【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第十二幕 天才感性サムシング

 

 ──氷川日菜の好奇心は留まるところを知らない。両手で顔を覆って嘆いてるエヌラスに対して子供のように容赦なく質問を繰り返す。その隣、若宮イヴもしきりに頷いていた。

 こうなるともう、日菜は中々止まらない。なんとか話題の軌道修正を試みようにも“るんっ”ときてしまった以上は気になって仕方ないのだろう。わからないから面白い、という独特の価値観を持つ天才少女には自称オカルトハンターも形無しだった。

 

「たすけてまりなさん……」

 辛うじて絞り出した声が、それである。これほど情けない人物もそういない。確かに、このままではパスパレも練習にならないだろう。仕方なく助け舟を出すことにした。

 ようやく日菜とイヴの手から解放されたエヌラスは椅子からずれ落ちる。今日一番疲れた。

 

「ありがとうございます……」

「どういたしまして。ほら、しっかりしてください。まだお仕事残ってますよ」

「へい……」

 気合を入れ直して立ち上がり、残っている業務に取り掛かる。

 

(冗談じゃねぇ、直感だけで“そうでないの”を嗅ぎ分けるとかどういう感性してんだ……)

 紗夜とは性格が似ても似つかない。

 

 その日のスタジオ練習を終えたと思った瞬間、飛び出してエヌラスを探し始める日菜に彩達は苦笑していた。

 

「日菜さん、絶好調ですね……あそこまでるんって来てるの初めて見た気がします」

「ええ、確かに。もう飛び出していってるし」

 麻弥の言葉に、千聖が頷く。外から聞こえる悲鳴やら何やらはエヌラスだろう。

 自己紹介はお互いに済ませた。人相の悪さから近寄りがたい彩だったが、あそこまで情けないと逆に警戒するのも馬鹿らしくなってくる。むしろ怖いもの知らずの日菜が怖い。

 

 『Circle』のホールではエヌラスが日菜に捕まっていた。すでに涙目になっている。腰にしがみついている女子高生アイドルを引き離そうとしているがこれが中々に手強い。

 

「見知らぬ男性に抱きついちゃいけませんって教わらなかったのか!?」

「それくらい知ってるけど、るんって来てしまったものは仕方ないんですー! あたし色々聞きたいことあるんですけど、いいですか!?」

「さっきの質問攻めに対する回答ならほとんどノーコメントだ!」

「じゃあ一握りの回答は?」

「んんん~……!!」

 頭の回転が早い。しかし、不意に日菜が鼻を鳴らしてエヌラスの衣類に顔を埋める。流石にそれはマズイと力づくで引き剥がした。目を白黒させていたのも束の間、すぐに眩しい笑顔を見せる。

 

「なんか、嗅いだことのない匂いがする! 香水?じゃないけど、煙草っぽい? それにしては随分と爽やかな感じで……鼻につかないけど、頭に残る感じの変わった匂い!」

「マジで何者なんだお前!?」

「氷川日菜。『Roselia』のギタリスト、氷川紗夜はあたしのおねーちゃん。そしてパスパレのギター担当!」

「いやごめんそれはさっき聞いたからいいわ! そうじゃなくてね、俺が聞きたいのそういうことじゃなくてね!?」

「えー? じゃあどういうこと? あ、スリーサイズは教えないからね!」

「聞きとうないし俺の話をさては微妙に聞いてなくない!?」

「そんなことより、あたしは香水っぽいような煙草っぽいような柑橘系っぽい、特にゆずみたいな匂いの方が気になる!」

「そんなことより!?」

 もーだめだ、弦巻こころだけじゃねぇ。ここにもブレーキパッド壊れたスポーツカーがいた。エヌラスは泣きたくなってきた。好奇心旺盛なのは結構だが、程度と加減というものがある。それこそお互いに初対面、見知らぬ男女が恋人同士でもあるまいし抱きつくなどあってはならない。

 答えを知るまで引く気はない日菜の笑顔に、エヌラスは根負けした。だが最大限言葉を選ぶ。下手を打ったらどこまで勘ぐるか分からない。この勘の良さは危険だ。

 

「あー、うん。まぁ……そうだな。異国の香水、というか煙草っていうか。なんて言ったらいいのか俺もよく知らないんだ」

「そうなの?」

「嗜好品だし、そこまで詳しくは」

「んー、アロマオイルみたいなもの? 実はあたしもアロマ作るの趣味なんだ!」

「どうしてこう、的確に俺は地雷を踏むのか……」

「そういえば、日本語上手みたいですけど日本に滞在してどれくらいですか?」

「一週間足ら……」

 しまった。口が滑った。そう思った時にはもう遅い。

 

「世界一難解って言われてるくらいなんですけど、一週間足らずで!?」

「日常会話に支障が出ないレベルで語学しましたぁ!」

 もちろん嘘だが。

 どうしてドラッグシガーの残り香からここまでかき回されないといけないのか。こんなことならこころのがまだマシだ。

 

「ところで聞き流しちゃいましたけど、異国って何処辺りですか? アメリカ? チベット? エジプトとか、フランスイタリアオランダ──」

「たすけてまりなさん……」

 本日二度目の救援要請。面白がって眺めていたまりなが、そこでようやく口を挟んだ。

 

「はいはい、日菜ちゃん。その辺りにしておいてね。エヌラスさん、まだうちで働き始めたばかりだから。これから長い付き合いになるでしょうし、ゆっくり聞いていってね」

 ありがとう大人の女性。助かります、いやマジで本当に。エヌラスは深々とため息をつく。しかし今後の付き合い方としては出来れば距離を置いて口を貝のように閉ざすしかない。他に回避方法が見当たらなかった。

 

(できれば二度と関わり合いになりたくねぇ……)

 エヌラスは心底そう思う。

 

「……そして、できれば見てないで止めてほしかった」

 重く呟く疲弊の言葉に、パスパレのメンバーは苦笑い。かわいさで誤魔化すのも限度というものがあるからな君ら。

 

「ご、ごめんなさい。あの、日菜ちゃんに悪気はないんです!」

「うんわかる。すっげぇよくわかる。それは間違いないことは分かる。留まるところを知らない好奇心が人様にここまで迷惑かけるってことも身をもって知った。で、まん丸お山ちゃんはその上で何か言うことない」

「え~、と……ごめんなさい、としか……というかまん丸お山ちゃんって」

「言いやすいし覚えやすかったし、そう名乗ってたし?」

「普通に彩ちゃんって呼んでください……」

「わかった。それで、出来ればそこの日菜ちゃんとかいう暴走列車の手綱しっかり握っておいてくれると俺はもんのすんげぇ助かるからお願いします」

「以後気をつけます」

 エヌラスの滲み出る疲弊と苦労の声に、千聖が頭を軽く下げた。そこまで改まって謝罪されると何も言えなくなる。肝心の日菜は何か納得がいっていないようだ。

 

「えー、あたしそこまで迷惑なことした?」

「ほら日菜さんも謝らないと。あの人絶対ただ者じゃないですって」

「うん、知ってる。だからものすっごくるんってきたんだもん」

 微妙に食い違う意見に、これには流石の麻弥も匙を投げる。一通りの騒動が収まったところで、イヴが改めてエヌラスに近づいた。

 

「はい。私からいいでしょうか?」

「えーと、確かイヴちゃんだっけか? 今の俺はものすごく疲れてるから簡単な質問でお願いします、どうか本当に」

「エヌラスさん、ブシドーですか?」

「ブシドーではないです……」

 そもそもちゃんと言葉の意味を理解しているのだろうか。武術の心得があるのか、という意味でなら答えは肯定できるが、どうにもニュアンスが怪しい。

 

「そうですか……」

 そんな雨に濡れた子犬みたいな落ち込み方をされると心が痛む。

 

「……護身術、というか。武術の心得なら多少あるくらいでそこまで大したものじゃ」

「! ブシドーですね♪」

 エヌラスは顔を覆った。違うそうじゃないんだ。多分きみが考えているような立派な武士道とかじゃないんだ俺の。華やかに笑顔を咲かせるイヴの何一つ害のない無邪気な表情にかえって心の傷が広がる。別な意味で天敵だこの子。

 もうやだパスパレ怖い。ボロボロになったエヌラスが退店していくメンバーに手を振って見送ると、何が面白かったのかまりなは笑ってブラシを手渡してきた。

 

「それじゃあ、後はお掃除がんばりましょう」

「……はい」

 容赦ねぇなこの国の女性。そんなことを思いながら、エヌラスはその日の『Circle』でのアルバイトを終えた。

 

 

 

 寝泊まりはマンションの幽霊退治のお礼として一室借りれるからいいとして。問題は電気ガス水道の三つ。あくまでも部屋を借りれるだけ、なので他は後日。そしてやはり利用料も取られる。世の中そこまで甘くはないし、うまい話も転がっていない。

 空き室ならどこでもいいということなので、エヌラスはできるだけ隣に住人が居ない部屋を選んだ。可能な限り接触を避けるために、最上階の一番隅っこ。廊下の突き当りを借りることにした。ちょうど隣も下の階も空き部屋だったからだ。

 

 家具も何もない部屋は住人が退去してから長く、カーテンも何も取り付けられていないが覗くような相手もいないだろう。せめて換気だけは軽くしておこうかと窓のロックを外す。

 夜風が染みる。疲れた身体に芯と染みる。泣きたくなるくらいには。

 夜の街を見下ろしながら、深く息を吐き出す。これまでの比ではないくらいに疲れた。あんな調子で店を利用する客の対応に追われるとなると先が思いやられる。そもそも、まっとうに稼ぐのは性に合わない、肌に合わない。だが、この先うまく人間社会に紛れてやっていくには一番効率が良いのも確かだ。

 ベランダに出て、よりかかりながら深く息を吐き出す。

 ──不吉な凶風が舞った。エヌラスが目を開けると、屋上から覗き込むように銀の髪を垂らしてティオとティアが笑っている。どこか人を見下したような、小馬鹿にしたような。神経を逆なでする笑顔だった。

 

「何の用だ、クソガキ共」

「こんばんは、おにーさん」

「こんばんわ、おにーちゃん。お疲れみたい」

「まーボクらには関係ないんだけどね」

「ウチらにはどうでもいいことなんだけど」

 今すぐにでも斬って捨ててしまいたい。だが、この二人はこちらが動けば、それよりも先んじて避けもできるし反撃もできる。そうなると一番被害を食らうのはこのマンションの住人達だ。

 

「特に用事ってほどじゃないよ? ただ見に来ただけ」

「そうそう。暇だったから何してるかなーって見に来たの」

「見ての通り、疲れてるし何もしてねぇ。失せろ、ガキ共」

「へー、そうなんだ」

「ふーん」

「それで。テメェ等は何してんだ」

「べっつに~?」

「特にはな~んにも? 街を見て回ってるだけだよ。あっちこっち歩いて走って駆け回って」

「一日中、ねーティオ」

「ねー、ティア。面白いよね、この国の人間って」

 無邪気に笑いあう。無軌道、無秩序、無縫に振る舞うからこそ狙いが分からない。何も考えていないのかもしれない。ただ好奇心の赴くままに自分達の足で走り回り、見て回る。人間、というものを見るのがただ面白いだけ。

 外見は十代前半の少女ながら、その中身は別次元のモノだ。片側のもみあげを留めるお揃いの髪飾りを指でつつきながら、笑い合っている。

 

「ノロマのおにーさんは此処に住むんだ」

「人間みたいに」

「人間じゃないのに、人間のフリをして」

「おかしな怪物だねー。ティオ」

「そうだねー、ティア」

 

 ──人間のことなんて、どうでもいいくせに。

 

「…………言いたいことはそれだけか、クソガキ共。気が済んだらとっとと消え失せろ」

「あはははは。うん、それだけ。最後にひとつだけ」

「おにーちゃんじゃウチらに絶対に追いつけないよ」

「ボクらは誰にも追いつかれないから──」

「だから?」

「「()()()()? あっはははははははは!」」

 けたたましく笑いながら、二人が残光と共に視界から消えた。

 星空を憎らしく睨んでエヌラスは舌打ちする。

 

「──テメェ等だけは、自慢の両脚へし折って殺してやる」

 それは、エヌラスにとっての禁句だった。禁忌だった。その一言だけは、決して投げてはいけない言葉。例え冗談でも、言ってはならない。

 それは、エヌラスにとって──これまでの全てを否定されるも同然の言葉だ。

 血のように赤い瞳が暗い炎を灯す。殺意と敵意を焚べた激情を込めて、星を見上げていた。

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