【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百三五幕 湊友希那のにゃんだーらんど

 

 羽丘の校門前。放課後ということもあって生徒の数が多かった。そんな往来で銃を撃てばどうなるか、当然ながら銃声に近い砲声が響き渡る。聞き慣れない音に狼狽える生徒も多かったが、エヌラスは普段どおりにしていた。

 リサもいたし、友希那も立ち止まっている。蘭達も揃っていたし、麻弥も呆然としている。

 

「い、いくらなんでもむちゃくちゃ過ぎですって……」

 付喪神事件に巻き込まれた手前、怪異も多少見慣れてしまった。だが、なにも自分のように事件を経験している人ばかりではない。

 

(これ、本当に大丈夫なんですかね……? いくらなんでもエヌラスさんとはいえ)

 相手は多勢に無勢――、と思ったがそもそもこの人は大勢の付喪神相手に立ち回っていた。

 だがそれでも往来のど真ん中だ。……と、思ったがこの人そんなの絶対に気にしない人だ。

 素手だし! ――銃持ってる!?

 

「ははは、もうダメですね……」

「麻弥ちゃんどうしたの、面白い顔して?」

「というか日菜さんもなんでエヌラスさんが来るってわかったんですか?」

「オカルトハンターだから!」

「あはははは、それもそうでしたね!」

 やけくそで笑うしかなかった。

 

 目の前で大きく肩を回し、首を鳴らしているエヌラスが大股で狼男達に近づく。銃を左手に持ったまま、足元で倒れたままの猫の様子を見てから周囲を確認する。

 まずは猫の安全を最優先。こんな時に限って野良猫達は何処にも居ない。これだから猫の気まぐれってのは。

 

「あ、あの! 日菜先輩、本当にいいんですか!?」

「うん、大丈夫大丈夫。つぐちゃんも見てればわかるから」

「エヌラスさん、できれば銃は控えてくださーい!」

 念の為、麻弥が忠告すると銃を振って答える。そして次の瞬間には、左手に持った銃でぶん殴っていた。

 バレルに過剰装飾されたパワーフレームの強度は打撃武器としても十分過ぎる。格納していたバヨネットを展開して飛びかかろうとしていた一匹の眼に突き立てて引き金を引いていた。

 爆ぜる頭部に、血液のような黒い液体を撒き散らして一匹が沈黙する。

 エヌラスは目もくれず猫に向かって歩いていく。

 

『――キサマ、魔術師、か……?』

「だったらなんだ犬っころ」

『…………』

 手負いの猫を盗み見て、それから目の前の相手を確認する。

 一際体格の大きな食屍鬼が身を屈め、両手の指を組み合わせて印を結ぶ。

 

『散っ!!』

 四方へ散り散りになる狼男達は様々な遮蔽物の“角度”へ身を潜ませる。霧となって消えた相手に、エヌラスはため息をついた。

 

「……ハンティングホラー、どの“角度”だ」

《――――》

「サポートしろ」

 相手も、ハンティングホラーも。

 同じ“猟犬”だ。同族のニオイはすぐに嗅ぎ分けられる。

 息を吸い込み、深く吐き出す。

 

 その様子を遠巻きに眺めていた蘭が眉を寄せた。

 

「……なにしてるんだろ?」

「――ちょっとばかり騒がしくなるぞ」

 おもむろに銃口を突きつけて、エヌラスは段差の影から顔を覗かせていた人狼の頭部を見向きもせずに撃ち抜く。

 その場に身を低く屈め、左右から襲いかかってくる人狼の足を払う。宙に浮いた頭目掛けてクイックドロウで顎から頭部を撃ち抜く。残り一発。

 右手をポケットに忍ばせて、その隙を突こうとする相手に向けてエヌラスは体当てで姿勢を崩した。逆側から攻めてくる相手に最後の一発を撃ち込むと、即座に排莢する。

 

『――――!?』

 影の中から、なぜ、という驚愕の声が聞こえてくるようだ。

 相手は超常の暗殺集団。本来であれば、様々な“角度”から防御不可能、回避不可能な一撃で対象を絶命せしめることを可能としている。

 “悪心・影”とは――黒い仏に仇なす怨敵を誅殺するための暗殺集団。

 それを拳銃ひとつで相手取っているだけでも、彼らにとっては不測の事態だった。なぜならば――()()()()()()()()()()()()()()()

 ただの拳銃。ただの格闘技。たかが、人間の持つ技程度に遅れを取るなど――! だが、その精度も練度も人並み外れている。魔術の気配を辿っても、ほとんど魔力を使っていない。

 

 エヌラスは狼男の死角からの攻撃を捌きながらスピードローダーで再装填すると、足元で倒れている猫を拾い上げて離れた。しかし、相手の人数を数えてから片手が塞がるのは厳しいと判断する。

 

「友希那!」

「え?」

 怪我をした猫を投げて、それを友希那が慌ててキャッチした。その蛮行には流石に物申したそうにしていたが、すぐに囲まれるエヌラスの姿を見て引き下がる。

 

「そいつ連れてできるだけ遠くまで離れろ!」

「急に言われても……」

 狼男達が一斉に視線を友希那へ向けられるが、先に目の前の障害である魔術師の排除を優先しようとしているのか遠吠えを一つすると、抱えている猫が身震いをしていた。

 あの狼男達に怪我をさせられたのだろう。手当をしてあげたい、だけど――。

 足踏みをする友希那を見かねて、蘭が手を引く。

 

「何をしてるんですか、湊さん。早く離れますよ!」

「でも……」

「いいから、急いでください! 猫ちゃんも手当しないといけないんですから」

「あ、ちょっと……!?」

 蘭が友希那を連れて走り出す。抱き抱えている猫が苦しそうに呻く姿を見て、友希那も街へ走り出した。それを追ってリサ達も後を追う。日菜達は手を振って見送っていた。

 

「つぐちゃーん、気をつけてねー! なんかあったら連絡するからー!」

「は、はい! お願いします日菜先輩」

「そんなわけで、エヌラスさんがんばれー!」

「テメェに言われるまでもなく全力だわボケェ!!! おら次ぃ!!」

 

「あの人、あんなに口悪かったのか……」

 巴が驚きながらもひまりの背中を押して走る。後ろから聞こえてくる重々しい打撃音に混じって衝撃音が響いていた。

 

『――ここは任せたぞ』

 低く唸り声を挙げて、銃撃と打撃を捌いた一匹が大きく飛び退いてタイルの中に姿を隠す。

 

「ハンティングホラー、追え」

《――――》

「お前ほどじゃねぇが俺も“鼻”が利く。問題ない」

 むしろ、友希那達の方が心配だ。エヌラスの影からハンティングホラーの気配が消える。

 そのタイミングを見計らったかのように、更に数を増やす狼男達を前にして首を鳴らした。

 

「あ、あわわわ……本当に大丈夫なんですよね、エヌラスさん!」

「どっかの刀剣バカ相手するよりよっっっぽどマシだ!」

 力強く麻弥の心配する声を跳ね除けるエヌラスに、日菜が少しだけ顔を曇らせる。

 

「……エヌラスさん、まだ兼定さんのこと引きずってるのかな」

「へ? 何か言いましたか、日菜さん。あ、あぶな――!?」

「うぅん、なんでも。週末の予定、ちゃんと決めておかなきゃなー」

 戦々恐々と応援するのとは対称的に、日菜はエヌラスの心配など全くしていない。負けるはずがない。

 この人が経験してきた戦いと地獄のような日々は、この程度、苦にもならないのだから――現に見向きもせずに相手を薙ぎ払っている。

 

 

 

 友希那が猫を抱えながら走る。その震動で猫が少し苦しそうにしていた。

 どうしてあの化物達に追われているのかは、わからない。だけど、放っておけなかった。

 

「……大丈夫よ、ちゃんと手当してあげるから」

 みゃ。

 小さく鳴き声を返す猫に、友希那の頬が緩む。

 

「友希那、今近くの動物病院検索してるけどちょっと遠いかも!」

「問題ないわ。美竹さん達は大丈夫」

「ひまり以外は大丈夫です!」

「ちょ、ちょっと蘭~!? 私も、まだがんばれるよ~!」

「もう息が上がってるんだけど……」

 まだ学園から走り出してそう時間は経っていない。まだ羽丘が見える位置だと言うのに。

 自分達があの狼男に追われているのは、なんとなくでわかる。見えない大男に追われているような、壁が迫ってきているような感覚。自分達の力ではどうしようもないが、なぜエヌラスは友希那に猫を押し付けたのかわからなかった。

 しかし、それもすぐに理由が判明する。チラホラと野良猫が並走してきていた。

 ――そういえば、猫を探していると言っていた。野良猫達からの依頼で。

 もしかしなくても、友希那が抱えている猫がその目的の猫なのだろう。

 

「リサ。病院はどっちの方なの?」

「えっと、駅の近く!」

 それなら少し遠いが、行けない距離ではない。それでも後ろから追ってくる狼男から逃れられる気がしなかった。不意に、猫の一匹が鳴き声を挙げる。

 ガードレールから飛び出してくる黒い影に向かって数匹の野良猫が飛びかかった。腕に噛みつき、顔を引っかきながら、視界を覆うようにもう一匹が顔に噛みつく。

 手慣れている動きに、それがただの野良猫ではないことが一目で分かった。

 軍属の猫達に阻まれて大柄な狼男が再び影の中に姿を隠す。

 

「おー、猫ちゃん達、強いですなー」

 モカが感心しながら走り、その後ろでひまりの背中を軽く押しながら巴が周囲を確認した。

 

「っていうか、この騒ぎ大丈夫なのか!?」

「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ!」

 命の危機が迫っているのに、そんな悠長なことを気にしている場合ではない。しかし、周囲からは怪我をした猫を急いで病院に連れて行こうとしている様子にしか見られていないようだ。物陰から突然飛び出してくる黒い影は、人々の視線が逸れた隙を見計らって飛びかかってくる。それを止めるように軍属の猫達が援護してくれていた。

 

“――そこの路地を右!”

「……? 美竹さん、今なにか言った?」

「え? 何も言ってませんよ!?」

「じゃあ、リサ?」

「アタシも何も言ってないよ、地図見てるし!」

“急げ!”

「……」

 友希那は謎の声に従って急に方向転換し、蘭達とは違う道を走り出す。

 

「あ、ちょっと湊さん!? どこ行くんですか!」

「友希那、そっち動物病院の方じゃないよ!? 友希那ー?」

 足を止めるリサ達と違い、猫達が友希那の後を追った。自分達の背後から感じていた気配も消える。狙いは最初から友希那が抱えている猫だったのだろう。

 自分達を危険から遠ざけるために、一人だけ道を逸れた。――蘭達はそう解釈した。

 

 

 

“――そこの角を左”

「……こっちね」

 この声の主が、自分をどこに導いているのかはわからない。

 相変わらず背後からは何かが追ってきている気配が離れなかった。自分と並走してくれている野良猫達は危険が迫ると我先にと撃退してくれている。それでも相手を追い払う程度が限度のようだ。

 

「ねぇ、どこまで行くの?」

“もうすぐ。そこの角!”

「――――」

 友希那は声の主に対して、何気なく視線を落とす。

 リサ達から離れてもこの声は聞こえてくる。猫が話すはずはないが、人間の言葉を理解しているように鳴き声を返す。そうなると、いくら察しが悪いとはいえ流石に勘づく。

 この声の主は、自分が抱えている怪我をした猫だ。

 急かされるように走り続けて息が上がってくる。

 路地の角を曲がった次の瞬間――、湊友希那は見知らぬ街へと踏み込んでいた。

 

「…………」

 肩で息をする友希那の前に広がるのは、影絵のような街。

 なだらかな斜面に建てられている住宅街に、日が半ば沈み込んだ白夜の街。眠らない夢の国。

 友希那は怪我で弱った猫を抱き直して、身体を撫でる。

 

「――此処は、どこかしら」

“まだ追ってきてる。走って!”

 猫に急かされるまま、友希那は再び駆け出した。軍属の猫達もまだついて来ている。一匹が周囲を警戒し、残りが急かすように鳴き声を上げていた。

 再び駆け出す友希那と野良猫達の後ろで、大柄な狼男が姿を表す。顔や腕に猫の爪痕や歯型がついていたが、徐々に傷口が塞がっていく。爪を鳴らして、風景を見渡していた。

 

『――集合』

 狼男の声に呼び戻されたのは、街中に放たれていた配下達。

 猟犬の本分、猫を追って魔術師以外にも、人類の味方をする猫共の拠点に通じる“抜け道”に繋がるとは思いもしなかった。

 

『我らが黒い仏に敵対する猫の街か――かかれ』

 影絵のような街に、数十匹以上の食屍鬼が解き放たれる。

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