【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百十三幕 それは名残惜しく決別の時まで

 

 

 

 羽丘二年A組の喫茶店には人だかりができていた。というのも、エヌラスを一目見ようという好奇心の生徒と、アイドル生徒会長を一目見たい一般客だ。そんな二人に付き添う形のリサは半ば物見遊山気分。

 日菜に振り回されるエヌラスを観察しながらパンケーキを切り分けて口に入れる。

 

「んー、甘くて美味しい」

「つぐちゃん家のケーキは本当に美味しいねー。焼き立て?」

「材料はつぐの家から。調理はあたし達で」

「そうだったんだ。エヌラスさんも食べる?」

 日菜がフォークで小さく分けたパンケーキを差し出していた。

 

「お、ヒナってば積極的だねー」

「見てるだけで誰も止める気がないのはよーく分かったちくしょう……」

「いらないの? 美味しいよ?」

「……お前、俺がそれ食ったらどんな目に合うか分かってて聞いてんのか?」

「んー、アタシの食べたくないって」

「じゃあ、はい。こっちはどう?」

 リサも日菜と同じようにフォークを差し出す。エヌラスの前には甘い香りで鼻をくすぐるパンケーキ、しかも総じてレベルの高い女子高生二人の「あーん」付き。

 

「パンケーキ追加でお願いしますッ!!」

「おぉー……」

 モカがその誘惑を振り切って敢えて追加してくる気合に感心していた。リサはイタズラのように笑い、日菜は頬を膨らませて自分の口に運ぶ。

 

「もー、エヌラスさんってばこういう時は“るんっ”てさせてくれないんだから」

「お前は俺で遊びすぎなんだよ……そんなに人を弄んで楽しいか」

「うん、すっごく楽しい!」

「ほんの僅かにでも悪びれる気はないのかよ……」

「あー……そ、そういえばさー。今日のエヌラスさんの服、いつもよりちょっと気合入ってる感じだけど、新しい服だよね」

 すっかりへそを曲げているエヌラスの機嫌を日菜がこれ以上損ねる前に、リサが話題を変える。

 シャツにベスト、ジーンズとラフな格好だが安物というわけでもなかった。

 

「あー、これな。ちょっと前に弦巻家に世話になってて、その時に貰ったやつ」

「そうなんだ。へー、やっぱお金かけてると違うね」

「エヌラスさん、基本的にスタイルいいよね。鍛えてるからかな? 男性誌のファッションモデルとかやってみたら人気出そうじゃない」

「あ、わかるー」

「テメェ等俺の服の下どうなってるのか知ってて言ってんのか? あと顔に傷あるのに、こっちでモデルはまずいだろ」

「地元の方じゃどうだったの?」

「……まぁ、知り合いが紹介してきた仕事の手伝いってことでやったことはあるけどよ。その時は俺のことも知ってるってことで多少薄着でもやってた」

「モデルも経験あるんだ。なんか人気出てそうなのに」

「十割借金の肩代わりだけどな」

 返済額などいちいち計算もしていない。借りた金は返したはずだが、残高を気にしたこともなかった。とりあえず一生タダ働きさせられるんだろうな、ということだけは確か。

 

「仕事柄、あんまり表に顔出すと問題あったし」

「オカルトハンター?」

「ちょっとここじゃ言えないような悪いお仕事」

「……マフィアとか?」

「かわいいもんだ。喧嘩売った数より潰した数の方が多い」

(どれだけ無法地帯なんだろう……)

(うーん。やっぱりエヌラスさんの故郷って不思議な場所だなー。あたしも行ってみたいけど、絶対に断られるからなー)

「あと生身の人間よりサイボーグの方が多い」

「……故郷、どんなところなの?」

 思わずリサが尋ねる。エヌラスは言葉を選びに選び、バウムクーヘンのようにオブラートに包んで表現するしかなかった。

 

「限りなく自由な国?」

「それ、一周回って無法地帯って言わない?」

「リサ。大人には色々あるんだ。お前たちにはまだ早い」

「やっぱ帰りたいなーって思ったりする?」

「微塵も思わねぇ」

「即答しちゃうんだ!?」

「だって師匠の顔見たくねぇもん。俺があの人尊敬してるの魔術だけだぞ」

 日菜はその話を聞きながら、考える。

 

「エヌラスさんのお師匠さん、すごい人なんだよね?」

「スゴイんだが、まぁなんだ。頭おかしい。ネジが足りないとかじゃない。予測不可能制御不可能回避不可の災害を人にぶん投げてくる人格破綻者。全力で死んでくれって土下座して頼み込むレベル。アンケート取ったら間違いなく百人中百二十人が死んでくれって応えると思うぞ」

「人数越えてるんですけどー!?」

「俺の師匠は散歩するだけで街を一つ蹴り壊すような化物だぞ」

「怪獣かなにか?」

 決して誇張しているわけではない。本当に、マジで、そんなことをしているのが国王であり同時に魔術の師匠なのだからどうしたらいいのか。

 

「パンケーキおまたせしました」

「お、ありがとな」

「……伝票、置いておきますね」

 蘭がテーブルに伝票を置いて離れる。クラスを離れて外回りをしていたつぐみが戻ってくると、日菜を見つけてすぐに駆け寄ってきた。

 

「日菜先輩、来てくれたんですね」

「もちろん♪ ちゃーんとエヌラスさんも連れてきたよ」

「アタシもいるけどあんま気にしないで」

「食うもの食ったら俺帰ってもいいか?」

「えー、まだ学園デート始まったばっかなのに」

「お前まだ俺を連れ回すつもりか」

「当然! あ、そうだ。つぐちゃんも折角だから一緒にどう?」

 顔ぶれを見てから、つぐみは座るか考える。ひまり達にも念の為確認の意味で視線を向けると、頷いた。

 

「じゃあ、失礼しますね」

「エヌラスさんに何でも質問していいからね」

「当人の許可なく話を進めるんじゃねぇ」

「それじゃあ……『Afterglow』のサポートの件って、引き受けてくれますか?」

「俺も忙しいから片手間って形になるけれど、それでいいなら引き受ける」

 思いのほかあっさりと承諾されたことにつぐみが驚いている。それを聞いていた巴達も目を丸くしていた。

 

「そ、そんな気軽に引き受けてくれるんですか……?」

「大したことはしてやれないから、あんまり期待するなよ」

 エヌラスが懐からメモ帳を取り出して携帯番号を書き込むと、それをつぐみに渡す。

 

「俺の番号渡しておくから予定決まったら連絡してくれ。()()()以外だったら出る。ちょうど全員いるみたいだしな、蘭達にも教えておいてくれるか」

「は、はい! あの、ところで……」

「んぐ?」

「クリーム、ついてます」

 言われて口の端についていたホイップクリームを指で拭う。

 それを見て、日菜が自分の方へ手を引き寄せるとエヌラスの指からクリームを舐め取った。

 

「ふふんっ♪ ごちそーさま!」

「日ー菜ー、お前はだからそういうことを人前で……言うだけ無駄なのはわかってるんだが言わずにはいられねぇ……どうにかしろリサ」

「アタシに言われてもヒナはいつもこんな感じだから、慣れてもらうしか」

「無茶言うな、これに慣れるとかどうしろってんだ」

 そこのところどうなのよつぐちゃん。助けを求めるように視線を向ければ、静かに目を逸らされた。お手上げである。

 エヌラスはパンケーキを口に運びながら、ニコニコと嬉しそうな笑顔の日菜を睨んでいた。

 

「……思い出作りぐらいになるならいいけどな。それで、学園デートって他に何やる気なんだ」

「んー、とねー。エヌラスさんをうちの学校に引き込もうって魂胆だからやっぱりまずは誤解を解くところから始めようかなーって」

「お前の作戦は根本から間違えている!」

 そんな節分の豆まきレベルで誤解を外にばら撒いてどうする。

 

「もっと! 他に! 正攻法でなにか無いのか!?」

「この作戦が一番るんっ♪てきたんだけど?」

「日菜。俺お前のことは嫌いじゃないんだけど、超苦手だわ……」

「あたしはエヌラスさんのこと面白いから気に入ってるんだけど」

「おもちゃ見つけた猫かテメェは! 俺の奢りだごちそうさまでした美味しかったよ!」

「あの、お釣りは……」

「飲み物好きに買っていいよやるよもう!」

 万札を伝票に挟み込んで蘭に渡してエヌラスは喫茶店を後にした。それに続く日菜とリサ。つぐみは渡された番号をひまり達に見せる。

 

「連絡するのはまた今度にした方が良さそうだね」

「そうだな。なんか取り込み中みたいだし」

「いつ逃げられるんだろ、あれ……」

 口々にエヌラスの身を案じながら、背中を見送っていた。

 

 

 

「アタシはクラスの手伝いしないといけないから、二人はゆっくり文化祭楽しんでねー」

「うん! ちょっと借りるねリサちー」

「いつから俺はレンタル彼氏になったんだ?」

「返さなくてもいい?」

「俺は延長料金たけーぞ」

「いくら?」

「金の問題じゃない」

 リサと別れて、日菜と二人で廊下を歩く。どういうわけか、腕を組んで離してくれない。そのせいで行き交う生徒からは微笑ましく見守られていた。

 

「お前の貴重な時間を奪うわけだから、金銭がどうとかじゃない」

「エヌラスさんの貴重な時間を貰ってるわけだから、おあいこ!」

「残り少ない学生生活棒に振ってもいいのかよ……」

「そう? そんなことないと思うけど。それにわざわざ羽丘に足を運んできたってことはあたし達に会いに来てくれたんだよね!」

「一般開放でもされてなきゃ入れないからな、こっちは」

「あたしが色々根回ししてるけど難航しててさー。どうしたらいいのかな?」

「何 も す る な」

 これ以上日菜が行動を起こせばそれこそ羽丘の話題を独り占めしてしまいかねない。いや、今以上に話題をかっさらうような状況もないのだけれど。

 

「あ、あの日菜先輩!」

「ん? どしたの」

「か、かか彼氏さんですか!?」

「え? 違うよ? 借りてるだけ」

「貸した覚えないけど貸してるだけだ。彼氏じゃない」

 一年生と思わしき生徒が呼び止めて声をかける。パスパレのファンとも考えられる。

 

「動画の人、ですよね……?」

「動画……? ああ、もしかして路上ライブの」

「は、はい!」

「あれ最初に見つけたの彩ちゃんなんだよね」

「で。お前が紗夜達に送信したと。ほんと余計なことしかしね―な日菜」

「あたしは良かれと思って。ちなみにあたしは保存した」

「すんなや。消せ」

「え~、せっかくギターの練習してるのに」

「しなくていい。あれ即興みてーなもので雑だし」

 ぶっきらぼうな言い草に、日菜が何故か嬉しそうにしていた。

 

「なんかエヌラスさん。ちょっとフランクになったよね。前みたいにあたし達の前だと警戒しなくなったっていうか。素に近い感じ」

「あー……それな。なんか面倒になってきたし、残り時間も長くないから適当でいいかってなっちまってな」

「…………どういうこと?」

「夏が来る前には、向こうも辞めるしバイトも辞めてどっか行くつもりしてるんだよ。だからお前たちの思い出作りにこうして足を運んだってわけだ」

 目を白黒させて呆然とする日菜の顔を見てから、エヌラスが眉を寄せる。

 

「なんだよ、その顔は」

「……一緒にいてくれないの?」

「ずっとは無理。俺は本業最優先だから。いい意味で、日菜達とは出会えてよかったよ。俺も良い休暇になった」

「どこに行っちゃうの?」

「少なくとも日本以外」

「会いに行ける?」

「無理だろうな」

「じゃあ連絡できる?」

「多分無理」

 こうして隣にいられる時間も、ほんの僅かな時間。そばにいてやれる時間も限られている。

 別れを嘆くことも慣れてしまった。だから、気がつけば何か贈り物を渡すことがその合図のようになっている。自分がいたという縁を残すように。

 

「……日菜?」

「…………」

 拗ねたように視線を逸らして、腕にますます力を込めて離さない。

 

「……、また会える?」

「さあな」

 生きて帰れるかどうかもわからない戦いの日々だ。二度と帰ってこないかもしれないと思っていてくれたほうが良い。

 日菜が腕を解き、思い出したように頬に指を当てた。

 

「体育館でつぐちゃん達のライブあるから、よろしくね」

「で、お前はどこに行くんだ?」

「ちょっと用事思い出しちゃった! じゃーねーエヌラスさん! また後で! あ、天文部の約束忘れないでねー!」

「廊下を走るな」

 ものすごく教師の手本のような言葉を走り去る日菜の背中に投げると、エヌラスは一人で廊下に取り残されて腕を組んだ。さて、これからどうしようか。こちらを見上げている生徒は、勇気を出して一言だけ声を掛けてきた。

 

「あ、あの! 写真、いいでしょうか……?」

「俺の?」

「はい」

「それくらいなら別にいいけど。ツーショットとか?」

「いいんですか? やった」

 小さくガッツポーズをする生徒と写真を撮ると、それを見た他の生徒達もそれなら自分もと言い寄ってくる。ちょっとした撮影会のようになってしまっていた。

 しかし、エヌラスは突然走り去った日菜のことが気がかりだった。明らかに不自然な態度だったのが気になって仕方ない。とはいえ何処に行ったのかも心当たりがなかった。

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