

 ――海外は日本と違って物騒ですねHAHAHA、で終わっている。

 確かに物騒で怖いものだが、その張本人が日本にいるとは誰も考えてもいないのだろう。パスパレ事務所にいる人たちを除いて。

 

「そうだわ! それならみんなでお見舞いにきたらいいじゃない。歓迎するわよ」

「まーたあんたはそういうことを……」

「め、迷惑じゃないかな……?」

「きっとエヌラスも喜ぶわ!」

「待ってください、弦巻さん。まだ私達は行くと決めたわけでは」

「あら。紗夜も心配なら来たらいいじゃない。燐子も花音も、みーんな!」

 確かに心配だ。勝手に抜け出してまたどこかにふらっと消えて怪我をしていないかどうか。そもそもこれまでの戦いの負傷すらおくびにも出さずに平然と過ごしていた方がおかしい。

 

「でも、ココロさんの言う通りエヌラスさんが心配です。お見舞いしましょう!」

「イヴちゃん、それだとなにか別な意味になるわ」

「お見舞いをお見舞いしましょう!」

「頭痛が痛いみたいなことになってるわよ……?」

 しかし、今は文化祭の準備もある。それが終わる頃には夕方になってしまう。彩達だって芸能界の仕事がある。沙綾も家の手伝いと全員が全員行けるわけではない。それをなんとかこころに伝える美咲も苦労する。

 

「そう。じゃあそれなら、エヌラスを連れてきたら全部解決ね!」

「まさかの発想の転換!?」

「さっすがこころん! それなら文化祭も盛り上がるね!」

 いや、相手は重傷なのでは? 絶対安静にしていなければならないはずだ。そのことについて紗夜が苦言を呈する。

 

「けが人を無理に動かすことは感心しませんが?」

「あたしが起きた時には元気に運動してたわよ?」

 …………。

 

「え~と、こころ? ちょっとまって?」

「? なにかしら」

「その言い方だと、その……」

「まるで、エヌラスさんと一緒に寝てたみたいに聞こえちゃう……」

 花音の言う通りだ。だが、こころは目を丸くしている。

 

「あら、だってあたし昨日はエヌラスと一緒に寝てたわよ? あったかくって、いつの間にか寝ちゃってたわ。ホワホワしてドキドキして、とっても気持ちよかったわよ!」

「…………風紀」

「ひ、氷川さん。落ち着いてください……」

「落ち着いています……!」

(絶対落ち着けてない……)

 口では平静を保っているが、内心では火山が噴火しているに違いない。

 

「えー、いいなーこころん」

「ふえぇ……そ、そんなに……?」

「エヌラスの寝顔、とってもかわいいのよ。それにぎゅーってするとドキドキがすごい伝わってきて、なんだか安心できるの」

「ですから弦巻さん。風紀を乱すような発言は――」

「? 紗夜はエヌラスと一緒に寝たくないの?」

「寝――!? そ、そんな男女が一つの寝床で一緒にするなんて……風紀の乱れ甚だしいですよ!? 一緒に寝るだなんてふしだらなこと……」

 一気に耳まで赤くしながら、紗夜がなにか言っていた。

 

「そ、それでこころちゃん。エヌラスさんの様子、どうだった?」

「朝ごはんを一緒に食べたらすぐ寝ちゃったわ。まだ喋れないみたい。それに目と腕も」

「そっかぁ……有咲、一緒にお見舞い行こう!」

「はぁ!? マジで言ってるのか! 大体クラスで文化祭の準備もあるんだぞ!?」

「今日の分終わらせてから!」

「それじゃ帰るの夜になっちまうじゃねーか……あんま遅く帰るのは」

「有咲ぁ~~……」

「……あ~もぉ~……! わかったって……」

「やったぁー! 有咲大好きー!」

「だからお前はー! そういうことを言うんじゃねぇー!」

「さーや達も!」

「仕方ない。巻き込まれた手前、行かないわけにはいかないし」

「私は行こうかな」

「わ、私も……」

 

「ポピパのみんなは来てくれるのね。美咲達は?」

「あたしはバイトあるから……」

「はぐみは行くよ! コロッケ持っていくね」

「そうだわ、薫も連れてこないと」

「わ、私も……! えと、千聖ちゃん達は?」

「確かにお見舞いに行きたいけれど、今日は撮影の打ち合わせがあるから。彩ちゃんもよね?」

「あれ、でもイヴちゃんは大丈夫だよね?」

「私の打ち合わせは明日なので。お二人に代わってエヌラスさんのお見舞いに行きますね。ヒナさんとマヤさんにも連絡しておきます」

「……絶対に大変なことになるわよ」

 だが止める暇もなく、すでにスマホで連絡をしていた。

 そうなると、残りは紗夜と燐子だけだが……。

 

「……白金さんはどうしますか?」

「え? わたし……、お邪魔してもいいんでしょうか……? それに、氷川さんは?」

「……顔を見たら、何を言うかわからないので遠慮しておきます」

「サヨさん! ヒナさんから早速返事が来ました!」

『おねーちゃんも行くよね! オッケー! 麻耶ちゃんも連れて行くね!』

「――だそうです!」

「…………はぁ。私が行かないと、日菜が怪我を悪化させかねないみたいなので」

 渋々、といった様子で紗夜もため息交じりに了承する。

 

「湊さんと今井さんにも。一応連絡しておきましょう」

「それに、あこちゃんも……来てくれると、いいですね」

「折角だから『Afterglow』の皆も誘っちゃおー!」

「それはいいわね! とっても面白そうだわ!」

 

 

 

 ――『Afterglow』からはひまりと巴、つぐみの三人。つぐみだけは半ば日菜が誘拐してきた。

 友希那は興味なし。蘭は華道。リサとモカはバイト。あこは「りんりんが行くならあこも行くー!」とのことで来てくれた。

 薫と麻耶も来てくれた。大所帯の見舞いとなったが、それでも全然問題ないほど弦巻家の敷地は広い。

 流石にこんな人数を一度には、と誰もが思っていたがやってきたバスに顔を逸らした。

 

 エヌラスのお見舞いに来た香澄達一行だったが、眠っているという寝室は無人となっていたことにこころも首を傾げている。

 

「あら?」

「どこに行ったのかな?」

「っていうかあんな大怪我してたのに、二日寝ただけで動き回れるとかどうなってんだ……」

 しかもほぼ完治している。

 

「あれ? なにか聞こえません? 裏庭の方ですかね?」

 麻耶が耳を澄ませる。

 なにか金属同士の衝突音のようなものが聞こえてきた。それにバイクのエンジン音も。

 ――もしかして、また化物に襲われている?

 ポピパの顔が一斉に青ざめ、慌てて駆け出していた。

 

「あ、ちょっと! どうしたんだ、血相変えて?」

 巴達もその後を追いかける。

 

 裏庭へ出て、音の正体を確かめるために走る香澄達が辿り着いたのは裏庭の奥まった森林。

 その広場の中で、包帯だらけのエヌラスが片腕で倭刀を振るっていた。その刃を受け止めているのはハンティングホラー。内部に格納していた赤いハルバードを覗かせて火花を散らしている。

 無人のバイクが縦横無尽に重力を無視したような動きをしているだけでも驚きだが、それ以上にエヌラスが既に戦闘可能な状態にまで快復していることには度肝を抜かれていた。

 

「えっ、えっ!? なんではーちゃんと喧嘩してるんですかエヌラスさん?」

 ――はーちゃんってなに!? っていうかあのバイクなに!? 目の前で何が起きているのか理解が追いついていないひまり達はただ困惑するばかり。

 

「相変わらずエヌラスさんって戦闘能力は高いなー」

「いや、そういう次元じゃないと思いますよ日菜さん……」

 後輪を滑らせるようにして足を払ってくるハンティングホラーを飛び越えて、宙返りと共に顔を狙ってくるハルバードを打ち払う。そのまま着地までに二手凌ぎ、背後からアクセルを吹かして押し潰そうとしてくる車体を下から蹴り上げる。

 あわや転倒、というバイクは芝生に消えた。角度に一度退避した愛犬に、エヌラスは倭刀を翻して気息を整える。

 顔の左半分を覆う包帯。血の滲んだ右腕と全身の包帯、汗で濡れて土で汚れたズボンにはよほど長い間ここで鍛錬をしていた痕跡が窺える。

 

 いざ。こうして戦闘を目の当たりにしてしまうと言葉を失ってしまう。

 命の駆け引きというよりは、リハビリの一環――それでも尋常ではない。

 ハンティングホラーはエヌラスを殺すつもりで襲っているし、エヌラスもハンティングホラーを壊すつもりで応じている。それは、練習は本番のように。本番は練習のように。常に全力で、常に本気で臨む戦闘への心構えには紗夜も感心していた。

 それがどれだけ常軌を逸していることだとしてもそれしかないのだから。

 

「エヌラスー! みんながお見舞いに来てくれたわよ!」

「…………」

 こころが声を張り上げて手を振るが、聞こえていないのか白い息を吐き出して倭刀を構える。突然その場から飛び退くと足元の芝の影からハンティングホラーが飛び出してきた。

 空中で前輪を固定してハルバードを射出する。赤い鎖に繋がれた先端部を打ち払い、電磁加速蹴撃で続く横殴りの後輪を蹴り返している。宙返りをしながら倭刀を地面に刺して軽身功による姿勢制御でハンティングホラーの機首を蹴り落とす。だが、そのまま自分の重量を生かして回転してエヌラスに伸し掛かる。

 

「ッ――!!」

 歯を食いしばり、左腕一本でその重量を支えると一拍の間を挟んで整息。丹田の気を込めて投げ飛ばした。地面に落ちる前に、自身の身体を電磁加速で打ち出して空中で迎撃する。

 飛び蹴り、回し蹴り――さらに踵落としからの蹴り落とし。四連撃を叩き込んで地面に転がるハンティングホラーが再び角度へ身を潜めた。

 着地して倭刀を手にすると、その刀身を紫電が奔る。

 

「……聞こえてないみたい」

 身を低く屈めて、刃を身体に引き寄せるとそのまま回転しながら振り払う。

 全方位へ放たれる紫電と剣による風圧で香澄達のスカートが舞い上がる。小さな悲鳴があがるがそれを無視して、隠れていたハンティングホラーを炙り出すと倭刀を投擲した。素早くハルバードを射出することで逃れると、今度は青いブレードを取り出してエヌラスへ向かって突撃する。

 後ろ腰に差していたレイジング・ブルマキシカスタムを発砲するが巧みに避けられて接近してくるハンティングホラーがさらに加速した。

 轢かれる――そう思って思わず悲鳴をあげそうになるひまり達だったが、エヌラスの“右腕”で頭から押さえつけられてハンティングホラーが停止している。

 左胸から顎下、右腕に至るまで淡い魔力の光が照らしていた。包帯越しでも解るほどの光量は相当量の魔力を動員しているのだろう。エヌラスの顔には脂汗が滲んでいた。歯を食い縛っているのがわかる。

 

「――、……!」

 一度だけ軽く機首を叩くと、空吹かししていたタイヤを止めて後退した。その挙動にエヌラスが眉を寄せると、こころ達にようやく気づく。

 手を挙げて返事をしようとした瞬間、急発進したハンティングホラーに轢かれた。ニトロ付き。油断大敵とは言うがテメェこのやろう。鈍い痛みと共に立ち上がるエヌラスがまだ痛む身体の節々を慣らしながら汗を拭う。

 

 引きつった顔で香澄達が会釈する中、日菜とこころは変わらない笑顔で待ち構えていた。

 それと引きつった笑顔で怒りの炎を浮かべている紗夜にエンカウントした瞬間、逃げ出そうとする。誰が逃がすかとハンティングホラーに背中を押されていた。

 汗と血を滲ませていたエヌラスに、タオルを差し出すはぐみ。

 

「はい、エヌラスさん! はぐみのタオル貸してあげる!」

「一体いつからこんなことしてたんですか?」

 たえの質問に、エヌラスが手を開く。

 

「……いえー?」

 パチーン。ハイタッチじゃない。そうじゃない。まだ喉が本調子ではないので声が出せないエヌラスが口をへの字に曲げている。

 

「もしかして五時間?」

 沙綾の言葉に、エヌラスが頷いた。命懸けのリハビリテーションを五時間もやれば動かなくなった右腕を動かせる程度にまで快復させられる。左眼も視えるようにはなっているが、これくらいのハンデがなければ鍛錬とは呼べない。

 むしろこれくらいじゃないと満足できないというべきか。

 

「…………?」

「あ、なんで私達がいるのか疑問に思ってる顔してる」

「みんなエヌラスのお見舞いに来てくれたのよ」

「エヌラスさん、まだ喉の調子悪いんですか? のど飴買ってきたので、よかったらどうぞ!」

 香澄からのど飴を受け取り、早速口に入れる。その味に苦い顔をしていた。

 何味? という疑問に、のど飴のパッケージを見る。

 一粒のどスッキリ。極めつけミント味。

 

「エヌラスさんはこれくらいがいいかなと思って! って、あー! 噛んだら意味ないのに!」

 問答無用で目の前で噛み砕いてやった。

 のんきに舐めていられるかこんな清涼剤煮詰めて固めたような飴玉。

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