【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百二七幕 猫の国へのご招待

 

 

 

 ――妙な夢を見た。

 影絵のように、輪郭の境界線がはっきりとしたモノクロの街。

 訪れたことも見たこともない街だった。

 街の中を歩けば、やけに猫が目に入る。人間よりも、圧倒的な数で。

 

『――客人よ、こちらです』

「……」

 エヌラスは謎の声に導かれて街を歩く。老人のようにしわがれた声の主が何者であるのかはなんとなく想像がついていた。

 人気のない広場。軒先に置かれていた丸テーブルの上で横たわり、尻尾を揺らす老いた猫がこちらをジッと見ていた。右目に傷があり、閉じられたままの隻眼の猫はエヌラスの姿を見かけると身体を起こす。

 

『此処は現実と夢の境界。突然のお招きに戸惑うのも無理はないこと。ご無礼をお許しください』

「…………」

『貴方がかの大魔導師の弟子と名乗る御方だからこそ、我々も加勢しております』

「俺に幻滅でもしたか? 不出来な弟子で」

『いいえ、まさかそのような。名乗る事を許されているからこそ信頼しているのです』

 その老猫は何が面白いのか笑っていた。

 

『あの御方の弟子を名乗るなど、よほどの御仁だ。命が惜しくない方くらいかと』

「……俺もそう思うよ。それで俺に何か伝えたいことでも?」

『緊急事態です。つい昨日のこと――我らの“抜け道”を用いた者がいます』

 エヌラスがその言葉の意味を正しく捉える。

 

「そうと知って、みすみす見逃した訳は」

『……恐らく邪神の手先です』

 この街を治める立場にある猫将軍にとって、不要な争いは避けたかったのだろう。だからこそ、こうして伝えることに留めている。

 

『ですが――』

「?」

『本当にあれは、手先であったのかどうかすら我らにも曖昧でした』

 正体が判別できない。それが恐ろしい。

 

「そいつが何処に向かったのか解るか?」

『残念ながら、我らの使う抜け道が何処に通じているのかは使う者にしか分かりません』

「……アンタの倅を探しているが、どうにも見つからん。どうなってんだ」

『ほっほっほ。あれも昔の私と同じように随分と“やんちゃ”だ』

「笑ってる場合か」

『いや懐かしいものです。私も幼少の時分には所構わず駆け回り、先代に気苦労を背負わせたものだ。その折に若き大魔導師に追い回されたものです。一度も逃れられた試しがない』

「……失礼だが、あんた幾つだ?」

『なにぶん歳を多く重ね過ぎたもので、はて……』

 すっとぼけている猫将軍にエヌラスはこれみよがしとため息をつく。

 

「知らせてくれてありがとよ」

『これが我らの仕事ですからお気になさらず。邪神の脅威から人類を守る。それがこの国、この町の猫の生き方なのですから。かの御仁との約束でもあります』

「猫は自由を愛する生き物だと、師匠から教わってたんだがね」

『何者にも縛られない生き方というのは、屈強な己の意思のもとに成り立つものです。自由を愛するからこそ、約束に縛られた生き方を享受しました』

「猫に説教されるとは思わなかった」

『ほっほっほ。不愉快に思われたのなら、それは申し訳ない。お詫びに撫でますかな?』

「俺は猫より犬派だ。遠慮しておく」

『それは残念』

 再び丸テーブルに横たわり、猫将軍は尻尾を揺らしていた。

 

「全部解決したらアンタの尻尾で掃除してやる」

『その口ぶり、大魔導師を思い出しますな。あの御方もよく言っておられました』

「前言撤回する。生え変わるまで撫で回してやる」

『それも言っておられました』

「……テメェの額を広げてやろうか?」

『懐かしいですなぁ……よくやられたものです』

 エヌラスはこめかみを押さえる。あの師匠、猫と戯れて何してんだ。容易に想像できるのが本当に困る。

 

『さぁさ。もうじきお目覚めのお時間です。眠りを妨げて、大変失礼をしました』

「……俺にとっちゃ、どっちも夢のような時間だよ」

 

 

 

 図書室で机に突っ伏したまま眠っていたエヌラスが目を覚ます。

 変な夢を見た気がするが、よく思い出せない。

 思い出せないが――なにか無性に腹が立つ。

 

「…………あ~、クソが……!」

 前髪をくしゃりとかきあげてエヌラスが毒づいた。時計を見れば、時刻は昼を過ぎている。仮眠としては十分だが、寝た気がしない。

 大あくびをひとつ。身体を伸ばしてから机に広げていた資料を片付けていく。

 とにかく目の前の仕事をこなしていこう、気を取り直してどうするか考えていたエヌラスが不意に気づく。

 昼休みのはずだが、図書室に生徒の姿がないのが不思議だった。一人くらい利用者がいてもいいはずだが、それもない。

 ひとまず昼食でもと食堂に向かっていたが、中庭から手を振られていることに気づいた。

 

「エヌラスさーん!」

「おー、あこ。元気そうだなーお前」

 友達と一緒だったのか、二人ほど見かけない顔と弁当箱を広げている。

 茶髪のショートカットと、水色の髪でメガネを掛けた少女の二人組。

 

「二人はエヌラスさんのこと知ってるよね?」

「まぁ。お姉ちゃんがお世話になったみたいだし」

「『Galaxy』でも、ちょっと噂になってるので……あと動画でも……」

「? どちらさま?」

「私、戸山明日香です。姉がお世話になってます」

「あの、わたし朝日六花です」

「……戸山……ああ。香澄の妹か」

「姉がご迷惑おかけしてるみたいで、代わって謝っておきます」

「いやいいよ。休日まるごと潰されたりしてるけど」

「……いや本当にごめんなさい」

 そして、六花と名乗ったメガネを掛けた方の生徒を見て、エヌラスが首を傾げた。

 

「……『Galaxy』ってなんか最近聞いた気がするな」

「ライブハウスです、聞いたことないですか?」

「――ああ。確か合同イベント開催するって言ってたっけな。それどころじゃなくて忘れそうになってた」

「仮にも同業者なのに忘れそうになるって……」

「エヌラスさん、オカルトハンターのお仕事忙しいもんね」

「ついこの間、軽く死にかけたしな」

「えっ」

 六花が不安そうな顔をしているが、明日香は胡散臭そうな顔をしている。普通はそういう反応をするだけにエヌラスもなんだか新鮮な気持ちだった。

 

「姉と違ってまともなやつで本当によかった」

「はぁ、そうですか……」

「くれぐれも香澄みたいに突撃してくるような真似だけはしないでくれ。ホントまじで」

「ほんっっっとうに姉がご迷惑おかけしてるみたいでごめんなさい!」

「エヌラスさんの授業、あこ楽しみにしてるからね」

「あー、霊能学な。なんでこんな授業好き好んで受けたがるんだか」

「えっと、どういう授業を?」

「超自然的存在や現象についての解説その他諸々。魔術のお勉強は無し」

「えー!? そっちの方が絶対面白いのに」

「実演も無しだからな」

 あこが頬を膨らませている。

 

「エヌラスさんの魔術、一回もちゃんと見てないのに。りんりんも見たがってましたよ」

「俺の魔術を間近で見れたら、その時は命の危機に直面してる証拠だ」

「じゃあ、お姉ちゃんは危なかったってことなんですよね?」

「えええっ! ポ、ポピパの皆さんがそんな危険なことに……!?」

「……俺、昼飯買いに行ってきてもいいか?」

 このまま話してるだけで昼休みが終わってしまいそうだ。エヌラスは話を早々に切り上げて、続きは授業にでもと残して中庭から立ち去る。

 廊下を歩いていると日菜に突撃されていた。そのままてんやわんやと賑やかな様子で食堂へ向かう姿を見守る。

 

(……こうして見ていると、普通の人だなぁ)

 生徒会長によく振り回されているが、それだけだ。魔術師だとか、オカルトハンターなんていう胡散臭い仕事の人には到底思えない。

 

「もう一回くらい、エヌラスさんの魔術見てみたいなー。リサ姉が頼んだら見せてくれたりしないかなぁ?」

「やめといたら? あの人普通じゃないんでしょ。君子危うきに近寄らずって言うでしょ?」

「……なにそれ?」

「危険に近づくな、ってこと」

「だって見せてくれた魔術だって、なんか格闘技みたいだったし。なにもないところから拳銃取り出してばーんって。どうしたら見せてくれるかなー」

 ここにも懲りない子がいた。説得するだけ時間の無駄だろう。しかし、六花は何か思うところがあるのかメガネを直しながらエヌラスが去った後の廊下を見つめていた。

 

「どしたの?」

「エヌラス、先生……? って、どこかのバンドメンバーだったのかな。ギターの腕も相当だし、デビューしててもおかしくないのに」

「そういえばエヌラスさんのこと、あこ達なんにも知らないや」

 リサが切っ掛けで知り合ったとは言え、それだけだ。結局は上辺だけの付き合いでしかない。どれだけ近づいても、必ず距離を置いている。

 夏休み前に教職を辞める話も花咲川女子学園では噂になっていた。

 日菜があれだけ体当たりのコミュニケーションとスキンシップを取っても、ほとんど効果なし。

 

「エヌラスさん以外にも魔術師の人とかいないかなー」

 願望にも似た呟きを聞いていたのか、どこかから猫の鳴き声が聞こえてきた。それは、どこか否定するような口ぶりのようで。

 

 

 

 ――お待ちかねの霊能学の授業の時間。エヌラスは重い足取りであてがわれていた空き教室の扉を開けた。

 花咲川女子学園では満員御礼だったが、羽丘女子学園では逆に空席が目立っている。案の定と言っていいのか、日菜は最前列の席に座っていた。隣には麻弥。さらにその隣、薫が座っていた。

 蘭達『Afterglow』のメンバーは勢揃い。特にひまりが乗り気な様子。

 

「あーよかったー。教室埋まるくらい押しかけてなくて」

 一回くらいはと、明日香と六花もあこに誘われて座っていた。

 

「ま、別に成績に影響するような授業でもないし、好きに自習してても構わない」

 友希那とリサの姿が無いことを確認してから、エヌラスが資料を広げる。少し残念に思いつつ。

 

「はいはーい! 質問してもいい?」

「どうせダメだと言ってもするだろお前。はいどうぞ」

「エヌラスさんって、どうやって魔術師になったの?」

「死ぬほど努力しました、以上」

 嘘は言ってない。

 

「えー。もっと具体的に!」

「全裸で一ヶ月雪山に放置されたり、魔導生命体の巣にぶちこまれたり、食料もなしに危険生物が山程潜む洞窟に一ヶ月ぶちこまれたり、邪教崇拝のカルト集団を島ごと壊滅させられに行ったりと頭のネジが発注ミスでもされたのかと疑わしいような修行内容なんだが参考にならねぇだろうが」

「うん、全然わかんない!」

「だろうよ。メモしなくていいぞ」

 エヌラスが黒板に世界地図を描き始める。ある程度簡略化された地図に、印を書き込んでいく。

 

「はーい! あこも質問!」

「なんだー?」

「エヌラスさん以外の魔術師って、どんな人達なんですか」

「魔術師なんてのは大なり小なり人間の道踏み外した馬鹿しかいねぇよ。俺も例にもれず」

 意外にも、蘭が手を挙げていた。

 

「次、なんだ蘭」

「どんな魔術があるんですか?」

「千差万別、それこそ“何でも有り”だ。俺の師匠は死霊秘術……ま、早い話がネクロマンサーだな。死体一つで何でもやらかすが、それだけに留まらないから手がつけられねぇ」

「……お、おばけ使うってことですか?」

「オバケなら可愛いもんだよ……死体を使うからな。そりゃもうえげつない事になる」

 詳しくは割愛。女子高生に話して聞かせられるような内容ではない。

 世界地図に何かを書き込んでいたエヌラスが手を止める。

 

「そうだ、巴」

「はい」

「蘭から聞いたんだが駅前のラーメン屋美味かった。またどっかオススメの店があったら教えてくれるか」

「あー、じゃあ隣町のラーメン屋とかどうですか。豚骨醤油ラーメンがまた美味いんです」

「ほほう。そりゃ楽しみだ。ま、授業終わったら詳しく教えてくれ。さて、それで――今こうして地球全土の地図をざっくりと描いたわけだが」

 エヌラスが指し示したのは、ギリシャの辺り。

 

「先生はついこの間、ここで死にかけました」

 たった一言で、教室が静まり返った。

 

「そして昨日。此処で行方不明事件がありました。確かこの国」

 そう言って次はエジプトを指す。

 

「世界中で色んな怪事件が起きてますがー、それらは大抵の場合“事故”として処理されます。日本でも例外なく。刀剣の大量盗難事件もありましたが、あれも怪事件の一つです。先生これまた軽く死にかけてました。詳しくは日菜と麻弥に聞いてください」

「え、そこでジブン達に投げなくても!?」

「とまぁこんな感じでオカルト絡みの事件は起きてますが、一銭の得にもならないのに命懸けで毎回頑張ってるのが俺。馬鹿ですね、救いようがない大馬鹿野郎の仕事がオカルトハンターです。そういうわけで霊能学の授業を始めまーす」

 明日香の顔が若干引きつっていた。

 六花は少し青い顔をしている。普通は怖がるものだ。

 だから間違っても、モカのように好奇心を持ったり、あこのように楽しみにしたり、日菜のようにやる気満々で聞くべき授業ではない。

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