【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百三十幕 雨の降る世に

 

 

 

朝の天気予報では、昼から天気が崩れて雨模様になると予報されていた。

そしてそんな予報は的中して本降りの雨に花咲川女子学園の生徒達はげんなりとしていた。湿気のせいで髪のセットが崩れる、雨のせいで部活が休みになると様々な文句を口にしていた。だが、それで天気が好転するわけでもなくザァザァ音を立てている。

そんな風景を、ぼんやりと図書室から眺めるエヌラスの視線はどこを見ているのか。

 

「…………」

体育担当の教師が体調不良で本日も欠席。家族から連絡があったらしい。あまりに酷いようなら病院へ連れて行くとも言っていた。

そのせいで担当教科、霊能学のエヌラスが引っ張られて朝から来る羽目になっている。生徒会の挨拶運動に腹いせに飛び入り参加したら大歓迎された。紗夜には物凄い顔をされたが。

今は昼休みの時間。教室や食堂、購買部で昼食の席を確保しようとする生徒が後を絶たない。うーん青春。ちなみにエヌラスはコンビニ飯で済ませた。

 

暇さえあればこうして図書室に足を運んでいる。資金面で余裕が出てきたので書店で購入しようかとも考えたが、荷物が増えると後々困るのであまり立ち寄らないようにしていた。それでもやはり本は読みたいもので、結局図書館頼りになっている。

雨が窓を叩く音。地面を濡らす音。青い葉を無数に潤す音。自然の鳴らす環境音楽に耳を傾けながら、エヌラスは外を眺めていた。

図書室の扉を開ける音に視線を向けると、燐子と目が合う。

 

「あ……」

「……」

居るとは思わなかったのか、驚いた顔をしていた。エヌラスはそのまま視線を外して、再び雨模様を見つめる。

 

「…………」

何か話そうと、何か喋ろうとしている燐子の気配を感じながらもエヌラスは何も言わなかった。だが、それが気分を害したと思い込んだのか少し雰囲気が変わったのを感じ取り、エヌラスが口を開く。

 

「燐子、隣座るか?」

「え……でも……」

「それとも、他に用事あったか?」

「いえ……その、エヌラスさんを探してたので……」

「そうか」

燐子が隣に腰掛け、エヌラスと肩を並べて外の景色を眺める。

しばしの無言、沈黙する二人の間に時計の音と雨粒の音だけが響いていた。

 

「それで、なんで俺を探してたんだ?」

「あの、えっと……昨日のことなんですけれど……」

「ああ」

「あこちゃんが、とても楽しそうだったので……エヌラスさんの授業、また受けたいって言ってました」

「……出来れば羽丘ではもうやりたくねぇなぁ、霊能学」

何が楽しくて生き恥晒す羽目になったのか。思い出したくない。まさかそれもあこが話したのか? 訝しむエヌラスに、しかし燐子からの口からは別な話題が出てきた。

 

「わたしも、エヌラスさんの授業は……面白くて、好きです。とても、楽しいって……みんな言ってくれてます」

「……買いかぶりすぎだ」

教壇に立つなんて、思いもしなかった。不器用なりに頑張ってはいるが、果たしてこんなやり方でいいのかどうか分からない。なにせ自分が教わったのと言えば、地獄の釜の蓋を開けて具材の代わりにされるようなやり方くらいだ。そんなの自分以外誰も生きて帰って来れないと分かり切っている。だからこそ、なんとかどうにかこうにか試行錯誤しつつ噛み砕いて解説しているのだが、それも果たしてどうだろうか。

 

「……なにをしてたんですか?」

「別に? 何かしてたわけじゃない」

机の上に本も無く、ただ椅子に座って外を眺めていただけのこと。だが、それなら他の場所でもできる。図書室は本を読む場所だ。なのに、なぜここを選んだのか。燐子はそれが疑問だった。

 

「雨、好きなんですか……?」

「好きってわけじゃないんだが、特に嫌いでもないな」

戦術的にも、魔術的にも有用性がある。そういう意味では嫌いではない。

 

「何度も言ってるが、地下育ちだったからな。俺にしてみれば天気の変化は珍しく感じるんだ」

極端な例を除いて。雪山とか、雪山とか、雪山とか。

 

「日本は四季って言うんだろ。春とか、夏とか」

「はい。これからは、梅雨の時期なので……もっと、ずっと雨が続いたりして……それから、夏になると陽が強く差して、暑くなります」

「俺にとっちゃ地獄みてぇな季節だな……」

(暑いの、嫌いなのかな……)

「夏から……秋と、冬だったか?」

「は、はい……秋になると、涼しくなるので、読書や芸術、それにスポーツの秋とか……言われます。それが過ぎると冬になって、雪が降ったり……クリスマスや、大晦日と元旦で忙しくなりますね」

「日本は年がら年中忙しそうで飽きないな」

「エヌラスさんの故郷はそういうの、無かったんですか……?」

「俺が興味なかっただけなのか、それとも本当に無いのか知らないが。毎日あちこちで犯罪起きて火消しに走り回るだけで一年終わっちまう。そういう年間行事は知り合いの方がしっかりしてるよ」

ことあるごとに記念日だの祭典だの開いては忙しく駆け回り金儲けに走る守銭奴の姿が目に浮かぶ。

 

「……燐子と話してると落ち着く」

「えっ……あの、なんでですか……?」

「おとなしいから。それに真面目だし、変なお節介や小言を言ってこないから」

「……もしかして、氷川さんが嫌いなんですか?」

「誰もアイツの話はしてない。珍しいタイプってだけだ」

日菜やこころのように好奇心旺盛なタイプや、紗夜のようにお節介な真面目屋、香澄のように純粋な厚意で近づいてくるタイプが多い。だからか、燐子のように借りてきた子猫のようにおとなしい女の子は中々貴重な相手だ。

 

「燐子は、良い子にしてるからな。ちょっとくらい特別授業をしてもいいぞ。ちょっとしたオマケ付きでな」

「それって……魔術の?」

「好きなんだろう? そういうの」

「……はい。迷惑じゃなければ、お願いします」

「ん、素直でよろしい。そんなに時間は取らない」

エヌラスがズボンのポケットに手を入れて取り出したのは、二発の弾丸。

ひとつは深紅の自動式拳銃で扱っている物だ。マガジンから一発だけ抜き出している。

もうひとつは白銀の回転式拳銃の弾丸であり、その二つの差を燐子はなんとなく雰囲気で感じ取る。

 

「この弾丸は特別製だ。特に強力な魔術を発動させる為に鋳造したものだ。銃の発射機構を魔術の発動プロセスとして半自動化させて使う、‘神獣弾’って言うんだが」

「……はい」

「こいつをちょちょいととやって……ほい」

左手の魔術刻印を起動させて、エヌラスが白銀の弾丸に魔力を通す。拳銃を媒介に魔力を流せば破壊の爪痕を残すばかりの弾丸ではあるが、意識を集中させて魔力を加減すればーーこの通り。

手乗りマスコットのように、弾丸から小さな神獣が姿を見せた。

白く霜を下ろす痩躯の竜はキョロキョロと周囲を忙しなく見渡している。術者であるエヌラスの意思通りに動き、燐子の顔の前まで羽ばたいた。

驚きながらも、恐る恐る手を出すと羽を休めて顔をじっと見つめてくる。

 

「風の神性。炎の神性。極端な話、この弾丸を依代にして神様を呼び起こしてるってことだ。一種の降霊術のような物と思ってくれていい」

「わぁ……! かわいい、ですね……」

燐子が指で顎を撫でると、くすぐったそうに目を細めて喉を鳴らしていた。しかし、魔力が切れたのかすぐに姿を消してしまう。

 

「ま、この通り。魔力さえ使わなければこれもただの鉛玉と一緒だ。俺の拳銃でも使わない限りは何処にでもある物だよ」

「そう、なんですね……」

「俺が使っている魔術も、邪神の力を一部使ってるからな。やってることはアイツらと大して変わらない。これやるよ、燐子」

「えっ、あの……いいん、ですか……? 貴重な物なんじゃ……」

「補充が要らないくらい、腐る程持ち合わせてるよ。さっき話した通りだが、魔力さえ使わなければただの鉛玉。雑貨だと思って部屋にでも飾っておいてくれ。なんなら加工してペンダントにでもできるし」

「このままで、大丈夫です。大事にしますね……」

二発の弾丸を受け取り、大切に握りしめる燐子が微笑む。ガラスのくつでも受け取ったお姫さまのように、少し頰を赤らめて。

 

「燐子は、髪綺麗だな」

「えーーあの、えっと……」

「かわいい子が多くて目移りしちまうよ、本当。食べちまいたいくらいだ」

「わ、わたしなんか……食べても、おいしくないです」

「さぁ、どうだろーなー。味見してみないとわかんないぞー、燐子」

髪を撫でて、頰に触れて、顎を軽く持ち上げる。瑞々しい唇が驚きで小さく開かれ、すぐに引き締められた。

 

「案外、美味しかったりするかもな」

「ーーーーぁ、の……」

「……なんて、嫌なら嫌ってちゃんと言ってくれよ。その気にしちまうし、なっちゃうだろ」

「……ない、です……」

真っ赤になった顔で、蚊の鳴くような声で。時計の針の音で聞こえなくなるほど小さな声だったが、燐子はエヌラスの顔を見て声を絞り出した。

 

「嫌じゃ……ないです。エヌラスさんになら……」

「……」

「わたし、エヌラスさんがーー」

昼休みが終わるチャイムに遮られて、燐子が何を言ったのか聞こえなかった。かき消された言葉を聞き返す前に、逃げるように燐子が図書室から小走りで走り去っていく。

廊下を走っちゃダメだぞ、生徒会長。ーーそんな事を考えながら、エヌラスは深く息を吐いて再び窓の外を眺める。

 

「……一時の気の迷いだよ、燐子。お前のそれは。本気になんかしちゃいけない感情だ」

そうさせてしまったのなら、心の底からすまないと思う。だが、しかし。

 

「俺の本気の恋は、アレが最初で最後なんだからーーひどいフラれ方をしたもんだよ」

二度と。

もう、二度とーー誰かをこの手で幸せになんかできないのだと思うほどに。

あの恋は残酷な結末を迎えたのだから。

エヌラスはただ一人、図書室から外の景色を眺めていた。まるでその雨で、自分の心の傷を洗い流すように。

次の授業が始まるまで、ずっとそうしていたが気分が晴れることはなかった。

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