「うーん……」
まずは部屋のお掃除でもしてあげよう。という香澄の意気込みは空振りに終わった。
なぜなら、不思議なことにゴミひとつ落ちていないからだ。一体全体どういうわけなのか。エヌラスに聞いてみると――。
「ハンティングホラーの影の中に捨ててる」
「不法投棄って言いません!?」
エヌラスの影の中がハンティングホラーの定位置。その中は異空間へと繋がっており、角度のある場所なら何処からでも出現することができる。そして、内部は武器庫も兼ねており収納スペースはそれこそ無限に等しい。
ちなみに、エヌラスが影の中に捨てたゴミはちゃんとハンティングホラーが分別して捨ててる。えらいぞはーちゃん。
「……四次元ポケットみたいなものなのかな」
「あー、青いタヌキの」
「あれネコ型ロボットじゃなかった?」
「えー? だってあんなまんまるな頭してるのに?」
「……なんだその、タヌキと見間違えられるネコ型ロボットって」
国民的アニメの登場キャラらしい。エヌラスは興味がないのか「ふーん」とだけ相槌を打った。
「そうだ! 掃除がダメなら洗濯物を!」
「この数日弦巻家に世話になってたから洗濯物ないぞ?」
「ダメだぁ~、有咲~~!!」
「だぁーもぉー、事あるごとに私に飛びついて来るんじゃねぇー!!」
洗面所を覗いてみても、たしかに洗濯機の中は空っぽ。
「でもそれなら昨日の服とか」
「毎日服を着替えて洗うっていう習慣が俺にはない」
「着替えましょ!? 洗いますから!」
「えっ、俺に脱げって言ってんのか沙綾」
「さーや、大胆」
「そ、そんな朝からなんて……」
「この流れで責められるのあたしなの!?」
とりあえず着替えてくれ、という沙綾の提案にエヌラスは渋々了承した。
浴室に去った後に、深く息を吐く。
「はい、作戦タイム。集合」
とりあえずこのままだと――流れ的に、香澄が突っ込んで自爆して有咲に泣きついて、そこからグダグダな流れになる未来しか見えない。なのでキチンと作戦を練ろう、というのが沙綾の考えだった。
テーブルを囲んで、まずは目の前の問題を一つずつ解決していこう。ベランダで寝っ転がってこちらを見つめているはーちゃんは置いといて。
「まず、何をどうするのかっていうところから話し合おう。エヌラスさんにお世話するのはいいとして。洗濯物から?」
「でも昨日の着替えだけだと逆に勿体なくない?」
「そうだよねぇ……せっかく大きな洗濯機あるのに」
「……やっぱり私達の服とか一緒に洗っちゃう?」
「それは流石にちょっと遠慮したいかな……」
当人もそれは勘弁してくれと言っていたし。
「あ、それならお昼ごはん作ってあげるのはどうかな」
「決定。なに作ろうか? さっきカレーパン食べたいって言ってたし、やっぱりカレー?」
「この間も作った気がするんだけどな……」
「それもそっか。うーん、じゃあ日持ちしそうなの……」
「肉じゃが食べたい!」
「……肉じゃがにしよっか」
材料もほとんど同じだし。作り方も途中までは一緒だ。香澄の提案で決定。
「そうなるとやっぱり買い物だよね」
「お金、間に合うかな?」
「私も今月ちょっと厳しいかも」
うーん、と話し合っているりみ達にエヌラスが呼ぶ声。それに腰を上げたのは、沙綾。率先して動かないとまたドタバタしてしまう。
「どうかしたんですか、エヌラスさん」
「沙綾か。すまん、ちょっと着替え持ってきてくれ」
「え?」
「いや、さっき言われるままに着替えるために脱衣場来て、ついでにシャワー浴びたんだが着替え忘れてた。流石に裸はまずいだろ」
「そうですね。すぐ持ってきます」
この人本当に戦闘以外ポンコツもいいところだ。なんというか、紗夜先輩がやたらと声を荒げて突っかかるのも解る気がする。――沙綾はリビングに戻ってくるなり、深く肩を落とした。
「どうしたの、沙綾?」
「いやー、エヌラスさん。なんていうか、誰かが世話を焼かないと人並みに生きていけないんだろうなってふつふつと噛み締めてるだけ……着替え持ってきてくれって頼まれた」
「じゃあタンス開けよっか」
「私もー!」
「おめーはダメだ、香澄。座ってろ」
ナイス有咲。
香澄が押さえ込まれている今のうちに部屋のタンスから着替えを持っていこう。
そう考えて寝室の扉を開けた沙綾を待ち構えていたのは、無造作に放り出されていた長物の銃や刀剣の山だった。目眩を覚える。
「わぁ。すごい、まるで武器庫みたい」
「……エヌラスさん、片付けとか出来ない人なのかな」
頭痛くなってきた。ベッドの上にまでハンマーやハルバードや狙撃銃やらぶん投げられている光景に、沙綾は息を吸って吐き出す。深呼吸を繰り返して目の前の現実を極力直視しないようにしながらタンスを開けた。
「あ、パンツ」
「おたえ、お願いだから今はそういうのいいから……」
「へー、ボクサーパンツ。こういうの好みなのかな」
「……話、聞いてた?」
「さーや、履いてみる?」
「履かないからね!?」
人様の下着を何だと思っているのか。肌着にパンツに、シャツとベストとズボンとベルト。とりあえず手当たり次第に着替えをまとめて、すぐに脱衣所に置いて沙綾が戸を閉めた。
「はぁ~~……!」
なんか、いきなり疲れた。とても疲れた。今の一瞬で疲労感がのしかかってくる。
「だ、大丈夫? 沙綾ちゃん」
「うん。ありがとう、りみ……あの人、どうやって生活してたんだろうね……」
エヌラスがシャワーで一汗流して戻ってくると、テーブルに疲れて突っ伏している沙綾を見て眉をひそめていた。
「ど、どうした沙綾。なんか一人だけすごい疲れてないか?」
「エヌラスさんのせいですけど?」
「えっ、俺のせいか? 着替え持ってくるだけで?」
「寝室の惨状、なんですかあれは!?」
「寝室……?」
沙綾に言われて寝室を開ける。ごっちゃごちゃの武器庫。無言で扉を閉めた。
「片付け忘れてた」
「普段どうしてるんですか」
「普段? そうだな。基本的に部屋に俺しか入らないから、最低限歩けるスペース残して後は必要なもの積んでる」
典型的な片付けられないタイプだこの人。
「身の回りのことくらい、しっかりしてください」
「いつもはメイドに任せてたからなぁ……」
「……」
メイド? 今メイドって言った? 給仕とかしてくれる、あのフリフリのスカートの女の子?
「メイドさん雇ってたんですか?」
「え? ああ。戦闘、給仕に公務と何でも出来る有能バカな双子のメイドが――――なんでもないわすれてくれ今のは聞かなかったことに」
目を輝かせている香澄から静かに目を背ける。
「エヌラスさん、お金持ちだったんですね!」
「別に金持ってたわけじゃねぇよ。たまたまそういうのを手に入れる機会に恵まれただけだ。そういう人形が国産品で多く取り扱われてたというだけで」
「メイドさんの人形が?」
「……ややこしくなるからもう、直接俺の口から説明するわ」
正確には、工芸品の一種として人形が幅広く取り扱われている。それは国の特産物でもあり、技術も洗練された。いつしか人間に取って代わる労働力としても使われるようになり、職業別に特化した人形――アンドロイドやガイノイドが多く生産された。それも性能はピンからキリまで。
大手の人形会社から、職人のハンドメイドまで。数えだしたらキリがないほど。
その中で。エヌラスが手掛けた最高傑作と自負する人形が二体。側近のメイドとして傍に置いていた。そうでなくても自宅には二桁に及ぶガイノイドが雇われている。それらは全てメイドとして国王が公務に集中できるようにと家事を担っていた。……もっとも、“あの”国王がまともに公務に取り掛かることなど極稀なのだが。
次期国王、つまりエヌラスは王子という形になるのだが、自宅兼職場として寝泊まりしている場所はそういうところらしい。
「言われてみれば、海外旅行の時もパーティー会場で綺麗に立ち回ってましたよね」
「えっ、じゃあマジで金持ちなんじゃ……?」
「エヌラスさん。王子様ってことですよね?」
「まぁ、世間一般的にはそういう扱いか」
「……もしかして弦巻さん家ばりにお金持ち?」
「金とか数えたことねぇしな。知り合いが詳しいからそっちに丸投げしてた」
「玉の輿とか乗れちゃったりする!?」
「地元じゃ一夫多妻婚とか全然許容範囲内だ。そのせいで詐欺だの何だの横行してるか、公安側もそれなりに対策と武装してるし」
たえが何か考え込んでいた。
「……一夫多妻制ってことは、みんなで籍を入れたら家族になれるよね?」
「確かに!」
「やめろや。なんでそうなるんだよ。五乗分の花嫁じゃねぇか」
主に苦労が。
「エヌラスさん、結婚とか考えたり」
「しない。俺に結婚願望はない」
「えー、なんでですか。エヌラスさんとってもいい人じゃないですか」
「考えてもみろ香澄。いいか? ――いつ帰ってくるかもわからん戦いにばかり明け暮れているようなバカと籍を入れたいか? 俺は御免だ。遠慮する。しかもそいつは生活能力まるで無し。人でなしどころかろくでなしの穀潰しだ。結婚相手が気の毒過ぎる。よって俺は結婚したいとは考えない。相手の幸せ考えるならな」
「…………」
「…………」
五人が、目を白黒させて沈黙していた。エヌラスが眉を寄せる。
「……なんだよ」
「エヌラスさん、やっぱりいい人ですよね。優しいっていうか、相手のこと第一に考えてますし」
「自分のことがどうでもいいだけだ」
「もっと自分を大切にしてください」
「持論だが。自分の命を後生大事に抱えて生きていけるほど、楽してない」
結婚はしないが、こうして話に付き合うくらい気軽な関係なら良いということ。それに有咲が首を傾げていた。
(……あれ? それってもしかして……)
「どうしたの、有咲。段々傾いてるけど」
「いや、エヌラスさんが言っているのってもしかしてだけど――結婚するほど親密な関係じゃなくて、それでいて気さくに話せる相手ってことだろ?」
「今のあたし達みたいに」
「……愛人とか側室とか、そういう関係なんじゃ」
もしかしなくてもそれはただのクズ野郎なのでは? そこのところどうなのか、エヌラスに問いかける有咲に対して、静かに唸る。
「恋人は一人だけって誰が決めたんだろうな」
「いや、普通は一人ですよ?」
「なんで一人だけなんだ? それで他のやつと恋人になったら浮気になるんだろ?」
「えっ。いや、まぁ。あたしは誰かと付き合ったこと無いからわかりませんけど……普通は、そうなりますね?」
「……おかしくないか? 相手の気持ちに真摯に向き合った結果として、それを糾弾される謂れはないと思うんだが」
「浮気を容認してくれ、と?」
「浮気じゃねぇ。恋人になった途端になんで所有権が発生するんだ」
「……すいません。ちょっと、私達に言われても」
「それもそうか。悪い、ちょっと個人的にそこら辺は過去に色々あってな」
「エヌラスさん、恋人とかいないんですか?」
「死んだ」
即答して、通夜のように香澄達が押し黙った。
「さて、昔の話はいいか。それで、なんか話し合ってたんじゃないのか?」
「あー、えー……とりあえず、お昼ごはん作る話になってですね」
「肉じゃが。香澄の提案で。それで買い物に行こうかと」
「なら金は俺が出すか。この前の仕事で臨時収入あるし」
「お仕事?」
「ほれ、海外の資産家に」
それに加えて、弦巻家に頼んで手持ちの金銀財宝も換金してもらった。潤沢な資金を持て余している。
「ちなみにどれくらいですか?」
「んー、それ以外にもいくらか稼ぎを入れて……」
エヌラスが手持ちの額を見せると、絶句された。
総額、八桁に及ぼうという資金が手元にあるという。
「悪運の強さと持ってる技術だけで食っていけるんじゃねーのこの人……?」
「あたしもそう思う……」
「正直こんないらねぇんだけどな」
「はー、人生で一度は言ってみてー台詞!」
有咲がどこかヤケクソ気味に叫んだ。