【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百二三幕 気づくと終わる一日

 

 昼下がり。雪崩込んでくる客を相手しつつ、捌きつつ、雑談しつつ愛想を振りまいて片付けていく。客足が遠のいていくのを見計らってエヌラスが休憩に入った。

 

「おつかれさまです、休憩どうぞ」

「ほんとマジ……なんなんだ今日の客足は……!?」

「いやー、エヌラスさんが来てくれると本当に売上が上がって助かります」

 ほくほくと他人事のようにニコニコ笑うまりな。本日の午後の業務はスタジオのセッティングを手伝って、それからすぐに花咲川女子学園の霊能学講師に向かわないといけない。

 しかしこの忙しなさはどこか安心する。

 あっという間に時間が過ぎていく。

 

「――あー、もうこんな時間か」

「利用するお客さんから聞きましたよ、ハナジョだけでなく羽丘の方でも先生役引き受けたとか」

「何がどうなってそうなったとか俺もわかりません」

 しかも明日向かう話になっている。こちらの都合も何も関係なく。

 

「本当に忙しいみたいですね」

「ええ、まぁ。面白いくらいに振り回されてます」

 人生を棒に振るとはこういうことか。俺の人生を木の棒かなにかと勘違いしているのだろうか。エヌラスは『CiRCLE』スタッフの制服から着替え、私服に袖を通して店を後にしようとしていたがオーナーに呼び止められる。

 聞けば、近い内にライブハウス合同イベントを開催する予定らしい。そのイベントスタッフとして人手が欲しいようだ。予定さえ空いていれば問題ないが、参加するガールズバンドを探してほしいとのこと。教師を兼任しているから女子高生にもその宣伝をしてくれ、と頼まれた。

 それくらいなら片手間で十分間に合う。エヌラスはシフトに中々入れない代わりにそれを承諾した。いくつかライブ告知のチラシを受け取って『CiRCLE』を出ていく。

 

 

 

 花咲川女子学園に向かう途中、エヌラスは野良猫の群れ。集会を発見して足を止めた。

 ブロック塀の上で三匹が話し合い、すぐに散り散りに去っていく。路地裏でもゴミ箱の上に座り込んでいた目付きの悪いドラ猫が低く唸ってエヌラスを呼び止める。

 でっぷりと太った野良猫は足元まで近づいてくると座り込んだ。

 

「おう、なんだ?」

 ぶみゃー。

 

「……あー、そう」

 猫たちの世界の話ではあるが。

 将軍猫が倅と仲違いをしてからだいぶ経つ。その喧嘩の発端がなにかはわからないが、将軍の下を去ってから全く足取りが掴めていない。将軍猫の心労も気に掛けるものは多かった。

 まさに猫の手も借りたい状態らしい。猫が。

 

「見かけたら知らせる」

 ぶにゃ。

 不細工な鳴き声をひとつ残して、どら猫は路地裏へと去っていく。

 猫社会も色々事情があるらしいが、エヌラスも片足を突っ込んだ手前、放っておくわけにはいかない。

 野良猫の監視ネットワークがあるからこそ、この街で起きる怪事件はある程度猫たちによって解決している。傭兵派遣会社のようなものだ。ただの街猫から、軍属の猫まで幅広く存在している。

 

「……どーにも、きな臭い話だな」

 家族の喧嘩にしたって、なにか妙な話だ。やけに尾を引いている気がする。よほどの大喧嘩だったのだろう。一応留意しておくことにした。

 

 

 

 花咲川女子学園へ向かい、エヌラスは本日の霊能学に備える。――のだが、教師の一人にすぐ呼び止められた。

 

「ああ、エヌラス先生。ちょうどいいところに」

「はい? なにか」

「実は、教師の一人が本日お休みになりまして……」

「……代理を頼みたい、と? 科目は」

「体育です」

「それならまぁ」

 特に必要な教材もない。

 

「ちなみに、担当の学年は?」

「三年生です」

 嫌な予感がする。なんでよりによって休んだ体育教師。――エヌラスは念の為、休んだ理由を尋ねてみた。

 なんでも体調不良らしい。ただの風邪ならいいのだが、それがもし“オカルト絡み”の体調不良なら厄介なことになる。

 

 ――そんなわけで、エヌラスは霊能学の授業の前に体育の授業を請け負うことになった。

 体操着に着替えた三学年の生徒達を前にして、いつも通りの格好で立つ。渡された名簿で出席を取る。

 

「……ん? ちょっと待て、担当クラス多くね?」

 エヌラスが名簿の名前を確認していく。千聖に花音に紗夜に燐子、そして彩。

 

「えっと、今日はクラス合同の体育の予定だったので」

「とんでもねぇ時に休みやがったな体育教師。人の不幸にトントン拍子で乗りかかってきやがって……まーいいか。欠席無し」

 とはいっても普段、どういった授業をしているのか全くわからない。

 

「体育って、普段なにをやってるんだ?」

「身体を動かしていますね。サッカーや、屋内だとバレーなど」

「ふーん……とはいっても俺もそういうの慣れてねぇしなー。さて、どうすっか」

 請け負った時間は、五十分。その間、何を教えてやればいいのか。スポーツを教えるといっても自分もそこまで球技に詳しくない。

 

「というか、スポーツやる授業なのか」

「まぁ、体育ですので……」

「……」

 エヌラスが不思議な顔をしていた。

 

「その、スポーツをやるための体作りってことでいいのか?」

「そうですけれど……それがどうかしたんですか」

「身体作らずにスポーツって、順番が逆じゃないのか。そういうことなら、俺の受け持つこの時間は鍛錬だ」

「トレーニング、ということですか?」

 紗夜の疑問に頷く。

 

「一見地味だが体作りは資本だ。何事もな。若いうちに習慣づけておかないと年食ってから痛い目を見るのは自分達だからなー?」

「あの……具体的には、どういった……?」

「人間の身体ってのは、機械と一緒だ。使わなきゃ錆びる。錆びると中々戻らない。かといって人間の身体ってのは代替の効かない不便なものだ。人形と違ってな。だから常に稼働させておく必要がある。機械に油を差すのと一緒、若さで動く間に慣らしておかないと老後はベッドの上で四六時中、天井眺めるだけになるぞ」

 人形工学を学んで、人体の構造を学んだ。そして、その一環として医療も学んだ。

 魔導発勁は、そうしてできている。

 しかし、生徒達はあまり良い顔をしていなかった。当然だろう。

 

「鍛錬始める前に言っておくとだな――なんで食ったら食った分太ると思う?」

 ピク、と――彩がその言葉に反応していた。デリケートな話題に触れられて、生徒達が一斉に耳を傾ける。

 

「それはな、食った分の栄養が身体に巡らないからだ。留まるから太る。んで、一度身体についた無駄っていうのは中々落ちないものだ。心当たりがある生徒もいると思う。じゃあどうやって巡らせるか。ここだ、ここ」

 自分の左胸を叩く。心臓を指し示す。

 機械と一緒。人体を人体と考えず、あくまでも機械と考える。

 単純に言ってしまえば、飯食って動く。蒸気機関車と同じだ。

 

「心肺機能向上、それに伴う血行促進、加えて筋繊維増強。それらを維持するための食事――と、ここまで並べると堅苦しく聞こえるが早い話、動いて食う。食ったら動く。疲れたら寝る。以上! はい、お話はおしまい。ほれ鍛錬開始。地味な運動になるが、全員筋肉痛にするつもりでやるから覚悟しとけ」

 まさか、と鼻で笑う生徒達が何人か出たが――千聖達だけは静かに顔を背けている。

 多分この人の鍛錬に本気で付き合ったら筋肉痛で済まされない。

 

「そうだな、休憩も挟むから実際に運動するのは三十分程度だ」

「それくらいだったら、パスパレのレッスンの方が大変かも」

「はっはっは、そうかそうか。終わってからもう一回同じこと言えたら褒めてやる」

 

 ――授業が終わってから、彩は死んだ。全身が動かなくなった。全力で後悔したし、絶対に二度とあんなこと言わないって誓った。普段やってるレッスンの方が良心的だと心底痛感する。

 教室に戻るのすら千聖の手を借りたほどだ。

 一緒に鍛錬していたはずのエヌラスは涼しい顔をしていた。

 この人、あの程度で音を上げるような鍛錬を積んでいない。尋常ではない量の練度と修練を積み重ねて、初めてあの領域にまで辿り着く。だがそれでも辿り着かない師匠とは、どれほど人間を辞めているのだろうか。そもそも人間なのかどうかすら分からない。

 

 体育の授業が終わってから、エヌラスは霊能学の授業に備える。

 いつもは参加していた三年生の顔ぶれが減っていたが、無理もない。筋肉痛で受講を断念した生徒多数。

 紗夜ですら青い顔をして、燐子に至っては生徒会の仕事すら厳しくなっていた。ペンすらまともに持てないほど。

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