【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百十幕 最高のキラキラとドキドキを

 

 

 ――花咲川女子学園、文化祭開催。朝から店番の生徒達は大忙しで開店準備。

 何事もなく、問題なく開かれる文化祭。一般開放された学園に足を運ぶ人たちは多い。大盛況を見せる学園だが、そこにエヌラスの姿はまだなかった。

 

 ライブハウス『CiRCLE』に足を運び、顔を見せる。例のごとく月島まりなが開店準備に追われていた。顔を見るなり、驚いている。

 

「いやー、はは……なんかお久しぶりです」

「――生きてたんですか?」

「出会い頭にあんまりでは!?」

「いえ、だって……ポピパの皆さんが言ってましたよ? 「私達のせいで瀕死の重傷を負ってしまったので、しばらく休ませてあげてください」って。その様子を見ると、全然平気みたいですね」

「またそれは大袈裟な話に」

 実際そうだったのだが、まりなが呆れると箒を差し出してきた。

 

「はい、それじゃあ開店準備お願いしますね」

「マジすか……」

「元気そうなので。オーナーも心配してましたよ」

「んじゃあ顔出してきます」

「そうしてあげてください。ところで、お土産とかは」

「はいどうぞ」

「……冗談のつもりだったんですけれども」

 まさか本当に渡されるとは思わなかった。まりなが受け取ったのは、キーホルダー。

 木彫りのギター。弦までしっかりと彫り込まれている。

 

「へー、海外じゃこういうのも売っているんですね」

「え? ええまぁ。素材が良かったんで」

「確かに温もりというか、手触り感が気に入りました。ありがとうございます」

「気に入ってもらえたなら彫ってよかった」

「……ん?」

 まるで手作りのような口ぶりに、眉を寄せる。だが、真実を聞いて確かめるより先にオーナーのもとへ向かっていった。

 

 世間話をしつつ、心配と多大な迷惑を掛けた旨を謝罪して土産を手渡す。甘い物ということでチョコレート。オーナーもエヌラスのことは気にかけていたらしい。

 新米スタッフとはいえ、豊富な職場経験からくる仕事の飲み込みの早さとお客の人気と愛想の良さと諸々。いなかった時期にちょっと売上が下がったりしたくらいには。だが、できれば今後はそういった不安を撒くのは控えてくれと注意された。

 花咲川女子学園でも非常勤講師という形で勤務している今では気をつけてね、とも。お得意様もいることだし、そう笑いながら話すオーナーの人の良さには少々不安が残りながらエヌラスは今後の勤務についても相談する。

 短期間のバイトという形で働いているが、明確な期間を設けていなかった。なので、夏になる前には辞めるつもりだ。早くても、来月には。少なくとも学生達が夏休みに入る頃には日本を離れようと考えている。

 “本業”も疎かにしている場合ではないからだ。

 それに、オーナーも渋々といった様子で承諾する。できればずっといてもらいたかった、と個人的な思いを口にしながら。

 頭を下げて、退室する。

 

 ――自分の中にある、嫌な感覚。馴染みのある、警告。

 どこかに現れた邪神の気配。それを辿ることができない。恐らく相手も同じ状況に身を置いているはずだ。

 手探りで敵を探している状態。だが、大雑把な位置は把握できている。

 日本の裏側。それこそ、少し前に滞在していた場所だ。

 現地で軽く探してはみたが、今度は逆に気配を感じ取ることすらできなかった。

 身の隠し方が上手い、手強い相手。それでも、対峙した時には他の何を犠牲にしてでも倒さなければならない。

 なにを、犠牲にしてでも――。

 

「……エヌラスさん? 大丈夫ですか?」

「へぁ?」

「気の抜けた返事をしないでください。ちょっと怖い顔してましたよ」

「やー、なんといいますか。ちょっと先が思いやられているっていうか」

「ふーん?」

 腕を組んでいたまりなが手を伸ばし、エヌラスの頬を捉える。

 

「シャキッとしてください。これからハナジョの文化祭に行くんでしょう?」

「ええ、まぁ。警備も兼ねて」

「こっちは大丈夫なので行ってきてください」

「……なんか気を使わせたみたいですいません」

「気にしないでください」

 会釈して店を後にするエヌラスに小さく手を振り、元気そうな姿が見れたまりなが内心で胸をなでおろしていた。その様子を偶々近くで見ていた女性スタッフがニヤニヤと、にんまりと、それこそ意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「なんだか、エヌラスさんとお似合いですね」

「えぇ~? そうかなぁ。ただ、なんていうか……放っておけないのは確かかなー。目を離せないっていうか。すぐ何処かにフラッと消えちゃいそうで」

「あー、わかりますそれ。変に目立って存在感あるから尚更」

「そうなのよねー、なんでかしら?」

「好きなんじゃないですか?」

「それはないと思うんだけどなー」

 ただ、たしかに。興味はある。好奇心にも似たものだが。

 

 

 

 ハナジョの文化祭に顔を出して、校門から続くまでの間にすぐ生徒達に取り囲まれた。学園の人気者であるが、それにしても最近はやたら人数が多い気がする。その理由のほとんどが口々にする動画を見ただのギターが上手いだのなんだのと。

 エヌラスは、音楽の道を外れた。というよりも、極めるつもりはなかったし、暇潰し、或いは単なる好奇心で始めただけだ。それを職にするつもりもなかった。ましてや、それで出世するつもりも音楽で生きていくつもりもない。それが何をどうしたらこうなるのか。

 

「ええいやめいやめい、離せ。ほら、一般の皆様の邪魔になってるだろ。道を開けてくれ」

 交通整理。人通りを良くするためにエヌラスは出店の裏側に回る。

 三年生、その中でも彩のクラスはくじ引きで決められた人通りの多い正面玄関に陣取っていた。

 

「いやー、盛り上がってるな」

「エヌラス先生、よかったらこれどうぞ」

「お。いいのか? いやー助かる。さっき『CiRCLE』に顔出してきたばかりで喉乾いてたんだ」

 差し出される瓶の飲み物が見慣れない形状をしているので、エヌラスが眉を寄せている。

 

「……なにこれ?」

「えっ。ラムネですけど……」

「なんか、中に入ってないか? ガラス玉みたいなの」

「……もしかしてエヌラス先生。ラムネって初めて見ます?」

「まぁ……なにこれ、上ごと割って飲めばいいのか」

「破片で大変なことになりますよ!?」

 心優しい生徒の一人が開けてあげることにしました。

 

「あ、美味しいなこれ。俺炭酸ってあんまり好きじゃないんだけど、っていうかやっぱこれ、中のガラス玉邪魔だわ。のみにくっ、どうすりゃ取れるんだ」

「普通に開けれると思いますけど」

「ていっ」

 飲み口を捻り、キャップを外すと中のビー玉を取り出してエヌラスはそのまま飲み始める。なんて厄介な飲み物なんだ。嫌いではないが。そもそも開ける度に中身が吹き出すとはまた面倒な。

 

「彩はどうした? いないのか」

「他のクラスの出し物見てます」

「そうか。まぁそのうち会うだろうし、いいか」

「あ。そうだ、二年生の戸山さん達が探してましたよ。見かけたら教えてくれって」

「なんで学園内で指名手配されてんだ俺は?」

「さぁ……なにか大事な話があるみたいでしたけど」

 大事な話? なにかあっただろうか。こんな時に。

 

「ま、いいや。見かけたら聞けばいいし。飲み物ごちそうさま」

「ビー玉とか持っていかないんですか?」

「この中に入ってたガラス玉のことか。せっかくだし持っていくか、なんかに使えそうだし」

 無造作にポケットへ突っ込んでエヌラスは校舎の中へ入って香澄達を探すことにした。クラスの手伝いもあるだろう。

 

 ――とか考えていたらエヌラス捜索隊が結成されていたらしく、二階に上がった瞬間にイヴに見つかった。

 

「あ! エヌラスさん発見です!」

「……なんでいるんだ、イヴ」

「エヌラスさん捜索隊なので! 御用改めであるー」

「はいはい、大人しく捕まればいいんだろ」

 ここで逃げ回っても時間の無駄だ。できるだけ早めに用事は済ませておきたい。折を見て羽丘の方にも足を運ぼうと考えている。

 隣に並んだイヴが人懐っこい笑顔を浮かべながら腕を組むと、そのまま引っ張って歩き始めた。

 

「別に腕を組む必要はないと思うんだが」

「いえ! ここで逃したらセップクものです!」

「そこまで!?」

「エヌラスさんを取り逃がしたとあっては末代までの恥!」

「ちょっと気負いすぎだろ! 逃げないから!」

「一度捕らえた獲物を逃がすわけにはいきません!」

「逃げねぇって言ってるよなぁ!?」

 意気込むのはいいことだが、ちょっと気合が入りすぎである。すれ違う生徒や一般の皆様が面白がってクスクスと笑っていたりするのは少々気恥ずかしかった。面白がってスマフォで撮影する者も、ええいやめんか貴様ら。肖像権とか知らんのか。俺は知らんけど。

 歩きにくい上に人通りも多いので中々思うように進まない。エヌラスは腕を組んでいるイヴの手を取り、しっかりと握る。

 

「それで、香澄達はどこだ?」

「自分達のクラスにいると思います。早速行きましょう!」

 

「あ、あれ見て。エヌラス先生とイヴ先輩よ」

「手を繋いでて仲良しだねー」

「先生モテるー♪」

 

「君等助けようとか欠片も思わねぇのか!?」

 むしろ助ける理由があるの? とでも言いたげに女子達が首を傾げて笑っていた。こういう時、女の子の連携はとても凄いと思う。半ば公開処刑のような形でエヌラスは香澄達が待つクラスにイヴと共に入る。

 憩いの場、喫茶店――風にクラスを改装されていた。制服にエプロンを着けたクラスメイト達が接客中。

 

「たのもー!」

「それ客のセリフじゃないと思うんだが?」

「エヌラスさん、連れてきました!」

 イヴの声に休憩中の香澄達が顔を覗かせる。

 

「イヴさん! エヌラスさん捕まえてくれたんですね!」

「はい! 確保完了です!」

「言い方ァ!!」

 人のことを犯罪者みたいに。いや犯罪者同然だけれども。

 

「うちの学校は怖いもの知らずしかいねーのか……」

 有咲も気になって顔を出したものの、騒ぎの原因は案の定。これでは休めるものも休めない。

 

「で? なんで俺を探してたんだ」

「実はお願いがあって。聞いてくれませんか?」

「……まぁ聞くだけだったら聞いてみる」

「あ、ホットケーキ食べます? 焼き立てですよ」

「んじゃあ貰う」

「秒で馴染んでるし……」

 イヴから香澄にパス。そしてホットケーキを受け取りながら話に耳を傾ける。

 

「去年の文化祭でもライブをやったんですけど、今年もやるんです! それで、もしよかったらエヌラスさんも歌ってくれないかなーって」

「やだ」

「えぇ!? そんなぁ~……」

「だって歌いたくねーもん」

 シンプルかつ、直球。ホットケーキをフォークで切り分けて口に運ぶ。

 

「でもエヌラスさんがライブやってくれたら凄く盛り上がると思うんです! ギターも歌もすっごく上手じゃないですか」

「技術的な意味合いでの上手、というのはな。結局の所、基本と応用をどれだけ活かせるかってだけだ。練習すれば誰でもできるし、機械のような精確さで演奏すれば“上手”なんだよ」

「だけどあの歌、すごくキラキラドキドキしました!」

「ああ、あれな……」

 確かに、とは有咲も横で話を聞いて頷いた。

 歌唱力も演奏の技術も、プロ顔負けだ。

 

「もちろんタダってわけじゃないです!」

「報酬付きでも断る」

「うぅ~……」

 取り付く島もない。断固拒否、話を聞くつもりすらないエヌラスの態度に有咲も苛立ったのか香澄に加勢した。

 

「歌いたくないって、なんでですか」

「歌うの嫌いなんだよ」

「じゃあ、あの時は?」

「あれはこころへのお礼がてら。一曲だけだったし」

「それならホットケーキのお礼で歌ってくれてもいいと思うんですけど?」

「割りに合わない」

「……そこをなんとか。香澄もすげー楽しみにしてますし」

「香澄の頼みを聞いたら、俺は報酬を受け取らなきゃいけない。だから、断る。ステージには頼まれたって上がらない」

 これは無理だな、と有咲はすぐに諦める。だが、香澄はまだ引き下がらなかった。

 

「彩先輩達も今年で最後なんです。だから最高のキラキラドキドキを残して上げたくて、エヌラスさんがいてくれるのも、きっと何かの縁ですし。だから――私達にできることなら、なんでも」

「だから。歌いたくもない歌を、我慢して歌ってくれって話か?」

「う……」

「紗夜達が今年で卒業なのは聞いてる。だが、歌いたくないのに歌えと無理強いされても良い曲にはならない。気分が乗らなきゃ観客もノレない。だから、断る」

 そこまで言われては香澄も諦めるしかなかった。

 

「ホットケーキごちそうさま。ライブも頑張れよ」

 淡々とした口ぶりで席を立つと、エヌラスは俯く香澄の頭を軽く撫でて通り過ぎる。

 火を見るよりも明らかに落ち込む姿を見かねて、有咲はため息をついた。

 

「香澄。食器片付けるぞ」

「う、うん……ダメだったかぁ」

「まー、なんとなく分かってたことだけど。あそこまで頑固だとは思わなかったな」

 それほどまでに、歌いたくないものなのか。

 恥ずかしい、とか調子が出ないとかではなく。もっと心の底に秘めた理由がある気がしてならなかった。

 

 

 

「あれ、エヌラスさん。どうしたんですか?」

「音楽室に白紙の楽譜あるか? 五枚あれば間に合う」

「ありますけど……バンドやってる子たちが多いから、常備してるんです」

「隣の準備室借りるぞ」

 音楽室に立ち寄ったエヌラスは楽譜を受け取ってからすぐに隣の準備室へこもる。

 内鍵を掛けて、魔術で無音の環境を作ると深く息を吸って吐き出した。

 

 ――歌うのは嫌いだ。師匠の言葉を思い出す。

 

『歌はいいものだぞ? 私が楽しめる、数少ない娯楽だ。歌唱力の良し悪しではない、歌手の姿が好きなだけだ。内容はどうでもいいが良いに越したことはない。なにせ――』

 エヌラスは無心で、譜面に音符を書き込んでいく。

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