【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百二四幕 羽沢珈琲店で一服

 

 

 

 ――こうして過ごせるのも、あとどれほどの時間だろう。

 霊能学の授業を終えてから自販機で野菜ジュースを飲みながら、中庭のベンチに腰を下ろしてぼんやりと考える。何が面白いのか、毎日と言っていいほど香澄達に追い回されて。

 そんな日々も悪くないと考える。

 こんな時代の、こんな日々を送れるようにと――九十九兼定は、剣を手にした。

 その刃に倒れるべきは自分であったのだと今だに思う。だが、その度に貫かれた心臓が痛む。

 あれが耳にしていたら、馬鹿野郎なんて言葉が飛んできただろうか。

 

「エヌラス先生ー!」

「ん?」

 大きく手を振っているはぐみに手を振って返す。笑顔で駆け寄ってくると、隣に座り込んだ。それを見ていたのか、こころも美咲を連れてやってくると反対側に座る。

 

「何飲んでるの?」

「野菜ジュース」

「一応健康に気を遣ってるんですね」

「そういう気分だった。それで、なにか用か?」

「ううん、別に」

「エヌラスが居たからよ?」

「なし崩し的に」

「お前ら本当に後先考えてないんだな……」

(それ、あたしも一緒にされてるのかなぁ)

 若干腑に落ちない様子の美咲が目を逸らしていた。

 

「エヌラス、この後なにか予定はあるかしら?」

「んー、まぁ猫探しの旅」

「ネコ? エヌラスさん、いつもネコと一緒にいる気がしますけど」

「迷い猫っていうか、そういう依頼が舞い込んできてな。ちょっと訳ありなんだ、そういうわけで今日はこれからちょっと忙しい」

「これまでも忙しそうでしたけどね……」

 三学年が疲労困憊といった様子で帰路についている姿を見て、ちょっと気の毒だった。教室から見ていた限りでは、ずっと準備体操をしていように見えたが。

 

「猫ちゃん探し、あたし達も手伝ってあげましょうか?」

「いや、いいよ。その気遣いだけで十分だ」

「遠慮しなくてもいいのに」

「下手すりゃオカルト絡みだ」

「あー……じゃあ、あたし達はあんまり近づかない方が良さそうですね」

「そうしてくれると助かるよ、美咲。そういや、これ渡すの忘れてたな」

「なんですかこれ? ……ライブハウス合同イベント?」

 ガールズバンドを盛り上げる、それだけでなく演奏技術の向上や競争を含めた目的で開催されるイベントは『Galaxy』で行われる。美咲はその宣伝として渡されたチラシと、エヌラスの顔を見比べていた。

 

「なんかエヌラスさんがライブハウスのお仕事ちゃんとやってるの、初めて見た気が」

「お前らに振り回されるのが仕事じゃないからな、俺?」

「ほんとすいません……」

 何故か謝ってしまったが、別に美咲は悪くない。

 

「参加するバンド探してくれってことだったから、香澄達にも渡しておいてくれ」

「即決しそうですけどね」

「それなら俺も助かる。決まったら『CiRCLE』の方でまりなさんに言ってくれたら手続きしてくれるはずだ」

「わかりました」

「んじゃ、ちょっと猫探しの旅に出てくる」

 野菜ジュースを飲み干して、エヌラスは自販機に備え付けられているゴミ箱に捨てる。

 なぜか、その後ろをこころ達がついてきていた。

 

「……なんでついてくるんだ?」

「いやー……あたし達もそっちに用事があったので」

「薫くんのこと迎えに行くんだー」

「花音先輩は今日ちょっと無理そうなので」

「…………なんかすまんかった」

 ちょっとやり過ぎただろうか。次からもうちょっと加減しよう。次があればの話だが。

 

 

 

 猫探し。探し人、もとい猫は将軍猫の倅。血縁者ということだが、その特徴らしい特徴がわからない。なにせ猫だ。毛並みとかで見分けがつくなら苦労しない。

 まずは野良猫に聞き取り調査。夕暮れ時の商店街で道端に座り込み、野良猫に話しかける不審人物ことエヌラス。

 

「ちょっと聞きたいことあるんだが、いいか? ほれ、にぼし」

 ふにゃー?

 ちょこんと座り込み、話に耳を傾ける野良猫。まだどこか幼さを残す顔立ちをしていた。

 将軍猫の倅の特徴を聞き出そうとするが、この猫は街に住む猫だった。将軍の存在を知らないらしい。軍属猫についてなにか知らないか聞き出すと、わからないの一点張り。猫が猫かぶって野良猫に紛れ込んでいるものだから一筋縄ではいかないらしい。

 いっそハンティングホラーにでも任せた方がいいのではないかと考えるも、そんなことをしたら街から野良猫が逃げ出してしまう。本末転倒、結局は自分の足で探すしか無い。

 

「はー……」

 結局、それから日が暮れるまで収穫らしい収穫と言えば外見の特徴だけ。

 徒労に終わって、街を一周して再び商店街に戻ってきたエヌラスの目に入ったのは羽沢珈琲店の灯り。

 そういえば昼飯を満足に食っていないことを今更になって思い出した。誰かが面倒を見ないととことん自分の事を蔑ろにしてしまう――それで毎回毎回飽きずに怒られたものだ。

 羽沢珈琲店の扉を開ける。

 

「いらっしゃいませ! お一人様……、エヌラスさん?」

「よ、つぐみ。席、空いてるか?」

「はい。すぐにご案内しますね、こちらへどうぞ」

 奥まった席に案内されて、エヌラスが腰を落ち着かせた。すぐにお冷とメニューが差し出されるが、注文はすでに決まっている。

 

「ホットコーヒーと……そうだな、軽食。なにかオススメ」

「じゃあ、お母さんのパンケーキはどうですか。コーヒーとも相性いいんですよ」

「なら、それで」

「コーヒーは、えっと……ドギづいブラックで?」

「今日は普通ので……」

 つぐみがすぐにカウンターで調理をしていた両親のもとへ早足で向かう。

 羽丘の副生徒会長を務めながら、実家の手伝いに『Afterglow』としても活動している。多忙なもので、ちゃんと休めているか心配だ。

 相変わらず繁盛しているようで何よりだが、先程から視線を感じる。

 店内を見渡すと、片隅で勉強中の蘭がいた。会釈されたので小さく手を振って返すと、つぐみと何か話して、手荷物をまとめてこちらへ歩み寄ってくる。

 

「……どうも」

「よぉ、蘭。どうした?」

「……席、一緒してもいいですか」

「見ての通り空いてる。どうぞ」

「じゃあ、失礼します」

 鞄を下ろして、エヌラスと向かい合う形で腰を下ろした蘭が教材を広げた。

 

「宿題?」

「テストも近づいているので。つぐのコーヒー飲みながらだと捗るんです」

「モカ達はどうしたんだ」

「巴は商店街の集まり、ひまりは家の用事で。モカもバイトでいないんです」

「そっか。リーダーは大変だな」

「……? あたし、リーダーじゃないですけど」

「えっ、そうなのか。俺はてっきり蘭か巴がリーダーかと」

「ひまりが」

「ひまりが……」

 彩ばりにふわふわピンクの、ひまりが。失礼だが、とてもそうは見えない。しかし、そういうことなら、そう記憶しておこう。

 

「お待たせしました。はい、ホットコーヒーです」

「ああ、ありがとな」

「つぐはテスト、大丈夫?」

「お手伝い終わったらちゃんと予習するから大丈夫。それに生徒会の書類に先生に提出するプリントにクラスのアンケートも……」

「つぐみ、お前ちょっと休め」

「だ、大丈夫ですこれくらい!」

「なんかこう、それ聞いてたら不安になってきた。俺の知り合いにも忙しい忙しい言いながら片っ端から公務片付けるやついたけど、それくらい忙しそうだし」

 もっとも、あちらは人間ではないし、手慣れているものだからいいのだが。一介の女子高生が片付けられる量の仕事の配分量ではない。何事にも加減というものがある。

 

「日菜先輩だってアイドルのお仕事しながら生徒会のお仕事してるんです、私も頑張らないと」

「それに加えて家の手伝いとバンドも含めたらお前の方が頑張ってる、というか頑張りすぎ」

「ほら、エヌラスさんにも言われてるし。つぐもちょっとは休んだら?」

「う~ん、でも……」

「そういうのは、どっかでミスをすると一気に台無しになる。カバーできる小さなミスなら誰も責めないんだから手を抜くことを覚えたらどうだ?」

「いや、手抜きはどうかと思うんですけど……」

「そうか? 大事なことだろ。注力すべきところをちゃんと見極めるってのは」

 エヌラスと蘭の二人を見比べて、つぐみが何かに気づいたのか小さく笑っていた。

 

「なに、つぐ?」

「どうした」

「いえ。なんていうか、蘭ちゃんとエヌラスさん。似てるから兄妹みたいだなって」

「…………」

「…………」

 その一言に押し黙り、互いに見つめ合うと眉を寄せて首を傾げる。

 

「似てる?」

「髪の色くらいじゃないか?」

「そっくりだと思いますよ」

「そう? あたしはそうは思わないけど」

「こんなに真面目な妹がいたら、兄の立つ瀬がない。そうでなくても、俺の妹は優秀だったしな」

「エヌラスさん、妹がいるんですか?」

 ――だった、という過去形に気づいて蘭が気まずそうにしていた。

 

「まぁ、昔の話だ。真正面から喧嘩したら、まぁまず勝てる気しねぇけど」

「強いんですか?」

「術理の理解も基礎も応用も俺なんかよりよっぽど早かった。自分がどんだけ不出来な弟子だったか嫌というほど見せつけられたっけな」

 それをひけらかしたり、見せびらかすようなことはしない。その全てを自分のためだけに学んだというだけのこと。

 不意に、蘭が思い出したように鞄から封筒を取り出した。それをエヌラスに差し出す。

 

「……? なんだこの封筒」

「これ、この間のお金の残りです。お返しします」

「え? いや、別にいいよ返さなくて」

「受け取るわけにいかなかったので、機会があれば返そうってみんなと話し合ったんです。確かにちょっと、文化祭の打ち上げで使っちゃいましたけど……」

「遠慮せず好きに使ってよかったのにな。まぁ、そちらさんがそういうなら。確かに受け取った」

 どこから舞い込んできたのかも分からないお金、使うのは気が引けたというのも事実だ。蘭がこれでほっと胸を撫で下ろすと、目の前にパンケーキが運ばれてくる。

 

「エヌラスさん、お待たせしました」

「いやー、昼飯食ってなかったから楽しみだ」

「……そのお金で晩ごはん食べるべきだと思うんですけど……?」

「え?」

(なんでその発想が出てこないんだろう)

「ちゃんと食べないと、いざっていう時大変ですよ?」

「んー、そうは言われてもなぁ……自分のために金を使うってのが、あんまり馴染み無くてな。食事にしたってそうだし」

「つぐのこと言えませんよ、もっと自分を大切にしてください」

「俺は君等と違って頑丈だからいいの。それより、蘭。よかったらコレに目を通しておいてくれるか? 参加するバンド探してるんだ」

「? なんですか、これ……」

 エヌラスから手渡されたチラシに軽く目を通して、つぐみにも見せた。開催日時も確認してから小さく頷く。

 

「わかりました。モカ達にも知らせておきます」

「ん。任せた……美味いな、このパンケーキ」

「おかわりもよかったら」

「んじゃあと十皿くらい」

「そ、それはちょっと……」

 もうちょっと他に食べる物もあるだろうに。これにはさすがのつぐみも苦笑い。

 

「巴からのオススメ情報ですけど。駅前のラーメン屋、美味しいらしいですよ」

「そうなのか、ちょっと行ってみるか……そうだ、それと一つ頼みたいことがあるんだが」

「なんですか?」

「猫を探してるんだ。ちょっと訳ありで、中々見つからなくてな」

 ……猫?

 蘭とつぐみが首を傾げていた。

 

「あー、なんていうか……ちょっと特殊な猫で」

「はぁ……」

「特徴とかありますか?」

「ロシアンブルーで、人に懐かなそうな奴。目つき悪くて、近寄りがたい感じの猫」

「…………」

 蘭の脳裏に浮かんだのは、猫耳の友希那の姿。

 実はあの人、猫が化けてるとかじゃないだろうか。そう考えると妙にしっくり来てしまう。

 

「友希那先輩みたいな猫ですか?」

「あー、うん。そんな感じ」

「っ……」

 考えることはつぐみも一緒だったらしい。思わず蘭が笑いそうになって顔を背けていた。

 

「以前仕事を手伝ってくれた猫だったんだが、どうにも家出して行方を眩ませてるらしい。なぁんで猫が人の手を借りてんだか。猫の手を借りたいのはこっちの方だっての」

 いつの間にかパンケーキを平らげていたエヌラスがコーヒーで胃に流し込んでいる。

 

「とにかく、そういう感じの猫を見かけたら教えてくれ」

「――わかりました」

 平常心、平常心……。蘭が宿題に取り掛かる。

 

「んじゃ、俺はこれで。コーヒーとパンケーキごちそうさま。それと明日はよろしくな」

「あ、はい。お会計ですね」

「…………明日?」

 去り際に残したエヌラスの言葉に、手が止まった。

 なにかあっただろうか?

 会計を終えて退店していく姿を見送って、蘭が眉を寄せていた。

 

「ねぇ、つぐ。明日って何かあったっけ」

「えっ? う~ん……なにかあったような、なかったような……」

「まぁ、いっか。明日になればわかるし」

「ところで、蘭ちゃん」

「なに?」

「……エヌラスさん、一緒にお会計していっちゃったんだけど。どうしよっか」

「あの人はどうしてこう……自分のためにお金使わないんだろ」

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