昼食を終えて、食器を美咲達が片付ける。ごちそうになったお礼ということで洗い物をしてくれていた。その間に香澄達が勉強道具を広げる。
出されていた課題も有咲の家に泊まった際に進めていたようだが、まだ終わっていなかった科目を中心に始めていた。
「う~ん……! あ」
「助けて有咲ボタンは三回までな、香澄」
「あー、あー……まいくてすとー!」
誤魔化すようにシャーペンをマイクに見立てて香澄が声を挙げる。先手を取ったエヌラスの効果はバツグンだ。それに内心感謝とガッツポーズをする有咲が着々と課題を片付けていく。
「うぅ~、エヌラスさんが意地悪するよーさーやぁー」
「多分この中で一番進んでないのお前だろ」
「ぅ……」
「できるところから進める。ほれほれ、手を動かせ」
「うう~、がんばります!」
「その意気だ。がんばれー、香澄」
エヌラスは優雅にティータイム。ペットボトルのお茶だけど。
美咲達が洗い物を済ませてリビングに戻ってきた。勉強道具を広げている姿を見て、なにかを思い出したのかはぐみが唸っている。
「どうしたの、はぐみ?」
「はぐみも宿題終わってなかったー!」
「あらら、それは大変だ。テストも近づいてきてるし、テスト範囲は押さえておきたいかな」
「美咲は随分と余裕そうだね?」
「いやぁ、あたしは昨日のうちに終わらせておいたので」
どうせ代休なんてこころ達に付き合って無くなるし。バイトもバイトで忙しいし。やれるうちにやっておこうと思ったら、終わっていたというだけ。
「花音先輩、教えてくださーい!」
「ふええ!? わ、私……!? 上手く教えられるかなぁ……」
「薫くーん、助けてー!」
「ふふ、私を求める声のはぐみも儚いね。とはいえ、教材が手元にない以上は」
あった。
エヌラスが弦巻家から贈呈されたノートとペンの余り物が。それこそ不良在庫でも押しつけられたのではないかというくらいの物量。それらをみっちり詰め込んだクローゼットは段ボール箱の住処となっている。
「ほい。折角だし、みんなでやるか。ノートもあるし、後は教科書も香澄達から借りればいい」
エヌラスは時計を見て、時間を確認した。
「美咲。映画の席は予約してあるのか?」
「えっ? まぁ、一応。春の新作なので早めに予約してましたけど……ハロハピの分だけです」
「なら追加で香澄達のもしておいてくれるか。金は出すから」
「わかりました。えっとー、番号番号……」
美咲がスマフォで追加の席の予約をしている間、こころはあぐらをかいているエヌラスの足とテーブルの間の空間を見つめる。そして、さも当然のように身体を潜り込ませようとしていた。
背中を預けるこころの頭を手持ち無沙汰な手で撫でる。ネコのようにぐーっと身体を伸ばして頭を擦り寄せていた。
「私達が課題やってる前でイチャつきやがって……」
「先生ー、有咲が嫉妬してまーす」
「し、嫉妬じゃねぇし! 集中力が削がれるってだけで別に変な意味じゃねー!」
「有咲もエヌラスに抱っこされたいのかしら? とーっても落ち着くのよ」
「っていうかあんたはナチュラルにそこに座るの……? あ、もしもし。すいません、追加で席の予約したいんですけれど……」
そもそもそれ、いいんですかエヌラスさん?
甘えるこころの姿を見ていた花音が顔を赤くしていた。
「こ、こころちゃんって大胆……」
「あら。花音も座りたいのかしら?」
「ふえぇぇ!? え、えと……あのぉ……」
真っ赤になりながらもエヌラスの顔を見て、オロオロとしている。
「花音が座りたいなら、俺は一向に構わないが」
「エヌラスさんの浮気者ー」
「えっちなこと考えてませんか」
「香澄、おたえ。テメェ等後で覚えてろ。というかこころは宿題やらなくていいのか?」
「あたしには出されてないわよ?」
「……」
無言で、予約の電話を終わらせた美咲に目配せした。それに、まるで暗黙の了解とでも言うように静かに深く頷く。
「どうやら一度ハナジョの教師達は徹底的に再教育してやる必要がありそうだ」
「あの、エヌラスさん? 顔が怖いんですけど……」
「生まれつきだよ悪かったな」
そういう意味ではないのだが。しかし出されていないものをやれと言ってもできるはずがないので、エヌラスはこころの頭を撫でながら考える。指先で髪を梳いて、絡まないようにしていると、その手つきを見てた沙綾の頬が赤くなっていた。
「なんだ、沙綾?」
「えっ。あー、そのぉ……なんだか手つきがちょっと……色っぽいなと思っちゃって」
いやらしいと言わなかった自分を褒めたい。言外に察したが、あえて突っ込まなかったのは流石大人の対応力。
「……んー。こころ、ちょっと気分転換に髪型変えてもいいか?」
「いいわよ? どんな風にしてくれるのかドキドキするわ♪」
「じゃ、大人しく座って待っててくれ。鏡と、ヘアピンと……あー、リボンがあればいいか」
手帳型の折りたたみ式ミラーをりみから借りるが、エヌラスはそれを伏せた。髪を弄ってからのお楽しみ、ということにしたいらしい。
髪留めも借りるわけにいかず、無造作に影の中に手を突っ込んで使えそうな部品をハンティングホラーに任せて取り出した。
何しろ、これまで様々な世界に足を運んできた。ごった返している異空間に収納されている物を把握しているのは術者であるハンティングホラーだけだ。エヌラスですら把握しきれていない。
指先に触れる固い感触と、柔らかい布の感触。それを引き上げると、柑橘系のトレードマークのリボンとヘアピンが出てきた。
「却下、やり直し」
即答して再び突っ込む。多少マジックアイテムの類でもいいからまともなのを寄越せ、と念を込めながら。
そして今度は縁に金の刺繍が施された青いリボンと、赤いヘアピンが渡された。
「……まぁいいか」
一度シワを伸ばし、施されている術を解除してからテーブルに置く。
こころの髪を手でならしてから、指の隙間に髪の束をまとめる。
慣れた手つきで髪の毛をまとめていくエヌラスの手を見て、香澄達の手が止まっていた。唇にヘアピンを留めておきながら、すぐに仮止めする。きつすぎない三編みにすると、逆サイドを持ち上げる。その下に三編みをくぐらせると、一周させて留めた。
ヘアピンをかんざしのようにしてリボンを留めつつ、髪に滑り込ませて結ぶ。
ポニーテールの中にも小さく三編みアレンジを加えて、最後は先端部をゆるく留めておく。
「はい、完成」
伏せていた鏡の顔を上げて、こころに出来栄えを確認させると華やかな笑顔が咲いた。
「とーってもステキな髪型だわ!」
「三編みアレンジポニーテールってとこだな」
「こころちゃんすっごくかわいー! いいなー。そうだ、エヌラスさん! 私達もお願いします! おたえとか髪綺麗だからきっとすっごくアレンジし甲斐があると思いますよ!」
「課題やれ」
「はい」
無造作に切り捨てられて香澄がしょげながらノートと向かい合う。
「全員分やってたら日が暮れるっつーの」
「でもこころのヘアアレンジするに十分かかってませんけど」
「十人分考えながらやってたら一時間以上かかる」
「それもそうですね」
ご機嫌なこころがエヌラスの膝の上から美咲の隣に移動する。その空いた膝の上を花音が見つめて、隣に座った。
「あ、あのぉ……」
「んー? どうした、花音」
「えっと……いい、ですか……?」
「……どうぞ?」
ぽんぽんと自分の膝の上を叩くと、花音が背中を預けてくる。顔を真っ赤にしながらも、どこか嬉しそうにしていた。そう初々しい反応で恥ずかしがられるとこちらまで気恥ずかしくなってきてしまう。
「……背中、あったかい……」
「そうでしょ? エヌラスにぎゅ~ってされるともっと安心できると思うわよ、花音」
「ふええぇ!? そ、それって……いいん、ですか?」
「……良いか悪いかで言ったら、むしろしてもいいのかってことなんだが。いいのか?」
花音が目を逸らしながらも、顔を真っ赤にして小さく頷いていた。
エヌラスは極力驚かせないように、腕で輪を作り、その中に花音を収める。腰回りを浅く抱きしめると、小さく身体を跳ねさせていた。
「ひゃ……」
そのままジッとしていると、やがて花音も徐々に慣れてきたのか少しずつ体重を預けてくる。
こころとはまた違った、優しくて甘い香り。使っているシャンプーや香水の匂いに、心が落ち着く。
「……すごいな花音。アロマ効果でもあるのか? すげぇ安らぐ」
「えと、あの……ありがとうございます……」
「あー、このまま寝たらすげぇ落ち着くんだろうな」
「――――」
「…………花音?」
これ以上ないほど、耳まで真っ赤にしながら花音が俯いてしまった。気の所為か、たえからの視線が冷たく突き刺さる。
「エヌラスさん、セクハラですよ」
「どっからどこまで?」
「十割九分」
「致死的じゃねぇか」
「おたえー、ヤキモチ焼くのはわかるけど手が止まってるよ」
「お餅は焼いてないよ?」
「まぁいっか……ほら、時間も限られてるしやれるだけやっちゃおう」
沙綾に催促されて、たえも宿題に取り掛かる。テスト範囲の予習にヘルプが鳴り止まないはぐみは美咲と花音がついていた。薫も教えることが可能な場所は教えている。
エヌラスは理数科なら得意だが、国語は死んでいた。むしろ教えてくれと頼み込むくらいに。
テスト勉強も兼ねた勉強会は時間通りに終わり、香澄の有咲コールは六回と大幅にオーバーしていた。罰ゲームとしてジュース三本奢ることになってテーブルに突っ伏している。
「ありしゃ~~~~!!!」
「四本な。太っ腹だな」
「うわーん!!」
血も涙もない。
――ショッピングモールにて。
予約していた映画の上映時間までに到着した一行。美咲達は映画館へ向かい、エヌラスはその間自分の買い物をしようとモールの中を歩く。どちらにしろ席もギリギリだった。
香澄はと言うと、四人の飲み物を買うことになって軽いお財布に肩を落としていた。
(服は……まぁ間に合うか。さて、どうやって時間潰すかな)
学生は休日だが、社会人は普通にお仕事の平日。モール内も女子高生が多い。
二階から一階を歩く人混みを眺めていると、見覚えのある顔の二人組を見つけた。
丸山彩と白鷺千聖だ。視線に気がついたのか、千聖と目が合う。小さく手を振ると、会釈してくれた。
「エヌラスさん、こんにちは!」
「ん? イヴか。どうしたんだ、今日は収録があるって日菜から聞いてたが」
「はい! 今日は食レポだそうです!」
「……ここで?」
なんでも、近場ということで是非とのこと。ちなみにクレープだそうだ。その撮影場所も時間もちょうど映画の上映時間とかぶっている。それで人通りが多かったのか、とエヌラスは納得した。
「彩と千聖は今見かけたし、日菜もつぐみの家で会ったが……麻弥はどうしたんだ?」
「マヤさんも来ています。モールの楽器店を見てました」
「そうか。――――ん?」
そこで不意に気がつく。パスパレの収録場所がモールの中ということは、それはつまり日菜とまた遭遇するということでは?
悪寒が走り、咄嗟に横にズレる。背後から静かに近づいていた日菜がエヌラスに避けられ、勢い余ってイヴに抱きついていた。
「ヒナさんからのハグ、くすぐったいです♪」
「あれー? 今度こそと思ったんだけどな―? まぁいっか、イヴちゃんハグハグー!」
「あっぶね、とっ捕まるところだった……」
「もー、エヌラスさんってばなんであたしから逃げるのかな」
「ならなんでお前は俺を捕まえようとするんだ?」
「んーとねー……面白そうだから♪」
そんな理由で人を生命の危機に陥らせるのは師匠だけで百二十分に間に合っている。
「そうだ! るんっ♪てきた!」
「却下。俺はカメラに映りたくない」
「なんで先回りしちゃうの! ズルい!」
「ズルいとか言うな、お前の考えそうなことだろうよ! 断る理由挙げればキリがねぇ」
深く息を吐き出しながら、エヌラスは自分の休日が順調に潰れていく流れに疲労感でいっぱいだった。
「そういえばエヌラスさん。羽丘の方でも霊能学教師やれそうなんだけど、来てくれる?」
「……ちょっとまってくれ? なんでそれがどうしてこうなった?」
「文化祭を材料に先生たち説得したから。それにハナジョの成績、上がってるって話だったから」
それは初耳だ。しかし考えてもみれば普段よりも勉強に費やす時間を増やしてるので当然と言えば当然の話に帰結する。そんなことになる前に普段から勉強をしてくれ女子高生。君等は学生であって勉学に励むのが本業なんだから。
「……ちなみに、どうやって説得したんだ?」
「学生として知見を広め、充実した社会生活を送れるようにインスピレーションを刺激することで感性を養うのは羽丘女子学園にとって悪いことではないと思いました!」
「お前のそれで言いくるめられる程度の教師陣に不安しかない」
どうなってんだ日本の教育。一度でいいから九龍アマルガム式教育術でも教えてやろうか。
教訓その一。死ぬ気で学べ、活かさなければ死あるのみ。なお実践形式とする。
「もういいやそれで。今週中に一回くらいはそっちに行くわ……」
「あ、水曜日ね。もう時間空けてあるから」
「なんで俺のスケジュールをお前が管理してるんだ」
なに、氷川姉妹は俺のことを飼い犬かなにかと勘違いでもしているの? 泣くぞ。わおん。