放課後。文化祭の準備に勤しむ生徒達。
足りない物を調達するために商店街へ買い出しへ向かう生徒もいれば、部活動へ向かう生徒もいる。中には家の手伝いに急ぐ生徒もいた。
賑やかな学園。華やかな学園。いつもの時間に、いつもより少し忙しい放課後。
学生でなくても、社会人というのはいつも忙しい。商店街を行き交う人々の中に、エヌラスの姿があった。
三時間に及ぶ愛車とリハビリという名の組み手。勿論、真剣勝負。
包帯を取り払って、いつものように振る舞ってはいるが筋肉痛のように身体の節々が痛む。そのせいで眉間にシワを寄せているためいつも以上に人が避けていた。
ただでさえ人相の悪さで人を寄せ付けないというのに、不機嫌な姿は今にも暴れだしかねない。放し飼いの猛獣に危機感を覚える人々が顔を見るなりそれとなく自然に離れていた。
筋肉痛はまだいい。だが第二の神経、魔術回路がもたらす神経痛はどうにもできない。痛みを和らげるためには魔術を使わなければいいだけだが、そうすると左眼と右腕が稼働停止する。
肩を回すと、肩口から指先まで静電気のような痛みが走った。チクリとした感覚に口をへの字に曲げている。
(……ちくしょう、地味にいてぇ)
懐に手を入れてドラッグシガーを一服、と思ったがすぐにやめた。
普段から服用している黄金の蜂蜜酒を使えば痛覚の遮断も苦ではないが、それでは本末転倒だ。あれは劇薬に違いない。
弦巻家の執事も、監視も兼ねた送迎で就いている。決して邪魔にならない場所で待機していた。
歩けるから大丈夫、問題ない。というエヌラスの主張に対し――いけませんお客様、担当医の診断をお待ち下さい。と、事務的な返答。
商店街を歩くエヌラスの背後から走って近づいてくる花咲川女子学園の生徒。
ぶつかる、という警告も耳にしてはいたが急に立ち止まれない。全身筋肉痛の凶悪な男性に衝突して止まるはぐみ。
「うわっ!? ごめんなさい!」
「……」
ぐるりと振り返るエヌラス。背中の衝撃から全身に走る二重の激痛に、眉間にシワをますます寄せていた。
「あれ、エヌラスさん?」
「元気なようで何よりだ、はぐみ……!」
「声出せるようになったんだ! わーい!」
顔を明るくさせて抱きつこうとする手を素早く捌く。身を翻してはぐみから逃れるエヌラスが深く息を吐き出した。
痛いものは痛い。どうしても痛い。
後ろから小走りで追っていたのは沙綾だった。手にはやはり、大きな紙袋。
「もー、気をつけなよって言ったのに。って、エヌラスさん!?」
「沙綾も。元気そうだな」
「昨日の今日で出歩いて大丈夫なんですか?」
「見ての通り」
右目を閉じて、右腕を動かしてみせる。それには驚きのあまり、紙袋を落としそうになった。しかも喋れるようにもなっている。
「なんだ、その大荷物?」
「差し入れです」
商店街名物のパンとコロッケが揃い踏み。ここ数日は軽食で済ませていたからか、空腹感を思い出した。
「エヌラスさんもお腹減ってませんか?」
「小腹は空いてるな」
「じゃあコレ! はいどーぞ!」
「いいのか?」
「快復祝い、というわけじゃありませんけれどお裾分けです」
それぞれパンとコロッケを二個ずつ。
「ちょっと重いですかね?」
「あと四個は入る」
「……小腹って」
それは充分すぎる食事では。栄養バランスの傾きはあるが。
「わー……やっぱりたくさん食べますね」
「どっちも美味いしな」
「じゃあもう一個おまけしちゃう!」
「差し入れ足りなくなるぞ」
「……そう言えば服、どうしたんですか?」
弦巻家から外出用に仕立ててもらったものだ。返すつもりでいたが、そのまま提供してくれるという太っ腹。
「文化祭の準備、どんな調子なんだ?」
「順調!」
「相変わらず香澄が突っ走ってます」
「有咲はなにしてんだか」
しっかり手綱を握っていればいいものを。まぁ握っているだけで振り回されることはよくあることだ。大型犬の散歩とかにはよくある。
「せっかくですし、学校に顔出しません?」
「やめておく。怪我が悪化しかねない」
迅速かつ的確、冷静な判断。香澄とこころが飛びついてきかねない。今は静養中ということになっている。
「見つかると厄介だから散歩のつもりだったんだが」
「あー、それなんですけどねぇ……香澄のクラスも今買い出ししてたらしくて」
「それでどっちが先に学校に戻れるか競争してたんだー!」
「ならなんで俺を呼び止めた。パンとコロッケごちそうさま!」
エヌラスが走り去ろうとした矢先、進行方向に見覚えのある猫耳ヘアー。
回れ右、街路樹に姿を隠していた執事にアイコンタクト。静かに頷いて車を用意していた。
「あ、エヌラスさーん!」
「こんにちはさようならお元気で!」
「えええぇぇぇぇっ!?」
人混みを綺麗に避けながら走り、素早く車に乗り込むと商店街から去っていく。目を丸くして口を開けたまま固まる香澄に、はぐみと沙綾が小走りで駆け寄った。
「さーや、今のエヌラスさんだよね! もう元気になったの!?」
「信じられないけれど、そうみたいなんだよねー……」
本当にどんな身体をしていれば動けるようになるのか。しかもコロッケ三つとパン二個を平らげて元気に走り去っている。
「それなら学校に来てくれれば歓迎したのにぃ~」
「けが人に無茶させちゃダメだよ」
「あんなに元気に走ってたのに!?」
「だってエヌラスさんだし?」
「…………確かに!」
納得しちゃうんだそれで。沙綾は自分で言っておきながら驚いていた。
「あれ? 香澄、有咲は?」
「え? さっきまで一緒にいたよ?」
「あそこにいるの、そうじゃない?」
香澄に置いていかれて息を切らしながら荷物を抱えてこちらへ向かってきているのは、間違いなく有咲だった。
「お、おまえ……待てって……ちょっと、待ってって、いったのに……」
「ごめん有咲ー! 大丈夫!?」
「大丈夫なわけあるかぁ! もうしらねー! 先に学校戻るかんな!」
「待ってよ有咲ー、ごめんってばー!」
「私達も戻ろっか」
「うんっ! みんなにも教えてあげないと!」
それはまずいことになるのでは? 確実にまずいのでは?
止めようかと思った沙綾だったが、止める暇もなくエヌラスの話は瞬く間に花咲川女子学園に知れ渡ることになった。
どういう経緯でそうなったのかはわからないが、海外小旅行で災害に巻き込まれた香澄達を命懸けで帰国させたという話になっている――あながち間違いではない。その結果、大怪我をしたというのも。
元気に商店街を走っていたという話から「実はそれほど大きな怪我をしていないのでは?」と訝しむ生徒達もいたが。違うんです、つい三日前に瀕死の重傷負っていたんです。それがほぼ完治しているだけなんです。
何がおかしいかって、何もかもおかしい。それを全部ツッコミ入れていたらキリがないので、細かいことは気にしないのが正しい処方箋。
弦巻家まで無事に戻ってきたエヌラスは部屋に戻るなり服を脱いでベッドイン。全身の痛みを和らげるためにシーツの上で重力に身を任せていた。
ハンティングホラーはすっかり裏庭の芝生が気に入ったのか整備と点検、リハビリが終わった後は身体を横たえている。うーん、この犬っころめ。
程なくして、ドアがノックされる。執事が部屋に入るなり、脱ぎ捨てられていた服を拾ってシワを伸ばしつつハンガーにかけておく。
「エヌラス様、おやすみ中のところ失礼いたします」
「んー?」
「換金の手配が整いました。他に私どもでお手伝いできることはございますか?」
「そうだな……」
工具は手元にある。となれば加工に使う宝石の原石を入手しなければ作業ができない。
そういえば――地球を飛び回っていた頃に、なんか言葉の通じない現地住民から色々貢ぎ物として渡されていた気がする。半ば火事場泥棒のようなこともしたが。
「ハンティングホラー、ちょっといいか」
《――――》
取り出すのは原石の数々。中には宝飾品もあったが、加工品に興味なし。それらは全て執事に投げることにした。
「こちらも換金されますか?」
「そうしてくれ。いらん」
「こころお嬢様にプレゼントされれば、さぞお喜びになるかと」
「他人からの貰い物だぞ? どうせ渡すなら手製の方がいい」
「では、これらも換金しておきますね」
「それに」
「それに?」
「俺ならもっとマシなものが造れる」
故郷の方では国内でもトップクラスの加工技術者として知られている。その品が市場に出回ることは極稀だが。それこそ師匠が真面目に職務に取り組むレベルで希少価値がある(国王仕事しろとは言ってはいけない)程だ。
人形工学、宝石加工、魔導技師、銃器製造に刀剣鍛冶――十割違法だが薬剤師。おおよそ普通の生活をする上で何一つ役に立たない技術ばかり極めているが、それらは修行の最中で必要に応じて取得したもの。むしろそれらが必要な修行とは一体。
「んー……あぁ、そうだ。アレも使っちまうか」
そう言ってハンティングホラーから取り出すのは、天雷の破片、その一部。どうせ使わないガラクタならば再利用した方がいい。
材料は一通り手元に揃っている。これらを使って作るとなると――少々不満が残った。
理想としている形にするための材料が足りない。そんなのは許せない。技術における一切の妥協なし。
「……ちょっと足りないか」
「手配いたしますか?」
「俺の金から出してくれ、半分まで使っていい」
「かしこまりました。ご所望の品は」
「そうだな……サイズはこれくらいで……足りないのは緑だな。緑の宝石で」
「でしたら、エメラルドの方でしょうか」
「原石で頼む」
「では、失礼いたします」
会釈して下がろうとしていた執事だったが、思い出したように立ち止まる。
「本日のお夕飯はいかがされますか?」
「任せる」
「他に私どもの手が必要な際はいつでもお呼びください。それでは」
今度こそ部屋から執事が立ち去った。弦巻家にいる限り不満なものなどなにもない。必要なものはそれこそ何でも出てくる。財力とはどこの世界に行っても多大な権力について回るものだ。それを言ったら自分もそうなのだが。金に興味なし。
ベッドの上に広げた原石を手にして、品定め。
金銀プラチナ、ルビーにサファイア、あと天雷。一見したら石ころばかりかもしれないが、それでもかなり純度の高い品々だ。
「ふむ……さて、あとは」
設計図は既に頭の中でできている。となれば他に必要なのは、作業場だ。
魔術師にとって初歩中の初歩。陣地作成。――が、できないエヌラスにできることと言えば拠点を構えることくらいだ。
魔術工房、別名をアトリエ。初歩どころか基礎中の基礎なのだが、エヌラスはこちらのほうが性に合っている。陣地作成は土地に根付くもの、魔術工房は建造物としての意味合いが強い。そのため作業場として最適なのだが、速効性に欠ける。足がつきやすいなど欠点も多かった。しかし敢えてこちらを好む理由として、作業効率的な施設として挙げられる。
例えるならば――必要な道具の揃った個室。集中力を阻害しない環境に身を置くことは職人にとって最も必要とされる。
弦巻家の敷地ならば人の来ない場所くらいあるだろう。しかし問題がある――そう、こころだ。
作業中に乱入でもされようものならブチギレるかもしれない。特にそういった仕事をしている時は戦闘以上に気を張る。横槍でも入れようものなら反射的に銃をぶっ放しかねない。
大魔導師ですら作業中のエヌラスには近づかない、それだけでどれほど危険かは察せる。自宅に突然核爆弾級の地雷を設置されるようなものだ。
それはエヌラスも自覚している。なので極力、無人の環境に身を置くようにしていた。
「工房、どうするかな」
弦巻家に言えば用意くらいしてくれるだろう。どうせ別荘とか持ってるに違いない。
そしてそれは実際そのとおりだった。島の所有権どころか山もある。別荘もあればリゾート施設もあるしテーマパークすら。金の力ってすげー、とは嫌というほど見慣れているのでエヌラスは特に驚きもせずに聞き流した。
相談したところ、それならば山の別荘を用意するとのこと。
外を見れば、日が傾いてすっかり暗くなりかけていた。
「……こころのやつ、遅いな」
「花咲川女子学園で文化祭もあるので、その準備でしょう。他にもスタジオ練習やライブのご用意などでお帰りが遅くなられているのかと」
「ならいいんだけどな」
「…………」
「……なんだよ」
「いえ。こころお嬢様の身を案じられていることが嬉しく思いまして」
「そりゃあ世話になってるし」
「こちらこそ。怪事件の話は私どもでも耳に挟んでいます。貴方は弦巻家の命の恩人でもありますので、感謝してもしきれません」
「よしてくれ。頭を下げられるようなことなんかしていない。そもそも俺のせいで巻き込まれたようなものだ」
「それでも自らに責任を感じ、責務を全うしたのであれば立派なことです」
「……立派なものかよ」
顔を逸らすエヌラスに、執事は機嫌を損ねる発言をしたことについて謝罪する。
そこへ、こころが帰ってきた。今日起きた出来事をとても嬉しそうに話している無邪気な姿は執事とメイド達の頬を自然と綻ばせる。しかしその中で相変わらず仏頂面で笑いもしないエヌラスを見かけると駆け寄ってきた。
「エヌラス、ただいま!」
「はいはい、おかえりなさいお嬢様」
小さく身を屈めると、すぐに抱きついてくる。今日もめいっぱい動いてきたのだろう。暖かな気候もあってか少し汗をかいたようだ、色々なニオイが混じっている。それでも、どこか安心感を覚える香りに身を任せそうになってすぐに離れた。
「はぐみ達から聞いたわ! もう元気になったみたいね」
「おかげさまで。こころの看病が効いたんだろうな」
「怪我をしたらいつでも一緒に寝てあげるわよ」
「そんなことになったら、この先俺はお前の抱き枕として一生を終えそうだ……」
勘弁してくれ。
「こころ様。お着替えの方と、お夕飯の支度ができています」
「いつもありがとう! エヌラス、一緒に晩ごはん食べましょう」
「こころお嬢様のご厚意に与ってご相伴させていただきますかね」
「ええ! そのあとは一緒にお風呂に入りましょう!」
――…………なんて?