いきなり超自然的存在について説明しても考えが追いつかないだろうと考え、身近なもので簡単に説明する。要するに科学で説明つかないもの。例えばオバケとか。
雑に説明してから、エヌラスはあこと日菜が期待しているであろう解説に移った。
「オカルトハンターと名乗ってはいますが、実は魔術師でそう名乗ることは別に珍しいことではありません。そもそも魔術師、というのは資格を持っていれば名乗ることを許可されるからです」
魔術を扱う資格取得者、危険物取扱者と一緒だ。
「なのでー、例えば魔術師で警察とか。魔術師でタクシー運転手とか、結構普通にいます。ただしこれらはあくまでも、資格を持っている魔術師の話。なので、無免許の魔術師とか割といる」
「エヌラスさんは免許持ってるんですか?」
「俺は魔術学院出てないので無免許です」
魔術学院。魔術協会が正式に認めた魔術師の養成学校だが、合理主義で論理的思考に基づいた魔術が通用するのは同じ魔術師までだ。
「
「はい。質問、いいですか?」
「なんだ、蘭」
「どういう魔術を使う人なんですか」
「死霊秘術。つまりは、死体を扱う魔術だ」
要するにネクロマンサー。
「ちなみに俺以外の魔術師に向かって手品師とか言ったら本気で怒られるか殺されるからやめておくように」
くるくると指先でチョークを回しながら、エヌラスが黒板に要点をまとめていく。
「魔術学には様々な分野の学問が存在しますがー。挙げればキリがありません。それこそ薬学から医術に剣術とかも含まれます。魔導力学なんてものも存在します。これはつまり、魔術を通す力に関連する分野であってここから更に宝石加工やその他諸々が含まれます」
説明していたら本当にキリがない。
「それらの加工の専門技師とかもいるので、まぁ魔術師で医者とかもいます。例えば、麻弥」
「はい」
「お前の眼鏡をちょっと加工して、幽霊が視える眼鏡に出来たりする。ただし悪い魔術師は、それを透視に加工して覗き見とかするものですが、間違いなくバレるので誰もやりません」
「幽霊が視えるようになるのはちょっと遠慮しておきたいですね」
「俺もやらないから心配するな。ただし」
エヌラスが自分の左目を指差した。右目よりも虹彩が僅かに鈍いのは、治療するのが遅かったせいで眼球が潰れていたからだ。
「肉体改造の一つとして、自分の眼球を加工する馬鹿もいたりします。俺の左目がそうです。この刀傷は結構深いところまでザックリ来てるので角膜も水晶体も虹彩も全部切られてますし、なんなら硝子体までぶっ壊れてます。なので、治療する時はめちゃくちゃ苦労しました」
本来なら、もう二度と使えるはずがない。義眼であるべきだが、エヌラスの左眼は違う。こういう生々しい話はあまりしたくないし、巴達はげんなりとした表情をしている。
「さて。その治療法ですがー、魔術による医療。医学と人体学と工学諸々組み合わせて“作り直しました”」
「…………」
「どうやって? という疑問があると思いますが、魔術師というのは例外なく身体の内面に魔力を保有しています。俺の場合はちょっと特殊で、魔術回路と呼ばれる魔力を通す神経が外付けで全身に施術されてる。人間の眼には神経が通ってるので、つまり一言でいうと。身体の内側から手を突っ込んで治したってこと」
麻酔なんて持ち合わせていなかったので死ぬほど痛かった。と付け加えると明日香達が青い顔をしている。だが、その甲斐あって今はそれほど不自由をしていない。時折不調をきたして見づらくなる時はあるものの、それは仕方ないことだ。
「はーい!」
「どうした、あこ」
「大いなる闇の力でドカーン!とかバーン!って感じのかっこいい魔術ってあるんですか!」
「あー……魔術でカッコいいっていうのはちょっと俺も分からんな……具体的には?」
「派手なの!」
「魔術で爆発……とか?」
「邪神の力が宿りし……宿りし……ズバーンって感じの!」
「俺も邪神狩りするために邪神の力使ってはいるけどよ……」
あこの求める魔術のお眼鏡に叶っているかどうか。明日香の胡散臭そうな顔がますます色濃くなっていく。
「実演した方が早いが、見せびらかすようなものでもないので却下でーす。巴、あこの成績ってどうなんだ」
「あー……あはははは」
「笑って誤魔化すってことはあまりよろしくないんだな? じゃあダメだ。魔術なんてとてもじゃないが教えられない。必要となる基礎知識が学校の勉強なんて比じゃないくらいあるんだから」
「じゃああたしは問題ないってこと?」
「お前は性格に難ありだからダメ。好奇心で突っ走るやつが一番短命なんだよ、魔術は」
そういう意味では、紗夜の方が適正がある。日菜は不満そうに頬を膨らませていた。
「それ言ったらエヌラスさんだって問題児じゃん!」
「俺の師匠に比べたら俺なんてまだまだ常識人だっつうの! 何考えてんのかわかんねーし一週間帰ってこないと思ったら「温泉めぐりしてた」とか平気な顔で言うんだぞ! 公務ぶん投げて! 信じられるか信じらんねぇよな俺も思い出す度に腹が立つわ!」
「自由だなー……」
それくらい自由に生きられるなら人生退屈しないんだろうな――巴の考えをよそに、エヌラスは深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
「気を取り直して。超自然的存在に対する対抗手段が、まぁ早い話が魔術とかです」
「魔術以外にもあるんですか?」
「ある。今日から出来る防衛策として挙げられるのは――まず逃げろ、一目散に逃げろ」
期待した途端に、一気に落胆した。
「危険から遠ざかるってのは人間として当然の防衛本能だ。間違っても好奇心で近づくな。前科持ちの日菜、お前に言ってるんだぞ」
「えー。だってあの時はあたし何も知らなかったし」
「うーんそうねー、でもそれで俺が死にかけたの事実だからなー? ま、そんなことはどうでもいいとして」
(死にかけたのに!?)
(どうでもいいって断言しちゃったよ!)
巻き込まれた経験のある薫としても、浮かない顔をしている。
「どういったものが危険なのか。わかりやすいのだと、化物だな。人間以外、自然の生態系から並外れた生き物のことだ。未確認生物、とか言うんだろ?」
「エヌラスさんもそう分類されてますけど」
「そうねー、そうですねー。それで」
(あ、無視した。大人ってずるい)
「中には人間に擬態したずる賢い化物がいたりします。依代とか、形代とか色々呼び名はありますがー、大差ないので割愛。なんか普通の人間と違う空気がしたら近づかないこと。わかった人ー」
全員が手を挙げる。それにエヌラスが頷き、時計を確認した。
「ま、これくらいでいいか。もう少し時間があるから、残りは質疑応答に割り当てる」
「はーい」
「どうしたー、モカ」
「その不思議な力で美味しいパンを無限に作り出したりとかできないんですかー?」
「出来ないんだよなー。それならパン屋に頼んでくれ。魔術で食糧問題を解決するっていうのは実は難しいんだ。結局のところ自然の産物なわけだからな」
魔術の植物学で、急成長させるのはどうかと実験したこともある。だが、結果は失敗。その理由は、一定の環境下で成長を促された食物が急激な環境変化に耐えきれなかったからだ。空気や湿度や日光浴の時間なども含めて、周囲の環境も含めて変化させなければならないことが判明した。
「あぁ、でも食料を日持ちさせるための一手間で魔術を使うのはよくあるな」
「ほほー」
「はい!」
「次、ひまり。どうした」
「食べても太らない魔術とかあるんでしょうか!」
「魔術に頼らなくても食べた分以上に動けば太りません。脂肪と筋肉は同じだ」
「ダメかぁ~……あ、じゃあ占いとか!」
「俺はそういうの学んでないので専門外。悪いな、ひまり」
がっくりと肩を落とすひまりの期待に答えられずに申し訳ない気持ちになりながら、次に手を挙げた日菜からの質問に答える。
「なんだ、日菜」
「魔力の回復方法ってどんな手段があるの?」
「基本的には休息だな。要は精神力と集中力を維持する体力なわけだから。如何に長時間魔力を制御していられるかって話。疲れたら眠る、あとは外部から摂取する。食事とかな」
「でもエヌラスさんってちょっと他と違うんだよね?」
「俺の場合は魔力の貯蔵庫があるからいいの。それを出力するのにちょっと手間取ってるけど」
「粘膜接触だもんね」
「はっ倒すぞお前」
「アレからキスってしたの?」
「してねーよ」
実は、致死量の出血をしたせいで魔力の出力に障害が少なからず出ていた。それでも日菜と紗夜から得られたものを参照に調整しているが、不調を誤魔化しているだけだ。可能であれば供給したいところだが、如何せん立場的にまずい。教職はこれだから嫌いだ。
「あたしの仮説だと、エヌラスさんの粘膜接触って別に唾液とかじゃなくてもいいんだよね?」
「仮説じゃなくても、その通りだが?」
「別に汗でもいいの?」
「……そうだが」
「お風呂の残り湯は?」
「多分効果薄いな。っていうかどうした、随分と踏み込んだ話になるぞ」
「エヌラスさんが曖昧にしてるから、その辺りはっきりさせておきたいなーって思って」
深々と重い溜息をついて、一度だけ教室を見渡す。
『Afterglow』のメンバーに、日菜と麻弥と薫。あこと明日香と六花。
果たして明かしていいものか。だが、ここで言わないと今後ますます日菜からの質問はエスカレートするだろう。
エヌラスは書くスペースを確保するために黒板に描いた世界地図を消した。
「えー。魔術師というのは魔力を扱うのが必須事項です。ではこの魔力とは何か? 生命力。内部か外部かの違いはありますが、それくらいです」
「ふんふん」
「これを外部に放出する、内部に放出するといった感じで魔術を使います。例えばあこの言う闇の力でドカーン!とか、俺みたいにアホのような身体強化を重ねたり」
軽身功とか重ねがけしてるが、そこはともかく。
「……あー、もう面倒くせぇな。変な言い回しでまどろっこしいこと言ってられっか。俺の場合は一番手っ取り早い魔力の回復方法が性行為だよ。割と魔術師の中では珍しい方だが、それとは別に魔力の回復方法として学院でも認められてる」
「あたし達の身体目当てってことですか?」
「そんなんだったらとっくに襲ってるっつうの。ああ、ちなみにゴムは無しな。効果が鈍る。とにかくそういった手段が一番手早いってことだけ念頭に置いてくれ」
魔力の回復方法を箇条書きでまとめていくと、性行為の部分だけ米印を書き足す。
「た・だ・し! 他の魔術師はこの限りではない。例えば生命力を奪ったりすることで力をつける魔術師がいたりするし、俺の師匠で例を挙げれば死霊を宿して魔力変換したりすることで絶大な威力を誇ったりする! だからといってお前らにこんなん頼めるわけねーだろうが! 仮にも教え子なんだから!」
「エヌラスさんって変なところ真面目でお姉ちゃんそっくりだよね」
「やかましいわ! テメェから振っといてなんだよ畜生! 俺だってこんなこと話したくねぇっていうのに!」
「なんで? 必要なことなんでしょ?」
「……確かに必要なんだが。俺の場合は、その、なんていうかな」
言いよどむエヌラスに日菜が眉を寄せて首を傾げていた。
「どうかしたの?」
「はぁ~……さっきも言ったが。魔力ってのは生命力の変換、これを俺が補給するっていうのは逆に言うと相手にも作用するってことだ。そうなると少なからず魔力を得られることになる」
「なにか問題なんですか?」
「行為的にも問題だが。魔力を求める化物に襲われる危険性が上がる。使って無くなるならいいんだが、使わないと蓄えられるものだからな。だから魔術師同士の交配っていうのは後世になるほど力が強かったりするんだよ、わかったか!」
「…………あ」
赤面して押し黙っていた蘭達だったが、何か思い当たったのか蘭が小さく声を挙げる。
「どうしたの蘭ー?」
「……なんでもない」
「ん~? 顔が赤いですな~、もしかして蘭ってばそういうの」
「ば、馬鹿言わないでモカ……別に気にしてないし」
「なんだ、蘭。言ってみろ」
「……じゃあ、エヌラスさんの話だと。その、性行為……で、魔力を回復したりするんですよね? 例外もあるようですけれど」
「そうなる。それで?」
「さっき、魔力の貯蔵庫を持っているって言ってましたけど……もしかして、ものすごく……」
「…………俺は、アホみたいな修行をしてたり戦闘をしてたりするので。体力が底なしと思ってくれて構わない。それがどういう意味かは察しろ」
「エヌラスさん、ものすごくエッチってことでいいの?」
「本日の講義終了! 二 度 と 聞 く ん じ ゃ ね ぇ!!!」
なにが面白くて羽丘女子学園で生き恥を晒さないといけないのか。
絶対に二度と此処で霊能学の授業なんてやるものか、エヌラスは固く誓った。