【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百九幕 にゃんだふるショック・湊友希那

 

 いつもの場所。馴染みとなった森林公園。人払いの結界を張っているため、人が来ることは稀となってしまっているがそれを気にする住人はいない。意識の蚊帳の外にあるものをわざわざ見に来る物好きはそういなかった。

 ただし、猫は別。

 どういうわけか、結界をすり抜けて入ってくる。

 大魔導師曰く――「猫は“抜け道”を知っている」とのこと。つまりどうあっても猫だけは結界が通用しない。その原理も理屈も説明されても納得いかないし解らないが、それを口にするとぶん殴られるのだけは理不尽だと思う。

 猫の街・ウルタールと呼ばれる国がある。猫が人間以上の役割を果たす猫だけの国。現実と夢の境界線に存在しているそこに住まう猫たちはあらゆる場所に向かうことができる。そのため邪神や様々な敵対勢力に狙われているらしい。

 らしい、というのはエヌラスがまだ一度も踏み込んだことがないからだ。

 どんな街で、どんな猫が済んでいるのか、どれだけの規模なのか。全くの未知数。

 

 猫経由で話を聞く限り、大魔導師の名前は広く知れ渡っているらしい。なんでも、猫将軍とは旧知の仲。猫の額ほどの人間性しかないくせに猫と仲良しとかどういうことだクソ師匠。人間に興味など微塵もないから猫と親睦を深めているのならどうかしているが、そもそもどうかしているから魔道に通じている。

 そんなわけで――その弟子であるエヌラスにも猫たちは興味が惹かれていた。

 やたらめったらと野良猫に群がられているのはそういうこと。要するに全部師匠が悪い。

 

 足元に集まる野良猫十数匹が、にゃごにゃご鳴いて自由奔放に動き回っている。

 商店街に出るネズミ退治の依頼――報酬、ネズミ一匹につき煮干し一匹。特別報酬、猫缶。その条件に、その日暮らしの野良猫たちは賛否両論。参加は強制していないので好きにしたらいい、猫にそこまで期待していない。

 ベンチに腰掛けてキジトラ子猫を頭から下ろし、背中をさするとすぐに離れていった。

 

「…………平和だ」

 そして、暇だ。

 最近ライブハウス『CiRCLE』にも顔を出していない。

 虚脱状態に近い。何もする気が起きなかった。一仕事を終えて緊張感から解き放たれたからだろうか。

 明日の文化祭に備えて早めに帰宅して身体を休めておこうかとベンチから腰を上げた瞬間、結界の中に人の気配を感じ取った。誰かと思い、視線を向ければ羽丘の制服が目に入る。

 今井リサと、湊友希那のいつもの二人組。

 

「あれ? エヌラスさんじゃん、久しぶりー」

「よ、リサ。友希那も一緒か」

「…………」

 聞こえていないのか、目を白黒させてぼんやりとしていた。視線の向かう先は大量の野良猫。

 

「ゆーきなー?」

「――え? ええ、大丈夫よ」

「ほらほら、にゃーんちゃんに見惚れてないでちゃんと挨拶してあげたら?」

「……こんにちは。その、そこの猫……ちゃん……達は、あなたの?」

「いや? 野良猫だ。ちょっとした協力者みたいな関係」

「へー、じゃあやっぱりあの噂は本当だったんだ。ねこあつめのおにーさん♪」

「好きで集めてるわけじゃないんだけどな」

 野良猫の集会に参加しているだけで。

 そして猫が顔を覚えて逃げないようになったというだけで。

 もののついでに言うなら鬼畜オブド外道オブクソの極み師匠の悪名高さがついて回っている。なので決して自分が猫好きというわけではない。

 

「それで、リサ達は帰りか?」

「うん、そだよ。今年で最後だからねー、三年生は張り切っちゃってさー」

「……最後?」

「アタシも友希那も、日菜とかも。三年生は来年卒業。何事もなければだけど」

「紗夜達もか……」

「そっ。在学生はあこだけになっちゃうかなー、『Roselia』は」

 エヌラスが顎に手を当ててなにか考えこむ素振りを見せていた。しかし、友希那は話を右から左に聞き流して、自由に動き回っている野良猫の群れに注目している。

 

「ハナジョの方はどんな調子?」

「いつも通りって感じだ。いい感じに盛り上がってるよ」

「まだ始まってないのにねー」

「顔出しただけでえらい騒ぎになってなー。疲れた」

「じゃあこれ。疲れたら甘い物ってことで。はいクッキー」

「……いいのか? ありがたく頂戴する」

「いーのいーの」

 浮かせていた腰を再び落ち着かせて、リサから受け取ったクッキーの袋の封を開ける。カサカサと音を立てたからか、野良猫達が一斉にエヌラスへと殺到していた。個包装タイプの煮干しを与えていたせいでもらえるものだと思っているようだが、生憎と猫に食わせるクッキーはない。

 

「おめーらのじゃねぇ、寄るな登るなじゃれつくな!」

「はわ……!」

「あーあ、猫ちゃんまみれだ」

「……羨ましい……」

 背広の内ポケットからいつものパッケージを見た猫たちが一斉に目を光らせる。

 右に左に揺らすと、それに合わせて頭を揺らしていた。

 

「友希那、パス」

「え?」

 ひょいと放り投げて友希那がキャッチする。途端に、野良猫たちはエヌラスへの興味を失って友希那の足元へ集まって座り込んだ。揃いも揃って尻尾を左右に振っている。野良猫に囲まれて固まっている。

 

「そいつら現金な奴らだからな。餌が貰えないと知るとすぐ離れる。触るんだったら煮干し持ってる今のうちだぞ」

「やったね友希那、触り放題じゃん」

「……いいの?」

「ただしコツがいる、コイツら変に賢いから油断してると餌取って逃げる」

 野良猫の包囲から解放されたエヌラスはリサの手作りクッキーを口に放っていた。その絶妙な味つけに小さく頷きながら。

 

「うん、やっぱお前の作るクッキーは美味い」

「二番目?」

「此処じゃ一番、俺の中で二番」

「むしろその一番美味しいクッキー食べてみたいんだけどなー」

「あいつが作る飯でまずいのを食ったことがないくらいだ。俺が食ってきた中で、世界で一番美味い飯はアイツの手料理だな」

 友希那がかがみ込み、煮干しの封を開けるとせっかちな野良猫が膝に前足を乗せて早く寄越せとせがんでいる。そんな態度も猫の愛嬌の前では魅力に早変わり。かわいいは、繕える。

 

「……はい」

 手に乗せて差し出すと、匂いを嗅いでからすぐに咥えて離れていく。触る暇なし。行き場のない友希那の手が宙を彷徨っていた。煮干しの残り香を嗅ぐために三毛猫が頭を擦り寄せている。

 シャリシャリとした舌触りにくすぐったそうにしていた。

 

「はう……」

 油断大敵。気を緩めた瞬間に、友希那の手を他の野良猫がパンチして煮干しの個包装パッケージをはたき落として咥えて離れていく。囮役の三毛猫も身を翻して友希那の足元から離れていった。

 

「うわー、猫ながら凄い連携プレー」

「言わんこっちゃない。っていうか友希那、猫好きなのか?」

「……はっ! ふ、普通よ……! 別に特別好きというわけじゃないわ」

「ふーん……」

 エヌラスが短く口笛を吹くと、野良猫が振り向く。人差し指で指示を出すと、何匹かが友希那めがけて駆け寄ってそのまま太ももから肩に飛び移った。頭の上と肩に居座られるだけでなく、太ももにものしかかってくる。そのまま友希那がバランスを崩して尻もちを着くと、これ幸いと何匹かが更に寄ってきた。

 その様子を眺めていたエヌラスの目を、リサの手が塞ぐ。

 

「友希那ー、かわいいパンツ見えちゃってる」

「……にゃーんちゃんが……にゃーんちゃんが……」

 ふみゃおなおーうにゃごにゃご……。

 野良猫に群がられている友希那はそれどころではない模様。

 

「……やっぱりエヌラスさんも男の人だねー。興味あるんだ、女子高生の下着とか」

「無いやつは人間として致命的な欠陥を抱えていると思うんだが」

「いやー、そこまで言われてもねー……犯罪だよ?」

「そんなこと言われてもな……」

 犯罪に全く抵抗のない男にそんな罪悪感に訴えかけられても。

 猫まみれの友希那だが、エヌラスが指を鳴らすと一斉に野良猫が離れていく。

 煮干しのパッケージを開けて、リサの手に乗せる。すると、今度はリサの手元めがけて野良猫達が集まってきた。

 

「一応聞きたいんだけど、アタシ達のこと、そういう目で見てたりするの?」

「見ないようにしているつもりだが。なんか気に障ったか?」

「なんだろ、それはそれでちょっと複雑……」

 乙女心って難しい。

 そこでふと、思い出したようにエヌラスが猫の座布団にされていたビジネスバッグに手を伸ばした。その上でくつろいでいた猫を掴んで、リサの太ももに座らせながら。

 

「あははっ、くすぐったいってば」

 寝床を確認するために何度も前足で太ももを揉み、野良猫はその寝心地が悪くないと思ったのかスカートの上で丸くなって座り込んだ。

 

「ほい」

「ん? なになに、くれるの?」

「クッキーのお礼。友希那も。いつまで寝転がってんだ」

「――ふぅ……。大変な目に遭ったわ」

 いつもの調子に落ち着いた様子だが、それでもどこか満足げにしている。頬に猫の足跡つけながらクールを装っても説得力ゼロ。髪も跳ねているし、制服も土埃と足跡まみれだ。

 

「あ、ピックじゃん。へー、キレー。ちゃんと『Roselia』のロゴも入ってるし」

「……これは私に?」

「暇だから戻ってくるついでに作ったやつ。やるよ」

「そう。ありがと」

 友希那にはノンホールピアス。小さな青薔薇は、バンドの華とも言えるボーカルの耳元で咲き誇ることだろう。その精巧な作りにはリサも素直に感心していた。

 

「……ん? 作ったって?」

「手作り」

「顔に似合わず手先が器用なのね」

「顔に似合わず繊細な野郎で悪かったなこんちきしょう。今日は疲れたし、もう帰って寝る」

「そういえば、羽丘の文化祭に来るの? もしそうなら嬉しいしサービスしちゃうんだけどなー」

「あー……そだな。余裕があれば、行くつもりだったんだが……あぁ、それとこれ。燐子とあこに渡しておいてくれ。ポピパから逃げ回ってて渡してる暇なかったんだ」

「オッケー♪ あとで渡しておくね。ちなみに二人にはなに作ったの?」

「大したもんじゃねーよ」

 燐子にはブレスレット、あこにはリボン。それぞれ青薔薇をあしらってある。――なお、制作時間、一人につき二十分程度。

 立ち去る背中を見送ると、野良猫達も折を見て解散する。リサの膝の上でくつろぐ猫だけはお腹を見せて身体を伸ばしていた。

 

「友希那、この子なら触らせてくれるんじゃない?」

「……そうかしら」

 ふわふわのお腹に向けて、そっと手を伸ばす。

 ――がじり。

 手を噛まれた。痛くないが、そのまま飛ぶように逃げ去られていく。

 

「…………」

「…………」

「………………え~っと、そういうこともあるよね! うん! 落ち込まないで!」

「別に気にしてないわ……行くわよ」

(これは気にしてる顔だよねー……)

 一体全体、どうやって手懐けているのか。少なからずショックを受けている友希那を宥めつつもリサは二人で森林公園を後にした。

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