「おはようございます、エヌラスさん!!」
「…………」
文化祭翌日。
戸山香澄、並びに市ヶ谷有咲・花園たえ・牛込りみ・山吹沙綾の五名による自宅マンションを襲撃されたエヌラスは、無言でドアを閉めた。
現在時刻、朝の八時。一時間ほど前にモーニングコールで叩き起こされたところである。
『おはようございますエヌラスさん! もしかして寝てましたか?』
寝てましたかもなにも、これから寝るところだったわけだがお前に安眠妨害されたんだよ? とは口にすることもなく「起きていた」とだけ返答したのが運の尽き。
何故か、ポピパが揃いも揃って突然来訪してきた。
なぜか。お泊り道具一式持ち込んで。
どういうわけか、朝から。男の部屋に上がり込もうとしてきている。
「…………」
ドアを開ける。
ニコニコ笑顔の香澄がいる。
「寝ぼけている俺の頭にもわかるように、一から十まで全部説明を求める。どういう流れのどういう理由でどうしてこうなったのか」
「昨日有咲の家に泊まったんですけれど。その時に香澄が」
「もういいそっから先はすげぇ容易に想像できた」
「……香澄がー、エヌラスさんの家で勉強会をしようって言い出しまして」
「香澄、お前大丈夫か。熱でもあるのか? 風邪でも移しにきたのか? 病院行って来い?」
「そこまで言わなくてもいいのに!?」
朝からアクセル全開絶好調のツッコミに、香澄も流石に有咲へ泣きついていた。
「エヌラスさん、もしかしてどこかに出かける予定でしたか?」
「朝飯買ってこようかと思ってただけだ」
「コンビニのお弁当ばかりじゃ身体に悪いですよ」
「弁当だけじゃなくてカップ麺も食ってる」
「そういう意味じゃないです……」
しかも悪化してる。この人本当に生活能力死んでるな、そんなことを考えると途端に不安が押し寄せてきた。
「……せっかく来て追い返すのもなんだし、とりあえず上がってくれ」
「はい! お邪魔します!」
意気揚々と香澄が上がり込み、沙綾達も続く。
ベランダで寝っ転がって日向ぼっこしているハンティングホラーを見て固まった。猟犬形態でぐ~っと身体を伸ばしている。野生を失った犬とはこのことか。
しかもリビングには山のように武器が転がっている。銃器だけでなく刀剣も数種類。この人あれだけ振り回したのにまだ持ってるのか、と末恐ろしくなった。
「どこかと戦争でもするんですか?」
「一番強い国でも落としてやろうか」
やめてください、地球の勢力図をそんな気軽に書き換えようとするのは。
ソファーに荷物を置いて、たえが触れたのは細身のハンドガン。持ち上げてみる。
「……思ったより軽いかも」
「こっち向けんな」
弾が入っていないとしてもだ。
「ばーん。なんちゃって」
「ああ。それトリガーロック掛かってるから俺以外撃てないようになってる」
エヌラスがたえに手を添えて、引き金を引く。しかし、ピクリともしない。
「特定の電圧負荷かけないと引き金が引けないからな」
「そうなんですね。ちなみに、これどういう銃なんですか?」
「対吸血鬼用ハンドガン。一発当たれば即死する」
当たれば、の話だが。それも残弾が少ないので温存しておきたかった。
個人的には、二度と使いたくない一挺でもある。嫌な記憶が蘇るからだ。それでも、また使う機会があるだろうと手元に置いていた。
「……ほら、もういいだろ。片付けるから」
「もう少しだけいいですか? 木製のグリップ、手に馴染みやすくて」
「…………もう少しだけだからな」
他の銃や刀剣をしまいこもうとハンティングホラーに視線を向けると、香澄が座り込んでお腹を撫で回していた。
「はーちゃ~ん、おーよしよしよし~! いい子だねぇー!」
尻尾を振ってお腹を見せている愛犬の姿に、エヌラスが目頭を押さえる。
「か、香澄。大丈夫なのか、その犬……?」
「うん! なんだか湯たんぽ撫でてるみたいで結構手触りいいよ、有咲!」
「……」
有咲も恐る恐るといった様子でお腹を撫でていた。確かに手触りは悪くない。プラスチックのような、ポリに近い感触。それでいて朝日を浴びてほんのりと温かい。内部からも燃焼しているのか冷たくなるようなことはなかった。
「これ、喜んでるのか……?」
「うん! だって尻尾ものすごい勢いで振ってるもん!」
「確かに吹っ飛びそうな勢いで尻尾振ってるけどさ……」
飼い主の顔を盗み見てみると、呆れを通り越したなんとも言えない顔をしている。
「え~と、いいんですかこれ」
「ハンティングホラーも喜んでるし、いいんじゃないか?」
「はーちゃんいい子だねー、よーしよしよしよし~♪」
両手でもみくちゃにしている香澄にすっかり骨抜きにされているハンティングホラーを見て、沙綾がふと考えた。
「えっと、エヌラスさん。あのワンちゃん、いつも乗ってるバイク……? なんですよね」
「ああ」
「どういう原理でああなっちゃうんですか?」
「具体的に説明すると超長くなって休日消えるけどいいか?」
「手短にお願いします……」
「わかった」
曰く、無機物魔導生命体。故郷ではデモニアックアニマル、と呼称される害獣らしい。
……もう一度言おう。“
具体例として挙げれば、有機物と無機物問わずに寄生。後に融合して本能のままに暴れる。一種の
エヌラスはこれを、一から製造した。違法も違法である。軍に薬品売りつけようとする大手製薬会社なみに違法であり、バイオテロ首謀者とか言われても否定できないくらいには、十割違法。
「…………」
沙綾、絶句。隣でりみは目を輝かせている。
治安が悪いことで有名なエヌラスの故郷ですら、その所業は流石にご法度もの。特殊部隊が制圧しに来たものの、それを正面から単独で迎撃した。しかも四十八時間ぶっ続けで。結果として誕生したのが、生きたバイク。しかも魔導生命体であることを前提として製造されたので魔術に対する理解も深いし拡張性も高い。
それからというもの、二人はずっと一緒だ。時折車体のメンテナンスで知人のガレージに預けられることもあったが。
「――とまぁ、そういうわけで。魔術的なものと生物学的なものと、あと俺の血の滲む苦労の結晶が、あれ」
あれ(香澄と有咲にお腹を撫で回されてめっちゃ尻尾振ってる真っ黒な大型犬)を指差しながらエヌラスは説明を終えた。かなり端折ったが。
それでもりみは感動したのか、手を合わせている。
「わぁ……! エヌラスさんの故郷、めっちゃゾンビいそう……」
(感動するところそこなの、りみ!?)
「ああ、いる、めっちゃ居る。なんならそういうのが蔓延る大寒波吹き荒ぶ永久凍土都市とかあるぞ。企業がこぞってゾンビに武装させて放し飼いしているような場所」
倫理観もクソもへったくれもないド畜生の集落。もはやテーマパークとしてウリにすらしている節がある。命の保証はないが。
なお、エヌラスは師匠に騙されて身体一つで送り込まれたこともある。ぜってぇ許さねぇぞクソ師匠。
「……で、だ。なんでまた貴重な休日使ってまで人の部屋にお邪魔してきてんだお前らは」
「エヌラスさんの思い出作りです!」
「……なんて?」
ちょっと今までに見たことがない、それこそ香澄の正気を疑うような顔をしていた。
改めて。
エヌラスが朝食を買い出しに行こうかと思っていたが、それも沙綾が持ち込んできたパンのおかげで必要がなくなる。飲み物も冷蔵庫に保管していた天然水とスポーツドリンクで問題ない。
五人とテーブルを囲んで、エヌラスはフランスパンにかじりついていた。
「もっきゅもっきゅ……」
「――それでですね。エヌラスさんにも、私達との楽しい思い出を持っていってもらおうって話になったんですよ!」
「人ん家でな」
「うん、お風呂に入りながら」
その足でこうして突撃してきたので、お泊り道具一式も手元にあるというわけである。
「勉強会するなら構わないが、泊まるのは却下」
「ほらね。あたしが言った通りでしょ、香澄。エヌラスさんそういう人じゃないって」
「理由はいくつかある。ひとつ、ベッドが足りない」
「え、そこ!?」
「ふたつ、仮にも教え子なので先生の家にお泊りとか許しません。逆もまた然り」
「すげぇ、先生みたいな事言ってる……」
一応先生だぞ有咲? 心の声でツッコミ入れつつ、エヌラスは話を続けた。
「みっつ、お前たちの世間体的にも良くない。『Poppin`Party』が男の家に押しかけた、とか問題になるだろ。だから却下」
「ちゃんと私達のこと考えてくれてるんですね」
「そりゃあな。まだ、先生だし。今はこんなところか。そういう理由で、俺の部屋にお泊りは許可しません」
「え~……」
「明日からまた学校なんだから。とりあえず勉強会だけで我慢してくれ、香澄」
「わかりました! そういうことなら、今日は私達に任せてください!」
「…………なにを?」
「身の回りのこと!」
「香澄、お前頭大丈夫か?」
「この上なくストレートに言ったなこの先生!?」
教え子に向かって放っていいセリフではないが、それでめげるような香澄ではない。
「いつもどおり元気いっぱいな私です! 大丈夫です、安心してください!」
「…………」
「そんな恨めしげな視線であたし達に助けを求められても困るんですけど……」
「香澄、こうなっちゃうと中々止まらないので」
「えっと、エヌラス先生。私からもお願いします……」
頭を下げるりみに、エヌラスは天井を眺めながら深く息を吐き出した。
「……今日っきりだからな。で、具体的に身の回りのことをするってなにをする気なんだ」
「えっとー、お掃除! それからご飯とか、洗濯物とか!」
「男物の下着とか洗うわけだが、いいのか?」
「家の手伝いで慣れてますし」
「…………一応言っておきたいんだが、お前らのそのお泊り一式。ここで洗うなよ? 家に持って帰れよ、絶対に」
いやいや、流石にそれは――苦笑する沙綾と有咲だが、香澄とたえが驚いている。
「えっ?」
「えっ?」
「香澄ちゃん、おたえちゃん……流石にそれはダメだよ……」
「別々に洗うならいいかなって」
「ついでにって思ってたんですけれど」
「よし、お前ら今すぐ一回帰れ。荷物を家に置いてから来なさい、勉強道具とか」
「持ってきてますよ?」
「前言撤回、間違っても俺のいる前でバッグ開けるなよ」
「下着見たくないんですか?」
「おたえは逆に見られたいのか!?」
「え。そんな、恥ずかしいですし……でもどうしてもって言うなら」
「俺はどうしたらいいんだ……」
テーブルに突っ伏すエヌラス。現代女子高生怖い。手に負えない。
「……見たいかどうかと聞かれたら、そりゃあ俺だって男なわけで。見たいとは思うが」
「昨日のでいいですか?」
「いらないから! そういう情報いらないからな、おたえ!? もう俺はどうしたらいいんだよドチクショウ! そんなに俺で遊んで楽しいか? 俺の師匠に比べたら全然かわいいけどよ! はーもーちくしょう、今日はもうなにもしたくねぇー!!」
「……すげぇダメな大人の見本だ」
この人、本当にどうやって今まで生活してきたんだろう? そんな疑問が有咲の頭に思い浮かんでいたが聞けるはずがない。聞いてはいけない気がするからだ。
顔を赤らめていたたえがバッグを探っていた手を止める。
「……上と下、どっちがいいですか?」
「カレーパン食いてぇ」
「全力で現実から目を背け出したぞ!?」
「あー、カレーパンはちょうど品切れでして……」
「神は死んだ」
あなた殺す側だったのでは?
そんなこんなで、エヌラスの波乱の休日が幕を開けた。