翌朝。弦巻家で朝食を済ませたエヌラスは執事達の手配した原石の選別や別荘地へ移動する準備を進めていた。
こころもその様子を見に来ているが、学校に行かなければならない。
指折り数えて、工程数を踏まえて作業時間を計算する。研磨作業から諸々、溶接作業に仕上げと魔術による加工も計算にいれておくと――おおよそ、ぶっ続けで十六時間。一日もあれば完成するだろう。もちろんその間は寝食を忘れて計算に入れないものとする。
別荘に到着してから翌朝まで完全に外界とシャットアウトした環境に身を置くものとして、執事達には細心の注意を払ってもらわなければならない。下手したら山一つ消し飛ばす。
必要なものは、最低限。
着替え。以上――。
以上である。
作業道具一式諸々は全て手元に揃っているため、それだけで間に合う。
「こころ、学校行かないと遅刻するぞ」
「文化祭もそろそろ始まるけれど、エヌラスは来てくれるわよね?」
「そうだな。一応それまでに顔出しておくつもりだ」
早くても明後日くらい。その頃には文化祭前日だ。とはいえ、エヌラスも目の前の仕事を片付けておきたい。届けるのにさらに一日程度、それも計算に入れておく。
「こっちに戻ってきて……そうだな。向こうの出方にもよるか……となるとやっぱ背広借りるか」
「難しい顔してるわ」
「仕事は大体こんな調子だ」
ストイック、かつ時間と効率重視。それ以外のことなどクソくらえ。
エヌラスの仕事に対する取り組み方は商業国家国王ですら匙を投げるレベル。一度仕事を始めたら終わるまで完全に周りを見ていない。その辺りの切り替え方も魔術師であるからか、驚くほど別人に見られることも少なくなかった。
普段からそーしてりゃいいのに、とは商業国家国王談。――だが、エヌラスの内心ではその期待とはまったくの真逆。
時給換算にして、まともに稼ぐのがバカバカしいからだ。他人のために汗水垂らして真面目に働く気など欠片どころか微塵もない。
最短効率で最大限に活動して取り組めば終わる。作業時間の計算は最大限に配分、それより以下に収めるのならば良し。だがそれ以上の時間は全くの無駄。
こういうところは師弟そっくり瓜二つ。
「お前の顔見るのも明後日だ」
「あたしから会いに行ってもいいかしら?」
「それはダメ。いい子にして待ってたらお土産持ってくる」
「ホント! それはとっても楽しみだわ」
「だから明日くらいは我慢してくれるか」
「もちろんよ。美咲達にも教えておくわね」
「…………いやぁ、できれば二人の秘密にしておいてくれないか?」
全員分用意していたらそれこそ文化祭に間に合わない。
一泊二日の山籠り。その間に依頼されていたものを完成させる。
この先百年は人類が到達し得ない技術による宝石加工。完成図までは脳内イメージで形成されている。後はそれを自分の手で出力するだけだ。
こころの頭を撫でて、髪を整える。
「……ふむ」
少しくらいは、いいか。
「ちょっと待っててくれ」
エヌラスは天雷の破片を持ち出して魔術で加工すると、ヘアピンを作った。何の変哲もないのも味気ないのでもう一手間。
赤と青のツートンライン。何の魔術加護も無いが、雰囲気が華やかなものになった。そこから更にかんざしのようにピンを二叉に分ける。
ゆるやかな曲線を描いて頭にフィットするように曲げて、エヌラスはこころの前髪をまとめて留めた。
「今はこれで我慢できるな」
まるで魔法のように、手元でヘアピンを作って見せたエヌラスに目を輝かせて迫る。じゃれついてくる頭を撫で回して荷物をまとめ、廊下に出ると執事とメイド達が待ちかねていた。
「では、エヌラス様はこちらへ。ヘリのご準備ができています」
「こころお嬢様はこちらです。学校へ向かうお車の用意が出来ています」
「いつもありがとう! これ、どうかしら! エヌラスが作ってくれたのよ!」
「あらあら。とてもお似合いでいらっしゃいます」
「エヌラス! あたしスゴイことに気づいたわ! 美咲とお揃いよ!」
「それはよかった。それじゃまた明後日な」
素っ気ない態度を取りながら、会釈する執事たちとなにか言葉を交わしてエヌラスはこころから離れていく。後ろ手に小さく手を振って。
「おはよー、こころ。あれ? なんかいつもと違う……あ、ヘアピンしてるんだ。珍しいね、どうしたのそれ?」
「おはよう、美咲! ねぇ、聞いてくれるかしら!」
「学校に行きながらね」
朝からいつになくテンションの高いこころの話に相槌を打ちながら、美咲はそのツートンカラーのヘアピンがエヌラスからのプレゼントであることに驚いていた。
目の前であっという間に作ってくれて、まるで魔法使いのようだったとキラキラと笑顔を輝かせている横顔に思わず笑みをこぼしながら校門をくぐる。
いつもより笑顔を輝かせてご機嫌な様子のこころに、はぐみ達も気になって声を掛けていた。
意外にもアクセ製作が得意なことには誰もが驚いていたが、まさかその予想を遥かに上回る事態が起きることになろうとは思いもしなかった。
――エヌラスの要求としては別荘に一日無人の環境を用意すること。そして、一部屋だけ調度品も全て取り払っておくこと。
自分の魂を削り出して作品に込める作業に、余分な色が含まれると純度が鈍る。
そこに込めるのは、自分が理想とする形。無音の環境に身を置いて、ひたすらに削り出す。
作業開始から一昼夜、ノンストップでひたすらに完成に向けて手を動かしていた。
物を作るのは、嫌いではない。むしろ、唯一と言ってもいい程打ち込める。そこへ向ける情熱と繊細さは異常とさえ言われた。だが、仕方ない。
壊すことしか出来ない男が唯一、自分の手で何かを作れるのだから。料理だけはどうしてか全くできないのだが。
「………………」
指先一つ。呼吸の一つ、神経を張り詰めて宝石を加工していく。
出来上がったのは、宝石のドレスを纏う、宝石の人形。別途製作した首飾りに、背中の羽根が幻想的な雰囲気を醸し出している。差し伸べた手は今にも動き出しそうで、どこか憂いを帯びた視線に僅かに突出した唇も喋りだしそうだ。華奢なラインに沿ったドレスは躍動感に溢れている。
緑色の瞳。白く削り出された頬、折れてしまいそうなほど繊細な立ち姿。名前も知らない深窓の令嬢、おとぎの国の女王様。
作品に名前はない。それは、この所有者が名付けて初めて完成する。
ひとまず完成となった作品を丁重に丁重に、慎重に保護しておく。
緊張感から解き放たれて、忘れていた疲労感と空腹と眠気が一気に押し寄せてきた。
工具が所狭しと溢れる即興のアトリエに大の字に寝転がると、背中に削り出して放置した宝石の端材が刺さる。
「イテェ! ……ったく、あー。このへんも全部綺麗に片付けないとな……」
面倒だし後でいいか。疲れた眠い腹減った。倦怠感も含めて、エヌラスは即座に横になって目を閉じる。
一時間の仮眠後、行動開始。まずアトリエの片付け。それから最小限の道具と端材を用いてこころへのお土産を製作。
ヘアピンを作ったが、あの程度ならいくらでも作れる。
(お土産、ねぇ……?)
ネックレス? ペンダント? ……指輪なら得意だが。
だが、活発なこころに渡すのなら動きを邪魔しないものがいい。そうすると自然と選択肢が狭められる。
普段使いが可能なもの。ライブの時にもアクセントになる程度で主張が激しすぎないものであればなおのこと好ましい。そこまで考えてから、エヌラスは頭を悩ませる。
――やはり指輪か。マジックアイテムの定番だ。
しかし頭のどこからか冷静な声が聞こえてくる。「指輪だけはマジで辞めとけ、痛い目見るぞ」と本能にも似た警告。
(もっと。こう……)
チョーカー? いやなんかそれはいかがわしい。俺の心が穢れているだけか。
しかしそうなると他には服飾などになる。そうなると手元にある端材などでは足りない。
ライブの衣装? ドレス? リボン? いっそのことぬいぐるみでも作ってやろうか――。
――これぇ~? えへへぇ、かわいいでしょ~?
「…………」
顔も、名前も、思い出せない。だが、眠気を誘うような声。のんびりとした少女の姿が脳裏をよぎる。
――あれは、誰だっただろうか。奇跡のような出会いをした記憶がどこかにある。
それももう、思い出せない遠い記憶。それが、ひどく胸を穿つ。
頭を振ってすぐに考えを振り払った。今はこころへの手土産だ。
結局、迎えの執事達が来るまでの間に思いつかなかったので、なにか参考にならないかと尋ねてみる。
「なぁ。こころって何が好きなんだ?」
「笑顔……ですかねぇ……」
「他人の幸福でしょうか」
「よーしわかった。参考にならないってことがよーくわかった」
「ハッピー」
「ラッキー」
「……スマイル」
「「「イエーイ!」」」
「……で、ございます。エヌラス様」
「リムジンごと吹っ飛ばしてやろうか」
「おやめくださいお客様!」
ノッておいてなんだが、無性に腹が立った。
「しかし何故?」
「手土産が全く思いつかなくて困ってる」
「エヌラス様からの贈り物でしたら、どのようなものでも諸手を挙げてお喜びなさるかと」
「だからって手を抜いていいわけがないだろ。そんなもん渡せるか。ただでさえ手抜きのヘアピン渡したってのに」
……あれで手抜き? 市販品と遜色ない出来栄えで、こころお嬢様がいたく気に入っていたというのに?
この人本気出したらどうなるんだ。そんな妙な緊張感に思わず固唾を飲み込む。
「ところで、作品の方は完成致しましたか?」
「いや、まだだ。依頼者が作品に名前を付けて、そこで初めて完成する」
「画竜点睛、というわけですか」
「……なんだって?」
「お気になさらず」
「ネックレスは如何でしょう」
「資産家に金品渡したところでありがたみなし、却下」
「では、ペンダント」
「以下同文、却下」
「……ヘアピン?」
「バレッタなど如何でしょう」
「なるほど。保留。他に代案」
次のライブに使う衣装。ドレス、やはりどれもこれも似通った案が出てくる。
金品や服飾などの案が出る中で、部屋のインテリアに話がシフトしていった。だがそうなるとサイズなどの問題が出てくるがそこは魔術師。どうとでもなる。
「……ミッシェル?」
「ミッシェル……」
「ミッシェルなど……」
「ミッシェルで何をどうしろと」
「そこはミッシェル・インポッシブルでしょう」
「しかし、財をふんだんに用いたものは弦巻家で可能なので……」
「――つまりそれは、こころへの贈り物は“諦めろ”という話か?」
「えっ。いや、それはその……」
「よしわかった。弦巻家からの挑戦状とみなして受け取った。覚悟しとけ。お前ら人類が百年先どころか隣の世界に到達し移動手段を確立するまで絶対にたどり着かない境地の魔導技師加工技術を注ぎ込んでこころに手土産作ってやる。目にもの見せてやる」
確かに、世の中は金で動いている。だが金で買えないものもある。金で動かないものもある。
技術は金で買える、技術者も雇える。それでも、職人の技だけは決して譲れない。エヌラスにしてみれば自分の作品に心血を注ぐという行為は他者への敬意に他ならない。
そういう意味では、プレゼントを贈るというのは一種の愛情表現だ。