【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百三一幕 雨の放課後、花咲川女子学園

 昼から降り始めた雨は、放課後になっても止むことなく降り続けている。相変わらず地面を濡らし続けている悪天候を見て、げんなりとした様子の生徒達。

 

「あ~……雨だ~……」

「雨だなー……」

 美咲と有咲の二人が廊下から厚い雲に覆われた空を見上げていた。

 

「傘、持ってきました?」

「まー天気予報で昼頃から天気が崩れるって言ってたしなー」

 一応折りたたみ傘は持ってきている。そちらはどうなのか、有咲が美咲に視線で問いかけた。どうやら備えあれば憂いなしはお互いのことらしい。

 しかし。

 雨模様を見ていると、どうしても思い出してしまう。悪夢のような光景を。

 考えることは同じだったのか、浮かない顔で二人同時にため息をつく。

 

「「はぁ~……」」

 鬱だ。激しく憂鬱だ。気分が晴れない。せめてこの雨足が弱まればいいものを。

 

「明日には止むらしいですけどねー」

「予報通りならなー」

「でも雨って、なんだかどんよりしますね」

「なーんか気が晴れるようなことねぇかなー」

「例えば?」

「んー……そうだなー」

 有咲が腕を組んで考え込む。

 

「拝んだら突然晴れるとか?」

「まさに晴れる屋」

「それで一儲けできねーかなぁ……」

「できそうな人、いますけどね」

「……いるけどやらねぇと思う」

 どんな悪天候だろうと物理的に雨雲を吹き飛ばすような霊能者、怖すぎる。

 二人がそんな他愛ない会話をしていると、香澄とこころがやってきた。

 

「あーりさー! 傘持ってきたー?」

「持ってるけど忘れたとしても入れてやんねー」

「えー、なんで!? そんなこと言わないで相合い傘しようよー」

「っていうか天気予報で昼から天気崩れるって言ってただろうが! なんで傘持ってこなかったんだよ!」

「あっちゃんに折りたたみ傘貸してて、自分の忘れてたから!」

「はぁー!? 香澄、それわざとじゃねーだろな!」

「そんなことないよ! 有咲が持ってきてるだろなー、とは思ってたけど!」

「今日も生徒会の仕事あるから他を当たれ」

「そぉんなぁ~、そんな冷たいこと言わないで一緒に帰ろうよー」

「くっつくなー!」

 

「美咲、雨よ雨!」

「そうだねー。雨でもテンション高いねー、こころは」

 このお嬢様のことだから送迎の車で雨は関係ないだろうと、美咲は思っていた。しかし、こころは首を傾げている。

 

「相合い傘って、なにかしら?」

「…………」

 あー、うん。隣の会話バッチリ聞こえてたのね。

 

「えーと、相合い傘っていうのは、二人で一つの傘に入ること……かな?」

「そうなの? なんだか楽しそうね。美咲、やってみない?」

「えっ。いや、まぁ別にあたしは構わないけど……帰りはどうするの、こころ」

「美咲と一緒に歩いて帰るわ!」

「いやいや、こころん家めちゃめちゃ遠いじゃん……行って帰ってくる頃には足が棒になってますよそりゃ……」

「美咲の足が棒になったら大変ね。うーん、どうしましょう」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろっか」

「もっと大きな傘があったらみんなで相合い傘ができるわ! とってもステキだと思わない!」

「……どれくらい?」

「そうねぇ。とーっても大きな傘! 街を覆うくらいの!」

「それ、もう傘じゃなくてただのドームだからね……?」

 傘の概念を崩壊させないでいただきたい。美咲は呆れながらも、雨天でも絶好調のこころに付き合うことにした。

 

「じゃあ、市ヶ谷さん。戸山さん、あたし達はひと足お先に帰りますね」

「こころちゃんも美咲ちゃんもまた明日ー!」

「ええ、それじゃあまた明日!」

 元気に去っていく二人を見送ってから、香澄が再び有咲をロックオン。

 

「有咲!」

「やだ!!」

「えー!?」

 悲痛な叫びが廊下に響き渡るのを聞きながら、他のクラスメイト達は笑いをこらえながら去っていく。

 相変わらず仲がよろしいことで。

 

 

 

 エヌラスはずっと雨を眺めていた。

 霊能学の授業も無事に終わって、帰路に着く生徒達を見下ろして呆然と立ち尽くす。

 傘を差しながら歩いて帰る生徒もいれば、親の迎えを待つ生徒もいた。

 上から眺める分には、まるで色とりどりに咲いた花が動いているようにも見える。

 三階の廊下から見ている分には、飽きないと思う。

 ぼんやりと、ただぼんやりと考えていた。

 

「エヌラスさん……? どうしたんですか、ボーッとして」

「ああ、千聖か。ちょっとした考え事だ」

「今日も霊能学の授業、お疲れさまでした」

「こちらこそ。楽しくやらせてもらってるよ」

 社交辞令を挟んでから、エヌラスは再び外に視線を向ける。階下からはなにか賑やかな声が聞こえていた。だからこそ三階に退避しているわけだが。

 千聖も気になって外の景色を眺める。見慣れた雨だが、この湿度は慣れない。

 

「……付喪神事件からも、まだ怪事件は起きてるみたいですね」

「ああ。もうしばらくはな」

「いつ、平和になるんですか?」

「夏までには決着つけるつもりだよ。そうしたら、前のように安心して過ごせるさ」

「そうですか……」

 少し沈んだ表情を見せる千聖に、エヌラスは視線だけ向けた。その整った横顔は女優としての白鷺千聖ではなく、一人の少女としての顔に思える。

 

「正直なところ、エヌラスさんのことは信頼しているんです」

「そりゃどうも」

「後先考えないところとか、利益を度外視した行動や、常軌を逸したところとか」

「……それ褒めてる?」

「悪い意味じゃないんですよ? 他の大人達と違ってエヌラスさんは打算的なところ感じられませんし」

「計画性のない男と言われている気がしてならないんだが?」

 だが確かに千聖の言う通り、交友関係において計算なんてまったくしていない。

 なるべくしてなった、というべきか。言ってしまえば、自然体の関係。なにか計算しているわけでもない。ただ、気がつくと身の回りを女の子に固められているというだけで。

 

「……最近、パスパレの方はどうだ?」

「いつも通りな感じですよ」

「ならよかった。俺に余計な仕事が回ってこないだけマシだな」

「……エヌラスさんは、私が長年女優として活動していたからといって敬遠しないですよね」

「なんでそんなことでお前に遠慮しなきゃならないんだ。お前は女優でアイドルで学生で、俺より年下の女の子。ベテランだとか何だとか、俺は知らん」

「――――ふふ」

「なんでそこで笑う。バカにでもされてる気分だ」

「ああ、違うんです。ちょっと、嬉しくて」

「?」

「怖いもの知らずというか、そういうところが“いい人”だと思って」

「なんで相手の顔色窺いながら付き合わなきゃならないんだ」

「……羨ましいです、本当に。そんな風に自然体でいられることが」

 だからかもしれない。隣にいると、安心感を覚えるのは。

 

「……千聖。俺は、いい人なんかじゃねぇよ。おおよそ、そんな言葉とは縁のないやつだ。知ってるだろ、何をしてきたか」

「ええ。怖いほど、よく知っているつもりです」

「だから、悪い大人のおにーさんとはあんまお近づきになるなよ」

 話をしていた千聖から視線を外せば、彩が笑顔で近づいてきていた。

 

「千聖ちゃん、お待たせ。エヌラスさんと何か話してたの?」

「大したことは話してない」

「ええ、そうね。暇潰しの雑談ってところかしら」

「えーズルい。私もお話ししたかったなぁ」

「それならまた今度、三人でお昼でも食べながらにしましょ」

「これから事務所行くんだろ? 気をつけてな」

「エヌラスさんもお身体に気をつけて」

 会釈して彩と一緒に立ち去る千聖の背中を見送ってからも、しばらくエヌラスは外を眺める。校舎に残っている生徒がいないか見回りをしつつ。チラホラと親の迎えを待っていたり、部活動に勤しむ生徒であったりと様々。それでもほとんどの生徒は学校を後にしていた。

 

 

 

 一通り巡回してから、エヌラスも特に用事がなくなったので帰ろうかと思っていたが、傘を持ってきていない。別にこれからどこか出かける予定もなかった。多少濡れたところで問題ない、まっすぐ帰ろうかと思っていたが、紗夜に呼び止められる。

 風紀委員の仕事が終わったところらしく、生徒会長である燐子も一緒にいた。

 

「何をしているんですか?」

「見回り終わって帰ろうとしてるところ」

「……手ぶらみたいですけれど、傘は?」

「持ち歩いているように見えるか?」

「天気予報くらい確認しているものだと思ってましたが」

「テレビ興味なくてな」

 情報を仕入れる時は新聞や書籍でじっくりと吟味したい。腕を組みながら呆れている姿も見慣れてしまった。

 

「……『雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだ』」

「ヨハン・ゲーテの言葉ですね。確かに自由人ではありますけれど、自由すぎます」

「誰だそのぶん殴ってやりたい言葉考えたやつ」

「傘、貸しましょうか……?」

「いや、いいよ。遠慮しておく」

 燐子の厚意をやんわりと断る。それでは燐子が困るだろう。

 

「私は折りたたみ傘もあるので、よければ使いますか?」

「ありがたい話だが、丁重にお断りしておく。まっすぐ帰るから大丈夫だ」

 引き止める間もなく、エヌラスが雨の中を歩き始めた。その後姿が校門を曲がって消えるまで、二人は背中を見送る。

 

「……なんだか、今日のエヌラスさん。いつもと様子が違いましたね」

「そうですね。落ち込んでいる、というよりは神妙な面持ちで」

「なにか、あったんでしょうか……?」

 仮に、そうだとしても決して自分達に明かそうとはしないのだろう。紗夜はなんとなくそんな気がしていた。

 或いは――何かが起きるのを察しているからこそ、距離を置いているのかもしれない。

 

「気にしても仕方ありませんし、私達も帰りましょうか」

「そうですね……でも、氷川さん。どうして傘を二つも……?」

 燐子のふとした疑問に、一瞬だが固まった。しかし、すぐに紗夜は傘を開く。

 

「な、なにかあった時の為に予備で持ち歩いていただけです。別に意味はありません」

(……もしかして、エヌラスさんに貸そうと思ってたのかな)

 どうせ持ち歩いていないだろうと考えていて。

 まさか、断られるとは思っていなかったようだが。

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