「ほらー、エヌラスさん。好き嫌いしちゃダメですって! 喉の調子悪いんですからー!」
「…………」
極めつけミント味とかいう珍妙なのど飴をしつこく勧めてくる香澄の手から飴玉をひったくってそのまま口の中にねじ込むと、次の瞬間には涙目でむせていた。
「うひぇあぁぅあー!?」
「どういう叫び声だよ……」
「ありひゃ~、これ、すっごくにがくてまずひ……」
「そんなん食わせるから」
「大丈夫? 香澄」
「うぅ、口の中にドライアイス突っ込まれたくらいスースーする……」
大変強烈に刺激が強い商品になりますのでそういった刺激に弱い方はご遠慮ください、という注意書きの通り。怖いもの見たさに一口、という好奇心がくすぐられるものの、エヌラスは二度と食いたくないという顔をしている。
「うー、そうだ。はーちゃん食べる!?」
香澄の言葉にエヌラスの後ろからハンティングホラーが顔を覗かせて近づいた。
手のひらに乗せられている飴玉に、猟犬形態を取ると鼻を鳴らす。
《…………ペッ!》
「吐き出されたぁ!?」
飴玉をくわえたかと思えば、異空間に吐き出した。エヌラスの影の中に身を隠す。よっぽど不味かったらしい。
(はーちゃんってハンティングホラーのことだったのか……)
どういうネーミングセンスをすればそうなるんだ。いやまぁ、呼びやすいなら構わないが。
はぐみから手渡されたタオルで汗を拭うと、沙綾がスポーツドリンクを差し出した。
「うちからパンも持ってきたんですけど、熱にうなされてたから風邪引いてると思って。水分補給に持ってきて正解だったみたい。どうぞ」
受け取ったエヌラスがペットボトルのキャップを見つめる。
普通は、両手で開けるものだ。
それは盲点だった、今は左手しか使えないのに。
「あ、そっか……まだ右手治ってなかったんだった……」
親指と人差指でキャップを挟み、エヌラスが腕に力を入れる。
ガキュッ――。
片手で難なく開封していた。緩んだ蓋を親指で回して開けるとそのまま飲み始める。引きつった顔の一同に、エヌラスが眉を寄せていた。
「握力どんだけあるんだろ……」
「うひゃー……」
ひまりも巴も驚いている。
イヴがエヌラスの右手を見て、それから倭刀を見て、首を傾げていた。
「エヌラスさん。いつもの居合はどうするんですか?」
「あ。そういえばそうだよね。いっつもびりびりぴしゃーん!って感じのやつ! アレ出来ないとか大変じゃない?」
日菜とイヴの二人の疑問にスポーツドリンクを飲み干したエヌラスがキャップを締めて沙綾に返した。タオルもはぐみに渡すと、鞘に収めたままの倭刀を手にして離れる。
――右腕が使えない程度で居合が出来なくなっていたら、とっくに死んでいる。
鞘を握りしめて、回転させると頭と右肩で挟み込むようにして固定。
気息を整え、魔力を回す。
身を低く屈め、更に低く。地を這うかのごとく頭を垂らして、帯電した身体を地面から反発させて撃ち出す。鯉口を切り、鞘を置き去りにして駆けて刃を振るう。
超電磁抜刀術裏壱式“雷迅”――もちろん、あくまでもデモンストレーションなので威力は控えめにしている。
倭刀を薬指と小指の二本で支え、残りの指から伸びている鋼線で鞘を手繰り寄せた。独りでに手元に戻ってきたように見えただろう。
鞘で肩を叩きながら、エヌラスがイヴに向けて首を傾げている。
――これでいいか? とでも言いたげに。
イヴがすっかり目を輝かせて感動していた。
「流石です! 一流のブシドーたるもの、腕が使えずとも居合ができるものなんですね! 惚れ惚れします!」
「武士道とかそれ以前だと思うんですけど……」
「エヌラスさん、腕一本無くても全然問題なさそうだよね」
問題ありまくるわ。倭刀で日菜の頭を小突く。
五感に頼っているようではまだ二流。一流の魔導師ならば五感を失ってなおも周囲を知覚しろ、とは師匠の言葉だがそんなんできるのは人間辞めてるおめーくれーだよタコ。――と、昔は思っていたが、いざ自分がその環境下に置かれるとできるものだ。
あこも感激して燐子の袖を引っ張っている。
「りんりん、見た! ずびゃーん!って」
「う、うん……全然、見えなかったけど……」
光速に片足踏み込んだ抜刀術、視える方がおかしい。とはいえ、人様の裏庭を勝手に借りてそう何度も魔術を乱発するものでもない。忘れそうになるがエヌラスはこれで病み上がりだ。
全身の包帯は激しいリハビリで緩み、汗で汚れている。そこで紗夜が不意に気づく。
「なんで裸足なんですか?」
「…………」
なんでと聞かれましても。
「あら、大変だわ。エヌラス泥だらけじゃない。お風呂でキレイにならないと」
「でも一人で脱げるの?」
日菜の言葉に、場が静まり返る。
「あたしでよかったら「日菜!」るーん……、つぐちゃん、怒られちゃった……」
「当然ですよ、日菜先輩……」
紗夜に早くも遮られて日菜が肩を落とす。
「えー、でもおねーちゃん。今更じゃない? だってあたしもがふぎょ?」
言葉にするより先にエヌラスが日菜の口を手で塞いでいた。
「ふごー、むぐふぐふんは、へれはやんふごあー」
「……何言ってるか全ッ然わかんないですよ」
紗夜とアイコンタクト。目と目で通じ合う、こういう時は助かる。
こいつ喋らせんな。社会的に死ぬ。
「エヌラスさん、シャワーとか浴びてこなきゃ風邪引いちゃいますよ」
(馬鹿だから風邪引かねーんだよ俺は)
「じゃあエヌラスさん捕まえた人が背中を流すってことで。鬼ごっこスタート」
全・力・疾・走! エヌラスはその場から素早く身を翻すと全力で邸宅に向けて走り去る。
木々に向けて跳んだかと思った次の瞬間にはひらひらと木の葉を残して消えていた。
「……アサシン、みたいです……」
「本当に魔術師か疑いたくなりますね……」
「エヌラスが消えちゃったわ! どこに行ったのかしら!」
「エヌラスさーん! どこ行っちゃったんだろー?」
「逃げ足はっや」
――確かに、魔術師であるかどうか怪しい時がある。武術家、暗殺者。しかしてその内に秘めた激情はまるで狂戦士。根本的に獰猛で、攻撃的で、暴力的な、肉体派魔術師。いや本当に魔術師であるのが不思議なことだが。
全員が見舞いに来てくれたというのに、我関せず。いつもの調子で片手で銃の整備点検に刀の手入れとそつなくこなしているミイラ状態のエヌラスに、紗夜が眉を釣り上げていた。
「服を着てください! せめてなにか羽織るとかしないんですか!?」
「…………」
えぇ~、なんで俺そんなことで怒られんの? 口に弾丸を咥えたまま紗夜の怒りに不満げな表情を見せている。睨んでくる紗夜もまたますます不機嫌そうにしていた。
一見すれば犬猿の仲。だが実際はエヌラスは素知らぬ顔であしらっていた。
包帯も弦巻家の執事が巻き直してくれている。着替えも新しく用意してくれていた。
できれば勝手に抜け出さないように、と釘を刺されたが知らん。有事の際にはそんな事を気にしてもいられない。何なら今すぐにでも弦巻家から脱走して帰宅してやろうか。
ただしそれは、腰に張り付いているこころと後ろからしがみついてきている日菜をなんとかできたらの話だが。
「弦巻さんも日菜も! 離れてください!」
「紗夜はずっと怒ってるわ。どうしてかしら?」
「おねーちゃんはこころちゃんが羨ましいんじゃない?」
「それなら紗夜もエヌラスのことぎゅーってすればいいわ。きっと笑顔になれるわよ」
「そういうことだから、おねーちゃんも!」
「……待ってください。待ちなさい、日菜! なにをする気!?」
「つぐちゃん、ゴー!」
「え、あの。えっと、いいんですか?」
「よくありません!」
「生徒会長命令!」
「ご、ごめんなさい紗夜さん! えいっ」
生徒会長からの命令なら仕方ない。紗夜の逃げ場を塞ぐつぐみに、日菜がとても悪い顔をしながら近づいてくる。千聖がいたらアイドルにあるまじき所業に笑顔で怒るに間違いない。
「……職権乱用ってこういうことかぁ」
「巴、感心してないで止めてあげたら?」
「いやぁー、見てて楽しいからいいかなって! つぐれー、つぐー。いけいけー」
つぐみのサポートもあってか紗夜があっという間に日菜に捕まった。そのままエヌラスに向けて押し出されようとしていたが、必死に踏みとどまっている。
そんな姉妹仲睦まじい様子に呆れて、こころをどかすとエヌラスが二人に歩み寄った。
手を伸ばして、それは日菜の額で止まる。
ペチン、と。デコピンされた。
「あうっ。うぅ~、なんであたしだけ?」
嫌がる紗夜に無理強いはしたくないのか、そのまま再びベッドに腰を下ろす。
こころがすぐに足に座り込むと背中を預けてくる。人のことを椅子か何かと勘違いしていないだろうか?
「なんか、エヌラスさんって無口だとワンちゃんみたい」
「いぬのおにーさんだ!」
「巷じゃねこあつめのおにーさんで噂だけどねー……」
「なんでそんなことになってんだか」
「でも、エヌラスさん。喋らないと、本当に大人って感じするなー……あ。べ、別に普段のエヌラスさんが大人っぽくないって意味じゃないですよ!」
「親しみやすいよね。怖いけど」
「面白いし。怖いけど」
(テメェら人が喋れないのをいいことに好き放題言いやがるな……)
後で覚えてろポピパ。
「でも犬耳似合いそうだよね」
「……ちょー見たい! るんっ♪てきた! エヌラスさんの犬耳ものすっごく見てみたい! 誰か犬耳持ってない!?」
「多分誰も持ってませんよ、日菜先輩……」
「あ、でも確かカチューシャ持ってたよねつぐちゃん。それに犬耳くっつけてエヌラスさんに付けたら解決!」
うーんこの天才少女の発想カタストロフィめ。全力で人を使って遊び倒そうとしやがる。
早速つぐみからカチューシャを借りようとして、なんとか犬耳を作れないかと試行錯誤する日菜を誰か止めてくれ。特に姉。お前の妹だぞどうにかしろ。
「……ところでアタシが今更思ったことなんだけど。銃刀法違反じゃないのか?」
巴のド正論に、日菜達も思わず硬直する。ひまりとつぐみも言われてから考えた。
日本でなんで刀と銃を持ち歩いているのか不思議なのだろう。
「それにさっきのバイクとか、なんか勝手に動いてたし……みんな気にしてないみたいだからちょっと言い出しにくかったんだけどさ」
「かっこいいからいーのっ!」
「いやよくない。そこはちょっとよくない」
あまりにもよろしくない。
「言っちゃなんだけど、犯罪、だよな……」
「……?」
「え、いやそこで「それがなにか?」みたいに首を傾げられてもアタシも困るっていうか」
いいんだよ相手にするの人類の敵なんだから。猟師が猟銃持つのと同じ。
おかしいのはアタシだけか? 巴の助けを求める視線に、紗夜を含めて全員が静かに目を逸らしていた。
「……なぁひまり。アタシがおかしいのか?」
「巴は悪くないよ!? なんだったらそこに気づいたの凄いと思うけど!」
「んー、説明すると長くなるから端折るね。化物退治専門家の魔術師だから帯刀とかは仕方ないかなって」
「理由が明らかになんかおかしい気がするんだけども……まぁ、そういうことにしとくか」
深く考えたら負けだ。いまいち納得いかないが、するしかない。多分慣れるだろうし。――慣れちゃいけないことだけども。
「あ、そうだ! エヌラス、さん……先生? あの動画観ました」
「?」
あの動画? なんかあったか? 心当たりが多すぎてどれのことだか全く解らない。ひまりの言葉で思い出したのか、つぐみがスマホを取り出した。それは日菜から送信されてきたとある動画へのURL。
そこには、エヌラスが路上ライブをしている姿が撮影されていた。
再生回数がえげつないことになっているが多分気の所為。見て見ぬ振り。現代風に言えばバズってる。
「そーいえば、なんかうちの学校でも話題になってたよね」
「私達も学校に登校してからすっごい質問攻めにされて大変だったんですよ! でも変なことは言ってないので安心してください」
顎に手を当てて、なにか考える素振りを見せるエヌラスにひまりがとある提案を持ちかけようとするが、気後れするのか言い出しにくそうにしていた。それに巴がそっと背中を押す。
「えっと、それでエヌラス先生。ちょっとした提案なんですけど……私達のマネージャー、やってみませんか?」
「『Afterglow』の後押しってだけでもいいので。少しの間でもいいですし!」
「スケジュール管理でつぐの負担も軽減させておきたいしな」
「うぅ……生徒会のお仕事が忙しくて……それに先生からの頼み事も断れないし……」
「もちろんタダでなんて言いません」
「そうそう。つぐの家のコーヒー無料とか」
コーヒーだけでもありがたい話だが、あまり好んで飲んだりしない。他のもので間に合っているからだ。しかし、ガールズバンドのマネージャー……。考え込むエヌラスに、香澄と日菜とこころが目をキラキラさせていた。
「それだー!」
「うわ、びっくりした!」
「エヌラスさん、ポピパもお願いします!」
「パスパレもやってくれたりしたら嬉しいんだけどなー。テレビ出演したら視聴率取れそうだし」
「日菜さん、発想が生々しいです」
「エヌラスならあたし達も大歓迎よ! ミッシェルもきっと喜ぶわ!」
「…………」
はしゃぐ面々に、エヌラスは左眼と喉と右腕を指で差した。
せめてこの怪我が治るまで返事を待てんのかお前ら。
『あー…………』
返事は保留。喋れるようになってから後日、改めて話を持ちかけることとなった。
(…………プロデュース業なんて、久しくやってなかったしな)
怪我の功名、とは少々違うかもしれないが。
これを機に身の回りのことを少し片付けておこう。
エヌラスは目を閉じると、そのまま電源が落ちたように眠ってしまった。膝の上に座り込んでいたこころに頭を預けるようにして寝息を立てる。
「エヌラス、疲れてたみたい」
「あれだけ激しいリハビリを五時間もしていたのなら、無理もない。少しでも寝かせておいてあげた方が怪我の治りも早いだろうし。それにしても本当に、こころとエヌラスさんは美女と野獣という言葉が似合うね」
「野獣だなんて。それじゃきっとあたしは食べられちゃうわ」
「えー、こころん食べちゃうくらいお腹減ってるならはぐみのコロッケたっくさん食べさせてあげるのに。さーやのパンも一緒に!」
「また今度にでも差し入れで持ってこよっか。私達の命の恩人で、先生なんだからさ」
穏やかな寝顔を見つめてから、こころは変わらない満面の笑顔でエヌラスの髪を撫でた。
きっといつか、心の底から素敵な笑顔になれますように――祈りにも似た願いを込めて。