【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百二一幕 夕焼け小焼けの明日へのステップ

 エヌラスは日菜達の収録を邪魔しないように会話も程々にして離れた。

 しばらくはショッピングモールの中で時間を潰して過ごす。一階では彩達がカメラマン達に囲まれて収録の準備を進めていた。麻弥も遅れて合流したようだ。

 その様子を遠巻きに眺め、自分がこうして一人で過ごす時間というのがいたく久しぶりな気がした。日本に来てからというもの、随分と賑やかで騒がしい。

 

 ……最初は、本当にただ彼女達を利用するつもりだった。邪神が来た時にわかるようにレーダー代わりとして“おまじない”を施すだけで、ここまで関わろうとは欠片も考えていなかった。それが何をどうしたら、曲がりなりにも教師なんてものをやる羽目になるのか。

 柵に頬杖をついて、エヌラスは息を吐き出した。

 何も知らず、今まで通りの日常を過ごせると信じて止まない。この平和を疑う余地もなく謳歌している人混みを眺めていると、エヌラスはなんともやりきれない気持ちになった。

 そこに自分のような異物が紛れ込む余地などない。何処に行っても。どんな世界に居ても。

 だから必ず一線を引くようにしていた。問題は相手がそれをまったく考慮しないということだ。

 最初は、何も言わずにこのまま立ち去ろうと考えていた。身の回りのものを全て引き払い、自分の痕跡を消して日本を出ていこうとも。

 しかし、それをやるのはどこか気が引けてしまった。自分には勿体ないほど、彼女達から与えられた物は優しくてあたたかい。せめて、その恩を返すだけの時間はあるはずだ。

 

 ボンヤリと、ただボンヤリとしながらショッピングモールの中を見つめる。

 今、魔術師としての感性と――自分が感じている嫌悪感と本能からくる警告が導き出す結論。

 ひとつは、確実に邪神がこの地球に存在していること。

 ふたつめは、それが全く感知できないことだ。

 双子の邪神であるティマイオスとクリティアスは、異常過ぎる速度によって捕捉できなかった。身を隠しているということは、つまり相手も姿かたちを偽っているということ。

 身体の心が燻ぶるように焦らされる。苛立っていた。むしろこちらから探しに行って然るべき相手なのだが、どうにも日本の生活がままならない。

 

「…………どちくしょうが、平和だな」

 そう呟いて、前髪をくしゃりとかきあげる。

 随分と髪も伸びたものだ。最初は左目の刀傷を隠すために伸ばしていたのだが、いつのまにか襟足まで隠すくらいになっている。切るのも面倒なのでそのままにしている。

 魔術師というのは、身体の一部であっても魔力の媒介となるものだ。代表的なのと言えば、魔女の髪といった具合に。そのため、処分するのもまたひと手間かかる。エヌラスは面倒なので全部燃やしたりしている。

 それこそ、爪の垢を煎じて飲むだけでも魔術師の力は別けられる。そんなこと日菜が知ったら本当にやりそうなものだが。

 

 戸山香澄が家の戸を叩いていなければ、今頃は一人で遠くに離れていたことだろう。だが、ここまでだ。

 人間の百に満たない生涯において、自分という痕跡はここまで。一年に満たない、わずか一月足らずの邂逅。きっとコレまで通り忙しなく過ぎていく時間の中に置き去りにされていつか忘れてくれるはずだ。

 

 

 

 エヌラスはそろそろ上映が終わるであろう時間を見計らって映画館の前に移動する。すると、すっかり余韻に浸っている香澄達が思い思いの感想を語り合いながら出てくる。

 

「映画、どうだった?」

「すっっっごく面白かったです!」

「そうか。そりゃよかったな」

「エヌラスさんも観ていたらすごく感動していたと思いますよ」

「他人の恋愛模様なんか興味ねーよ。応援なり手助けなりはしてやるけど」

 恋はするが、愛せない。

 もう二度とあんな思いをするのは御免だ。最初で最後の、恋だったのだから。それでも、誰かの恋愛成就の手伝いくらいはしてやろうと思っている。周囲にそういう相手がいればの話だが。

 すっかりご満悦のこころもニコニコ笑顔のままだ。

 

「まだ何かモールに用事はあるか? 買い物あるなら荷物持ちくらいはしてやるが」

「じゃあアクセサリーショップに行きたいです。新しいヘアアクセ欲しくて」

 沙綾の提案に、香澄達は異論なし。満場一致の意見に、すぐ足を向ける。

 両手をポケットに入れたまま歩くエヌラスを見ていたたえが考えていた。

 

「どうしたの、おたえちゃん?」

「さっきの映画でも、こんな人いたよね」

「うん、ちょっと斜に構えた感じの、主役の友達……だったよね?」

「そうそう。でも結局、主人公の恋を応援してたっていう人」

「なんだそのクソ恥ずかしい役回り」

「まんまエヌラスさんみたいな感じでした」

「観なくてよかったと心底思ってる」

 隣に並んだかと思えば、たえが腕を組んでくる。口をへの字に曲げて、エヌラスは訝しんだ。

 

「なんだ、おたえ?」

「結局その人、自分の恋は実らなかったので可哀想だなって」

「同情するなら飯奢れ」

「……お金、足りるかな」

「冗談だ。真に受けるな」

 それこそ店が潰れる勢いで食い続ける。故郷では何軒か潰した挙げ句師匠ともども出禁を食らったこともあった。

 

 アクセサリーショップで香澄達が思い思いの雑貨を手にして楽しげにしている様を遠くから眺めつつ、自分も何かめぼしいものはないかと物色する。とはいえ、こういった小物作りは得意とするところだ。目新しい発見があるわけでもなく、買い物を楽しむみんなを眺めるだけとなる。

 

「そういえば、少し尋ねてもいいでしょうか?」

「ん? なんだ、薫」

「エヌラスさんの手先の器用さは、どこで学んだものなのかと思って。まるで機織りのようにこころの髪を編んでたので」

「ああ、あれか。妹とか、恋人とか。あとはメイドで練習してたからな」

 よく髪を編んでくれとせがまれて、不器用だから繰り返し練習するしかなかった。そのために女性誌まで買い込んだくらいだ。

 

「これでも昔は髪結んだメイドに「下手くそ」って言われたくらいだぞ?」

「今からは到底想像つきませんけどね」

「――でも、まぁ。結局そいつは、ツインテールが気に入ったみたいなんだけどな」

 

『エヌラス様は髪を結ぶのが大変下手くそでいらっしゃいますね。簡単なツインテールなどにしては如何ですか? (わたくし)でよろしければ練習台に。ああ、でも愚妹のようなポニーテールはご勘弁願いますね。犬のしっぽみたいなので』

 髪をくしゃくしゃにされたメイドに、そう言われたこともある。腹が立ったのでメチャクチャ練習してやった。ざまぁみろ。

 

「……懐かしいな、本当に。思い出したくないことばかりだ」

 感傷に浸るエヌラスに、薫は少しだけ申し訳なさそうにしていた。

 

「なんなら薫もツインテールにしてやろうか」

「い、いやぁ。厚意だけ受け取っておくことにしましょう……」

「遠慮するな。お前は顔が良いからきっと似合う絶対似合う間違いなく似合う。普段と違う髪型で違和感を覚えることはあるだろうが鏡を見ていれば慣れる。新しい自分と向き合え心配するな」

「…………え、遠慮しておきます」

 さり気なく逃げるように薫が立ち去る。そう照れずともいいのに。

 

 買い物を済ませてショッピングモールを出る頃には日が傾いていた。結局、休日も香澄達に付き合って終わってしまったことにエヌラスは肩をすくめる。

 明日からまた『CiRCLE』のバイトに霊能学講師と忙しい日々が待っていると考えるだけで気が滅入ってきた。

 夕焼けに染まる街を友達と笑い合いながら歩く香澄やこころ達の後ろ姿を見れるのは、今日が最後になるかもしれない――。

 例えそうだとしても、彼女達の日常だけは最後にはさせない。

 

 不意に、こころが思い出したように振り返る。夕陽を浴びてなびく髪が、黄金の穂波のように揺れていた。

 夕陽を浴びて赤らんだ頬が、屈託のない笑顔が。無邪気な声が、どうしても。

 

「ねぇ、見てエヌラス! 夕焼けがとってもキレイだわ!」

 彼女達の姿が、目に焼きついてしまう。

 網膜のフィルムに、シャッターが降りて記憶してしまった。

 いつか忘れてしまうのだとしても、今だけでもと。

 

「今日は楽しかったか、こころ」

「素敵な一日だったわ! ねぇ美咲!」

「そこで振られてもね。まぁ、あんたはいっつも楽しそうだけど」

「でもあたし、気になることがあるの」

 こころの言葉につられて、香澄達が首を傾げている。

 

「気になること? なにかあった、こころちゃん」

「ええ。今日も一日、エヌラスったらずーっと笑ってくれなかったのよ?」

「言われてみれば確かに。そんなに迷惑でした?」

「迷惑と言えば迷惑だったが、どうせ今日も予定らしい予定なかったしな」

「ほらみろ香澄、迷惑って言われてる。反省しろ反省」

「う。で、でも今日は楽しかったですよね!」

「そうだな」

 いつものように、ぶっきらぼうで。淡々と答えたものだから呆気にとられている顔を見てエヌラスが口をへの字に曲げた。

 

「なんだよ、悪いのかよ」

「え? いえ……全然、そんな風に見えなかったので」

「たまには。こんな日があっても悪くない、とは思うが毎回休日になるたびにお前らの襲撃に備えないといけないとか思うと心労がかさむ。今日限りにしろ」

 足早に追い越して先に歩く顔を、横から覗き込む。

 夕陽のせいで頬が赤く見えているが、果たしてそれは本当に夕焼けのせいだろうか。

 

「エヌラスさん、もしかして照れてます?」

「お前はそういう余計なことを言うとどうなるか知ってるか。こうなるんだよこんにゃろう!」

「ふみゃーー~~~!!!」

 乱暴に頭を掴まれ、そのままくしゃくしゃに髪を撫で回されて香澄が猫のような悲鳴を挙げていた。

 それを聞いていた野良猫が何事かと顔を覗かせたりしたが声の主が人間だと知るや否や、興味をなくして解散する。

 なんだ、猫っぽいけど人間だったか。と、あくびをこぼしてかぎしっぽを揺らしながら――。

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