両学園の文化祭は特にトラブルもなく無事に終わりを迎えて、生徒達は打ち上げパーティーと称した在庫処分を行っていた。
花咲川女子学園では、香澄達ガールズバンドの感想や昨年度に比べて盛り上がりを見せたことを話し合ってはしゃいでいる。クラスの垣根を越えて、今はただ学園の生徒全体で盛り上がる。後片付けは後回し。今が大事。
それでもやはり、話題に挙がったのはエヌラスのことだった。
最初こそ断ったものの、結局はステージに上がって熱唱して羽丘へ向かったらしい。あちらでも目撃情報が多数寄せられている。
なんでも、日菜と文化祭を見て回っていたとか。浮気だとかなんだとか、いろんな意味で盛り上がっていたらしい。ただ、ステージには上がらなかったようだ。
「失礼します」
「あ、紗夜先輩! 文化祭お疲れさまでした!」
「お疲れさまです戸山さん。前年度に引き続き、文化祭実行委員会の方も無事に終えられたみたいでなによりです」
「はい! それで、どうしたんですか?」
「いえ、少々気になることがありまして……ポピパの皆さん、大丈夫ですか」
「有咲達呼んできますね! あーりーさー!」
いの一番に有咲の下へ突撃、続いてりみ、たえ、沙綾と。芋づる式にあっという間に集めて廊下に出る。
そこには燐子もいた。
「今日のステージの演奏は見事の一言に尽きますね」
「いえ、そんな。褒めてもらえるなんて」
「あの曲、どこかで練習を?」
「あ、えっと……あれはちょっと、エヌラスさんの魔術で……ちょちょいと」
譜面の通りに弾いただけ。だがそれ以上に、隣で歌うエヌラスの熱量に感化されたというのが大きい。また同じように弾けるかと聞かれたら難しい話だ。
「そうでしたか。ポピパの皆さんにしては、毛色が普段と違う楽曲だったのでもしやと思ったのですが」
「えー、とそれで……紗夜先輩はどういった用件で」
「ええ。ライブの時に渡されていた楽譜。少し見せてもらっても?」
「それがですね。いつの間にかエヌラスさんが持っていっちゃってたみたいで、私達の手元にないんですよ」
「そうでしたか……」
「でも……皆さんの演奏、本当にいつもと迫力が違って……すごい気合入ってましたね」
「あー、それはですね」
あそこまで全力で熱唱されるとは思っていなかった。声に負けまいと、つい力がこもってしまっていただけ。それだけ圧倒されていたという話だが、まさかあれほどとは思わなかった。
「プロ顔負けの歌唱力でしたね」
「魔術でも使ってたと思いますけど」
「あの人に限って、それは無いと思いますよ」
「どうしてですか?」
「魔力の無駄、とか言いそうじゃないですか」
「…………」
確かに。それはとても説得力がある。沙綾達は何も言えなかった。
「もしかして紗夜先輩、エヌラスさんの楽譜がほしかったんですか?」
「まぁ、ギターの練習には丁度いいと思っただけです。特に他意はありません」
「あの曲弾いてる時。なんていうか、いつもと違ったドキドキっていうか、グワーッて勢いに流されちゃって! 自然と指が動いたっていうか」
「香澄も? 実は、私も」
「わ、わたしも……なんか、不思議な感覚だったよね」
「おたえもりみりんも!? 私だけじゃなかったんだ、有咲とさーやは?」
「私はなんつーか、いっぱいいっぱいだった」
「あたしは叩いている時、なんかスゴイしっくりきたっていうか。身体が思い通りに動いてくれたって感じ。なんだろうね? 楽器との一体感、っていうのかな? 思った通り、考えた通り、狙った音がそのままストンと出てくれたのが不思議で仕方なかったかな」
沙綾の言葉に、有咲も頷く。そう、それが言いたかったのだ。ただ、やけに頭が疲れてライブが終わったあとは半ば放心状態で文化祭を過ごしていた気がする。気がついたら終わっていた。
「なるほど。よくわかりました」
「でもやっぱり、物凄く疲れました」
「そりゃあ立て続けにやったしな……」
「うん。でも、なんか思い出したらまた弾きたくなってきた! そうだ、文化祭の打ち上げパーティーの二次会を有咲の家でやろ!」
「ハァ!?」
「あ、いいね。面白そう」
「そういうことならあたしもいこっかな。チョココロネ持っていくよ」
「わ、わたしも行く!」
「ちょ、ちょっと私の話聞けよ!? 疲れてんだから」
「明日休みだし、このまま有咲の家でお泊り会もできるよね?」
たえの言葉に愕然とする。しかし、香澄は既にロケットスタートを切っていた。そんな微笑ましい様子の五人を見て、紗夜が小さく咳払いをする。
「二次会もいいですけれど、後片付けの方はしっかりお願いしますよ」
「はい、任せてください! ところで、紗夜先輩。燐子先輩」
「なんでしょうか」
「は、はい……?」
「エヌラスさんの歌、どうでしたか」
どうだったか、と聞かれれば。凄かった、としか言いようがない。
圧倒された。ガールズバンドでなくても音楽に通ずるならば思うところはあっただろう。何かしら感じることはあったはずだ。
氷川紗夜は、あの歌を聞いて感じたことを思い返す。
あれはまるで、獣の慟哭。希望を歌いながら、それが手に入らぬと知っている獣の咆哮。それでも誰かが救われるようにと吼える、まだ見ぬ明日への歌。幸福と手を繋いで歩く人を祝福するような、別れの歌。
「……とても、良い歌だと思いますよ」
なんとか口に出せたのは、その一言だった。
「わたしは……力強くて、惹き込まれるような歌で凄かったなって……でも、どこか悲しい感じもしていたような。まるで決別の歌みたいに感じました」
「決別……」
そういえば、歌う前のマイクパフォーマンスで言っていた。
霊能学講師も、夏休み前には辞めるつもりだと。そうなると『CiRCLE』のアルバイトも辞めてしまうだろう。そうなったら、あの人は何処に行くのだろう?
香澄達の脳裏をよぎるのは、海外で見た地獄の惨状。あれをたった一人で斬り伏せた鮮血の怪物を思い出す。
血に濡れて、血に濡れて、血塗られて。世界の誰も知らない、命懸けの舞台で一人戦う人。
自分達が知らないところで、自分達の手の届かないところで、自分達の知らない場所で。
ずっと、繰り返してきたこと。ずっと一人で耐えてきた地獄。自らの傷を厭わず駆け抜けてきた怪異狩りの怪物。自分自身すら怪物と化しても戦いを辞めない化物の姿は――とても、辛かった。見ているだけで、悲しかった。胸が締めつけられる思いだった。
考えるだけでも、思い出すだけでも心が張り裂けそうになる。
だが、そうだとしても。決して目を逸らさずに立ち向かう姿に鼓舞される。
「……よし!」
「よし、じゃねぇ! ぜってぇ私を巻き込むなよ香澄!」
「えぇぇっ!? なんで!?」
「何で!? なんでって聞くか普通!? これ以上!?」
「有咲ー、有咲~、あ~り~しゃ~~!! お願いだよぉ~!!」
「ひっつくなくっつくなうっとうしい! 話だけなら後で聞いてやるからやーめーろー!」
いつもと変わらない元気ハツラツな香澄の姿には見ているこちらまで元気づけられる。
「そういえば、羽丘に行ったってことは」
「ええ、先程日菜からメールが来ました」
内容は以下の通り。
『エヌラスさんと文化祭で学園デートしてたんだけど、すっごいるんるん♪気分だった! いつもと違って優しかったし色々奢ってもらったりしちゃったけど普通のデートできなかったのはちょっと残念だったかな。おねーちゃんも一緒だったらきっともっとずっとるんってしたと思う!』
「……、だそうです」
なお羽丘では今井リサがその被害を全面的に食らっているものとする。がんばれ。
「向こうじゃライブやらなかったのかな?」
「今井さんの話では、日菜に振り回されてそれどころではなかったみたいですよ」
勿体ない。そしてエヌラスさん可哀想。
それから後は全くの消息不明。
「電話してみよーっと。せっかくだから二次会にエヌラスさんも誘っちゃお」
「おい、香澄。お前な……」
スマフォで電話をかける香澄だったが、一向に出る気配がなかった。
電波不通のため、接続できないという機械的なアナウンスが流れる。
「うーん、ダメかぁ」
助かった。有咲が胸を撫で下ろしている。
しかし、そうなると今度は何処に行ったのかが気になった。携帯の電源でも切って家で寝てるのではないだろうか、と考えることにして紗夜達は後片付けに戻る。
――エヌラスはマンションの自室に戻ってから、武器の整備点検を始めていた。
弦巻家の執事から、本日も宿泊してはくれないか、という申し出もあったものの断っている。理由は明白、文化祭という特別な日を迎えたこころに対してささやかなプレゼントという形で祝いたいのだろう。両親は出張中。
確かにそれを思えば、エヌラスとてそばに居てやりたいと思う。
だが、優しさに甘えるわけにはいかない。
敵が来る。何処かに、邪神が潜んでいることだけは確かだ。身体の奥底がくすぶるような熱を感じている。
必ず殺す。何があろうと、必ずこの手で葬らなければならない。
一発、また一発と弾倉に弾丸を込めていく。殺意と、敵意と、憎悪と――私怨。
黄昏時の日本で一人、エヌラスは銃を額に当てる。
大丈夫だ、と。自分にそう言い聞かせていた。
俺は、己の優しさも――彼女達の優しさも切り捨てる事ができるのだと。