学園を見て回るエヌラスがこころに発見されて捕まる。風紀の乱れと怒る前に、またか。という顔をするのが二名ほど。追いかけてきた美咲と、紗夜だ。
「あー……その、元気になったんですね?」
「おかげさまでな。それはそれとして、こころ。離せ」
「エヌラスさんだー! わぁーいっ!」
「第二波っ!?」
飛びついてくるはぐみのハグによる不意打ち。それを偶然見かけたイヴまでもが顔を明るくさせて駆け寄ってきた。
「エヌラスさん、私も失礼しますっ」
「なんで! なんでそうなる!? ぐえっ!」
こころ、はぐみ、イヴの三人によって捕まったエヌラスが固まる。離してくれ、と軽く叩いても離れる気配なし。振り向けば紗夜。
「鼻の下、伸びてますよ?」
「それ以前に助けれ」
「嬉しそうなので」
「そうね! エヌラスとっても喜んでるみたいだわ!」
「俺の一体どこを見て喜んでいると判断したんだ、こころ」
腕にぶら下がるはぐみを見て、行き交う生徒達からも歓声が起こっている。その気になれば三人まとめて引きずって廊下を駆け抜けることくらいできるが、大量の荷物を運搬している他の邪魔にならないように気をつけていた。
「ほれ、離れろ離れろ。皆の邪魔になる」
「そうですよ」
「サヨさん、なんだかエヌラスさんのパートナーみたいです」
「誰かが見ていないと何をするか解らないので」
まるでこころの黒服みたい、と美咲は思ったが口にしない。
一年生のクラスは不慣れなところもあるようだが、なんとか上手くやっているようだ。
二年生は去年とはまた違った催し物に挑戦。
三年生は今年が最後ということもあり、気合を入れている。
「部活ごとにもなにかやるのか」
「はい。美術部や文芸部は作品の展示を行いますね」
「茶道部もお茶を出します!」
「へー。そりゃ楽しみだ」
「……ところで、羽丘の方には行かないのですか?」
「一般開放でもされなきゃ立ち寄れんしできれば行きたくない」
なぜなら日菜がいるから。あれに捕まったら何をさせられるか予測できない。
「あら、それならあたしと行けばいいじゃない? 今度日菜と天体観測する約束をしているの。責任者として顧問が一緒にいないといけないみたいよ」
「あの野郎……」
絶対に俺を指名すると分かってて提案したなそれ? しかもそれなら学校の教師も渋々承諾するはずだ。紗夜に念の為確認してみると、どうやらその話は伏せておきたかったらしい。
「……それで羽丘の教師陣を言いくるめたらしいですよ」
「あいつは行動力の化身か」
「元気はいつも有り余っていますね」
「こころ、それはいつやるとか決まっているのか?」
「エヌラスがいないと始まらないじゃない。まだ決まってないわよ」
天井を仰ぐ。
「まー、そのうちな……そのうち決めるか。そしてはぐみはいつまでぶら下がってんだ、早く降りてくれ」
「はーい!」
「そしてこころも離れろ。歩きにくい」
「お土産は?」
「あとでちゃんと渡す、いい子だから離してくれるか?」
はぐみとこころがようやく離れた。学園の巡回に来たというのにどうしてここまで疲れるのか。
「……三年生の様子見たら、帰る」
「もう帰っちゃうんですか? 残念です」
「そりゃあこれ以上いたらどんなトラブルに巻き込まれるかわからんし」
「トラブル起こしてる張本人が何を言っているんですか」
「俺は巻き込まれている側なんだが?」
「中心になっているのは間違いないと思いますけれど」
エヌラスは顔を覆う。そう思うのなら少しは助けるとかしてくれないのか。誰も俺を助けてくれないらしい。美咲も静かに目を逸らしている。現実は非情だ。いや、何も期待なんかしちゃいないけど。
三階に上がろうと階段に足をかける。その後ろをついてくる紗夜とイヴ。こころとはぐみは美咲に引き止められて自分達のクラスの手伝いに戻された。よくやったハロハピのストッパー。
「二年生は魔境かなんかか……」
踊り場ですれ違う三年生に挨拶を返して、エヌラスは階段を登る。
「しかし部活動、ねぇ? 放課後になっても学校で色々やってるのはそういうことか」
「……本当に学校生活を送ったことがないのですか?」
「無い、まったくと言っていいほど」
「それなのによく教師をやろうと思いましたね」
「俺ほど教職に向いていないやつはそういないと思うんだけどな……どうしてこうなった」
「弦巻さんの提案を呑んだからでは?」
あの時はそうしなかったらお縄になっていた。
「そういえば、エヌラスさん」
「んー?」
「カネサダさんは元気にしていますか?」
「…………」
イヴの無垢な言葉に、紗夜が言葉を失っている。だが、エヌラスは表情一つ変えずに応えた。
「ああ、そうだな。元気だといいな――あのバ兼定」
「一緒じゃないんですか?」
「俺もアイツも色々忙しいんだ」
「……階段、気をつけてくださいね」
「階段踏み外すほど疲れてねーよ」
紗夜の言葉に手を振りながら軽い調子で応えて、三年生の廊下に到着する。曲がり角でぶつかりそうになって避けると、彩が転びそうになっていたので片手で支えた。
「うひゃあ!? ……あ、ありがとうございます」
「相変わらず危なっかしいなお前……」
「…………エヌラスさん?」
「他に誰がいると」
目の前にいる相手が信じられないという顔をしている彩の手元から荷物が落ちそうになる。それを持ち直させて頭を軽く叩いた。
「はうっ!?」
「しっかりしろ」
「してます!」
「本当か~? 気の抜けた顔して」
「してませんよ!?」
「って言っているがそこんところどうだ、イヴ」
「アヤさんは昨日のレッスンも張り切ってました」
「張り切りすぎて今日に疲れが残ってたりしてないだろうな」
「えっと…………えーっと」
「お前は本当に正直だな……」
顔に出てるぞ。わかりやすく目を泳がせてしどろもどろになっている彩を追って、千聖が歩み寄ってくる。エヌラスの顔を見て少し驚くが、すぐに会釈した。
「なんだか久しぶりですね、エヌラスさん。元気にしてますか」
「ちょっと前に瀕死になったが今は元気だ」
「怪我をするのも程々にしてくださいね」
「多分言うだけ無駄ですよ、白鷺さん。記憶が正しければこの三週間で少なくとも五回は死にかけてますから」
「あの双子だけで二桁は死にかけてたけどな」
「自殺志願者ですか貴方は」
好きで死にかけてるわけじゃない、しかし紗夜の目にはどうも死にたがりに見えるらしい。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「文化祭の準備、どんな調子かと思ってな」
「順調ですよ」
「そうか。それならいいんだ。俺もそこまで長居するつもりはない」
軽く見て回るだけだ。二年生ほど問題児が多いわけではないし、すぐに終わるだろう。
「いつものエヌラスさんが見れて安心しました」
「そうね。大怪我したと聞いた時は少し不安でしたけど、問題なさそうですね」
「そんなことを言っていると今度はどんな大怪我するかわかりませんよ」
「「はぁ……」」
千聖と紗夜のため息が重なる。
「そう毎回死にかけてたまるか」
「はい?」
「なにか言いましたか?」
「なんでもないです……」
これ絶対に何を言っても無駄なやつだ。
「大丈夫です! エヌラスさんなら何度大怪我しても元気になります!」
「その信頼の仕方はどうなんだイヴ?」
「エヌラスさんのブシドーを信頼してるので、大丈夫です♪」
それ武士道関係ある?
「それに、新選組の方も言ってました! “武士よりも、武士らしく”です!」
「武士、ねぇ……そうだな。あの馬鹿に負けてらんねーしな」
それが誰を指しているのか、彩達には容易に想像できた。
「階段から落ちるなよー、彩」
「う、うぅ……なんかそう言われると不安に」
「大丈夫よ、彩ちゃん。私も手伝ってあげるから」
「いいの? ありがとう、千聖ちゃん」
千聖がついているのなら大丈夫だろう。二人で仲良く階段を降りていく姿を見送ってから、エヌラスは紗夜の監視のもと、廊下を歩き始めた。
予想通り、三学年の見回りはすぐに終わった。特にこれといった妨害(?)もなく。
一通り見て回って、問題ないことを確認すると一階に戻る。
中庭で休憩しようと腰を下ろすと、再び子猫襲来。香澄の魔の手から逃れてどこかに隠れていたようだ。
ベンチに登り、太ももに前足を乗せたと思えば、そのまま身体を駆け上がって頭の上に居座る。お前の定位置じゃないんだぞ、そこ。ゴロゴロ喉を鳴らすな。
「おい、重いんだよ」
ふなーお。
「……公園に戻ったら降りろよ?」
にゃうん。――公園までの辛抱だ。
「あ、いたいた。エヌラスさーん」
「ん? 沙綾か。どうした」
「……頭の子猫は?」
「気にしないでくれ」
いや気になる。とても気になる。だが、なんとか子猫から意識を外して沙綾は手にしていた紙袋からやまぶきベーカリーのパンを取り出した。本日はメロンパン。
「はい、どうぞ。快復祝いみたいなものです」
「いいのか? そういうことなら遠慮なく」
「そういえば、さっき何を渡してたんですか?」
「え? 別に大したものじゃない。はむ」
頭上の子猫もパンの匂いに誘われて頭を寄せていた。鼻を鳴らすキジトラ子猫に沙綾がパンを差し出そうとするが、それより先にエヌラスがポケットから煮干しを取り出してかじらせる。
「……いつも持ち歩いてるんですか? 煮干し」
「いや? 学校来る前に買ってきただけだ」
「野良猫に餌あげちゃダメなんだけどなー」
「そういう雇用契約だから仕方ないんだ」
言ってしまえば協力者。街中の監視の目となってくれている野良猫に餌をやっているのはそういう理由だ。
「猫ちゃん雇ってるんですか?」
「あー、うん。まぁ」
「……報酬、煮干しで?」
「安くて大量に手に入るからな」
猫缶は割に合わないので好ましくない。
「うーん、うちパン屋だから飼ってあげられないしなぁ……」
「野良でいいんだよ」
「でも商店街でネズミ出たりしたらちょっとした騒ぎになるし」
「……だとさ? 良かったな、仕事だぞ」
ふみゃーう。
不満そうな鳴き声に、エヌラスが口をへの字に曲げる。メロンパンを頬張りながら。
「はいはい、俺の口から伝えますー。子猫のくせに偉そうにしやがって」
「あはは、良い相方ですね。うん、名コンビ。有咲と香澄みたい」
「どこがだ」
「そうだ、今ので思い出した。さっき香澄が探してたみたいなので早く逃げた方がいいですよ」
「……キラキラしてた?」
「すっごく、キラキラと顔を輝かせていたので。絶対に大変なことになると思いますよー」
「忠告ありがとよ。全速力で今から逃げるわ」
「明日の文化祭、楽しみにしててください」
「メロンパンごちそうさま」
香澄が三階の廊下を探し回っている。見つかる前にエヌラスは花咲川女子学園から逃げるように立ち去った。
その後姿を見送っていると、頭の上の子猫が振り返ってあくびをこぼす。
「さーやー! さっきまでエヌラスさんここにいなかった!?」
「残念、一歩遅かったね。メロンパンで足止めしてたんだけど、すぐ食べ終わっちゃって」
「そんなぁ~……」
「ほらほら落ち込まないの、明日また来てくれるんだから」
「それもそっか!」
相変わらず切り替えの早さに惚れ惚れする。単純、とも言うが。
目前に迫った花咲川女子学園文化祭に、体育館で行うライブのセットリストの確認。
「そうだ、サプライズでエヌラスさんにもなにか一曲!」
「絶対嫌がると思うけど?」
「そこをなんとか!」
「いやー、それをあたしに言われてもねー」
「さ~やぁ~……」
「うちのパンはそこまで便利じゃないよー、香澄」
「うーん、うーん……」
頭を悩ませる香澄だが名案が浮かばないのか段々と身体が傾いていく。
「ダメそう?」
「全然思い浮かばない……」
「そっか。それじゃ、みんなに相談しよ」
「うん! きっと何か良いアイディアがあるよね!」
「ただしエヌラスさんが嫌がったら」
「ちゃんと諦める! 大丈夫! でもできれば歌ってほしい!」
「ホントかな……?」
ちょっと心配になってきた。